悪魔を憐れむ歌
「え? あの豚男と!?」
サルレリア王国第3王女であるサニー・サルレリア最大の幸運にして最大の不幸はその圧倒的な美貌だろう。すれ違う者は皆振り返り、虫のさえずりや、動物の鳴き声ですら彼女を祝福しているかの様に感じる。彼女の何気ない動作一つ一つが高名な画家が全力を振り絞り、生涯を通して描いた絵画の様に、一度口を開けば、その声を聞こうと周囲の人間全員が物音一つたてなくなる程である。
「い、嫌ですよ!!」
王家の者である以上、婚約相手を選べる立場では無い。王女である以上覚悟はしていたが………………
「何故なんですか!? 私は隣国のラインハルト様と結婚するはずでは!?」
「情勢が変わったの、受け入れて頂戴。」
「そんな………………」
まったくの嘘である。この女、スカーレット・サルレリアはサニーの叔母に当たる人物であるが、サニーの容姿、声、境遇、そして婚約相手の全てに嫉妬し、その権力を用いて隣国やサルレリアの偽情報を国王や大臣に伝え、操り、サニーが辺境の貴族、ラットー・ラードに嫁ぐように仕組んだのである。
「あまり言いたくはありませんが………………彼は………………その………………容姿が………………」
ラットー・ラードは四十代の肥満体形の男だ。常に汗かき、肉に隠れた黒目で常に人を睨み、舌なめずりをする様な奴であるが、勿論婚姻相手がこの男である事もスカーレットの涙ぐましい努力のおかげである。
「仕方無いでしょう? 我がサルレリア王国がどうなってもいいって言うの?」
「それは………………」
「分かったら今すぐにその薄汚い顔をこれ以上見せないで頂戴!」
「………………」
ブンッ
「!? きゃっ!!」
スカーレットがサニー目掛けて投げつけたカップは、サニーの顔に直撃し、その美しい顔に少しのあざを残す事になった。そして、中の紅茶はサニーの服を汚し、辺りにその匂いを漂わせた。一つ幸いな事があったとするのならば紅茶が冷えていた事だろう。まあ、スカーレットは紅茶が沸騰し、煮え切っていようが構わず投げたであろうが。
「酷い………………」
「何をしている? まだティーポットがあるが?」
「くっ………!」
サニーが走りだし、後を追う者は居なかった。今やこの国にサニーの味方は飼い犬と父親である国王のみとなったからだ。スカーレットの秀でた手腕はその悪を働く上で何も憂いの無い、罪悪感の欠片も感じない性格と合わさり、この国を支配せんとしていた。
「………………なんで! ………………何でこんな事に!!」
ドレスの裾を持ち、ヒールで石畳を走る事は中々に厳しく………………
「あっ!」
バンッ
地面へと倒れ込んでしまった。
「うぅ………………」
「はははははははは!!! 今の見たよな!? 滑稽だなぁぁ!!!」
城はとても広いと言うのにその中に居る人間の関係は非常に閉塞的だ。スカーレットがそう言うならばそれに賛同するしかない。
「はは………………全くです。」
「そうですね………………」
護衛もこの通り。
「全くです。我が妹ながら非常に滑稽………………」
そしてサニーの兄である第二王子ザック・サルレリアでさえもこの始末である。
「うぅ………………ぐぅ………………」
再び立ち上がろうとする姿ですら美しいと感じる彼女の姿に見惚れそうなのはその場に居る誰もがそうであったが、それをスカーレットに察せられる事を恐れ、皆下、または上を向いてサニーの姿が見えなくなるのを待った。
「………………あれ?」
幸いサニーは転ぶ事無くあの場から去る事ができた。が、途中でティアラを落としてしまった事に気付いた。
「そんな………………」
戻る訳にもいかない。それに、目星は付いているのだ。
「下かな………………」
このサルレリア城は特殊な内装をしている。何故かはサニーは知らないが、穴があるのだ。至る所に。
「はぁ………………何でこんな事に………………お母様………………」
亡き母の事を思いながらサニーは階段を下って行った。
「あの! 穴の下にはどう行けば良いか御存知でしょうか?」
近くの兵士に質問を投げかけた。
「さ、サニーさま! 穴を降りられるのは禁止されていて………………」
「ティアラが落ちてしまったのです!」
「ティアラが? そうですか………………私どもで捜索するのでサニー様はお部屋でお待ち下さい。」
「そう………………ですか。」
サニーはこの兵士が嘘を付いていると思っているが、実際は探さないのではなく、探せないのである。この兵士自身、下への階段の場所も下に何があるのかも知らない。探すと言ったのは兵士なりの配慮であった。
「お母様からお譲りして貰ったティアラを無くす訳には………………」
他の物であればサニーも無理に探す事は無かっただろう。今日、無くしたのが母から譲って貰ったティアラだったのは運命か、暗示なのか。
「………………ん? あそこは?」
小走りで城中を回り、一階の倉庫。普段は近づく事も無い様な場所で、違和感を感じたのは偶然か、必然か。倉庫の中には兵士が5人。明らかに多い。守る物と言えば食料と雑貨、一体何故こんなに兵士が? サニーがそう思った矢先だった。
「火事だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「何!?」
「何だと!?」
厨房の方からの叫び声。その絶叫から火事が真実である事は誰でも分かる事だった。
「急げぇぇぇぇぇ!!」
そうして倉庫内の兵士は皆厨房へと向かって行った。この火事、その後の調査によると全くの原因不明。火を使っていないのに木箱が燃え、その勢いは天井に達し、貫こうとしていたと言う位だ。これが偶然なのか? そんな訳も無く、兵士が居た近くの壁が崩れ始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴッ
「壁が!?」
崩れた壁の先から現れたのは階段。乱雑に階段状に石が置かれて居る様にも見えるその階段から漂うえも言われぬ感覚と、その暗さにたじろいだサニーだったが、何かに魅入られる様に、その中へと進んで行った。
「暗い………………それに………………寒い………………」
恐れながらも一歩、また一歩と勇気を振り絞りながらサニーは進んで行った。
「あの~誰かいますかぁ?」
「………………」
「誰も居ない?」
寒さと恐怖で震える肩を両手で抑え、足元に細心の注意を払いながら進んで行くと、目の前に重厚な扉が現れた。
「扉? そんな………………ここまで来てそんなのって………………」
見るからに頑丈で、厳重に閉ざされているであろう扉を前に絶望したサニーだったが、その絶望が良かった。
ギギィィ
「え? 開いた!?」
絶望に打ちひしがれて力の抜けた体を支えるべく扉に手を掛けると扉が開いたのだ。
「あの~誰か居ませんか? 入りますよ~。」
サニーは扉に全体重を掛けながら、ドレスの汚れも気にしないで扉を開いた。
「ここは………………牢屋?」
扉の先にはまごうこと無き牢屋。たった一つの牢屋があったのだ。鉄格子に部屋を分断され、明かりの一つも無い。掃除をする為の道具も、鍵も、何かしらの道具も何も無かった。まるでこちら側が牢屋の中なのでは無いかと錯覚する程に息の詰まる空間。サニーを飲み込んだのは恐怖の感情だ。
「お、お邪魔しました………………」
こんな時でもそんな事を言うのは育ちの良さが原因か、それとも気を紛らわせたかったのか。サニーが上に戻ろうとした時に天井から吹き込む風に気付いた。
「この城の穴って………………ここに繋がっていたんだ…………喚起の為かしら………………」
穴を見つけ、その場に暫く留まる事になったのが彼とサニーの出会いの最大の要因だろう。暫く暗い空間に居た事でサニーの目が暗闇に慣れてきた。そして、牢屋の奥に………………
「えっ………………人?」
そこに居たのは人間………の様な物。長い黒い髪に鍛え上げられた肉体。そして、何よりその美しさ。全てを飲み込まんとする黒い髪と現実かと疑う程の美しい顔にサニーは言葉を失い、魅入ってしまった。
「………………なんて美しい………………」
「………………………………………………………………………歌ってくれよ。」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
突然喋り出したそれに、サニーは驚嘆と恐怖の混じった叫び声を上げ、再び声を取り戻した。
「にににに、人間!?」
「歌ってくれよ………………何時も歌ってたの、お前さんだろ?」
低く、体の芯から響く様なその声の一つ一つにサニーは身動きを封じられ、瞬き一つできる事も出来ずに固まり、立ち尽くすしか無くなった。
「お前さん何だろ? 同じ声だ………………」
「………………あ、貴方は一体………………」
何とか発したその質問は、無意識の中で行われたと言ってもいい位自然と口に出たものだった。
「先ずはお前さんが名乗れよ、礼儀ってもんだろ?」
「わ、私はサルレリア王国第3王女、サニー・サルレリア!!」
「サニー・サルレリア………………」
恐怖に飲み込まれながらも完璧に名乗って見せたのは王女たるにふさわしい気力だろう。
「あ、貴方は、何なんですか!?」
「そうだな………………悪魔に魅入られた男………………とか?」
「はい? お名前は?」
「ヴィンセント・テイラー。」
「テイラー? 隣国の王家と同じ名前だわ………………」
「そりゃあ、その隣国の王だからな。」
「え?」
「以後お見知りおきを、サニー・サルレリア。俺を幽閉した王家の一員よ。」
「えっ? な、何を言ってるの? 正気で………………いらっしゃる?」
「煽りに聞こえるぜ? そのセリフ。………………まあ、いたって正気だよ。」
「王って………………何故ここに?」
「サルレリアの秘密を入手したんだ。だが、見つかってな、この有様さ。」
「秘密って何ですか? それにお父様はこんな事をする人じゃ………………」
「お前さんの親父の名前は?」
「キース・サルレリアです。」
「知らない名前だな、俺が幽閉されたのも随分前だしな。」
「………? 何時から幽閉されているんですか? お父様は30年前から王として………………」
「多分だが………………200年前とか?」
「………………………………そうですか………………では、私はこれで。(駄目だ、話しが通じない。)」
「待ってくれ。」
「何か?」
「歌ってくれないか?」
「え? 歌?」
「ああ、何時も歌っているだろう。上の穴から聞こえてくるんだ。」
サニーは歌うのが好きだった。誰かが居ようと、居まいと、その場その場で思いのままに歌う事を趣味とし、楽しんでいたのだ。
「確かに歌っていましたけど………………まさか聞こえているなんて………………」
「俺は………………五月蠅いのが嫌いなんだ。」
「どういう事ですか?」
「耳障りな物音や話し声が絶えない。が、お前が歌うと音が止むんだ。何故だか知らないがな。」
「それは……………皆私の歌に聞き入ってくれているからだと思いますけど………………」
「顔も美しい。」
「えっ? そ、そんな………………あ、ありがとうございます。」
「………………ん? 怪我をしているのか?」
「え? ええ…………さっき、ちょっと………………」
「………………見せて見ろ。」
「どうしてですか?」
「治してやる。」
「ここでどうやって………………」
ガンッ
「えっ!?」
何の音かと驚いたサニーであったが、その音はヴィンセントが立ち上がる際に鎖を壁に打ち付けた音であった。
「な、何を!?」
ガンッ ガンッ
ズッ ズッ ズッ
両手足に繋がれた鎖を引き吊り、俯きながらヴィンセントはサニーに近づいて行った。
ガンッ!
「きゃぁぁ!」
ヴィンセントは鉄格子が折れるのではないかと思う程の力で鉄格子を掴み、サニーの顔を覗き込んだ。鼻先を掠める程の距離で、暫くの間お互いの息遣いを感じるだけの時間が過ぎ、ヴィンセントはゆっくりと口を開き始めた。
「本当に美しい………………この顔を傷つけた奴が居るだなんて………………そいつはどんなに謝罪しようと許されんだろう。」
「あの~傷を治して頂けるんじゃ?」
「ああ、治すよ。」
「どうや……」
グッ
「え? や、止め…!」
ヴィンセントの唇が彼女の頬に触れた時、一瞬で彼女のあざは消え去った。ヴィンセントは何事も無かったかの様に唇を離し、再びサニーの顔を覗き込み、様子を伺おうとしている。
「いいい、いきなり!! な、何をするんですか!?」
「治したんだ。」
「きょ、許可も取らずにキスをするなんて!! 信じられない!!」
「で。治ったかい? 俺からじゃ見た目だけしか分からないからな。」
「そんな事より………………え? 本当に痛みが引いて………………」
「それは良かった。お大事にな。」
「そ、そんな! どうやって………………」
「昔から周りの人間と違ってた…………悪魔なんて言われもしたが…………見た目のせいもあるかな。俺って、かっこいいだろ?」
「それは………………まあ………………」
「それで何だが、治したお礼に歌ってくれないか?」
「………………分かりました。」
そうしてサニーは歌い始めた。歌ったのは良くある童話の歌。幼稚だなんて思うかも知れないがヴィンセントは目を閉じて酔いしれる様に聞き入った。
「……………ふう、どうでしたか?」
「感動したよ………………」
「それはよか………えっ? ………」
サニーが言葉を詰まらせたのは、涙を流し、自らの顔を凝視するヴィンセントの姿に圧倒されたからである。
「何で泣いて………………」
「感動したからさ。良い物だよな、歌というのは。」
「………………ここから出られないのでしょうか?」
「どうだろうね、出ようと思った事が無いんだ。でも、君の歌を毎日聞くために外に出たいと思い始めたよ。」
「もし、悪さをしないのなら、私からお父様に釈放してもらえる様にお願いを………………」
「そんな事しなくていい。君に迷惑をかける訳にはいかないからね。」
「迷惑なんてそんな………………」
「だけど、もし、助けて欲しい事があるのなら、俺を呼んでくれ。悪魔の力をお貸ししよう。」
「悪魔?」
「そうさ。」
「……………じゃあ、早速貸してもらいたいんですけど………………私、ティアラを探しに来ていて…………」
「ティアラ? そうだな………………ここには色々な物が落ちてくるから………………」
ズッ ズッ ズッ
「ん? これかな?」
地面に落ちているティアラをヴィンセントがゆっくり、丁寧に拾い上げ、サニーに見せた。
「あ! それです!」
ズッ ズッ ズッ
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます!!! 良かった………………」
「お別れかな?」
「え?」
「何時までも居てくれる訳じゃないだろ?」
「流石にずっとは………………」
「そうだろうね。一つだけ頼んでもいいかい?」
「何ですか?」
「歌ってくれ。穴の近くで。」
「………………はい。」
「ふふ、ありがとう。」
「じゃあ、戻ってもいいんですか?」
「ああ、寂しくなるね。また会えるといいな。」
「………………はい。」
サニーはそのまま階段に戻った。ヴィンセントの事が気になりつつもこの部屋に入った事を咎められる事がサニーの最大の気がかりとなっていたからだ。足早に階段を上り、途中で転びそうになりながらも兵士に見つかる事無く倉庫から出る事ができた。
「ヴィンセント………………」
それから数日。毎日サニーは城の至所にある穴の近くで歌を歌っていた。ヴィンセントに届ける様に、色々な歌を。偶に自分自身の近況についての歌を自分で作って歌ったりもした。今日も今日とて庭の穴の近くで歌っていると………………
「サニー!」
声の主は国王、キース・サルレリアだった。
「何ですかお父様?」
「ラットー・ラードが来ている。挨拶に行くんだ。」
「え………………」
それはサニーにとって銃声や怒号よりも忌避したいものだった。今までは考えない様にしていたが、ラットーの顔を見て自らの中で抑え込んできた物が溢れてしまう事を恐れ、これからの人生に絶望以外の感情が存在しなくなってしまい、何も考えなくなってしまう事に死よりも恐れるべき何かがあると考えていたからだ。
「………………はい。」
断る事はできない。そういう運命なのだ。この時は自分にそう言い聞かせていた………………
「お父様………………本当に私は婚姻を結ばねばならないんでしょうか?」
「悪いな。他国間の緊張が高まっている。この国の事を考えるとお前に嫁いでもらわなくてはならないんだ。」
「………………そう………………ですよね。」
重い足取りで応接間に向かったサニーではあるが、応接室の扉を開けた瞬間に、扉を開けた事を後悔し、王家に生まれた事すら後悔する程の醜いと言う他ない人間がソファに座って居た。
「おぉぉぉ! サニー王女! 私がラットー・ラードです!」
「………………」
「どうかされましたかね?」
「いえ………………」
「ふふふ、サニー、失礼ではありませんか、その様な態度で居ては。もしかして嫌何ですか?」
意地悪そうな声色でサニーを煽り、蔑むのはスカーレット。本来なら居ないはずだがサニーを笑う為にわざわざ式典を抜け出してきていたのだ。
「まあ、座って。」
「はい………………」
「ラットー・ラードです。よろしく。」
「は、はい………………」
差し出してきた手を握るのを拒む為に骨を折ろうかと考える程に油ぎった手だった。
「あっそうだ! 贈り物がありまして………………」
すかさずキースがフォローし、手を握る事は避けられた。ラットーとて悪意のある人間では無いのかもしれないが、人として、他者への配慮と言うのを怠ってはいけない。乱れた服で汗も拭かずにここに来たラットーは紛れもなく性格が悪いのだ。
「キース、そろそろ式典に戻った方がいいんじゃないかしら?」
「ああ、そうだな。後の事は頼むよ。」
「え? お父様は一緒に居ないんですか?」
「ああ、国王として出席しない訳にはいかないからな。スカーレットを頼ってくれ。」
「そんな………………」
「それでは、娘をよろしくラットー・ラード。」
「ええ! 勿論!」
キースが閉めた扉の音はサニーにとって逃げ場が無くなった事を意味し、最後の希望が消え去ってしまった事を知らせていた。
「さて、サニー、移動しましょうか?」
「え? 何処に?」
「ラットーさんに城を案内して差し上げたいので。」
「………………分かりました。」
スカーレットが先導し、その後ろを二人がついて行く形で城の案内が行われたが、その時間は少しだけで、城の中でも人気の少ない部屋に二人は案内された。
「ここは………………」
バンッ
「ごゆっくり。」
スカーレットが扉を勢い良く閉め、部屋にはラットーとサニーの二人きりになった。
「な、なんですか!? ………………ラットーさんは………………え?」
服を脱ぎ始めているラットーを見て、サニーは身動き一つできない程に戦慄した。
「な、何を………………」
「この為にわざわざ来たんだ………………」
「やめ………………」
「どうせ夫婦になるんだ、いいだろ?」
「嫌!!!」
近づいてくるラットーから逃げる様に部屋の端、反対側にサニーは逃げ、ラットーを拒んだ。
「止めて!! 近寄らないで!!」
「大人しく………………」
グッ
「いや………………嫌!! 離して!!」
「お前はこのまま………………」
「助けてヴィンセント!!!!!」
ゴォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!
大国を支えるこのサルレリア城が崩れ落ちるのでは無いのではという程の轟音と振動。体の芯を揺らがせ、崩すように響き、何かしら、少なくとも全ての物事を放棄してでも迅速に対応すべき事案が迫っている事を城中の人間に確信させた。
「な、何事だ!?」
「ヴィンセント………………」
ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ!
何かが近づいてくる音が大きくなるのと同じく、人々の騒ぎも大きくなり、城中がパニックに陥った。そのパニックの中で唯一冷静なのはサニーただ一人。彼女は確信していた、ヴィンセントが助けに来てくれたんだと。
「ヴィンセント…………私も今………………」
「あっ! 待て!」
ラットーがサニーを掴もうとした瞬間。
バンッ!!!
ガシッ
「うっ、な、何だ!?」
何者かの右腕が壁をぶち破り、ラットーの首を絞め殺す勢いで掴み上げた。
「狂気、憤怒、恐怖、狂気、憤怒、恐怖、狂気、憤怒、恐怖………………」
「な、何を………………言って………………がはっ………………」
そのままラットーは地面に倒れ込み、壁を破ってヴィンセントが何事も無かったかのように姿を現した。
「ヴィンセント!」
「やあ、久しぶり。サニー。」
「良かった………………本当に………………怖くて………………」
ぎゅっ
ヴィンセントがサニーを抱きしめると、サニーもそれに応える様に抱き返した。
「折角出たしな………………国王の所に案内してくれないか?」
「大丈夫だけど………………ヴィンセントはどうやって牢から出てきたの?」
「別に、何時でも出ようとすれば出れたさ。ただ、出る理由が無かっただけだよ。サニーに助けを求められるまではね。」
「ヴィンセント………………」
「そこまでだ!! サニー様を離せ!!」
何人かの兵士が駆けつけてきた様だ。そしてその後ろ、スカーレットが恐怖に満ちた目でサニーとヴィンセントを凝視している。
「………………邪魔されたくないんだが………………」
「いいからサニー様を………………え?」
ヴィンセントの足元からツルの様な物が伸び始め、ラットーを覆い、兵士をも飲み込まんとしていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
国を守る兵士としてあるまじき行為だが、その場の兵士全員がサニーを見捨てて逃げ出し、兵士に押されて倒れ込んだスカーレットは足を完全にツルの中へと引き吊りこまれた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「このツルは何!?」
「このツルはな………………友達………………みたいな?」
「友達?」
「ああ、俺の意志に関係なく出てくるんだが、頼めば止めてくれるよ。今食べているのは手遅れだけど。」
「二人はどうなるのですか?」
「安心しなよ、死ぬ訳じゃない。植物になるだけだ。意識はあるけどね。」
「そんな事って………………」
「い、嫌だ!! た、たす………………けて………………」
完全にスカーレットが飲み込まれる時には辺り一帯にツルが伸びていてしまった。
「そろそろ止めてくれるかい? 動きづらいよ。」
ヴィンセントがそう言うと、ツルたちは一斉に消え、緑色の塊となったラットーとスカーレットをその場に残すだけとなった。
「じゃあ、案内してくれるかい?」
「え、ええ………………」
二人は堂々と、何の憂いも無いかの様に歩き、国王を探しに出た。あの場に居なかった人々は二人の堂々とした様子に違和感を感じる事無く、この状況下でも落ち着いている王女を尊敬した程である。
「玉座の方に居るな。」
「分かるのですか? お父様は式典に…………」
「勘だよ。」
そう言うヴィンセントを否定する気にもならなかったサニーはヴィンセントについて行き、玉座の間にやってくると、状況を把握するべく奮闘している国王、キース・サルレリアが玉座で落ち着きの無い様子で座って居た。
「サニー!?」
「お父様!」
国王は一瞬、サニーの顔を見て安堵して様な様子を見せたが、隣に居るヴィンセントを見た瞬間に、目を見開き、地獄でも見たかの様に唖然とし、恐怖し、震え出した。
「ま、まさか………………そんな………………」
「似ているな、子孫なだけはあるか。」
「お、お前はヴィンセント・テイラー!」
「知っているのか………………その様子だと俺が何を握っているかも知っているようだな。」
「そ、それは………………」
「秘密って何の事でしょうか? お父様も知っておられるのですか?」
「それは………………」
「あんたは正当な王位継承者では無い。」
「え?」
「やめてくれ!」
「あんたの祖先は正当な王位継承者を次々と殺し、王座を手に入れた。あまりにも不審な死が続くもんだから俺が調査して判明したんだ。」
「嘘………………」
「私だって………………知らなかったんだ………………」
「あんたに罪は無いさ、ただ、これは公表しなければならないな。」
「やめてくれ! そしたら私達は………………」
「………………その事を黙っている代わりに一つ要求がある。」
「………………何だ?」
「俺は………………サニーと婚姻を結びたい!」
「ええ!?」
「何故だ? サニーとは知り合いなのか?」
「歌声に惚れた。それだけだ。」
「聞こえていたのか………………」
「サニーの同意も不可欠だが、何よりあんたの許可が必要だろ? 返事は? もし断るなら世間にあんたの家の秘密を公表する事になる。勿論証拠もある。」
「………………………………………………………脅しか。」
「当然。」
「………………………………………………………………………………………………………………許可しよう。」
「………………感謝します、キース・サルレリア国王陛下。」
「だが、サニーはどう思ってるか分からないだろう。サニーが拒むなら私は………………」
「サニー。」
ヴィンセントはサニーの前で跪き、手をくるっと反転させ、何も無い所から薔薇を一本、魔法の様に出して見せた。そして、サニーに差し出すように………………
「サニー、俺と結婚してくれないか? 必ず幸せにすると誓うよ。」
「えっ………………えっと………………な、何が起きてるのか………………」
短時間の間に緩急が激しすぎてサニーは動揺し、何がどうなっているのか把握しかねている様だが、その間もヴィンセントは優しくサニーを見守っていた。
「強要しないよ、ただ………………結婚しなくても、君の歌を聞かせて欲しいな。」
「………………そ………………その………………こちらこそよろしくお願いします!」
「そうか………………受け入れてくれるのか、嬉しいよ、必ず幸せにするからね。」
ぎゅっ
二人は再び抱きしめ合った、ツルの様に、一生離れる事の無い様に………………
「ヴィルヘルム・テイラー、君は………………何者なんだ?」
キースが恐怖を押しのけ、奮い立たせる様にヴィンセントに質問をした。
「俺か? ………………悪魔だよ。あんただって分かるだろ?」
「………………娘をどうする気なんだ?」
「幸せに、未来永劫離れる事の無い様に。」
「何を………………な!?」
ヴィンセントとサニーをツタが優しく、ゆっくりと包み始めた。ゆっくりとだが、確実に覆って行き、短時間で二人の姿は外からではほんの少ししか見えなくなってしまった。
「サニー!!」
「ヴィンセント…………ずっと一緒に居ようね………………」
「ああ、ずっと一緒さ………………ずっとね………………」
二人の姿が見えなくなるのと同時に、ツタは消え、その場には何も残らなかった。こうして二人は悪意を撥ね退け、結ばれたのだ。永遠に………歌を歌い……………愛し合うのだ。