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(4)――「寂しくなったら、私に会いに図書館へおいで」

「妙な気配がする」

 少年が魔女と生活を共にするようになって、何年が経った頃だろうか。

 二人で昼食を摂り、少年は魔女の毒殺に失敗し、殺害対象本人から毒の講義を受け終えた頃。

 魔女は不意に、そんなことを言った。

「具体的には、どんな?」

 昼食と毒物の片づけをしながら、少年は恐る恐る訊いた。

 しかし魔女は、小首を傾げながら、

「勘だ」

と言うではないか。

「魔女なら、占いとかでそういうの、もっとはっきりわかるんじゃないのか?」

「前にも散々講義したが、魔女にも得手不得手があるんだ。中でも未来視なんて、対価が大き過ぎて、並大抵の魔女には使えないものなのさ。ライ、対価については訊きたいか?」

「……やめとく」

 少しの逡巡の末、ライはそう言った。

「賢明な判断だ」

 少年の答えに、魔女はからからと笑った。

「ともあれ、魔女の勘というのは往々にして当たるものだ。しばらく気をつけたほうが良い」

「気をつけるって、何から?」

「敵だ」

 不敵に笑って、魔女は言う。

「私はこの森から出られないが、他の魔女との親交は続いていてね。噂によれば、外では魔女狩りというものが激化しているらしい。叡智の結晶である魔法を、その使い手である魔女を忌み嫌い、排斥して回る連中が居るそうだ」

「……だけど、そんなの、ネリネなら一網打尽だろ?」

「当たり前さ。魔術回路が破壊されない限り、私は無敵だ」

 魔女は、これまで少年によるあらゆる攻撃を、全ていなし続けている。

 殺せるものなら殺してみろ、と豪語していただけあって、魔女は手強かった。単純な腕力による殺害計画は初期の段階で頓挫し、少年は目下、奇を衒った殺害方法を試している最中である。

 どうせ死なないのなら、拘束でもして死ぬまで痛めつければ良いのかもしれない。けれど少年は、それを実行には移さなかった。

 美しく死にたい。

 それが魔女の願いでもあるからだ。

 彼女の言う美しさを、少年は理解していない。せいぜいが、死に様が綺麗であれば、それは美しいと言えるのだろうか、といった程度だ。だからこそ毒殺に精を出しているのだが、成果は上がっていない。

「ところでネリネ、さっきからなにを書いているんだ?」

 片づけを終え、ついでに食後の温かい茶を二人分用意した少年は、魔女の手元を覗き込んだ。

「こら、覗き見は駄目だぞ」

 さっと手を翳して手元を隠し、魔女は言う。

「これは日記だ」

 その一言で、少年はわかりやすく苦い表情を浮かべた。

 以前、うっかり書庫で日記に触れて記憶に呼び込まれたことを思い出したのだ。そうでなくとも、魔女の記憶はどれも好奇心旺盛で、少年は何度か彼女の記憶の中に呼ばれていた。どれも美しい風景が印象的だったが、どの記憶の魔女も少年のことを知らず、何度も初めましての自己紹介をした。あの時間が、少年はとても嫌いだった。

「ネリネって、日記書くの好きだよな」

「そりゃあ、何百年と生きていると忘れてしまうことも多いからな。だが、こうして書き記していれば、記録として残しておける。時折、読み返して思い出すことができる。手間はかかるが、実に有益な作業だ」

「ふうん」

 少年は、魔女のところへやって来るまで、字が読めなかった。

 魔女が懇切丁寧に教えてくれた結果、今はどんな本も読めるほどになっている。

 知識は武器だ。

 魔女は少年に、そう言いながら文字を、本の読みかたを教えた。

 どんな知識も、いつか必ず役に立つ。この世界に、無駄なことなどなにひとつないのだ。

 それが魔女の口癖だった。

「そうだ、いつかこの森から出ることがあれば、魔女の図書館へ行ってみると良い」

「魔女の図書館?」

「ああ。北にある大きな図書館でな。魔女が記したものは、全てあそこに収蔵されるんだ」

「その日記も?」

「ああ。私が所有権を放棄すれば、魔女の図書館へ転送される仕組みだ。理由はわかるか?」

「……記憶が、自我を持つから?」

 少し考えるような仕草をしたあと、少年は自信なさげに答えた。

「正解だ」

 魔女は少年の頭を豪快に撫で、それから続ける。

「本の中に引きずり込み、場合によっては抜け出せなくなってしまうからな。魔女の矜持として、不必要に人間に迷惑をかけるわけにはいかない。そういう思想の下、造られた図書館なんだ」

「……どうして、僕にそこへ行くよう勧めるんだ?」

「え? だってお前、私を殺したあと、一人になってしまうじゃないか。寂しくなったら、私に会いに図書館へおいで。そういうことだよ」

「……。誰が行くかよ」


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