殿下が態度を急変させました、何故?
よろしくおねがいします
放課後、人もまばらとなった校内をひとり歩くのは公爵令嬢のエルフィーナ・グレーグだ。
コツコツと規則的な足音をさせて歩みを進めた先で。
「いけませんわ、殿下」
「固いことを言うな、見ていたんだぞ。あの男に指先への口づけを許していたな?」
「覗き見をなさるなんてひどいわ」
「ひどいのはどちらだ、それともわたしに見せつけたかったのか?」
男女の睦み合いとも取れる会話が聞こえてくる。
姿など確認しなくても分かる、女性はリナ・フェデック男爵令嬢、男性はラウルハルト王太子殿下。
エルフィーナは一瞬の躊躇の後、くるりと踵を返して進路を変えて馬車止めへと向かった。
本当はカバンを取りに行きたかったのだが、それは屋敷の誰かに頼むことにする。
エルフィーナに自身の婚約者の濡れ場を観察するような趣味はない。
そう、ラウルハルトはエルフィーナの婚約者なのだ。
エルフィーナが彼と婚約したのは、彼が十二歳、エルフィーナが十歳のときだった。
それ以来、エルフィーナは未来の王妃として厳しい教育を受けてきた。
なんなら今日も今から王宮に出向いて講義を受けることになっている。
浮気相手との秘め事に夢中な男の為に自分が妃教育に耐えねばならない理由があるのか。
エルフィーナは苛立ちを胸に、しかし決してそれ表に出すことはせず校舎を後にした。
ラウルハルトの様子がおかしくなったのはリナが学園に通うようになってからだった。
新入生は普通、新学期に入学するのだが、リナは家の都合でふた月ほど遅れて学園に通い始めた。
ふた月も経てば人間関係はそれなりに形成されている。
それぞれが学内で一緒に過ごす友人もすでに決まっており、リナと行動を共にする学生はいなかった。
いつもひとりの彼女を不憫に思ったのか、ある日、ラウルハルトが声を掛けたのだ。
それからは早かった。ふたりの仲は急速に近づいていき、今ではリナがラウルハルトの隣にいるのは当たり前の光景になった。
学内行事では最初の一回こそ婚約者であるエルフィーナとダンスをするものの、そのあとはリナと踊っている、それも続けて何回も。
同じ相手と続けて踊るのは、互いの関係が婚約者や恋人同士といった特別なものであると公言するようなもので、ラウルハルトはリナと恋人関係にあると明言したことになる。
エルフィーナも初めのうちはラウルハルトの行き過ぎた行動を注意していたのだが、そのたびに俗物でも見るような軽蔑しきった視線を向けられて馬鹿らしくなり、ついになにも言わなくなった。
人目の少ない場所でふたりが愛を語り合っている様は多くの学生に目撃されており、今まさにエルフィーナもそれに遭遇したところだ。
しかしラウルハルトは王太子であり、リナは男爵令嬢で、ふたりの間には大きな身分差がある。
ラウルハルトがどれだけ彼女を求めたとしても、正妃はもちろん、妾妃にできるかも怪しい。
それでも彼は健気にもふたりの未来を画策しているようで、彼の側近候補のひとりである侯爵令息にその家の養子にできないか、掛け合っているらしい。
高位貴族の身分を得たリナであれば正妃も視野に入ってくる。
とはいえ、妃教育は相当に厳しい。
王族の仲間入りをする以上、過去に行った政策は全て頭に入れておかなければならない。
自身らの布いた法とその結果を語れないようでは、新たな政策を打ち出すことなどできないからだ。
この王国の歴史は長く、主だった政策だけを取り出しただけでも、辞書程の厚さを持った書物が五冊分にもなる。
これを隅から隅まで暗記し、考察し、現行の政策と照らし合わせた会話をするなど、どこの聖人君子だと言いたい。
もちろん用意されている講義は座学だけではない。
所作の美しさや気品は当たり前、淑女のたしなみである刺繍など芸術の域まで高めねばならない。
そのうえ、絵画に造詣が深く、声楽に長け、楽器はプロ並みの演奏をする。
このすべてをリナが学び終える頃にはふたりの結婚適齢期はとっくに過ぎていることだろう。
馬車止めに向かったエルフィーナを待っていたのは王家の馬車だ。
「グレーグ公爵令嬢様、お迎えにあがりました」
馬車の前でエルフィーナに向かって頭を下げているのは妃教育を担当している講師のひとり。
彼女と共に馬車に乗り、移動中という時間ですら知識を詰め込まれるのがエルフィーナの日常だ。
耳にこびりついて離れないラウルハルトとリナの楽し気な声に頭にきたエルフィーナは言った。
「今日は気分が優れませんので失礼いたします」
「え?ですが、今日は王妃様直々の講義がございまして」
「体調が悪いのです、自己管理もなっておらず恥ずかしく思いますがどうかご容赦ください」
エルフィーナは心底申し訳ないという顔をしてそう言うと、王家の馬車には乗らず、生徒なら誰でも利用できる馬車に乗り込むと、
「グレーグ家にお願いします」
と指示を出し、さっさと帰宅してしまった。
勝手に妃教育をキャンセルしたことを咎められるかと身構えていたエルフィーナだったが、両親からは何も言われず王家からの苦情もなかった。
それでもさぼるというのは真面目なエルフィーナには難しく、結局、翌日からはまたいつものように妃教育に励む日々を過ごしていた。
そんなある日、突然、リナがエルフィーナを怒鳴りつけてきた。
「エルフィーナ様、ラウル様に会わせてください!」
共通の知人を介しての紹介もなく話しかけることも、エルフィーナを勝手に名前で呼んでいることも、高位令嬢に対して大声で喚き立てるのも、すべてが間違っている。
マナー違反のオンパレードにエルフィーナは頭を抱えたくなったが、彼女はラウルハルトと恋仲の令嬢だ。
周囲の学生たちが無遠慮に眺めているこの状況で下手な対応をとれば、社交界で面白おかしく語られるだけ。
エルフィーナは努めて冷静な態度でリナに言った。
「フェデック男爵令嬢ですわね?申し訳ございませんが、わたくしには貴女のおっしゃる意味がよくわかりませんわ」
相手を爵位呼びすることで口外に、お前もそうしろ、と言ったのだが、それで伝わる相手なら婚約者のいる男性に近づくなどという非常識な行動は取らない。
「エルフィーナ様、知らないの?ラウルはずっと学園を休んでるのよ?」
そう言われてみれば最近、彼の姿を見かけなかった気がする。
学生の身分とはいえ、王太子である彼にはすでに公務も割り当てられている。
「公務に出ておられるのでは?」
エルフィーナの言葉にリナは目に怒りを込めて言った。
「信じられない。彼は今、苦しんでるのよ?恋人なら駆けつけるのが普通よ!」
リナの発言に不穏なものを感じたエルフィーナは彼女とふたりだけで話をするべきだと思った。
「場所を移しましょう」
エルフィーナがそう言うとリナは勝ち誇ったような笑みを浮かべてついてきた。
彼女はラウルハルトに会わせてもらえると思っているようだが、アポイントもなく王宮に押し掛けてよい権利などエルフィーナにもない。
誰もいない空き教室を見つけるとエルフィーナはそこに入り、リナも中に入ったところで扉を閉めた。
密室でふたりきりなったところでリナが急におどおどとしだす。
「な、なによ。暴力でもふるおうっていうの?」
最初から会話のかみ合わない人だとは思ったけれど、ますます不思議なことを言う。
「何故、わたくしが貴女に暴力を?心当たりでもあるのかしら」
意地悪く言ってやるとリナはさっと顔色を悪くした。
一応、ラウルハルトがエルフィーナの婚約者であり、それを奪ったのだという認識はあるようだ。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。彼女が先ほど口走っていたことを聞き出さなければ。
「先ほど『殿下が苦しんでいる』とおっしゃっていたわね?」
「婚約者のくせに何も知らないのね、ラウルは原因不明の熱でもう十日も寝込んでいるのよ?」
「貴女は何故それを?」
「そんなのスティーブンス様が教えてくださったに決まってるじゃない、あの方はあたしとラウルを応援してくれてるもの」
スティーブンスというのはラウルハルトの側近候補で、リナの養子先にしようとしている侯爵家の次男だ。
ラウルハルトが病に伏せっているのは知らなかったが、おいそれと言いふらしていい内容ではない。
王位を継ぐ者が病弱では話にならない。ラウルハルトには弟が一人いるし、現国王の弟も男子を儲けている。
王位継承権の最上位はラウルハルトだが、その彼が病弱というならば別のものが引き受けることもできる状況なのだ。
誰だって体調は崩す、それにいちいち目くじらを立てるものはいないが十日、それも原因不明ともなればさすがに軽視はできない。
それにこういってはなんだが、成人男子の高熱は世継ぎ問題に発展する可能性も含んでおり、憂いのある者を次期王座に据えておくほど王家は甘くない。
ここへきて急に彼の王位は危ういものとなった。
「フェデック男爵令嬢、殿下の病状については今後一切、口外してはなりません」
殊更に厳しい口調で言い放ったエルフィーナにリナはたじろいだ。
「あなたに命令される筋合いなんてないわ」
なんとか絞り出したような小声の反論に動じるエルフィーナではない。
「殿下の健康状態に不安があることを口外してはならないと申し上げているのです」
ここまで噛み砕いてやればさすがのリナでも理解できたようで、はっとした顔をみせた。
「状況はあなたが思うより深刻です、殿下へのお目通りがかなうこともないでしょう。今は待つしかありませんわ」
エルフィーナがそう言うとリナは面白くなさそうな顔をしながらも、一応、理解はしたようで、わかりました、と言った。
口止めはした、あとはエルフィーナ自身の進退をどうすべきか。
難しい顔をしているリナの前でエルフィーナもまた、同じ顔をしていたのだった。
いつものように王宮での教育を終えたエルフィーナが帰宅すると、出迎えたメイドから、彼女の父であるグレーグ公爵が執務室で待っていると伝えられた。
「わかりました、すぐに参ります」
公爵というのはとても忙しい。その彼がエルフィーナの帰宅を待つというのなら急ぎの用事なのだろうと判断し、制服のまま執務室へと向かった。
「お父様、エルフィーナが参りました」
ドアをノックし入室の許可を求める。
「入りなさい」
中から公爵の声がして、エルフィーナは室内へと入った。
「お話があると伺いましたが」
「まぁ、座ってくれ」
公爵はエルフィーナにソファを勧め、自身もその対面に座った。
誰が用意したのか、すでに紅茶がテーブルに出ている。まだ湯気が上がっており、エルフィーナの帰宅に合わせて用意されたのだと分かる。
「今日も王宮に出向いていたのか?」
「はい、教育は毎日ございますので」
先日のボイコットを叱られるのかと身構えたエルフィーナだったが、公爵からは、
「何か、見聞きしたことはないか?」
と聞かれただけだった。
「特になにも」
エルフィーナは少しの間、講義の様子を思い浮かべてから、そう返事をした。
「そうか」
それを聞いた公爵はソファに身を預けて、なにやら考え事をしている。
「なにかあったのですか?」
彼女の問いに公爵はしばらくの沈黙の後で口を開いた。
「ラウルハルト殿下が病に倒れたらしい」
エルフィーナは思わずため息をついてしまった。
リナには先ほど口止めをしておいたがどうやら遅かったようだ、すでに彼女があちこちに言いふらしたあとだったとは。
あのおしゃべり娘は。自身が国母になれるかもしれない未来を自ら潰すなど、呆れてものも言えない。
「もう広まってしまいましたのね」
エルフィーナの言葉に公爵は驚いている。
「それはどういう意味だ?まだ王宮のごく一部の者しか知らない情報だぞ?」
「そうなのですか?」
「おまえはそれを学園で聞いてきたのだな?」
「えぇ、まぁ」
墓穴を掘ったのはエルフィーナのほうだった。
公爵に問い詰められた彼女は洗いざらい、それこそラウルハルトがリナに入れ込み、彼女を妃とするために奔走していることまで暴露する羽目になった。
「あの小僧め」
エルフィーナの話を聞き終えた公爵は遠慮なく悪態をついている。
ここは執務室内で誰も見ていないとは言え、王太子であるラウルハルトに対して使っていい表現ではない。
もっともエルフィーナもそう思っていた為、なにも言わなかったどころか、心の中で、そーだ、そーだ!と盛大なエールを送ったほどだ。
ラウルハルトの後ろ盾としてグレーグ公爵家が名乗りを挙げた形での婚約だったのだ。
それを自ら手放す方向に舵を切るなど、彼は王位に興味がないのかと言いたい。
それならそれで別にかまわないのだが、だったらさっさと婚約関係を清算し、エルフィーナを自由にしてもらいたいとは思う。
「あちらがそういうつもりならおまえとの婚約は白紙にしてもらおうか」
公爵はいい笑顔でそう言った。
「お父様の判断にお任せしますわ」
エルフィーナはそう言って執務室を出た。
自室へと向かう途中の廊下の花瓶にバラが活けてあった。
バラの名は『リトルプリンセス』、小さなお姫様だ。
ラウルハルトと婚約を結んだあの日、彼は庭園に咲いていたこのバラをエルフィーナの髪にさしてくれた。
「いつかわたしの妃となる君にぴったりの名前だね」
彼はそう言って笑っていた。
あの日の思い出はもう色あせてしまった遠い過去。
月明かりに照らされたバラはひどく儚いものに見えたのだった。
それからさらに二週間ほどしてラウルハルトは学園に復帰した。
朝、馬車を降りたエルフィーナは遠くにできている人だかりに目をやり、その中心に彼の姿を確認したのだ。
周囲に集まった学生たちに彼は笑顔で応えており、健康状態には問題がなさそうに見える。
正しい婚約者なら復帰した彼に挨拶をしなければならないところだが、公爵はこの婚約を白紙にすると言っていた。
それにエルフィーナに挨拶をされてもラウルハルトも嬉しくはないだろう、彼が望んでいるのはリナなのだから。
エルフィーナは彼の姿を見なかったことにして教室に入ることにした。
しかし。
「エルフィーナ」
教室に向かおうとしたエルフィーナの背中に声をかけたのは、ほかでもないラウルハルト本人だった。
話しかけられたら無視をするわけにはいかない、エルフィーナはいかにも今気が付きましたという顔をして彼に向き直るとお辞儀で応じた。
「おはようございます、殿下」
彼が病に伏せっていたことは公になっていない。
エルフィーナは余計なことを言わず、ただ、挨拶のみを口にした。
そんなエルフィーナをどう思ったのか、彼は突然、あり得ないことを言い出した。
「エルフィーナ、良かったら今日の昼食を一緒に食べないか?」
一瞬、なにを言われたかわからないエルフィーナは驚きに目を瞬かせるばかりだった。
今、エルフィーナはランチに誘われたように聞こえたのだが気のせいだろうか。
「えぇと?」
思わず首をかしげた彼女にラウルハルトがもう一度、言った。
「今日の昼食を共にしようと言っているのだが、迷惑だったか?」
はい、迷惑です!と叫ばなかった自分は完璧な淑女だ、とエルフィーナは心の中でガッツポーズを決めた。
エルフィーナは少し考えてから、
「申し訳ございません、お昼の予定はもう埋まっておりますので」
と、心底申し訳なさそうな表情を作って断りを伝えた。
正当な理由があっての断わりは決して不敬には当たらない。
むしろ爵位を笠に、強引に予定を変えさせるほうが眉をひそめられる行為であり、エルフィーナが王太子の誘いを辞退したことは問題ではない。
しかし断られると思っていなかったのかラウルハルトは一瞬の驚きのあと、居心地の悪そうな顔をしてみせた。
エルフィーナが彼との昼食を承諾すると思っていたことのほうが驚きだ。
リナをそばに置くようになってから、ラウルハルトは彼女とランチを共にしていると聞いている。
王族のラウルハルトは専用のサロンを持っており、彼の身の安全の為にも、彼は基本的にそこでしか飲食できないことになっている。
彼のサロンには招待された生徒しか立ち入ることができない決まりとなっている為、彼がひとりで食べているのか、誰かと一緒に食べているのか、それは同席した生徒しか知らないことだ。
リナには親しい友人はおらず(だからこそ、ラウルハルトと特別な仲になったわけだが)、言いふらそうにも相手がいない。
ラウルハルトのほうも周囲を将来の側近候補で固められており、王族の動向を明け透けに語るような愚か者はいない。
従って、彼がいつも誰と昼食を取っているのかは明かされてはいないが、大方の予想では、リナとふたり、密室でよろしくやっているのだろう、ということになっている。
そしてその予想にはエルフィーナも賛同しており、そんな男からの誘いを彼女が喜ぶわけがない。
気を取り直したのかラウルハルトは、再度、予定を確認してきた。
「そうか、では明日はどうだろう?」
「明日も決まってますの」
「明後日ならば」
空いているか?と彼が言い切る前にエルフィーナは言った。
「ランチは親しくしていただいている皆様と取ることにしておりますので」
暗に、あなたとは親しい間柄ではありません、と告げるとさすがの彼も黙ってしまった。
そのタイミングでホームルームの始まりを告げる鐘が鳴る。
「失礼します」
エルフィーナは優雅にお辞儀をするとラウルハルトの前から立ち去ったのであった。
ラウルハルトとの婚約を白紙にするべくグレーグ公爵が動いているようだが、すぐにそれが通るわけではない。
エルフィーナへの妃教育は続いており、ラウルハルトが復帰したその日も王宮に出向いていた。
講師陣のしごきを終えた彼女は帰り支度をしていると、
「失礼いたします。グレーグ公爵令嬢様、王太子殿下よりこちらをお渡しするようにと預かってまいりました」
と、言って、訪れた騎士がエルフィーナに一通の手紙を差し出した。
封蝋はラウルハルト個人のものであり、その差出人は彼本人であることがわかる。
受け取り拒否をしたいエルフィーナではあったが、ここは王宮であり、言わば彼のホームだ。
王族の懐での無作法は、不敬罪こそ問われないものの、周囲のひとたちの心証は悪くなるだろう。
あることないこと社交界で噂されても面倒だと考えたエルフィーナは、ありがとうございます、と小さく礼を言ってそれを受け取った。
するとそばに控えていたメイドがペーパーナイフを差し出してきた。
王宮に勤めるメイドはとても優秀で、すぐにでも婚約者からの手紙を読みたかろうと考えた結果の行動なのだろうが、生憎、エルフィーナは彼からの手紙を歓迎していない。
封蝋をした手紙というのは公式とまではいかないがそれでも正式な部類に位置し、居並ぶメイドや持参した騎士が目撃している以上、存在を知らぬ存ぜぬで通すことはできない。
ラウルハルトはそれを狙ってこの手紙を王宮を訪問中のエルフィーナに届けさせたのだろう。
なかなかに姑息な手段を使うものだと苛つきながらも、開封して中身を改めることにした。
『わたしの愛しいエルフィーナへ』
エルフィーナは最初の一行を読んだだけで、思わず手紙から目を背けた。
そこで手紙を持参した騎士と目が合い、取り繕うように、笑顔を作って見せた。
それをどう捉えたのかは知らないが彼は、
「この場でお返事を頂戴してくるようにと言われております、わたしは外で待ちますのでごゆっくりどうぞ」
と部屋を出て行った。
するとメイドたちも、
「わたくしたちも隣室に下がりますので、なにかございましたらお声かけくださいませ」
と、生暖かい笑顔を浮かべて立ち去った。
彼らとしては、婚約者からの手紙を人前で読むのは恥ずかしいだろうと気を利かせたのだろうが、むしろ、この気味の悪い手紙をひとりで読み進める勇気などない。
いっそ、誰かに音読でもしてもらおうかと思っていたのに当てが外れた。
外で騎士が返事を持ち帰る為に待っているのだから、読まないわけにはいかない。
エルフィーナは恐る恐る、続きに目を通した。
『わたしの愛しいエルフィーナへ
今朝は突然の誘いに驚かせてしまったようですまなかった。
改めて、君を昼食に招待したい。
もちろんエルフィーナの都合のつく日でかまわない。
良い返事を期待している。
君のラウルハルトより愛をこめて』
何とか読み終えたエルフィーナは室内に誰もいないのをこれ幸いにと遠慮なく大きなため息をついた。
何故、ラウルハルトはこれほどしつこくエルフィーナを誘ってくるのだろう。
話があるなら招集命令を出してくれればいい。
公爵令嬢であるエルフィーナが王太子の命令に逆らうような真似など、するわけがないのだから。
招待などという強制力のない誘いを受けて、それに応じるエルフィーナだと思われているのなら癪である。
しかし再度、断ったとしても彼の行動から推測するに諦めそうもない気がする。
嫌なことは早めに片付けるに限る。
エルフィーナはドアを開け部屋から出ると、廊下に控えていた先ほどの騎士に言った。
「殿下には承知した旨をお伝えください、明後日に参ります、と」
「かしこまりました」
騎士は一礼をして去っていき、エルフィーナもメイドたちに挨拶をして帰宅したのだった。
ラウルハルトとの約束の日となった。
いつも一緒に過ごしている友人の令嬢たちには昨日のうちに断りを入れてある。
彼女らもラウルハルトがエルフィーナを昼食に誘ったことは知っていた。
あれは馬車止めでの出来事で、なんなら彼は多くの生徒たちに囲まれていた。
そんな人目のある場所での会話なのだから誰が知っていても不思議ではない。
「エルフィーナ様おひとりで大丈夫ですか?」
「わたくしたちの同席を殿下に願い出てみてはいかがでしょうか」
令嬢たちはエルフィーナの身を案じてそう言ってくれたが、彼女は首を振った。
「ありがとうございます、お気持ちだけ頂戴しますわ」
許されるなら友人たちと共に彼と対決したかった。しかし相手は王族、おいそれと巻き込んで良いものではない。
午前中の講義が終わり、ラウルハルトの待つサロンへ向かうエルフィーナの後姿を、彼女の友人たちは心配そうに見送ったのであった。
多くの生徒で賑わう食堂を横目に人気のない渡り廊下を進むエルフィーナ。
コツンコツンと自身が鳴らす足音だけが響く静寂の空間のその先に王家のサロンはある。
扉は大きく開かれている、それは招待客への歓迎を意味しており、ホストであるラウルハルトの心情を物語っている。
サロン内には彼と給仕係しかおらず、リナの同席を予測していたエルフィーナは肩透かしを食らった気分である。
彼は本当にエルフィーナとふたりだけの時間が欲しかったようだ、しかし何故?
「エルフィーナ、よく来てくれたね!」
入口に立ったエルフィーナに気づいたラインハルトはさっと立ち上がり、彼女のそばへとやってきた。
「本日はお招きいただきましてありがとうございます」
丁寧にお辞儀をしたエルフィーナにラウルハルトはエスコートの手を差し出した。
「来てくれて嬉しいよ、ありがとう」
彼の浮かべている表情にはある種の熱が込められておりエルフィーナは困惑した。
それは先日までリナに向けられていた。それを急に自身に注がれても戸惑いしかない。
いつまでも彼の手を取ろうとしないエルフィーナをどう思ったのか、彼は強引に彼女の手をつかむと自ら席へ案内した。
エルフィーナがおとなしく席に着いたことを確認してから彼もその向かいの席に座った。
ふたりが着席したところで料理が運ばれ、食事を始める。
王太子であるラウルハルトが口にするものはすべて王宮から派遣された料理人やメイドが用意している。
目の前に並べられた料理も王宮のシェフが腕を振るった品々で、学生のランチにしては豪華すぎた。
この学園は貴族子女の為の教育機関であり、食堂で提供される料理のレベルも決して低いほうではないのだが、それでもこちらのほうが格段に上だ。
純粋に食事を楽しんでいるエルフィーナにラウルハルトが話しかけてきた。
「わたしが学園にいない間になにか変わりはなかっただろうか」
その言葉にエルフィーナは眉をひそめた。
彼が王太子だとしても学園では一学生に過ぎず、学園の運営に支障をきたすことなどない。
それとも自身が不在の間にエルフィーナがリナを虐めていたとでも言いたいのだろうか。
リナと二人きりで話をしていたことを誰かが彼に告げ口したのだろう。
大勢の前でラウルハルトが病床にあることを言いかけた彼女を黙らせる為にとった行動だったが、結果としてエルフィーナに非ありと判断されてしまったようだ。
「殿下」
エルフィーナはナイフとフォークを置き、居住まいを正して言った。
「フェデック男爵令嬢からどう聞いておられるのかは存じませんが、わたくしは決して、彼女に暴言を吐くなどしておりませんわ」
エルフィーナがきっぱりと言い放つとラウルハルトは慌てたように言った。
「それはもちろん分かっている。わたしは君を信頼しているし、彼女のことはもう気にしなくていい」
気にするなとはどういうことか、彼女を正妃にしたいのではなかったのか。
訝しげに彼を眺めればラウルハルトはさっと立ち上がるとエルフィーナの隣に跪いて、彼女の手を取った。
「わたしには君しかないとわかったんだ。エルフィーナ、君を愛している。どうかわたしと人生を共にしてほしい」
「殿下との婚約は既に結ばれておりますわ」
突然の愛の告白に驚いたエルフィーナは、小さな声で事実を告げるだけで精一杯であった。
「ではエルフィーナ、また放課後に」
ラウルハルトとの謎の昼食会を終えたエルフィーナは、淑女らしからぬよろよろとした足取りで講義室へと向かった。
あのあともラウルハルトは口に出すのも恥ずかしいくらいの甘いセリフを吐き、愛を囁いてきた。
最初のうちは、グレーグ公爵から婚約の白紙を突き付けられた彼が保身の為に演技をしているのだと思ったが、瞳に宿る熱は明らかに本物だった。
彼とは長く婚約関係にあったが、触れ合いとは皆無だった。
礼節に則ったエスコートを受け、ダンスを踊る。ただそれだけ。
それなのに突然、こんな風に距離を詰められても戸惑うばかりだ。
だいたい彼の愛はリナに向けられていたのではなかったのか。
そのことを聞いてもラウルハルトは、忘れてくれ、というばかりだし、実際、なんとも言えない苦い顔をしていた。
そしてその言葉に偽りはないと示したいかのように、自分の馬車でエルフィーナを送ると言い出した。
それは仲睦まじい婚約者同士の間ではよく見られる光景で、彼らは恥ずかしげもなく手をつないで下校し、時にはそのまま街歩きという名のデートを楽しんでいるらしい。
ラウルハルトもそれをやろうと言ったのだが、さすがに王族がなんの根回しもなく街をふらふらしては関係各所に迷惑がかかるし、だいたいエルフィーナには妃教育がある。
そこで今日のところは送迎だけで勘弁してもらったのだ。
いったい、なにがどうすればこういう思考に至るのか。エルフィーナにはまるで分からなかったが、心当たりはある。
ラウルハルトはひと月ほど、病に伏せっていたことになっている。
しかし本当は別のなにかがあって、大いに反省した彼はリナと手を切ったのだ。
だが、何があったのだろう。
いくら考えても見当もつかないエルフィーナであった。
エルフィーナとラウルハルトの昼食会の少し前、リナはいつものようにラウルハルト専用の部屋を訪れていた。
王族は様々な執務を抱えており、学園に滞在中でも決済をしなければならないときがある。
そのため、彼には専用の部屋が用意されており、それを知っているリナは授業をさぼってこの部屋に押しかけては彼との逢瀬を楽しんでいた。
その日、ラウルハルトが復帰した噂を聞いたリナは早速、彼に会いに来たのだ。
部屋の前に立つ護衛騎士とはすでに顔見知りだ。彼はリナに気づいたら進んで部屋のドアを開けてくれるはずだ。
この日もそのつもりで彼に気軽に挨拶をした。
「こんにちは。ラウルは中にいるの?」
すると彼はちらりとリナに視線を向け、
「無関係な方に殿下の動向をお教えすることはできません」
と冷たく言ったのだ。
「はぁ?なに言ってるの?あたしとラウルは付き合ってるのよ?」
リナはそう言ったが彼はもう彼女を見ようともせず、無言を貫いている。
「ちょっと、無視するなんてひどいじゃない!ラウルに言いつけられたいの?」
なんの反応も示さない騎士にリナが大声を上げたところで扉が開いた。
出てきたのはラウルハルトの側近候補のひとりだったが、彼はリナとラウルハルトの交際にいい顔をしていなかった為、リナはあまり近づかないようにしていたのだ。
しかし騎士が当てにならないのだから仕方がない。
リナは側近候補に話しかけた。
「ねぇ、ラウルが中にいるんでしょ?会わせてよ」
すると彼は今まで以上の険しい顔をして、
「今後、殿下の周囲をうろつくことはおやめください」
と言った。
「なんでよ、彼を癒してあげられるのはあたしだけなのよ?」
「王とは孤独です、それを共有できるのは同じ重責を負われる王妃のみ。少なくとも貴女ではありません」
側近の説明にリナは逆上して叫んだ。
「あの悪役令嬢がなにかしたのね?!」
すると石像のように固まっていた騎士がじろりとリナを睨んだ。
「誰のことを言っているのかはわかりませんが、王妃となられるエルフィーナ様への暴言でしたら不敬罪適用で拘束しますよ」
二人の男性に阻まれては中に入ることはできない。
リナは渋々、諦めたが全くわけがわからなかった。
「ラウルハルトの好感度は順調に上がってたはずなのに、なんで?」
リナは自身の持つゲームの知識と照らし合わせて、その通りになっていない現実にどうしたらいいかわからなかった。
あれからラウルハルトは毎朝、エルフィーナを公爵家まで迎えに来て、帰りも送っていくようになった。
他の婚約者たちのように街歩きを楽しむことはできなかったが、代わりに王宮の庭園でデートをした。
厳しかった妃教育も今は緩やかなスピードに変えられた、ラウルハルトが王妃に直訴したのだ。
「エルフィーナの足りないところはわたしが補います、ですから彼女との時間を奪わないでください」
ある日、王妃直々の講義が終わった直後、部屋に押し掛けてきた彼は臆面もなくそう言い放ち、それに王妃は生暖かい目を向けて、
「順番は守るように」
とだけ言った。
なにを注意されたのかわからないエルフィーナとは対照的にラウルハルトはにっこりと微笑んで、心得ております、と言い、彼女の手を引いてさっさと部屋から連れ出してしまったのだった。
庭園でのデートはそのときから始まった。
最初のうちはただ手をつないで歩くだけだったのだが、そのうち、奥まった位置にひっそりと建てられたガセボで過ごすようになった。
ラウルハルトはどこへ行くにもエルフィーナを伴った。
まだ婚約者でしかない彼女をラウルハルトの公務に同行させる必要はないのだが、次代の良好な関係を国民に見せることは彼らの安心につながる。
エルフィーナを甘く見つめ、彼女に寄り添って離れないラウルハルトの姿と、恥じらうように頬を染め、それでも彼のそばを離れないエルフィーナに、人々はこの国の未来は安泰だと噂した。
ラウルハルトに遅れること二年、エルフィーナは学園を卒業した。
彼は観覧席から卒業式を見守り、式典の後に行われる卒業パーティーでは彼女のエスコート役を務めた。
エルフィーナはラウルハルトから贈られたドレスを身に着けていたのだが、それはアクセサリーや小物まで、全身、彼の色に染められた独占欲を隠そうともしない衣装であった。
それを贈り付けるほうもどうかと思うし、恥ずかしげもなく着てしまうほうもどうかしている。
それでも、幸せそうに微笑むエルフィーナとそれを蕩けるような笑顔で甘く見つめているラウルハルトに水を差す者はおらず、会場に集まった人々も王国の行く末を歓迎したのであった。
その後、ふたりは結婚し、夫婦になると同時にラウルハルトが国王に即位した。
婚姻と即位を祝うパレードでは沿道に多くの人が詰めかけており、彼らは『リトルプリンセス』の花びらを投げている。
人々の歓声に手を振って応えるエルフィーナの髪に飾られているのは、彼女の名を冠した『クイーンエルフィーナ』という新種のバラだ。
「わたしの妃となってくれた君へのプレゼントだよ」
大輪の花をつけるこのバラは華やかな雰囲気を持つエルフィーナに合っている。
「ありがとうございます」
エルフィーナは艶やかな微笑みで夫となったラウルハルトからのプレゼントを受け取ったのであった。
(ラウルハルトの物語)
ラウルハルトは王族であり王太子だ。
そんな彼が一般食堂で出される食べ物を口にするわけにもいかず、彼はいつも専用のサロンでひとりきりの昼食をとっていた。
今年度は婚約者であるエルフィーナが入学してきた。
それならば彼女を誘ってもよかったのだが、食堂で友人たちと楽しそうに語らっているエルフィーナを見たら気が引けてしまった。
それでなくても彼女には相当な無理を強いている。
王族の教育というものはとても厳しく、ラウルハルトも努力をして学んでいる。それはラウルハルトが将来の妃として選んだエルフィーナも同じ、いや、むしろ幼少期から取り組んできた彼よりも期間の短い彼女のほうが苦労は大きいだろう。
サロンでの食事に誘ったら、彼女の数少ない息抜きの場を奪うようで申し訳なく思ったのだ。
その日もひとりでサロンに向かっていると、一般食堂の入口あたりでまごまごしている女生徒に気が付いた。
友人でも待っているのかとその日は別段、気にすることもなく通り過ぎたのだが、その翌日も、そのまた翌日も、その女生徒は食堂に入ることなくもたもたしていた。
「君、なにか困ってるのかい?」
なにげなくラウルハルトが声をかけると、その女生徒は勢いよく振り向き、一瞬、笑みを浮かべたかと思ったら、次の瞬間には悲しげな表情になった。
「あの、あたし、遅れて入学したから一緒に食べてくれる友達がいなくて」
貴族とは思えないほどの稚拙な言葉遣いには驚いたものの、上級生として困っている新入生を放っておくことはできない。
「そうか。わたしの婚約者も今年、入学したんだ。わたしから彼女に君を紹介をしてあげよう。仲間に入れてもらうといいよ」
「え?いえ、それは」
そういえば、新学期からふた月ほど遅れて入学した男爵令嬢がいると聞いたが、どうやらそれはこの女生徒のようだ。
男爵位の彼女にとって公爵令嬢のエルフィーナとの食事は敷居が高いのかもしれない。
そう考えたラウルハルトは自身のサロンに誘ってみることにした。
あの場にはラウルハルトと給仕係しかおらず、この女生徒が失敗をしても誰も咎めたりはしない。
王族との食事に慣れてからエルフィーナの仲間に入れてもらえば、緊張することもないだろう。
「君、一緒に食事をしないか?わたしもひとりで食べているんだ」
「え、いいんですか?」
ラウルハルトの誘いに女生徒リナは輝くような笑顔を見せ、ここからふたりの交流が始まった。
リナと昼食をとるようになってから数か月後にはそれ以外の時間も一緒に過ごすようになった。
彼女は天真爛漫な女性で、完璧な淑女になってしまったエルフィーナにはない魅力があった。
いつものように彼女と学園の裏庭にあるベンチでたわいない話をしていたとき、突然、雨が降ってきた。
慌てて校舎に駆け込んだがびしょ濡れになってしまった。
「参ったな、着替えないと」
王太子のラウルハルトがみっともない格好をさらすわけにはいかない。
こういうときの為に彼の執務室には着替えが常備してあるが、リナは持っていないだろう。
「とりあえず執務室に行こう」
放っておくわけにもいかず、彼女も執務室に連れてきたのがいけなかった。
いつもなら最低でもひとりは待機しているはずのメイドがその日に限って誰もおらず、思いがけず密室でふたりきりになってしまった。
リナの濡れた制服では素肌が透けて見え、しっとりと水分を含んだ髪も妙になまめかしく、その煽情的な姿を目の当たりにしたラウルハルトは、つい、リナを抱き寄せ口づけをしてしまった。
ここで彼女が抵抗してくれればよかったのに、リナは積極的にラウルハルトを求めてきた。火のついた若い二人が途中でやめることなどできるわけもなく、結局、そのまま男女の仲になった。
一度、体をつなげてしまうともう歯止めがきかなかった。
リナを手放し難くなったラウルハルトは彼女を妃に据える為、側近候補の侯爵令息にリナを家の養子に迎えるようにと迫った。
それに先だってエルフィーナには婚約破棄を突きつけてある、リナに自分の本気と誠意を見せたかったからだ。
侯爵家がリナを養子にするに相応しい娘であるかを調べたが、その調査でとんでもないことが発覚した。
リナは、ラウルハルトを含む複数の令息、およびひとりの若い男性教諭と体の関係を持っていたのだ。
「何故、そんなことをしたんだ!」
ラウルハルトは怒りのあまりリナを怒鳴りつけたが、彼女はケロッとした顔で意味不明な言葉を吐いた。
「だってR18なんだもん、当たり前でしょ?」
王家に托卵は許されない。身持ちの悪い令嬢を妃に迎えることはできず、関係は清算させられた。
一方的にエルフィーナに婚約破棄を宣言したラウルハルトと婚約を結んでくれる令嬢は見つからなかった。
もちろんエルフィーナとの再婚約もできるわけがない。彼女には既に、隣国の王太子という新しい婚約者がいるのだ。
それから数年後、とある国際的な集まりでラウルハルトはエルフィーナと再会した。
彼女は隣国の王太子妃として参加しており、その隣には彼女を甘く見つめる王太子がいた。
彼は間もなく即位し、王となるそうだ。それを支えるのは完璧な淑女のエルフィーナ。
そんな完璧な淑女が夫の囁きにぽっと頬を染めている。
その姿は初心な少女のようで、エルフィーナのそんな一面を引き出したのが自分でないことにラウルハルトは嫉妬した。
リナに惑わされなければこんなことにはならなかった。
あの愛らしい顔を皆に見せつけるのはこのわたしだったのに。
ラウルハルトは悔しさを胸にエルフィーナとその夫を見つめていた。
しかしある日、目が覚めると何故か日付が戻っていた。
それはエルフィーナの入学から三か月ほどが過ぎたころだった。
メイドの話を聞く限りでは、ラウルハルトはここひと月ほど原因不明の病で昏睡状態にあったようだ。
なんでもいい、今度こそ失敗はしない。
ラウルハルトの二度目の人生が始まった瞬間だった。
一応、書いておきますと、
エルフィーナ・・・ふつーに生きている
リナ・・・乙女ゲームへの転生者:ヒロイン
ラウルハルト・・・人生やり直し中
という設定です。
本文だけで上記を読み取っていただけていたら良いのですが・・・。
稚拙な文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。
24-6-12追記 誤字を修正しました、ご指摘に心から感謝いたします!
たくさんのイイネをありがとうございます。本文だけで三人の状況が通じた、ということでしょうかね?
これからも精進してまいります。