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短編集

婚約破棄を突きつけて

作者: よぎそーと

「侯爵令嬢、おまえとの婚約を破棄する」

 言い放つ声に、居合わせた一同は声を失った。



 貴族が通う学校。

 その最終学年の生徒達の卒業を祝うパーティ。

 卒業式を控えた生徒達が集まり、学生最後の時を楽しむ。

 そんな場における、王子の発言である。

 誰もが凍り付いた。

 おかげでざわめきも起こらない。

 結構な人数が集まってるにもかかわらず。



「────理由を聞かせてもらいましょう」

 宣言された侯爵令嬢は、集まった者達の中から前に進み出て尋ねる。

 開幕の挨拶をするために壇上に上がった王子の前に。

 その姿にはいささかの揺らぎもない。

 内心はどうなのか分からないが、無様な姿はさらさない。

 そんな貴族の矜持が覗えた。



 もっとも、そんなもの王子にはどうでも良い事だ。

 むしろ、ふてぶてしい態度にしか見えない。

 腹が立つし呆れる。

 それすらも通り越して、心に何の感情も浮かんでこない。

 明鏡止水の境地に王子は辿り着いてしまった。



「お前が王妃にふさわしくない。

 それだけの事だ」

「説明になって────」

「やれ!」

 言いつのろうとした侯爵令嬢。

 それを遮って王子が号令をかける。

 すぐさま潜んでいた近衛兵が飛び出し、パーティ会場に切り込んでいった。



 切り込む。

 ものの例え、比喩ではない。

 文字通りに斬りかかってる。

 槍を、長刀を、刀を手にして。

 その場にいた貴族の子女に向かって。



 パーティ会場は一挙に阿鼻叫喚の地獄となっていく。

 有力貴族の令息が切られていく。

 美貌をうたわれた令嬢が数本の槍で貫かれていく。

 上は侯爵から下は男爵まで。

 更には男爵より下の騎士階級の者。

 そして、栄達した有力平民に一代限りで与えられる準貴族の子供まで。

 例外なく全員が近衛兵に殺されていった。



「────」

 婚約者だった侯爵令嬢は周りを見渡す。

 そこらで上がる血飛沫に悲鳴。

 断末魔の叫びにうめき。

 命を失い死体になっていく貴族子女達。

 さすがに令嬢も平静を保つ事は出来ないでいた。



「……殿下」

 どうにか壇上に目を向け、王子を呼ぶ。

 そんな声を無視して、王子は殺戮の状況を眺めていく。

 残ってる者、逃げてる者がいないかを確かめながら。

 もっとも、周囲は近衛兵が囲ってる。

 逃げ場など無い。



 侯爵令嬢の周りから貴族が消えていく。

 残るのは近衛兵だけ。

 その近衛兵も、侯爵令嬢の周りに並ぶ。

 それこそ、尊き者を迎えるときのように整列をして。

 その中で侯爵令嬢は王子と向かい合った。



「さて、ご令嬢」

 名前さえも呼ばず、相手の事を呼ぶ。

 そこに確かな隔意を令嬢は感じ取らざるをえなかった。

「お前との婚約解消だが。

 別に縁を切るのはお前だけではない」

「…………」

 令嬢は無言になる。

 なるしかなかった。



「見ての通り、ここに集めた貴族の子女は始末した。

 当然、これらだけを片付けてるわけではない。

 これらの親も、その縁者も、上司や配下の者も。

 残らずまとめて処分してる最中だ」

 とんでもない事を言い出す王子。

 さすがに令嬢も正気なのか疑いそうになる。

 だが、そんな現実逃避など出来ない。

 周りで既に起こってる事を考えれば、様々な可能性が考えられるのだから。



 貴族の子女を殺すなど簡単にできるものではない。

 貴族ではない平民であっても、殺せば相応の罰を下される。

 これは貴族とて例外では無い。

 ただ、貴族の場合は罪や罰が幾らか軽くなる。

 これらは階級による特権となる。



 逆に貴族を殺せば罪は重くなる。

 死に至らない暴行や傷害であってもだ。

 懲役や禁固などの刑期は長くなる。

 懲役による労働もより厳しいものになる。

 殺そうものなら、加害者の一族郎党どころか、近所に住んでる者まで連座となる。



 そんな貴族を近衛兵は殺していっている。

 正確には貴族の子供達だが。

 貴族である事にかわりはない。

 こんな事、貴族の上に立つ王族とて簡単にできる事ではない。

 それを平気でやっている。



 ここまでやるには、相当の覚悟があるはず。

 思いつきでやるわけがない。

 何らかの理由がある。

 そして、実行のための準備を入念に仕上げている。

 やった後に起こる様々な問題も覚悟している。



 こんな事が出来るとなれば、確実に国王が絡んでる。

 それだけではない。

 他の有力者も。

 貴族だけではなく、市井の有力者もだ。

 近年、力をつけてきている商会、工房、地主などなど。

 これらの多くが絡んでると令嬢は予想する。

 でなければ、ここまでの事が出来るわけがない。



「全てはお前らのなした事による」

 お前、と呼ばれても令嬢は怒る気にもなれなかった。

 明らかに軽んじられてるのに。

 そんな事を気にしてる場合ではないのを感じ取れるからだ。



「いったい何を……」

 緊張しながら尋ねる。

 何でこうなったのか?

 何が理由なのか?

 ここまでの事をする原因がわからない。



 身に覚えが無いと言えば嘘になる。

 王侯貴族に限らず、有力者の間では様々な権謀術数が渦巻く。

 様々な暗闘があり、力関係が常に変化する。

 そんな中で恨みを買わずにいられるわけがない。

 どこかで何かしらの怒りや不興を買う。

 有力者ともなれば、どうしてもこれらがつきまとう。



 だが、一方的に殺戮される程の事をやったのか?

 それが分からない。

 いくら暗躍暗闘が当たり前の貴族だとしてもだ。

 だからこそ、殲滅するまでの事にはならない。

 どこかでお互い様という意識が働いてるからだ。

 なので、大量に人が死ぬ事態は滅多に発生しない。

 皆無とはさすがにいかないが。



 今回の出来事はその一線を大幅に超えている。

 ほどほどで終わらせようという意思が一切見えない。

 徹底的にやりきるという意図だけが見える。



 そこまで決断させる事がどこにあったのか?

 いったい何がここまでの事態を招いたのか?

 婚約者だった令嬢には分からない。

 彼女の知りうる限りにおいて、そんな話は一切ない。



「まあ、分からないだろうな」

 王子は平坦な声で喋っていく。

 そこに落胆や悲嘆はない。

 ただただ平坦な調子でいる。

 だからこそ恐ろしい。

 もう何の感情も抱いてない。

 無感動に物事を進めるほどになってるのだから。



 おそらく、泣き叫んでも、どんな利益を提示しても無駄。

 ありとあらゆる駆け引きを拒絶する。

 そんなものより命が欲しい、さっさと死んで欲しい。

 そこまで気持ちが進んでしまっている。

 引き返す事も動きを止める事もないのが分かってしまう。



「分かりません」

 令嬢は覚悟を決める。

 自分が生きて帰る事は無いと。

 ならば、せめて謎を謎のままにせずに死にたかった。

 理解も納得も出来なくても、こうなる原因くらいは知っておきたかった。



 だが、その機会すらも与えられることはなかった。

 壇上から下りた王子は、令嬢の前に進み出ると、剣を抜いて突き出す。

 それは令嬢の腹に突き刺さり、横に薙ぎ払われた。

 切り裂かれたドレスと腹から内臓が飛び出る。



 激痛が令嬢を襲う。

 そして息苦しさも。

 腹を切るのは壮絶な痛みがあるという。

 そして、腹筋が切られる事で呼吸困難になる。

 内臓も飛び出てしまり、苦痛に常に苛まれる。



 恐ろしいのは、これでいて即死は出来ない事。

 息苦しさと苦痛を味わいながら死を待つ事になる。

 場合にもよるが、最長で20分は続くとも言われている。

 それほどの間、令嬢は苦悶に襲われる事になる。



 だが、それでも救いはあった。

 王子によって処罰された。

 それは、王族による名誉ある死となりえる。

 例え死ぬにしても、様々な形式と様式がある。

 その中で、たとえ処刑であっても王族より死を賜るのは、貴族に与えられる最後の名誉と言える。

 しかし。



「言っておくがお前への一太刀は名誉にはならん」

 王子が冷酷な事実を突きつける。

「そもそも、名誉の一太刀などお前ら貴族が作り出した戯れ言だ。

 そんなものあるわけがないだろ。

 強いていうなら、こんなもの無礼討ちにしかならん」

 その言葉が令嬢に突き刺さる。



 無礼討ち。

 非道な行いに対しての成敗。

 礼儀を欠いた者への死罪。

 これには一切の名誉がない。

 むしろ、不届きをした、無礼を働いたという烙印である。

 名誉どころか汚名を残す事になる。



 また、王子の言うとおり、名誉の一太刀など存在しない。

 最後の情けとして上位の者が処罰を行う────こんなもの、名誉や栄誉をほしがる貴族が作り出した幻想でしかない。

 最後の最後まで見栄を決めて死にたいという、繰り言からの妄想だ。

 刑罰や処刑にすら格式を求める貴族の浅ましさである。



 そんな妄想を王子は断ち切っていく。

「お前らはただただ醜悪な汚物だから処分する。

 ゴミと同じだ。

 いっそ、糞尿と変わらない。

 それよりも汚い」

 令嬢が最後にすがりたい名誉。

 それすら王子はすりつぶしていく。

 もとより存在しない虚構なので、粉砕しておいた方が世のため人のためであるが。



 臓物とともに血が床に流れていく。

 それらと共に飛び出していく命を止める事も出来ない。

 一応、侯爵令嬢も魔術は使える。

 治療や回復もたしなみとしておぼえてるので躊躇わず使っていく。

 もっとも、効果は期待出来ない。



 魔術はいわゆる他の技術や知識と同じだ。

 このようなものを身につけるのは平民の仕事。

 様々な知識や技術を身につけた者を扱うのが貴族。

 こうした考えにより、ほとんどの貴族は高度な技を用いる事は出来ない。

 例外なのは、好きなことにのめり込む性格の者達くらいだ。



 それでも、最低限の事は出来るようにはなっている。

 最低限の知識や経験もなければ、よりよく人を使う事も出来ないからだ。

 この為、最低限の事が出来ればそれで終わりという者が貴族の子女の多数である。

 侯爵令嬢もそういったよくいる貴族の一人だ。



「ヒール、ヒール、ヒール……」

 必死になって治療魔術を使う。

 だが、傷口がなおる事は無い。

 腕の良い治療魔術の使い手なら、瀕死の重傷すらなおすが。

 そんな事が出来るのは、天才か修練を欠かさない努力家くらいだ。

 そこまで研鑽を侯爵令嬢が積んでるわけがない。



 全く効果が無いわけではない。

 痛みがいくらか引いて、寿命が数十秒は延びてるだろう。

 最低限の効果を発動させる低度の侯爵令嬢の魔術ではこれが限界だ。

 それでも、効果のある魔術を発動させるだけでも大したものだが。



 慰めにもならない魔術の効果。

 それでも懸命に魔術を使い続ける侯爵令嬢。

 そんな侯爵令嬢の魔術もついには尽きる。

 魔術を発動させる精神力が切れたのだ。

 あとは、死ぬまで苦痛の中で悶えるしかない。



「なんで……」

 侯爵令嬢の目から涙があふれる。

 どうしてこうなったのか、本当に理解出来ない。

「何したっていうのよ」

 悪いことは何もしていない。

 善行も積み上げてないにしても、殺されるほど悪いことをしたのか?

 そんな疑問が侯爵令嬢の頭に上り、口からこぼれる。



 王子は冷ややかに見下す。

 何も理解していない女を。

 婚約者でもなく、侯爵令嬢でもなく、ただただ鬱陶しいだけの女を。

 ただただ忌々しく、憎悪や嫌悪を抱きながら。



 婚約者だっただけに、王子のもっとも近くにいた女だ。

 それだけに恨みや怒りも大きい。

 やってる事を間近で見てきたからだ。

 たしなめた事もある。

 だが聞き入れなかった。

 それどころか、怒濤の弁明という名前の突き上げを繰り出してきた。

 そんな諍いを何度もくり返してきた。

 愛想などもとより無い。



 そもそも、好意を抱いた事すらない。

 家同士のため、国内の勢力図を考えて。

 そうして結ばれた婚約だ。

 相手への好意などありえようがない。

 もっとも、それならそれで程よい人間関係を作れれば良かったのだが。

 それも普段の言動や態度を見れば不可能だった。



 無駄に気位の高い女だった。

 それも尊厳を大事にするというものではない。

 自分の地位や立場に諾々とする人間だった。

 本来の意味での誇りや尊厳、プライドなどこれっぽっちももってない。

 義務を遂行するという崇高さなど期待できない。

 そんな女だった。



 それだけに周囲への態度は酷いものだった。

 貴族同士ならよくある権勢の誇示にもなろうが。

 そこに留まらなかったのが最悪だった。



「よくもまあ、俺の民を」

 俺の民。

 その言葉を薄れゆく意識の中で侯爵令嬢は聞いた。

「我らの膝元に住まう者達を。

 我らを支える者達を。

 あいつらにあんな態度をとるとはな」

 いったい何のことだと侯爵令嬢は思った。



 対して王子は冷静な冷酷さを漂わせていく。

 怒りが頂点に達して、そこを超えてしまっていた。

 そうなるほどに、目の前の侯爵令嬢の態度は酷いものだった。



 王子の言う『俺の民』とは王族領の住民である。

 国土の多くを貴族に委託してるのが王族だ。

 その王族にも直接統治してる土地がある。

 それが王族領である。



 当然ながら王子と結婚すれば、この王族領とも関係が出来る。

 その為に王子は侯爵令嬢を時折伴って王族領に出向いていた。

 出来るだけそんな機会を減らすよう努めながら。



 そうする理由は一つ。

 あまりにも態度が酷すぎたからだ。



 婚約者だった侯爵令嬢は王族領地でいつも通りにふるまった。

 貴族らしく、民に高圧的に接していった。

 あってはならない事だった。

 貴族として、それが当然だとしてもだ。



 王族領では王族と平民の距離が近い。

 それこそ、ご近所さんやお隣さんのような接し方をしている。

 もちろん、他者への配慮や気遣い、尊重のし合いはある。

 人が人として当然にせねばならない礼儀や譲り合いはある。

 王族ならば尊重される立場ではあるのは確かだ。

 それでも、平民を見下し侮蔑するような態度をとるわけではない。



 これは古来からそうだった。

 王族とはいっても、何千年も遡れば他の者達と同等の存在だった。

 それが、田畑を作り、天候を読み、収穫をあげていった事で尊崇を得るようになった。

 人々をまとめ上げる立場になっていった。

 時に害獣や外敵を率先して倒しもした。

 そうしていく内に周りの者達を束ねるようになった。



 そうして次第に統治者・支配者となり。

 やがて王と呼ばれるようになった。

 そんな王族の発祥の地がいつしか王族領となっていった。



 言うなれば、王族領とは王族と古来から親しかった者達の集まりだ。

 重臣ではなくても、共に生きてきたという連帯感がある。

 また、王族からすれば、気取らず飾らずにいられる安息の地でもある。

 ここでは王族は気楽に近所の者達と接する事が出来る。

 息が詰まる権力争いの場の王宮と違って。



 当然、王族の配偶者となれば、この王族領の民の上に立つ。

 常日頃から接するようになる。

 貴族であっても、直接平民と暮らしを共にする事になる。



 国王ともなれば、王族領に出向くことも少なくなるにしてもだ。

 生活は専ら王宮が中心になる。

 王族領に帰るのは祝祭日のような時になる。

 それでも、そうして王族領に帰れば、領民と触れる事になる。



 ここで衝突が発生する。

 王族ならば問題なく平民と接する。

 なにせ、生まれ育つのは王族領だ。

 近隣の者達とは顔なじみ。

 分け隔て無く…………とは立場上難しいが。

 それでも割と気安く接している。



 だが、貴族はそうはいかない。

 平民と区別された生活をしてきた。

 また、平民の上に立つという意識がある。

 いうなれば見下し蔑んでる者が多い。

 お互いの間には峻厳な境目がある、それが当たり前としてる者達だ。

 当然、王族領で平民と接する際には、貴族の考えをもちだす。



 貴族に平民は服従すべし。

 貴族に逆らうことなかれ。

 貴族を優遇して当然。

 言ったことには従え。

 こういった事が当たり前となってるのが貴族だ。

 これを王族領でも平気で行う。



 当然衝突が発生する。

 王族領ではありえない事だからだ。

 王族領の民は王族ともさして大きな隔たりはない。

 敬意はもってるし示しもする。

 だが、王族の下に組み込まれてるわけではない。

 あくまでご近所の中で上にいる、それくらいの認識しかない。



 王族領においては、身分の差が無いのが大きい。

 どんな立場であっても、悪いことをすれば罰せられる。

 この逆も当然ある。

 なので、王族領の民は貴族だからといって必要以上に丁寧なる事もない。

 命令や指示に従うこともない。

 これが当然なのだから。



 そんな者達にあれこれ命令しても聞くわけが無い。

 へりくだった態度で接するわけもない。

 貴族だからといって特別敦章をするわけではない。

 これが貴族には気にくわない。

「礼儀知らずの狼藉者が!」

 などと叫んで激怒するのが常だった。



 この為、王族の配偶者となった貴族が王族領に赴く事はほとんどない。

 無駄な騒動を引き起こすだけだからだ。

 そして、その理由や原因は貴族にある。

 一般的な民に対するような態度で王族領民に接した。

 それが最大の間違いである。



 そもそも、貴族が民に横柄に接してるのが間違いである。

 特権意識を間違えて身につけてる。

 本来、特権とは統治に必要だから与えられてる免責事項だ。

 当然そこには、統治者としての義務、貴族としての義務が付いてくる。

 というより、これが逆だ。



 統治者・貴族としての義務を遂行するために必要な権利。

 これが特権だ。

 義務を行うから特権が発生した。

 なのに、義務を忘れ特権だけを当たり前に使う。

 貴族としてあってはならない所業だ。



 そんな貴族が当たり前になっている。

 王族の配偶者となる者も例外ではない。

 希に正しく特権意識を持ってる者もいる。

 義務を遂行するための権利だとわきまえてる者もいる。

 だが、王子の婚約者だった侯爵令嬢は違った。



「なんですか、あの者達は!」

 王族領にやってきた侯爵令嬢は、王子にそう言いつのってきた。

「礼儀もなってない、言いつけも守らない。

 あんな無礼な者達を許してはおれません!」

 そのまま民を断頭台に送り込みそうな勢いだった。

 もちろん王子が許すわけもない。



 それが侯爵令嬢には気にくわない。

 貴族として当然の扱いを求めたのに、却下された。

 それは貴族そのものの否定に思えた。



 そして、この事は親に報告。

 親も当然のように抗議をした。

「無礼非礼をたださねばなりません」

 そう言って。



 貴族にはこういう考えの者が多かった。

 階級やら上下の区分にこだわる者がほとんどだ。

 王族領における民の態度を是正する必要があると考えている。

 本来なら王族領における民の態度が正しいのだが。

 そう考える貴族はほとんどいない。

 年を追うごとに減っている。



 それが統治にも影響を及ぼしていた。

 近年になればなるほど、各貴族の領地における問題が大きくなっている。

 増税に労役の増加などが原因だ。

 どうしたって生活の負担が大きくなっている。

 そこに不満を持つ民が増大している。



 だが、貴族はこれが反乱にほかならないと考えている。

「税の負担は小さなものだ」

「労役は適切に行われている」

 そう叫ぶ者達が多い。

 だが、実態はもちろん違う。



 これはあくまで貴族の観点からの話だ。

 彼らの考えによれば、何も問題はない事になっている。

 貴族の基準に照らし合わせれば、税金も労役も適正なものだと。

 むしろ負担など無いに等しいほど少ないという事になっている。

 どういう調査をしているのか、どんな基準で物事を計ってるのか。

 そんな疑問が出て来る。



 もちろん事実は貴族の言い分とは異なる。

 王家による調査が秘密裡に行われ、実態の把握につとめられた。

 その結果、各地における民衆への負担は増大の一途をたどってるのが分かった。



 税に加え、多大なる理由による徴収が当たり前に行われていた。

 傷害保険に、道路維持費に、各種機関の維持費用などなど。

 更には貧窮対策に貧民救済費用の徴収と。

 これらを合わせた負担は、収入の6割を超えていた。

 場合によっては7割に到達する事もある。

 税率60パーセントから70パーセントと言えば分かりやすいだろうか。



 更に労役。

 貴族・統治者の特権として、領民を労働に用いる事が出来るというものだ。

 これにより、貴族は無償の労働力を手に入れる事が出来る。

 とはいえ、寝床や食事などは与えねばならない。

 完全な無償というわけではない。



 それでも通常の賃金を払うより安く労働力を確保出来る。

 また、寝床も食糧もしっかり与えることも希だ。

 ほとんどが、粗末なテントと、カビの生えたパンに味の付いてないお湯のようなスープで済ませている。

 実質的に無料の労働力を好きに使ってる。



 挙げ句に、公共の目的に使うという理由で土地を強奪。

 住処を奪われる民もいる。

 それもかなりの数がだ。

 そうして奪った土地は、都合良く転売したり、別荘地になっていたりする。



 民の不満が高まらないわけがない。

 そんな貴族の言うことなど、王族が受け付けるわけもない。



 むしろ王族は平民によりそっている。

 王族領で生まれ育ち、幼少期は近隣の平民と混じって暮らす事が多いからだ。

 民の生の声を子供の頃から聞いている。



 それだけに、各地からの民の声が王族の耳に入りやすい。

 この声を国政に活かすことで王族は王族としての地位を保ってる。

 貴族に遮られがちな民衆の意見を耳にする事が出来る。



 だからこそ、長きにわたる統治を続けてこれた。

 過去に何度もあった内乱を乗りこえて。



 そうした歴史を教訓として王族は受け継いでいる。

 どんな事をすればどうなるか。

 その実例を歴史として学んでいる。

 そこから得られた知見を活かして存続してきた。

 その中には内乱の兆候も当然ある。



 現在の貴族のあり方は、内乱の兆候そのものだった。

 おかしな特権意識。

 民への重圧。

 静かに拡がる不満の増大。

 生活が乏しくなってれば、当然民衆は不満を持つ。



 王族領の民からそれを聞いていた王と王族は、対処に乗り出した。

 問題をおこす貴族を特定。

 その始末を画策していった。

 問題がより大きくなり、国が傾かないように。

 そうなる前に問題の発生源達を処分するつもりでいた。



 それがあらわれたのが、貴族学校の卒業記念パーティ。

 ここに集まる多くの貴族子女の抹殺。

 もちろん、子供達だけが処分対象ではない。

 子供の晴れ舞台に招待された貴族もまとめて片付ける。

 その為に近衛兵が配置されていた。



 それだけではない。

 この学校が存在する王都在住の貴族。

 これらもまとめて処分されている。

 王宮につめてる者達はそのまま王宮で。

 王都の館にいる者達は館の中で。

 居所の分かってる貴族は例外なく処分されていった。



 婚約者だった侯爵令嬢も、その実家も処分対象だった。

 もともと要注意人物として調査されていた。

 そこに王族領への言い掛かりを付けた事で処分確定となった。



 もしそこで、王族領に馴染む姿勢を示せば。

 自分達の事を省みる事が出来れば。

 その後の自領の政策を改善してれば。

 処分は免れただろう。

 だが、そうはならなかった。



 とはいえ、爵位は失う事にはなっただろう。

 たとえ改心しても、それで罪が無くなるわけではない。

 やらかした事の精算はせねばならない。



 なにせ、侯爵令嬢の実家における統治の酷さはかなりのものだ。

 民には失政による死亡者まで出ている。

 死なずに済んだ命を奪った罪は消えない。



 侯爵令嬢はそんな家で生まれて育ってきた。

 持って生まれた傲慢さもそのままに生きてきた。

 それがあらわれたのが王族領での態度だ。

 それを見て、王子は心の中で見限っていた。



 出来れば婚約も解消したかった。

 さすがにそこまでは出来なかったが。

 それでも、貴族の一掃が決まっていたので我慢する事にした。

 事が起こるその時まで。



 そして貴族の一掃作戦が始まり。

 王都においてはまず成功をおさめる事が出来た。

 その象徴のように、元婚約者が血の中に倒れている。

 無念そうな苦悶を浮かべながら死んだ侯爵令嬢。

 死体という物体になったそれを、王子は汚物を見るように見下した。



 その後、国内で大きな粛正が起こり。

 国は様々な事を一新する事になった。



 国の運営は生き残った貴族と、新たに採用された民によって行われ。

 各地における様々な政策のほとんどが消滅していった。

 これにより、民への負担が消えて、国力が回復していく事となる。



 分かりやすくいえば、金が国内を回るようになった。

 今までは貴族が吸い上げる事で金の流れが滞っていた。

 そんな貴族とよそ見を結ぶ者達だけが利益を得ていた。

 商会に工房、慈善団体や宗教。

 救済の名目で流れた金が、慈善団体や宗教に流れていた。

 もちろんこういった団体は貴族の縁者や服従する者が運営している。



 そうして貪っていた利益が、正しく流れるようになった。

 よりよい物を作る所へ。

 よりよい商いをする者へ



 それでも回復は簡単にはいかず、長い年月を用いる事になる。

 だが、着実に本来あるべき姿に戻りつつあった。

 よりよき者が発展し繁栄する世の中に。



 王子もその中で出来る事をしていった。

 王族として、次期国王として奔走するのは避けられない。

 それでも王子は決して辛いとは思わなかった。

「あいつの相手をするのに比べればね」

 かつて婚約者だった不届き者。

 ヒステリックに叫び、我を通すために何でもした侯爵令嬢。

 それの相手に不毛な時間を使うよりも、今の忙しさの方がマシだった。

「だって、やればやっただけの成果が出るんだぞ」

 苦労のしがいがあると王子は語った。



 そもそも、そりが合わなかった。

 生まれついての貴族だった侯爵令嬢。

 その鼻持ちならない傲慢さが鬱陶しかった。

「俺には無理だよなあ」

 常々そう思っていた。

 殺して処分した今でもそう思う。



「根が庶民の俺にはねえ」

 これは王族領で平民と共に暮らしたからという事ではない。

 前世の日本での生活を今もおぼえてるからだ。

 ごく普通の庶民として生まれ育って、普通の人間として生きていた。

 数十年に渡る人生が、生まれ変わってきたこの世界でも身にしみている。



 そんな転生者である王子には、侯爵令嬢の性格や考え方が理解できなかった。

 したいとも思わなかった。

 少しでも歩み寄れればと思ったが。

 そういう考えは早い段階で捨てた。

 これも前世の記憶・体験による。



 侯爵令嬢に似たような人間は前世でも出会ってきた。

 高貴な生まれというわけではない。

 鼻持ちならない傲慢さ、癇癪持ち、ヒステリック。

 そういう人間と何人も出会ってきた。

 だから分かるのだ。

 話し合いが出来ない人間がいるというのを。



 我を通す事だけ求める人間はいる。

 それがどんな損失になろうとも、自分の思い通りにしたがる人間がいる。

 こういう人間は己の意のままにならないと気が済まない。

 その為にあらゆるものを犠牲にする。

 話し合いなど出来ない。

 丸く収める方法は一つ、殺して二度と何も出来なくするしかない。

 侯爵令嬢はそういう人間だった。



 そういう人間にとって、話し合いとは丸め込みと同じ意味でしかない。

 如何に自分の思い通りにするか。

 その為だけに言葉を使う。

 相手の考えを知るためとか、よりよい道を探るという意図はない。

 自分が有利になるように話を進めるだけだ。

 相手にする必要がない。

 さっさと殺した方が物事が良くなる。



 実際、侯爵令嬢を含めた貴族を処分してから世の中は良くなった。

 損失が大きくて回復には時間がかかるが。

 損害をもたらす者はもういない。

 あとはよりよい状態に戻るだけだ。



 逆にいえば、侯爵令嬢のような人間がいなければ、世の中が悪くなる事はない。

 ならばさっさと処分した方が良い。



 犯罪者と同じだ。

 捕まえてさっさと死刑にした方が良い。

 そうすれば、損害が増える事はない。



 幸い、この世界は前世よりもマシだった。

 国を損なうような輩を処分できる。

 歴史の中で何度もこうした事が行われている。

 おかげで長い歴史を保つ事が出来た。

 長い歴史を続けられるほど、国が存続してきている。



 もちろん、毎回大きな騒ぎを起こしてるわけではない。

 だいたいは問題が大きくなる前に処断が下されている。

 それらは歴史に残ることもなく消えていく。

 ただ、平穏な日々として記録にも残らなずに時の中に埋もれていく。



 今回、貴族の大量処分となったのは対応が遅れたからだ。

 何代か前から兆候があったから、時の国王などは動いていたが。

 あまりにも問題をおこす勢力が拡がり過ぎていた。

 なので一気に片付ける事が出来なかった。

 今回、転生してきた王子の代になってようやく事を起こす事が出来た。



 今後はこうならないように、早い段階で問題を見つけていく。

 見つけた問題を即座に処分をする。

 問題が問題として形にならないようにつとめていく。



 その為に転生者である王子は自分の知識や経験を用いるつもりだ。

 前世で見聞きした知識や実体験をもとに。

 どこまで役立つか分からないが。



 幸い、上手くいっている。

 前世で見てきた問題をおこす人間。

 その特徴を書き出し、多くの者達と情報を共有する。

 そうする事で、要注意人物を早期に発見する事が出来る。

 王家に伝えられてきた知識や経験と組み合わせ、これは結構な効果を上げている。



 そうして得た平和な世界で、王子は忙しくも平穏な世の中を手に入れていった。

 それが今はありがたい。



 侯爵令嬢に婚約破棄を告げてから。

 王子は新たに別の娘と交際をする機会を得た。

 その娘と交際を続けて婚約、結婚にいたる。

 今は子供も生まれ、王族領にて母親が育児につとめている。

 王子も王族領に留まり、女房と我が子と共に暮らしている。



 まだ国王が健在な時期だ。

 王宮につめている必要もない。

 むしろ、今は王族領の統治に専念せねばならない。



 余裕があるなら、王族は王族領の統治に勤しむ。

 そうする事によって、国の統治の練習とする。

 もちろん、練習といっても手を抜けるわけがない。

 シクジリ一つで王族領の存亡にかかわる。

 そこまで行かなくても、悪影響は出る。

 それでも国全体の統治よりは幾分マシである。

 楽ではないにしても。



 そんな王子にとって、平穏とはありがたいものだ。

 統治は楽だし、女房と子供を育むのに丁度良い。

 騒乱・戦乱に陥っていたら、まともな生活など出来ないのだから。



 出来ればこの状態が長く続いてほしい。

 その為にやれる事をやっていく。

 手を抜くつもりは転生者の王子にはなかった。

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あと、こっちのほうにも少しばかりお話を置いてある。

支援もよろしく。


よぎそーとのネグラ

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