第五話 「規格外者」
『試合決着! 勝者 レイ・ルナ・アリウス第二王女殿下、転入生シドウ・クロノの双剣だあああぁぁっ!!』
その声が聞こえた時、レイはまるで夢を見ているのではと思っていたがそれが現実だと認識したのは剣宿魂名解放を行使したロドリゲス達が倒れた時だった。
「本当に…勝ったの?」
観客席の歓声に対して、レイはただその声を聞いているのみだったが。そんなレイの耳朶に近付いてくる足音があった。
「良い魔剣だな。こいつは」
手にしていた眩き希望の魔剣をレイに差し出しながらそう言ったシドウに対して、レイはある疑問を投げ掛ける。
「貴方…なんともないの?」
「ああ。少し魔力を喰われたくらいだな」
「…本当に、魔剣を使えるのね」
「まあ、魔剣使いらしいからな」
魔剣を使いこなすには大量の魔力を保有していなければ使いこなせない。製作者であるレイはその事を知っており。故のレイの問に対してシドウはなんとでもないかのように答えたが、その答え方に気になる部分はあれど、シドウの存在はレイにとって大きな希望であることは違いなかったが。
(何かを、あるの?)
らしい。という何処か曖昧な言い方に対して聞こうとした時、近付いてくる足音がして、足音がした方を見るとそこにはゲオルグの姿があった。
「いや~、さっきの居合い。流石は彼女の弟子というだけはあるね」
二人の前に姿を現したゲオルグは医務室へと運ばれていくロドリゲスとその取り巻きを悲しげな目で見た後、レイとシドウへと目を向けた。
「いや、それにしても流石は椿の弟子だね。あれ程の居合いを見たのは彼女以来だよ」
「よしてくれ。俺はまだあの馬鹿師匠の領域には至ってないんだからな」
「…まあ、椿は人の領域を越えてるからねぇ」
シドウの言葉にゲオルグは苦笑を浮かべるしか無く。言った本人であるシドウも苦笑を浮かべていると、一人蚊帳の外になってしまったレイが咳払いをした。
「んんっ! それで、ゲオルグ学院長。何故ここに?」
「おっと、そうだった。色々と知りたいだろうと思ってね。学院長室に来ないかな? もちろん、お茶とお菓子も出すよ?」
確かに。レイとしても何故かこのシドウという名前の男は魔剣を使えるのか。そもそも魔剣使いとは何なのか知りたいところではあった。
「レイ君はどうする?」
「行きます」
「ふふっ。それじゃあシドウ君はどうする?」
「俺も行きます」
二人のの答えを聞いたゲオルグは笑みを浮かべながら出口へと向かって歩きはじめ。その背中を追うようにレイが歩き出そうとすると、シドウが声を掛けてきた。
「ところで王女様、この魔剣はどうすればいいんだ?」
「貴方、本当に魔剣使いなの?」
魔剣の収め方すらも知らないシドウ。そんなシドウにレイは隠そうともせずにため息を吐く。
「魔剣も聖剣と同じように剣を鞘に納めるようの想像すれば消える筈よ。そして出す時はその逆、抜剣を想像すれば剣は貴方の元に現れるわ」
「鞘に、納める……」
レイが言った通りに鞘に収めるように想像すると、シドウが持っていた魔剣は粒子を散らして消え去り、逆に抜剣を想像するとその手に粒子が集い魔剣の形をとり出現する。
「なるほど。面白いな」
面白そうに出したり収納したりするシドウにレイは隠そうともせずにもう一度ため息を吐きながら歩き始める。
(はぁ、まさかこんな初歩的な事も知らないなんて…。この人、本当に何者なのかしら…?)
そんな浮かび上がってきた疑問を解決するために、レイは歩き始め。
「ちょ、置いていくなよ!」
闘技場を出ていくレイに気付いたシドウは追いかけるようにして闘技場を後にした。
「さて、気になる事も多いだろうけど、何から聞くかな?」
学院長室に入り、お茶の準備がされた互いにソファに座ったのを見計らってゲオルグは尋ねた。
「彼は、一体何者なんですか?」
そんなゲオルグにレイはお茶とお菓子に口をつけることなく尋ねる、一方でお茶とお菓子を食べ始めたとシドウについて尋ねる。
「そうだね…。私が知る限りで彼は普通の人間だよ。ただ常人より規格外の魔力を保有していて、規格外の師匠に育てられた少年、かな」
「規格外の魔力と規格外の師匠、ですか? でも、彼からは魔力が感じられないですよ?」
レイからの質問にゲオルグは少しの間の後そう答え、その答えにレイは疑問を呈する。
「まあ、感じ取れないのは仕方のない事だよ。だが、彼は私達では感じ取れないほどの魔力を保有している。それは事実だ」
「私達が感じ取れないほどの魔力を…?」
しかし、シドウに意識を向けてもレイには魔力の魔の字も感じ取ることは出来なかった。その表情から察したゲオルグは苦笑を浮かべる。
「人であれ私のようなエルフであれ魔力を持つ者がどれだけ魔力を保有しているか、錬成師である君は特に分かるだろ?」
「…はい」
当たり前のことを言うゲオルグにレイは疑問を感じながらもその言葉を肯定する。魔力を保有している人間は感覚的にその人間がどれだけの魔力を保有しているかを感知することが出来る。
それは聖剣使いと聖剣錬成師、そして魔法使いであるゲオルグも例外ではない。それ程までに魔力を持つ者にとって常識だった。
「例えば、膨大な魔力を保有する者に対して私達はどう感じると思う?」
「それは、圧倒されるのでは?」
レイとしては、そんな威圧感すら感じさせず、今も行儀良くお茶を飲みとお菓子を食べるシドウを一目見た後にそう答えるが。
「普通であればそれは正解だ。が彼のような規格外者においてそれは不正解だ」
ゲオルグはシドウを見た後レイの答えに首を横に振る。
「…何故です?」
聞いたことの無い単語、規格外者。それを知っているかのようなゲオルグにレイは問う。
それに対してゲオルグは困った表情を浮かべた。
「何故、か。では逆に聞こう、私達が持つ魔力を感じ取る感覚。君はそれが全て正しいと思っているかい?」
「それは、まあ…」
ゲオルグのいう魔力を感じ取る感覚は、人体で言うところ匂いを感じ取るの嗅覚のようなもので。
そこから相手の魔力を感じ取ることで大まかな強さを知る事は冒険者は生存率を。聖剣使い、特に聖剣錬成師は相手に適した戦いと聖剣を創る為の指針となるので、必須に近いもので根幹を成す部分であった。しかし、ゲオルグは首を振ることでそれを否定する。
「確かに、相手の魔力を感じ取る感覚は必要だ。だがな、規格外の魔力を前にすると私達の魔力を感じ取る感覚は、鈍るのだ」
「…鈍る?」
聞いた事の無いレイは困惑した。相手の魔力量を感じ取る鼻が狂うというのは一体どういうことなのかとゲオルグに視線で尋ねる。
「一例としてドラゴンと相対した場合、感覚としてその強さを知ることは出来る」
「…はい」
レイとしては、未だドラゴントと相対すると言った経験は当たり前だがまだ無い。だが、「最強の魔法使い(ジ・マジシャン)」ゲオルグが言うのであれば納得する他なかった。
「だが、規格外者に対してはその感覚は役に立たない」
「どうして、役に立たないんですか?」
「感覚が無いのだ」
「…感覚が、無い?」
一体どういう事なのか。そんな思いが顔に浮かんでいたのだろう、ゲオルグは苦笑いを浮かべながら締めの言葉に入る。
「こればかりは、体感してでしか分かり得ないことだ。しかし規格外の魔力を保有する魔力で見分けるの事ができるのは同じく規格外の者達だけなのさ」
「…差がありすぎるが故に、彼我の魔力を感じ取ることが出来ない。そう仰りたいのですか?」
「…まあ、簡単に言えばそういう事だ」
お茶を口にしつつゲオルグはそう答え、レイはまだ納得はしていなかったがゲオルグはそれ以上の言うつもりがなさそうだったので、諦めたレイもお茶に口を付ける。
「さて、それじゃあもう一つの事について教えようか。魔剣使いについて、ね?」
カップを置いたゲオルグはそう口にした。