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後編

 帰り道、やけに騒がしい集団が道の先にいるなと思ったら格好からして運動部の女子たちであると予想がついた。

 かけ声などするためか平均的に声量があり離れた位置からでもだいたいの空気感が伝わってくる。

 けれど女が三人集まれば姦しいと言うので基本女子たちの会話は賑やかだがそれ以上に騒がしい印象を受けた。

 そして中に髪色の明るい生徒が見えたので陸上部だと見当がつく。

 せっかくルナフラが一緒じゃなくて静かな下校になると思ったのに女子たちの気分の良いとは言えない雰囲気に顔を竦める。

 陽キャ集団のそういう空気感は元厨二病患者にとって対処法が分からなくていけない。

 考えずにフィーリングに任すのがその場での正解なのだろうが、その流れに乗れないから苦手で困る。

 無視が正しくないのは頭では理解するものの何せ対応方法が分からない。

 素知らぬふりで前だけ見つめて進み、当人たちに到達してしまうまでに散らないか願う。

 喋っている内容を聞き取ろうとは意識しないけれど何やら明るい髪の女子に数人で何か言っていた。

 しかし念じる視線を送っていたのが徒になる。

「何?」

 一人こちらに気づき、険のある声で問われてしまう。

 たった一人の一言に他の目も一斉に視線を移す。

 多人数の目線に晒され、嫌な空気をピリピリと感じて気まずさを覚えた。

「いや~、その、え~」

 思わず足を止めてしまって素通りするつもりだったので予想外の事態に返す言葉が見当たらない。

 何が? と理解できていない表情で足を止めずに通り過ぎたらいいのに遅かった。

「なんでもないなら見てんじゃねーよ」

「キモ」

「はぁ? なんな訳?」

 などなど悪い訳じゃないのに怪訝な視線を向けられて不快な気持ちになる。

 すると女子たちの気が他に移っている隙を盗んでか、いつの間にか髪色の明るい女子が包囲から抜け出して数メートル先を歩き出していた。

 歩くでも逃げる様にでも走るでもなく競歩に近い早歩き。

 追いつく気は無さそうに再び歩き出した女子たちは感じ悪いお喋りを囁き合っては甲高い笑いを上げる。

 髪の毛の明るい女子は長い手脚を止める事なく前に出し、先を進む背中がまるで後を振り返らまいとする意思を語っているみたいに見えた。

 内容を聞き耳を立ててまで知りたくないので流しつつ、わざと大きな声で前を歩く彼女に聞こえる様に話すその一団が早く脇道に折れないか心の中で願う。

 明らかに先を歩く明るい髪の毛の女子をバカにしているのは明白だった。

 そんな下校だった。

 そして明くる日の昼休み。

 ルナフラと共にする昼食が当たり前になり、無駄に話しかけてくる化身に嫌気がさして窓へ移動する。

 いつもの階段の踊り場から、窓の外に目を向けた。

 締め切られた屋上への手前なので景色は望めないが地面までの高さはそこそこある。

 校舎の下の方、猫の額ほどの芝生や低木の植木がある一角に動く人影があり反射的に目が行く。

 それは何かを探している風で、髪の色と背格好から先日の姿が重なり気にかかった。

「マスター、何見てるの?」

 ふざけた呼び方でぐりぐりと身体を捻じ込む様にルナフラは隣に割り込んでくる。

 隣の窓から覗けよと思うも、ルナフラの疑問を無視して背を向ける。

 ただの気まぐれと自分に言い訳をして早足で階段を下った。

「新太?」

 今度は普通に呼ばれたがそれも流して生徒の間を抜け、廊下を校舎の外に出る方へ足を運ぶ。

 当然かの様にルナフラもついてくる。

 屋外へのガラス戸の取っ手を掴んで押し開ける。

 実に青春ぽく学園ドラマでは定番の展開だけれど現実では余り関わる事の無いだろうイベントに不謹慎ながら内心わくわくしていた。

 探すと中々ないのだ。表だったイジメは。陰口や無視、表だったものはイジメる側が複数人で気が大きくなっている状況でしかありえない。

 同じ心理状態でイジメを肯定、もしくは同感する者がいないと中々に表だって動けない。

 ルナフラの登場で普通の学校生活も怪しいのでイジメに首を突っ込んでも構わないと思う。

 せめて珍しくても高校生らしい経験はしておきたい衝動に駆られるためだ。

「新太、新太! もう、どうしたの。答えてよ」

 完全に無視を決め込み、まだそこにあった人影に近づく。

 人によっては困っていても無視して欲しい人もいるが見て見ぬ振りをして心に引っかかりが残る方が嫌だと自分の理由を優先させる。

 第一声はいつも緊張するけれど、何度も頭の中で繰り返した言葉をかけた。

「手伝うよ。何か困ってるでしょ」

「ーーっ!?」

 声をかけると顔が上がり、こちらを見た表情に困惑を浮かべる。

 近づいて気づいたが女子としては背がある方らしく、警戒する瞳の高さが同じくらいだった。

「探し物だよな? ルナフラ、とりあえず普通ここに落ちているはずのない物を探せ」

 追いついた魔道書(ノート)を肩越しに見やり相手の了解もえずに指示を出す。

「? 分かったよ、マスターの命令とあらば是も非もない」

「……マスター言うな」

 人前でマスター呼ばわりは恥ずかしいので一応言わせている訳ではないアピールをしておく。

「あと、命令じゃない。お願いだ」

 訂正を重ねて髪色の明るい女子に向き直る。

「探し物はそれで良いよな?」

「……ええ、陸上のスパイクなのだけど」

 女子に分かったと頷き、ルナフラも聞こえてたと顎を引く。

 場所は教室の並ぶ建物と理科室や美術室の入る特別棟の間だ。

 昨日の状況を考慮すると自身の教室の窓から……という事なのだろう。

 その瞬間を見ていないから落下地点が分からず、ここら一帯を探していると予想する。

 地面や物に当たって跳ねないとも限らないので一度周囲を見回す。

 先に誰かが拾って目に付き易い所に置き直してくれているかもしれないので。

 明るい髪色の女子は手伝ってもらう事に少し戸惑っていたが、同学年ならそこまで気にする必要はない。

 気にする人は気にするので、押すな押すなのフリと一緒だと思われてもいけないので再度言わないけれど。

 職員室に忘れ物を届けるのは面倒だから、貴重品か落とされてしばらく経っていないと届けないはず。

 だから見当たらないので、とりあえずルナフラたちと一緒に建物寄りの周辺を捜索する。

「無いか……」

 半分予想していたが見つからず呟いた。

 微かに声が聞こえて探す手を止め、控え目に校舎を見上げる。

「……」

「新太、新太! 新太、我に指示を出したなら自分もちゃんと探してよね」

「……オレはマスターだろ。別に所有物を使役し、自分が楽をして何が悪い」

「上の者が自ら動かないと下の者がついて来ないんだぞ。我に書き記されてるんだからマスターも知っているでしょ。手を抜かないで。それに何考えてたの?」

「厨二病患者は痛いけど、やっぱり対人関係は煩わしいなって。患っている時は自分さえ良ければ問題なかったのに、求めて憧れていた交友関係や人と人の繋がりは面倒くさいことこの上ないらしいと実感した」

 真面目なトーンで再考の必要性を感じて呟くとなぜかルナフラが輝く瞳で顔を寄せてきた。

「今の言い方! 厨二病ぽかった! 本来のマスターに戻ってよ。小難しい言い回しとか斜に構えた風に虚空を見つめてさ。もう絶対に元に戻らないの? 厨二病の新太に」

 指摘されて思考が戻りかけているというか確かに厨二病の頃は妄想でしかないが何でも想像で予想を今みたいに組み立てていた。

 コミュニケーション不足から起こる情報不足を空想で補う、厨二病特有の現象だと思っている。

「……そんなわけ、ないだろ。厨二病は卒業したんだ」

 知り合いでない女子に厨二病だった過去を聞かれても構わないが、聞かれて気分が良いものでもないので囁く様に否定した。

 見上げた時に校舎から見下ろしていた二つの笑い顔を思い浮かべ、ため息交じりにルナフラを呼ぶ。

「ルナフラ止めよう。そろそろ昼休みも終わるし」

 明るい髪の毛の女子と一緒に再び探索を始めようとしていた化身は顔を上げて反対の声を上げた。

「えっ、まだ見つかってないよ。スパイクシューズ」

「付き合う必要はない。時間の無駄だ。行くぞ」

「乗りかかった船だよ。探すくらい見つかるまで手伝おう」

「ダメだ」

 一言で相手の反論を切り捨て、スパイクシューズを探す彼女に顔を移す。

「付き合うだけ無駄だ……」

 彼女に言うというより嘆息する様に言い残して校舎の中に戻る。

 ルナフラもついてきて廊下に入った所で入口脇の外から見えない位置で足を止める。

「マスター?」

「ルナフラにやってもらいたいことがある。言ってもまずは彼女に話を聞いてからだが」

 言葉を聞いた化身は始め不思議そうな顔をしていたが意図を汲み取った様で先ほど向けてきた期待の眼差しで目を輝かす。

「言うな。これは違うからな」

 同じ言葉を言われそうな雰囲気だったので実のところ違わないが否定する。

 人から成果を求められる事が希少だったので他人の期待に応えるのは苦手だった。

 ルナフラには嫌な顔を返して手ぶらで外から屋内へ戻ってきた彼女を呼び止める。

「やはり見つからないか?」



 部活動が始まる放課後。

 お昼にお馴染みの階段へ、待ち合わせていた彼女がやってくる。

 明るい髪の毛を見て取ったルナフラが手に下げた袋を両手で胸の高さに持ち上げて近寄る。

「はい、これでしょ?」

 袋から出されたのはどこも損傷のなく見えるスパイクシューズ。

「ありがと……私のだ。コレどこに?」

「ゴミ箱だよ。三年生の女子トイレの」

 各階で学年の教室が分かれ、その廊下にトイレはあり、なかなか別学年の生徒は利用しない。

 それを聞いた彼女は気づいた顔を見せた。あの帰り道の事もあって覚悟はしていたし、紛失したスパイクが無事に返ってきても、やはり事実として目にすると動揺してしまったのだろう。

「たぶん、君が探す場所を勘違いして外に出ている間に捨てられたんじゃないかな。上の学年の廊下に堂々とだったたか部活の先輩に会いに行くフリだったかは分からないけど」

 探している時にたまたま見上げた時に目についた笑顔を思い浮かべる。

 あの顔がそうかは判断出来ないが決めつけが当たり、こうして見つけられてよかった。

「移動教室の時にクラスを探してもなかったから、次に新太に言われてたゴミ箱を探し回ったらあったよ。うん、さすが我がマスター」

「……」

 話を進めたいので他人の目がある前でマスター呼びは止せと言いたいのを堪える。

「一応、それでも見つからなかったら放課後の掃除の時間にプレハブに各所から集まってきたゴミの中を探す予定でいたから手間が省けた」

 もとより見つからない場所に隠せば、見つからない場所という状況が故意に隠さなければならないので、見つかった時に悪意があるとイジメと断定されて、確実に犯人捜しが始まってしまう。

 同様にスパイクシューズをボロボロにしたり紛失となれば、類似の疑いが起きて犯人捜しやイジメ調査などの波風が立つ。

 であるならゴミ箱に捨ててあった方が発見された時に誰かがゴミと勘違いして捨てたのではないか、という誰にも故意か勘違いか証明できない状況を作れる。

 上手く行けばスパイクシューズを見つけた時の彼女の惨めな表情が見られるという得点が付く。

 こそこそ笑う顔を見て問い詰めた所でシラを切られるだけだろうけれど。

 実際そこまで考えていたかは犯人に直接聞かないと判然としない。

 本当はもっとシンプルな考え方なのかもしれないが、少なくとも自分はそう相手の思考を読んだ。

「ありがと……うっぅぅっ!」

 見つかった安堵か捨てられるまでに至った行為に脅えてか、俯き明るい前髪で目元を隠して泣き出した。

 失せ物は渡したし、去りたかったが彼女が階段を塞ぐ位置に立っていたので脇をすり抜けるのは空気的に勇気が必要だった。

 この居合わせていいのか分からない微妙な空間が苦手で今できる行動は顔を逸らすくらいしか出来なかった。

 しばらくして聞いてもいないのにルナフラが訊いたのかもしれないが、陸上部で一部から当たりがキツくなったと一旦涙が止まった彼女は吐露した。

 部活内で自己記録が伸び始めた頃から比較的仲が良かった部活のクラスメイトからハブられたり髪色の見た目など難癖をつけられて困惑していたのだと語る。

 速く走るのが駄目なのかと抑えると気をつかえるほど余裕なのだと囁かれ、本当は地毛でなく染めていると明らかに嘘と分かる疑いを聞こえよがしに喋られたり、わざと連絡事項を遅らされたり嫌がらせを受けていた。

 しかも完全に連絡を伝えないのではなく、あくまで忘れていた体を取り、一度彼女が怒られてから自分が悪いのだと名乗り出て謝るのが小賢しい。

 何かあった時にイジメと判断するか、そのラインに触れるか触れないかの嫌がらせだった。

 他の件も勘違いや人から聞いた話を鵜呑みにしていたと言えば言い切られてしまうレベル。

「速くなりたいなんて思わなければ良かった……のかな? ずっと皆と同じタイムで、髪の毛も黒く染めればいいのかな?」

 我慢する様に再び泣き出しそうな鼻声で首を傾げる。

 人と違う部分を他人と合わすのがどれほど大変か、厨二病を捨てたのでその苦労を知っていた。

 癖でたまに出てしまいそうになる言動をハッと引っ込めて、どれだけ厨二病であったのか思い知る。

 同じかと言えば違うのだろうけど感覚を共有出来ない以上理解出来ないのは仕方ない。ただ反応と相手に対する接し方は工夫出来る。

「知るか。オレが言えるのはスパイクを肌身離さず持って歩き、先生とかに問われたら今回の事を話せば良い。スパイクが一時的になくなったからと」

 そうではないと否定され、お前は悪くないと励まされると思ったのか、返した言葉に涙が零れそうな彼女の顔に驚きが浮かぶ。

「もちろん誰かが意図的にではなく紛失した内容と誰かがゴミ箱に入れたので大事にしていると話せば良い」

 ーー根本的な解決にはならないだろう。

「これで教師はスパイクシューズの大切さを知るから、次なくしたらただごとでないと思わせられる」

 ーーそれを話す勇気と更にイジメがエスカレートするリスクと覚悟が必要だし、対応と解決方法なんて無数にあり正解なんて結果が出ないと分からない。

「同時に犯人への牽制にもなり、もし状況がエスカレートした際の保険にもなるだろ」

 自分がどれだけ長台詞で妄想を語り、いかにオタク特有の趣味に対する早口のごとく流暢だったかはルナフラが向けてくる眼差しで理解出来た。

「でも皆と違うと今より注目されるでしょ。それが嫌。だからさ」

 そう言って流れる前に彼女は指で涙を拭った。

 けれど弱気に迷う言葉を遮って意見を言う。

「髪色の時点で手遅れだ。残念だけど諦めろ。一度注目された以上変えても変えたことに対して注意を引いてしまうに決まってるだろ。もし勇気があれば髪色を言われた時に皆の前で教師に染めることになるけど黒髪にした方がいいか相談してみるしかない。そこで地毛の色が肯定されれば教師の判断を楯に出来るし、校則に違反しても染めてもいいと言うなら心おきなく染められるだろ。それでもうじうじ言うなら勝手にしたらいい。もし元から自分の中で答えが出ているなら相談するな。時間の無駄だ」

 再び長々と喋ってしまい後悔を込めて魔道書(ノート)を覗う。

「マスター! 何で途中までよかったのに突き放す様な言い方をするの!」

 そう怒り悩む女子に向き直って化身は声高に叫ぶ。

「『人と違うことの何がいけない? 違うということは特別ということだ。周りと同じヤツは目立ったり抜きん出ることがない。もっと人と違うことを誇った方が良い』……と、わたしこと魔道書には記されている」

 そう言って胸に手を当て自分の事を指し示す。

 突然の演説にポカンとルナフラを見つめ返す相手。

「魔道書……? 何それ?」

魔道書(ノート)の言葉に一人耳を塞ぎ顔を赤くする。

 色々な作品から影響を受けたセリフに申し訳なさと羞恥心にさいなまれる。

 髪色の明るい陸上部員は目を伏せ、足元を見ながらまだ迷いを漏らす。

「だけど部活の空気を悪くしたくない……だから、やっぱり、目立ったりしたらいけないんだ……もしかしたら……」

 部活に出ない方が良いのかもとギリギリ聞こえる声で呟く。

「そんなはずないよ! ねっ、マスター」

 落ち込む人を励ますように否定したルナフラは、こっちに話を振ってきた。

 いざこざは面倒くさくて嫌だがスルーして気にかかるのも嫌なのでため息をついて頭を切り替える。

「部活の空気を悪くしてるのは君か?」

「……」

 否定の返事も首肯もないが見つめてくる瞳は『違う……』と言っていた。

 まだ帰宅部が校舎に残っているためか沈黙も重くなり過ぎずに人の気配に救われる。

「今の部活は楽しいか? 自己記録伸びてるんだろ?」

「……」

 続けた質問にも無言が返ってくるが視線の動きは『楽しくない』と語っていた。

「種目は?」

 励ますにも勇気づけるにもアドバイスを送るにしても情報は必要不可欠だ。

 そして種目を聞き、アドバイスでなくただの個人的意見を口にする。

「リレーや球技、軽音部や誰かと一緒にやるチームプレーなら時に周りに合わせなくちゃいけないかもしれない。しかし、今悩んでいるのは人間関係であって個人競技なら支障はないだろ? なら別に周りに何を言われても気にする必要はないんじゃないか?」

 ただの僻みを相手にするのも煩わしく、天才は別としてその他大勢は努力しなければ結果は出ない凡人だ。努力が報われるかは分からないが努力せずに結果はありえ無い。

「サボっている訳でも周りをバカにしている訳でもないのに嫉妬でハブるヤツらなんて暇人だ。気にするな。努力が裏打ちされてるなら、バカにしてくるヤツらには努力とか才能が足りないーーくらいの気持ちでいたらいい。直接言ってこないヤツらは君が言い返さないから好き勝手悪口をしているに過ぎない」

 厨二病を突き通した中学時代だったから、そういう本人に聞こえる様に悪口を囁くイジメの経験はないので辛さは分からないが続ける。

 こんな言葉は所詮張りぼてに聞こえるだろうが今の自分には想像で話すしか手はない。

 だから、せめて少しでも説得力がある様に話す。

「そんなイジめるしか出来ない卑怯なヤツらのために落ち込んだり本気を出さないなんて勿体ないと思わないか? そんな眼なんて無視して全力を出した方が有意義だと思うぞ」

 彼女の胸元にあるスパイクシューズに目を向ける。すると。

「マスター、女子の胸をそんなにマジマジと見ない。我の方があるぞ」

 こっそり自慢を含んだ茶々を入れられ、余計な事を言った化身を睨む。

「……黙れ。スパイクシューズを見ていたんだ。優越感を味わいたいなら他でしてくれ、貧乳というだけで落ち込まれたらどうする」

「そう言って誤魔化そうとしてるんでしょ」

 典型的なラブコメ展開にして厨二病心をくすぐろうとでもしているのかは知らないが、けれどもルナフラの言葉に乗っかる。

「そうだな。お前の方があるな。見たいならそうするよ」

 アニメでしか見ないやり取りに少しだけテンションが上がった自分に胸の内でため息を吐く。

 するとルナフラは腕で胸を隠す様な仕草をした。

「その発言、セクハラ」

「自分で言っておいてなんだ? そもそも魔道書(ノート)なんだろ? 見て当然じゃないのか。オレの所有物なんだから構わないだろ」

「いくらマスターだからって女の子を所有物扱いはNG。意思を持った時点で人と同じだよ」

 まだ胸を庇う様にして小言を口にしたルナフラだった。

 魔道書(ノート)の戯れ言は切り上げ、最後に陸上部の髪色が明るい女子に向き直る。

「どうするか、どう対応するかは君しだいだ。言い返せるヤツもいれば大人しくて言い返せない人もいる。陸上部とか他で効果あるかは分かんないけど、ルナフラと繋がりがあるってカードを切ってくれても構わないからな」

 珍獣扱いもしくは魔除け発言に、またしても何事が言い始めたルナフラを無視して最後に彼女に言う。

「陸上部だろ。悩む前に走り出しちゃえばいい。考えるのだって走りながらでも出来るだろ。それに間違えたとしても動けずにモヤモヤしてるよりはよっぽどマシじゃないか?」

 人助けというよりも勝手なお節介はこれで終えた。

 彼女がどうなったかは興味ないので知らないが、後に全校生徒の前に他の運動部員数名と背筋を伸ばして登壇した。



 時は来た……そう彼女は胸の内で呟く。

 この前の出来事で彼が信じるに足り、頼れる存在だと見極める事が出来た。

 新太なら自分の抱えている悩みに付き合ってくれてそうな予感を持てた。

「お願い話を聞いて」

 私の弟が厨二病で傷ついて引きこもる様になった。

 そう切り出して彼に話す。

「言動が恥ずかしくて痛かったけど真っ直ぐで明るい性格の弟なの。お調子者とは違う感じの頼れる所もある弟で」

 双子なのでどちらが兄か姉か弟か妹かは余り意識した事はない。

 親や周りから姉や弟と言われているから理解しているが、両親がほとんど平等に育ててくれたのでお姉さんなんだからとか相手が弟だから優しくしなさいとか言われて叱られた覚えがない。

 明らかに片方が悪くない限り、怒られる時は両成敗で叱られていた。

「今にして思うけど厨二病だったのも明るく振る舞うための手段で、大人しい私を笑顔にさせるために演じていたのかもしれない」

 それがいつしかデフォルトになり厨二病になって傷つけられた。

 厨二病にさせたわたしが原因だ。

「偶然魔道書(ノート)を拾ってから弟に合わせて厨二病のマネをして部屋から出そうとするけれどわたしじゃダメだった」

 新太の顔を見つめる。

「家から出ろとは言わない。せめて部屋から出て来て家族には顔を見せて欲しいの」

 真剣に切実に彼に頼む。

「出来れば家から出て一緒に登校したい。けど今はただ顔を見せて欲しいの。元気かどうか。望めるなら友達を作って欲しいけど……あっ、新太友達になってあげてくれない?」

「前言の『せめて』はどこに? 望みまくりじゃないか。オレは神社の神様じゃないぞ」

 嫌そうに眉をひそめるけれど、強く拒否したりしない新太。

「お願い!」

「まぁ、人質を捕られているからな。拒否する訳にもいかない。ただしーー成功するとは限らないからな」

 文句を列べながらも頼みを聞いてくれる彼だった。



 ルナフラに弟を救って欲しいと頼まれ、悩んでいるところに彼女が話しかけてきて。

「分かりやすいな、グレンツェント君は。何に悩んでるの?」

「竹藤さんに相談する話じゃないし、他の男子に睨まれたくないから悪いけど喋りかけないで」

 早くもというか今やというか、噂もあり直接アタックしようとする男子生徒は居ないが憧れの的であるのは変わりなく、彼女と喋るだけで周囲の男子から睨まれる。

「う~ん、私の好意を無下にしたらそれはそれで皆黙ってないと思うけどな」

 何気なく口にするその一言に恐ろしさを覚える。

「……脅してるのか?」

「自意識過剰なだけです」

 口元で小さく微笑み、美人顔なだけに薄ら寒く感じてしまう。

「意外に意地が悪い……いや、これはテンプレか」

「ん? 何か言った?」

 ぼそっと言った呟きに反応されてしまい小さく首を横へ振る。

 アニメやラノベでは美人な女子生徒が一筋縄でいかない性格をしているのはデフォルトだけれど他人事と当事者の違いを痛感した。

「オレの負けだって言ったんだ」

「そう」

 目元を弓なりにして心なし声が弾んでいる様に思えた。

 美人は怒らせると怖いと聞くので誤魔化せた事に胸をなで下ろす。

「ただし、男子たちと何かあった時は助けなくても良いから誤解を解く努力とフォローお願い」

 譲れない条件を一方的に提示して拒否や条件をつけられる前に事情を話す。

 ルナフラの悩みである事、対象が弟である事を聞かせた後、竹藤姫世加はポツリと呟いた。

「頼りにされてるんだ」

「そうかな?」

 振り返っても全く信頼される要素が思い浮かばない。

 良いように使われているか、押しに弱いと舐められているか、だと思うけれど。

 疑問に首を傾げると、竹藤姫世加は一つ頷く。

「人に話すのは簡単で、相談するのは親しい相手だけで、助けてってお願いするのは信頼している証しだよ。よほど切羽詰まってなければだけど。だから、助けてあげて。彼女困っているんでしょう?」

 まっすぐに黒い瞳に見つめられ、眉をひそめて不承不承に返す。

「分かったよ」

 そのあとトイレに立った際、男子代表数人に囲まれてうんざりしながら悩みを話しただけだと弁明するはめになった。



 いきなり家に押しかけるのは直球過ぎではという流れになり、候補に残しつつ二人で作戦立案に悩んでいた。

「オレが協力するにしても引きこもっている相手に接触する機会がない」

「家に遊びに来てもらって紹介するのは?」

「それは色々と警戒しないか? 話にも出てない友達を突然連れてきて、しかもそれが男子で紹介されるって意味が分からないだろ。オレだったら部屋から出す作戦かと怪しむけど」

「けど彼氏かと勘違いするかもよ」

「……だったら興味は引くかもな。壁に耳を当てたりして」

 話を聞く限り弟の部屋とは隣で壁を一枚隔てただけらしい。

「そうか、新太との作戦会議を聞かれてしまうかもしれないのか……」

「……」

 そういう意味で口にしたのでは無いけれど思春期ならではの発想だったかと密かに反省する。

 それに顔を合わせなくても部屋から聞こえる生活音や冷蔵庫などの食品の減り方も考慮した上で今は生存確認をしているという。

「打ち合わせなら外で事前にすればいいだろ。他に話すならリビングとか部屋から離れた場所に移動すればいい」

「そっか」

 素直に頷く化身。

「顔を見たいだけならシャワーを浴びるタイミングで押しかければ逃げられないと思うんだけど」

 対象がお風呂に入った所を狙えば逃げられないのでねばり強く話しかければ話す事が出来る。しかし。

「シャワーは家族の居ない昼間に入ってるらしくてそれは無理」

「ならトイレは?」

「そこまでわたしも暇じゃないよ」

 昼夜逆転とは言わないが仮眠程度に家族が寝静まるまでの間は寝ているのかもしれない。

 だいたい学校や会社があれば自宅で起きている時間なんて多くて九時間程度ではないのだろうか? 睡眠に七時間から八時間とみても。

 そこに招かざる相手が話に入ってきた。

「私だったら相手がSNSとかしていればそこから繋がって仲良くなるかな。そしたら遊ばない? って誘い出すんだけど」

 机同士の間隔を開けた通路を挟んだ向こうから竹藤姫世加が提案と共に微笑みを送ってきた。

 確かに現実的な作戦案だがルナフラが敵視する事と言葉を交わしていないのに男子数人から睨まれるのだけは勘弁して欲しい。

 無視しては男子たちからの報復も恐ろしいし、無難にクラスメイトとしてお礼だけは返す。

「アドバイスありがと、竹藤さん」

 お礼を返しただけなのにルナフラが裏切り者とでも言いたげな目を向けてくる。

 そして男子たちからの視線のプレッシャーが重い。

「マスター、やっぱり直接攻撃(ダイレクトアタック)しかないよ」

「何でだよ。今その直接攻撃は良くないかもって話しだったろ」

「時には荒療治(バーサーキュア)も必要だよ」

 竹藤姫世加が入ってきた途端に機嫌が斜めになるルナフラ。相変わらずネーミングセンスの欠片もない。

「とりあえずSNSとかは? どう?」

「してないはずだよ。我と同じでメカに弱いから。ほら、わたし魔道書(ノート)の化身じゃん」

 とりあえず敵視している彼女の発言を否定する自称魔道書(ノート)の化身。

「その設定はいらない。今は関係ないだろ」

 魔道書(ノート)という事とスマホに弱い事に因果関係はない。

 溜め息を漏らし、それにしてはと思う。

 この二人のせいで周りの男子からの視線が半端でなく、望むパンピー生活が妨害されている。

 普通の学校生活が送りたいのに青春的なはずの友達の相談は重いし、美人だろうとそのせいで同性から村八分の危機にあるかと思うと、両手に花と羨望されようと厄災に付きまとわれている様なものだった。

 願わくば嵐が去った後、被害が確認されない事を祈る。

「オレもSNSはやってないしその案は使えないが。スマホゲーはどうだ?」

 言ってスマホを取り出す。

 昨今はオタクでなくてもちょっとしたゲームは普通の男子も暇潰しにプレイしている事がある。

 それがマルチプレイの協力型やアプリ内チャットがあれば竹藤姫世加の案を活かして部屋から出す作戦も不可能じゃない。

「時間はかかるがゲーム内で仲良くなり、地元では警戒されるから少し離れた街に住んでいると嘘をつく。『こっちに来る用事がある』とか適当な理由をつけて『会わないか?』と誘うのは出来そうだな」

「下手すぎて逆にリアリティなくないかな? ハードル下げるためにも時間的に少ししか会えないかもって入れるのはどう?」

 勝手に作戦会議に入ってくる竹藤姫世加。彼女の提案にも一理あると提案を検討する。

「女の子のフリして呼び出した方が良くない?」

 二人からの疑問に叩き台だと返し、ルナフラの言葉に答える。

「姉弟は女好きなのか? でなければ厨二病を拗らせるくらいだから人付き合いは苦手だろう。よって異性になれている可能性は低いから、ゲーム内ならともかくリアルだと逆に緊張させてしまうかもしれないぞ。このまま同い年の男子の方が同じゲーム好きということで親近感は得られるはずだ」

 一気にまとめてした説明に竹藤姫世加が細かな所を突く。

「なんでも各個人に方向性がある様にゲームプレイにもあるんじゃないの?」

「もちろん、楽しみ方や目標とするプレイスタイルに違いはあるだろうな。でも、そこは表情が見えない強みを活かして嘘をついて話くらい合わせるさ。めちゃくちゃ上手くはならないけど大抵のゲームならやり込めばそれなりの腕になるから、やり込みタイプでも合わせるよ」

 そう器用貧乏だと答えて小さく笑うとルナフラがあるスマホゲームを遊んでいたとタイトル画面を見せてきた。

 即そのアプリをダウンロードし、標的が好きなゲームを始める。

 そして授業中にも隠れてゲームを進めた。

 そしてルナフラの弟を探し続けてついに見つけた。引きこもりらしく昼からログインしている。

 ゲーム内で苦労しなくてもルナフラに直接探ってもらう手もあるが、可能性が低くても警戒される様な状況は避けたかった。

 部屋から出そうとしているとしても、いきなりプレイヤー名を聞けば誰でも裏があると警戒くらいする。

 ルナフラから彼はプレーヤー名入力のあるゲームはずっと同じ名前を設定しているとの話を聞いていた。そして情報通りのキャラ名で中々の厨二病ハンドルネームが画面に表示される。

『アビスアイライト』それが彼のゲーム内での真名であり、キャラメイクもさながら厨二病らしいエディットだった。

 瞳が紅いアーモンドアイ、前髪は左眼が隠れ、耳にはピアス。

 長い黒のジャケットを左肩にだけかけて流し、その下は身体に貼り付く様なプロテクターが配置されたスーツに、二の腕や脚に意味不明なベルトが巻かれた痩躯のキャラ。

 科学が魔法に限りなく近い発展を遂げた世界で赤黒い刃の部分が湾曲を繰り返した長短の双剣使い。

 キャラを目にした瞬間ヤバいと感じたが相手にも同じ様に気を引くめ、対抗したキャラメイクをしたので問題なかった。

 その狙いは功をそうしてゲーム内での接触に成功する。

 何回か一緒にプレーして顔見知りになったところで協力型であるため時間を合わせる事情から、ゲームは昼から夜までのログインだと判明する。

 何でもベテランの他プレーヤーの足を引っ張るので、それなりの腕になるまではプレーヤーが集中する時間帯は避けているとのメッセージだった。

 レベル差も心配していたほどなく、何日か上手くなる練習も兼ねて集中してプレーすれば問題無かった。

 おかげでマルチプレイにレベルの近いプレーヤーを探していたと接触する嘘の理由付けもできた。

 レベルも一種の目安でしかなく、プレイスタイルやセカンドキャラである可能性もあるので。

 仲良くなるためリアルには極力触れずにゲーム内での話題に従事する。

 共感を覚える様に引きこもりの時間に合わせ、昼も授業の合間や隙を見てスマホを手に取った。

 文字を打ってチャットで話している途中、流石に教師に見つかり注意されてしまう。

「先生! 今引きこもりの知り合いを外に誘い出すとこなんで許して下さい。一度しかない青春、友達を救うのも大事じゃないですか」

 正直言うと教師に意見するなんて出来ればやりたくないし、周りから注目されるのも現状いい気分じゃない。

 それでもルナフラからの問題を解決すれば、もう付きまとわないだろうと楽観的に思っている。

 要は厨二病同士、話が合うならそれで部屋から出そうというルナフラの計画だ。

「先生だって不登校の生徒が登校するかもしれないんですよ? 多目に見て欲しいんですけど。なので見逃してくれませんか?」

 何か言われたり、発言を止められる前に一気にこちらの主張を伝える。

 注意したのに言い返されて多少驚いたみたいだけれど、言い分を最後まで聞いた教師はゆっくりと頷く。

「そうですね。確かに友達は大事です」

「なら……っ!」

 多少主張に押された雰囲気があったので押し切ろうとしたがそこはベテランの教師か、穏やかな声が返ってきた。

「ですが、今は授業中。勉強をする時間です。なので、これの答えを書いてもらいましょうか」

 言って教師は黒板に目線を投げ、チョークで該当部分を指す。

「……分かりました」

 スマホを机に突っ込み、クラスメイトの視線に晒されながら黒板の前に立つ。没収をされなかっただけ良しとして。

 皆の気配を背にチョークを手にし、指定された所に目を走らせて顔の高さに構える。

「………………」

 黒板を中心に沈黙が落ち、背中に視線が突き刺さっている気がしてならない。

「先生……」

 落ち着いた声で教師を呼び、首を横へ回して冷静な表情を返して告げる。

「答え、教えて下さい」

 そう真剣な面持ちで頼むと教室の誰もが息を呑み言葉を失った。

 短い間だったけれど教室を静寂が支配していた。

「グレンツェントさん……!」

 結局教師に怒られて席に戻ったが椅子を引いて腰を下ろすと通路側から竹藤姫世加が半笑いで囁く。

「あの流れ、絶対正解する空気だったよ。分からないから答を教えてもらうって、ふふっ!」

 教師が背を向けて黒板を消している中くすくすと楽しそうに彼女は笑う。

「悪かったな。定番の流れが読めなくて」

 イラ立ちを除けばそんな彼女の表情も絵になると感じたが、周囲の視線を覚えて顔を引きつらせる。

「それと話しかけないで。矢面に立つのは好きじゃないんだ」

 入学式初日に男子からの告白を受けたと噂の彼女。

 仲が良いと勘違いされ、クラスの男子から恨まれるのは勘弁して欲しかった。



「さっ、新太お願いね」

「……」

 アレンジされた改造制服もどうかと感じていたが、ルナフラは平日制服に助けられているタイプだったらしい。

「ルナフラは私服校には行けないな」

「何おーっ!」

 出て来た彼女と玄関先で一悶着あり余計なやり取りをし、いよいよ本題の問題に向き合った。

 相当気合を入れて挑んだけれどファーストアタックは空振りに終える。

 ドア越しに呼びかけても部屋の中から反応が無かった。

「すまん。無理だ」

 背を向けたまま呟くと背中を押され、ぐっと目の前のドアに押し付けられる。

「諦めないで。マスターでしょ!」

「押すなよ。そしてその設定もういいだろ」

「お願いだから」

 このままだとドアが内側に壊れるかルナフラによる圧死かの二択になりそうだったので、至近距離で部屋の中に呼びかける。

「はぁ、アビス。お姉さんが心配してるぞ。なぜかオレに君を頼まれたんだが、このままなら毎日クラスメイトを一人ずつ順番に連れてきて説得を続けることになるぞ」

 不登校の奴に毎日クラスメイトをけしかけるのは、教師が様子を見に家にやって来るのと同程度のプレッシャーを植え付ける事になる。

 気をつかわれ過ぎて逆に登校し辛い心境に追い込んでしまう行為だ。

「最終的にはクラスメイトが家に勢ぞろいだぞー」

「気まずくなるだけじゃん! なに脅してるのさ、新太」

「危機感を覚えて出てくるかなと」

 考えを口にしてみるも、彼女の怒りは納まるはずもなく。

「弟を追い詰めるなんてマスターでも許さないんだからね!」

 押していた手を離し、顔を寄せて責められた。

「だ、そうだ。アビス。弟思いの良い姉さんを持ったな」

 身体を捻りそう扉越しに言葉をかけて踵を返す。

「諦めないで! 我のマスターでしょ!」

「こういうデリケートな問題が一回や二回ですぐ解決するはずないだろ」

「だったら、すぐに諦めないで。もうちょっと粘ってよ!」

「唯一のとっかかりだったゲーム作戦も失敗したんだ仕方ないだろ」

 同じゲームのプレーヤー同士、興味を引いて誘き出す計画は失敗に終わった。

 まさかアビス『マ』イライトがいたなんて、そいつとずっとプレーしてたなんて思わないだろ。

 指摘すると声が小さくなり目が逸らされた。

「それは……ごめんだけどさ。そ、それよりも! 何でブロウクンハートが(ウチ)にいるのさ!」

 いつもの様に竹藤姫世加を敵視するルナフラ。

 相手の疑問に答える前に指を指された彼女が先に口を開いた。

「前の作戦二人で失敗したんでしょ? だから私も協力しようかなと思って」

「頼んでない! 余計なお世話だよ。ねぇ、新太いますぐコイツを追い出して!」

 腕にしがみつき、吼えるルナフラ。

「でも、オレらで失敗しただろ。出て来ないと一人ずつ説得に連れて来るっていう脅しが本気だって思わせるためには誰かしらは必要じゃないか? ちょうど良いだろ」

「だからって彼女は!」

 魔道書(ノート)の訴える言葉を遮り、竹藤姫世加の穏やかな声が割り込む。

魔道書(ノート)なんでしょ? 彼の所有物だったらマスターの言うことは聞いたら? ワガママで困らせたらイケないと思うな」

 他意も悪意もなく、竹藤姫世加は事実のみを口にする。

 その平静な態度が気に障ったのでなく、単に竹藤姫世加だから気に食わないらしく言い返していた。

「ちょっと美人だからって、勝手にわたしたちの問題に入って来て言い訳じゃないんだから! そもそもの……!」

「私にも何か出来ないかなってただの好意なのに。追い出される理由が分からないんだけど」

 どうしてそんなにルナフラが敵視するのか理由は知らないけれど、だからといって女同士の抗争を止めに入るのも色々と面倒そうと、なりいきに任せて傍観を決め込む。

 それに竹藤姫世加の言葉も相手を逆撫でする様な感じで思い違いでなければ普段はそんな言い方をしていただろうか。

 二人が言い合っていると薄くドアが開き、黒い片目が覗く。

「功葉!」

 ドアから顔が半分様子を覗っている事に気づいたルナフラが真っ先に声を上げた。

 同時に顔を付き合わせていた竹藤姫世加も振り返る。

 すると姉から彼女に目線を映した瞬間、目が大きく開き息を飲んだかの様に隙間から覗く表情が強ばった。

「……!? なんで居るんだよ! 咲奈が連れてきたのか!」

 叫びと共に荒くドアが閉められ、再び岩戸が閉まってしまう。

「ちっ、違うよ! 勝手についてきたんだよ!」

 せっかく開いたのに固く閉じたドアにルナフラは飛びついて弁解した。

「わたしが連れてくるはず無いでしょ! お願いだからもう一度開けてよ!」

 二人に嫌われるなんて何したのかと視線を竹藤姫世加に向ける。

 弟の功葉を部屋から出したいという相談は受けていたが、引きこもる理由はまだ聞いていない。

 しかし、彼女も睨まれる心当たりが無いのか曖昧な反応を見せた。

 無言のドアに手をついてうな垂れたルナフラは悔しげに呟く。

「だからソイツを追い出してって言ったのに……!」

 手を下ろして顔を上げて振り向き、相手を憎しみを込めた瞳で睨む。

「どれだけ二人に嫌われてるのさ。竹藤さん、何をしたんだ?」

「分かんない。菊町さんは噂に聞いていたけど接点は無かったし、彼には今日初めて会ったんだから。顔半分だから確信は持てないけど」

 全く心当たりが無いと首が横に振られた。

「と、申しているが?」

「んな訳ないじゃん! 功葉が引きこもった原因はコイツのせいなんだから!」

 怒り心頭といった感じで声を荒らげて反論する。

「告白を断るならまだしも色々悪口言うから功葉は傷ついたんじゃないか!」

「告白? 悪口? 本当に? 私のせいなの?」

「そう言ってるじゃん! 全部ブロウクンハートのせいなんだから!」

 お互いの温度差に言葉が噛み合っていない。

 竹藤姫世加に今にも食ってかかりそうな魔道書(ノート)の化身を所有者として後から腕を回して引き止める。

「どうどう。落ち着け、このまま怒っても何に怒っているのか通じないぞ」

「止めないで! 全部ブロウクンハートが悪いんだから!」

 繰り返し相手が悪いと言い張るルナフラ。

 高校生にもなって弟の事で怒れるのは、一人っ子なので理解は出来ないが仲が良い故なのだろう。ブラコンとも取れるが。

「分かったからまずはマスター命令だ。話は聞くから暴れるな」

 身を捩ったり腕を振り回してたが、しばらくしてルナフラは息が上がり、勢いが削がれて大人しくなった。

「で、竹藤さんが原因ってどういう意味?」

 肩で息をする彼女に肩越しに質問した。

「とりあえず、放して……」

 言われて回していた腕を下ろし、一歩間合いを空ける。そしてルナフラは竹藤姫世加を睨みつけた。

「功葉はブロウクンハートのせいで傷ついた。調べたんだ。何で引きこもったのか。そしたら竹藤姫世加に入学式の日に告白したって見ていた人が居たんだ。しかも聞いたら酷いフラれ方だったって」

 入学式の後に帰宅した功葉は落ち込んでおり、家族も聞けないほどの沈み様だったらしい。

 翌日体調が悪そうで高校を休んだがそのまま引きこもりになったと経緯を語った。

 だから弟がそうなった原因を調べたそうだ。

 結果、入学式当日に竹藤姫世加に告白していたことを突き止めた。

 それが彼女を恨む理由だとルナフラは明かす。



「前世同様我が恋人となれ!」

「……」

「覚えてないだろうが、前世で俺は君の美しさに目を奪われた魔王だったんだ」

「……はぁ? 魔王って悪魔でしょ? なのに十字架を胸から下げてるの? チョーカーと渋滞してるしオシャレじゃないよ。十字架、龍が絡まってるし」

「いや、これは……」

「どこで売ってるの? お土産屋?」

「違っ……!」

 次々に喋られて焦る。

 厨二病は独走状態なら無敵だが、怯まずに正論をぶつけてくるパンピーに対しての防御力が異常に薄く、相手の純粋な疑問や指摘に弱い傾向にあった。

 よって陽キャは特に相性が悪い。天敵以外の何ものでも無い。

「メッシュは校則違反じゃないかな? 頭が悪くない学校の割に校則が緩いことで知られてるけど」

 校則が緩いのも田舎なので近所からの通報や注意しなければならないほど相応しくない服装をする生徒も少なためだ。

「あの、その……とにかく! 君は姫君で立場の違いから結ばれず、来世で結ばれようと誓った仲なんだ!」

 厨二病を発揮して話を立て直そうとする功葉。

「その赤いカラコンで炎症起こして眼帯をしているのでないなら、そんな人と誓う様なことはありません」

 何を語っても届かないと判断した彼は現状でも分かりやすくストレートにキレのある動きで右手を差し出す。

「……とにかく! 友達からお願いします!」

「友達は間に合ってます」

 さらりと彼女は告白を断った。

 用意していたかの様な即答は告白を断る時の態度ではなく、告白されたから断るという反射運動の様な雰囲気だった。

 それでもメンタル強い系の厨二病だったのか、設定に成りきっているための自信か、それほど一目惚れしたのか彼は食い下がる。

「俺の直感が……!」

 指ぬきグローブをした右手で顔を覆い、手首に包帯を巻いた左腕を差し伸べる。

 芝居がかったその仕草を瞳に映し、竹藤姫世加は変わらぬ口調で繰り返す。

「前世も来世も無いかな。私は私。あと気持ち悪いと思うよ。それ。ワザとやっているんじゃなければ無理」

 厨二病的にはワザとでも演技でもない自分を指摘された。

「眼帯とかメッシュとか、アクセントが渋滞していてダサいからさ。友達でも恥ずかしくて隣は歩けないかな」

 ここまで言われて心が傷つかない厨二病はおらず、功葉もその他大勢の厨二病に漏れず言葉を失う。

「…………」

「もういいかな?」

 首を横へ傾げた彼女。

 功葉は自分のしている格好に自信を持っていたので、ショックを受けたのか一目惚れの恋に破れたからなのか、どちらともだろうダメージに低い声だけが漏れる。

「……あぁ」



 引きこもった原因を探るため、ルナフラは功葉の特徴とモノマネで弟の目撃者を探した。

 入学式の日は高校と自宅しか往復はしておらず、明らかに様子がおかしくなったのが入学式に出てからだったので学校で何かあったとしか思えなかった。

 功葉の見た目が見た目なので少しずつ情報は集まり、竹藤姫世加に告白した事実に辿り着く。

 そして告白を目撃した生徒に話を聞いて回った。

 その過程で功葉の姉という関係性も明かして聞き取りしていたので、あの生徒の姉かと周囲が彼女に関わることを避けるきっかけになったと予想がつく。

 しかも竹藤姫世加の告白以前に功葉はちょっとした問題を起こしていたらしい。

 だから色々あって彼の姉弟と知った人は関わり合いを避けて無視に繋がった訳だった。

「思い出した? アナタのせいで功葉は引きこもったんだからね!」

 再び身を乗り出すルナフラを押さえ、竹藤姫世加に背中を見せる形で間に入る。

「ごめんなさい。入学式に告白してきた男子が多かったから菊町さんの弟が誰か憶えてないの」

 謝罪だけで済ませばいいものを正直に返す彼女。

「ふざけるな! お前のせいで……お前のせいで……!」

 竹藤姫世加の答えに興奮状態が高まり過ぎて言葉に詰まる。

「入学式の日だから喋ったこともない、興味もない、そんな相手から告白されても覚えているはずないでしょ」

「新太! 止めないで! 功葉を傷つけといて覚えてないとか許せない!」

「ダメだ。マスターだから自分の魔道書(ノート)を止める責任がある」

 口喧嘩なら止めないが相手に怪我を負わす可能性があるなら話はまた別だった。

 それくらいルナフラの怒りは強い。

「そんな設定要らない!」

「……」

 それをお前が言うかと思ったが今はルナフラの身体を押さえた。

 それに竹藤姫世加を擁護する訳ではないが他人から言われた言葉は覚えていて自分が放った言葉は忘れてしまうものだ。

 いちいち自分の発言など、ましてやノリノリの厨二病の時など特に覚えていない。

 人から指摘されて辛くなるくらいだ。

「竹藤さんも言葉には気をつけてくれないか?」

「グレンツェント君も私を悪者だって思ってる? その子の味方?」

「オレは無駄な面倒事が嫌なだけだ。ほっといたら確実に抉れるだろ」

 きっぱり答えを返して二人の仲裁に思考を割く。

 全く着地点も解決方法もあやふやに誤魔化す落とし所すら思いつかないが思考を巡らす。

 部屋の前で騒がしくしているので当然だけれど更に功葉のクレームが入った。

「何なんだよ! 俺を部屋から出そうと説得しに来たんじゃないのかよ!」

 ダンッ、とドアが大きく鳴り、中から彼の怒鳴り声が響く。

「説得に振った相手を連れて来るとか無いだろ! 逆に部屋から出られないじゃんか! 咲奈は心配しているフリをして俺を出汁に男連れ込むし!」

「違うの! 新太も厨二病だから功葉と話が合うと思って!」

「『元』厨二病な。それとそういう関係じゃないから」

 平坦な口調で訂正するがドアの向こうに伝わらない。

「ちなみに私は君を説得しにグレンツェント君についてきただけ。お姉さんには頼まれてないわ」

 自分が来たのはルナフラのせいで非はないと訂正するが、そのドア越しの言葉は逆に彼の気持ちを逆撫でする結果を生む。

 ドンッ、と再びドアが内から怒鳴り声が上がる。

「じゃあ、何か?! 二人とも俺を笑いにきたわけ! 可哀想って勝手に同情して助けてあげなきゃって勝手な使命感で、いい迷惑だ!」

 小さくだけれど三度ドアが叩かれたような音を立てた。

「しかも『ついてきただけ』とか、ずいぶん親しげに喋っているけどお前ら付き合ってるんだろ!」

 思いもよらない飛び火に答えを返す。

「それは無い」

「付き合ってないよ!」

「まだ告白されてないし」

 何故か他の二人も彼の疑いに答えた。

 しかも被った。

「皆で否定するなんて余計に怪しいじゃないか!」

 疑いの怒鳴り声が返ってきて、なぜお前らも答えたのか誤解を招いた二人に視線を送る。

 そして更なる誤解と彼の被害妄想が暴走を見せた。

「どうせ『お前はフラれたけど、俺は付き合えたんだぞ』って自慢にしに来たんだろ! 人の部屋の前で恋愛のゴタゴタをすんな!」

「んなわけないだろ。そんなことしてオレにメリットがあるとでも?」

 まさに竹藤姫世加と付き合ったら恐れていた状況が生まれてしまう。

 少なからず彼女に憧れている男子たちにこんな感じで苦情が上がるのは確実。その先どうなるかは余り想像したくない。

「……まあ、そこまで妄想できなきゃ、厨二病はやれてないか」

 昔の妄想好きの厨二病だった頃を思い浮かべつつ、やれやれと勘違いを否定するが、その余裕ある態度が逆に彼を逆撫でしてしまう。

「彼女を自慢するだけじゃなく、人をバカにしに来やがって!」

 どうしてそうなると胸の内でため息が交じると同時に頭に血が上って話を聞かないのは姉弟だと納得する。

 何度目かになるのかドアが内から叩かれた。

「もう早く帰れよ! 部屋の前でうるさいんだよ!!」

 そう言われてルナフラに目を向ける。

「だってさ。残念だけど今日は帰るよ。竹藤さんのおかげで怒らせちゃったし」

「私がいけないの?」

「始まりから今日まで全部お前のせいだから」

 竹藤姫世加の言葉に敵意前回で睨むルナフラ。

「ならグレンツェント君、お詫びに帰りどっか寄ってかない?」

「ダメ。新太は今からわたしの部屋で反省会なんだから」

 何故か竹藤姫世加の誘いにルナフラが答えたが、どちらとも付き合う気は無く早く帰る気でいる。

 また言葉の応酬が始まる雰囲気が感じられた所で、今一度大きくドアが鳴り振動した。

「嫌がらせもいい加減にしろ! 人の部屋の前で恋愛のゴタゴタとか最低だ! 俺から告白した相手だけでなく咲奈も奪っていくのかよ!?」

 どんな思考から導き出したセリフなのか、疑いが晴れてないのだけは分かるが、彼の怒りが理解できず言葉もない。

「二股なんて許さないからな!」

 功葉の怒声が羨ましさからか恨めしさからか、はたまた姉の咲奈を思ってのものか、それは分からないけれど二人を侍らせていると勘違いしているなら利用しない手はなかった。

 もうこれ以上引き延ばしたくないし、そう考えを切り換えて二人の腕を引き寄せた。

 明日からもだらだらと続けても解決しないだろうから。

 驚く二人の肩に腕を回して目の前のドアを蹴り返す。

「恨み言言うなよ! 引きこもっているヤツは黙れ。文句を言う資格なんてないんだよ。前世は魔王だったんだろ! なら二人を取り返してみせな!」

「……」

「エクスプロージョンを叫ぶなり、アトミックって囁いてみたらどうだ?」

 バカにしたように呼びかけた。

「……」

 中から反応が無いことは想定していたので、続けて声を張って挑発する。

「あぁ、ごめん。出てこられないんだったな。嘘じゃなく魔王ならもっと抗って欲しかったのに残念だ。どうせ魔王と言ってもショボかったんだろうな。駆け出しの勇者に簡単に負けてしまうくらいにさ」

「黙れよ。うるさい!」

 聞こえていただろうけれど、その反応によって言葉が届いている事に確信を持つ。厨二病は力を隠しているだけで自分が一番強いと思いがちなので上手いこと煽った。

 なので続行して嘲る様に言い放つ。

「ふん。悔しかったら出て来いよ。ハンデの条件はあるが相手になってやる」

 勝負は学校で朝昼と放課後を指定する。

「まぁ、怖じ気づいてそこが功葉のアルカディアなら口出しはしないさ。けど、それでも諦めずに立ち上がってくるのが魔王だと思うがな? 魔王は倒されるものだが新たに生まれるものでもあるだろ?」

 反応は返ってきていないがドアに向けて吐き出す様に言い残す。

「お前が女を奪われても何もしない愚かな腑抜けでないことを祈るよ」

 もし相手を前にしていたら説得力は皆無だっただろう。

 アドリブで意味不明な芝居を打った事で両脇からの二人の視線が痛くて恥ずかしく、耳が熱くて顔から火を噴きそうなくらいだった。

「新太……いや、マスター!」

「何も言うな……!」

 二人の肩に回していた腕を素早く解き、瞳を輝かせるルナフラの口を手で押さえる。

 台詞に触れられたり何か言われたら耐えられそうにない。

「グレンツェント……君」

 反対側から聞こえた囁き声に条件反射で手を伸ばして人差し指で彼女の唇を止める。

「スィーっ!!」

 声は抑えるが鋭く口にした。

 そして手を下ろして二人の手首を掴み、迅速に功葉のドアの前から撤退する。

「マスター、見直した。やっぱり新太で良かった!」

「ありがと! でも、結果が出てからお願い!」

 振り向かなくても弾む声からルナフラの表情が思い浮かび、されたお礼に恥ずかしい様な照れる様な気分になってやけくそに返事を返した。

「ねぇ、魔王とかアルカディアとかってなに? エクスプロージョンやアトミックとか、あの口調もどうしたの?」

 早足にリビングに入った所で竹藤姫世加の質問があり、卒業したはずの厨二病に一時でも戻った後悔と共に叫び返す。

「聞くな! 説明出来ないから!」

「安心して。少しくらい変でも私のグレンツェント君との接し方は変わらないわ。だって君は……」

「ありがと! ちょっとでいいからそっとしておいてくれ!」

 相手の言葉を遮りやってしまった感に顔を手で覆う。

 しかし、指の隙間から満足そうなルナフラと目が合い堪えられず天井を仰いで嘆く。

「もう嫌だ……」

 とりあえずこれで立てた作戦は終えたので何の変化もなければ次の手を考えないといけない。

 けれど今は触れないで放っておいて欲しかった。

「新太、この調子でガンガン行こうか! カッコよかったよ!」



「これ提出してきたらお昼にするから待ってて」

 数冊のノートを抱えた竹藤姫世加に声をかけられ、男子たちの視線を胆力で気づかないフリを決め込む。

 そして誘いに乗れば睨まれるだけでは済まないとポーカーフェイスで返事をする。

「ありがとう。でも用事があるから、他の人を誘ってよ」

 丁寧に断りつつ、誰かにチャンスがあると思わせる言葉を選ぶ。

 足を止めていると更に何か言われそうなのでお昼のサンドイッチと飲み物を手に背を向ける。

 竹藤姫世加に近づいてくる男子は大抵恋愛目的で、話していても明らかに意識してる事が見え見えで、親しくなった男子はだいたい一ヶ月で告白してくる。

 なのにグレンツェントはその気配が感じられないから興味がある、と話しかけてくる理由をいきなり明かされた。

 厨二病だったのがバレるのを避けたくて知られない様にしていた事が逆に相手の関心を引いてしまったと胸の内で後悔する。

 そそくさと廊下を歩き、扉が開かれて無人の体育館を斜めに突っ切り、入ってきた扉の斜向かいにある扉から外に出た。

 体育館裏は昼の短い時間だけ日が当たり、猫の額ほどの地面には雑草や小さな野花が咲いている。

 そして先客の背中に声をかける。

「功葉は? 今日は?」

「前の授業で分からないところあるからって先生に聞いてから来るってさ」

「意外に真面目だな。来るなら今日も何かしら勝負しなくちゃいけないのか」

 自分からけしかけておいてぼやきながらルナフラの隣、扉から外に出る段差に腰を下ろす。

 膝に弁当箱を開く彼女の横で封を開けてハムチーズの一切れを口に運ぶ。

 昼食を食べ終えた生徒が遊びに来るまで体育館裏には静かな時間が流れる。

 そこでふと浮かんだ疑問を聞いてみた。

「なぜノートの持ち主がオレだと分かった?」

 彼女は化身ではなく普通の女子で拾った魔道書(ノート)の内容を利用して引き込もる厨二病の功葉との意思疎通を図ったのだけど。

 上手くいかずに魔道書(ノート)の持ち主を頼った経緯を先日聞かされている。

 全てを明かされたのでその時浮かんだ疑問がそれだった。

 そして相手からの返事は至ってシンプルだった。

「ノートに名前が書いてあるし、ちょうど落とした瞬間だったからさ。それで魔道書(ノート)を拾ったから新太が持ち主だって分かってた」

 しっかりと記憶はしなかったけれど名前と雰囲気さえ押さえてしまえば後からでも探し出せたと言う。

「何でその場で声かけて魔道書(ノート)渡さなかったんだよ」

 落とし物をした直後なら普通は拾って声をかけるものだ。

 あの黒歴史の塊に一般人は価値を、言ってしまえば書いた本人しか魔道書(ノート)の価値は分からないのだから。

 相手の横顔に目を向け、答えを待つと苦笑が返ってくる。

「だってあの魔道書(ノート)だよ。声かけるの怖いじゃん。しかも拾った手前、あのお札でしょ。下手に捨てたら呪われそうでそれはそれで怖かったんだもん」

「……」

 厨二病から距離を置いた今なら彼女の不安も理解できるので何も言い返せない。

 自分も前を歩く人が落とした物が厨二病縁の品だったら拾いたくないし考えただけでも触れたくなかった。

 だから捨てずに拾った魔道書(ノート)を持っていた彼女は逆に凄いのかもしれない。

「グレンツェント! 勝負だー! 今日こそは勝って二人を返してもらうぞ! その為に生み出した新たな必殺技の……!」

「相変わらずの元気だな。仲良いクラスメイトとかいないのか? そっちと遊べば良いのに」

「入学式から休んでいたからまだクラスでは友達出来てないんだよ」

「……それもそうか」

 厨二病という同族でないと受け入れ難い難病である事だし。

 サンドイッチのゴミをまとめ、飲み物を一口して腰を上げる。

「じゃ、一戦交えて来ますか」

「お願い、マスター」

 ルナフラの声に背中を押されて歩き出す。

 とりあえず今は面倒くさい同級生に関わっているが、ぼっちでないので良しとしようと身体を上に伸ばした。

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