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前編

 オレは厨二病を卒業する。

「これでよしっ……」

 高校生になったので痛い自分を卒業する決意をし、今まで書き留めた空想妄想大暴走の人に見せられないノートをお札で封印した。

 そんな発想事態が厨二病的思考だけれど、開かず眼に触れず遠ざけるには一番シンプルで確実な方法だと思う。

 捨てれば反動で新たに必殺技や秘められた力の設定、物語や詩、などなど書いてしまう可能性がある。

 それにタバコやお酒を辞めるのと同じで徐々に距離を置いた方が心や身体への負担を軽くなるのではないだろうか。

 簡潔に説明すれば捨てるのが怖いのだ。

 厨二病のノートはその者のアイデンティティを内包している。それを手放すのは自分の何割かを失うのと同義だと思う。

 市販の封印のお札にまみれたノートを見下ろす。

 ダイエットでも恐れるのはリバウンドだし、過度な絶食は命に関わるし、抑制した後の食欲が爆発を起こすのと同様だ。

 まずは開かずに手元にあるという状況から徐々に慣れていこうという算段だった。

 持っていなくても平気な心持ちに変えていき、最終的にはノートを捨てられる様になるのが目標だ。

 だから封印してからも、普段通り登校にもカバンに入れて持ち歩く。

 けれどもお札を貼りまくった厨二病丸出しのノート、またの名を魔道書をどこかで無くしてしまう。

 気づくとカバンの中から無くなっていて、消失感と探したい衝動を覚えた。

 だがその欲求を抑えて、もう自分には必要のない物だと考え直す。

 正直言うほど簡単ではないけれど、諦めて割り切ることにした。

 ちょっとミサンガ的に自然と封印が解けるのを期待していたりもしたが、これが運命なのだと自己暗示をかける様に自分を納得させた。

 劇的な事のない感動も何もない、感傷しかない現実味。

 無くなる時はあっさりと手を離れてしまう最後なのだと心にノートを思い浮かべて呟く。

「さらば、オレの闇魔道具(ダークファクト)

 その他大勢の一般人に戻る時が訪れたのだと、子供じゃなくなったことを自覚したかの様な寂しさを覚えた。



 しばらくしてノートロスの苦しさも薄らぎ、このまま厨二病が平癒するのだと信じていた。

 そんな日常に変わったいつもの朝。登校する生徒の流れに身を任せる。

 厨二病を断つ判断が入学式すぐのタイミングだったのと同じ中学の生徒が少なかった事情もあってイメチェンしても遠巻きに避けられる事なく早すぎるリスタートを切れた。

 教室では言葉を交わす相手も何人か出来て、思い返すと中学の頃は厨二病過ぎて引かれていたきらいがあった。

 なので厨二病を抑えて今後友達に発展する相手を見つけたい。

「おはよう」

 教室の扉を潜りながら、見知った顔に挨拶をして机に向かう。

「はよ! グレンツェント!」

「グレンツェント君、おーはよっ!」

「……おはよ」

 朝から自分の名前を呼ばれるのはテンションが下がってこの上ない。

 平野紅蓮津炎人(グレンツェント)。皆はそう呼ぶ。

 しかし、真名は平野新太(あらた)だ。

 紅蓮津炎人(グレンツェント)。両親のネーミングセンスを疑うキラキラな個性全開の偽名だった。

 まだ受け入れるには無理があり、高校の皆も弄り半分で呼ぶのでいい気はしないけれど、その二人と居ないだろう名前のおかげで話しかけてもらえるきっかけになっているなら、厨二病臭い名付けに少しは感謝しないといけない。

 しかし、自分の真名は平野新太だ。中学の頃の様に訂正して回る気は無いけれど、やはりいい気はしなかった。

 やはりそれも厨二病と一緒に捨てたこだわりだ。今は受け入れられる様になろうと思っている。

「おはよう。グレンツェント君」

 隣の席の女子からも挨拶される。

「うん……おはよう」

「変な顔しないで、君の名前でしょう」

 小首をかしげると黒髪が肩から流れた彼女は美人寄りの容姿で、名前は竹藤姫世加(たけふじきよか)という。

 入学式の日に何人かに告られたという噂を耳にするけれど目立たないクラスメイト的には別世界の話だった。特に触れる必要もない。

 告白を決意するまで誰かを好きになった経験がないので、入学式の日に一目惚れして即告白するなんて理解不能なので。

 今まで自己陶酔に近い厨二病の影響で自分の作った設定にばかりソースを割いていたので、誰か異性を好きになる余裕がなかったのかもしれない。

 それよりも当て字の様な名前に内心共感を覚えていた。

 そんなこんなで入学式から日も経ち、席替えが行われると竹藤姫世加とは一旦席が離れた。

 言っても通路を挟んで隣だけれど。

 早くも彼女の見た目もあるけれど誰と話しても態度を変えない姿に現時点で敵はいない。

 女子からの嫉妬の視線もなく、今の時期だからか完全に派閥が出来る前に竹藤姫世加と仲良くなろうとする生徒が多く見えた。

 休み時間はいつも誰か机までやってきてはお喋りして戻っていく。

 それはともかく自分は朝の点呼が嫌で堪らない。

 教師に名前を呼ばれてハキハキ応える声や気怠げな返事、適当な返しをする中とうとう自分が呼ばれてしまう。

「平野、平野グレンツェント」

「はい……」

 クラスには平野が二名いるので個性的な方が下の名前まで呼ばれ、呼ばれる度に集まる視線の中で元気なく応える。

 けれど皆が興味を示すのも最初だけ、だから早く友達を作らないといけないと気合を入れた。

 幸い昼休みに誘ってくれる男子がいる事だし。

「おーい、グレンツェント。一緒に昼飯どう?」

「行くー、今用意するから!」

 とりあえず誘われたら受けてパンとペットボトルを手に足早に向かう。

 厨二病を捨てた高校生活に光が見え、これから一般生徒としてやっていける予感に胸を躍らせた。



「おはよっ、グレンツェント。一緒に行こうぜ」

「あぁ……おはよう」

 登校中に後ろから明るい声がかかり、名前に複雑な心境を覚えつつも笑みを浮かべて挨拶を返した。

 残念なのは朝から名前を呼ばれてテンションが下がる事だ。

 これが高校に入学してからの悩みだった。

「なに? 眠いのか?」

 声に覇気がなく聞こえたのだろうクラスメイトに聞かれた。

 隣に並んだ彼は人懐っこい表情をする男子生徒で、これぞ友達といったイメージ通りのクラスメイトだ。

 そして先ほど聞かれた質問に頷く。

「ん、そんなとこ」

 正直、厨二病を卒業すると決意した手前、ちゃんと普通に振る舞えているかの不安もある。

 厨二病だったから必然的に相手の気持ちを汲み取るのは苦手だし、敏感なのは陽キャに対しての臆病な心だけだ。

 すると魔道書と化したノートの存在を忘れかけていたところ、目の前に封印したはずのノートの化身だと名乗って言い張る少女が現れる。

「初めまして、我は新太が記した魔道書(ノート)『ルナティック・P(パスト)・オブリヴィオンフラグメント』の、化身!」

 斜めに身体を向けて顔に手を充て僅かに上半身を反らす。

 光が当たると赤みがかる黒髪、顔に納まる蒼い瞳が目を引き、チェーンをぐるぐる巻きにした十字架が左手首から覗く。

 あと一仕事終えたかの様なドヤ顔。

「…………」

「長いから、ルナフラで許してあげる。新太」

「……」

 長い名前を言えた事に対してのドヤ顔だったかと無表情で見つめる。

 傍から見て思ったのはバカなのかな? という感想と少し前は自分も同じだった事実に頭が痛くなる。

 それに気になったのは彼女は自分を真名で名前を呼んだ事。クラスメイトや教師、両親も紅蓮津炎人(グレンツェント)の名で呼ぶので、誰かに真名で呼ばれたのは初めてだった。

 もし真名で呼ばれたのが厨二病を辞めた今でなく全盛期だったら、もし目の前の子が既視感のあるアニメみたいな制服を着ていなければ、もしクラスメイトと一緒の登校中でなければ反応は違ったのだと思う。

「あーっ、と。グレンツェント知り合い?」

 困惑の色が声音から見て取れるが、こっちも困惑しているので聞かないで欲しい……すると。

「初めましてだ! 何せ力をつけて化身の姿をとったのはここ最近だからさ」

 困惑して答えられない複雑な思いの横顔を覗う男子の疑問に、なぜか魔道書(ノート)の化身と主張する彼女が答えた。

「えーっと、力? 化身? 何かのマンガの話?」

 一般的な人の妥当な反応。

 まだ黙らずに聞き返しているだけ空気が気まずくならず救いだった。

「行こう」

 一言クラスメイトに呟き、止めてしまった足を前に出す。

「えっ! グレンツェント。あの子、お前に用事があるんじゃないのか? お前に話しかけてたし」

「どうかな……名前、呼ばれてないし。人違いかも」

 名前は呼ばれたけれど真名なのでしらばっくれ、隣に追いかけてきたクラスメイトには嘘を吐く。

 化身だと言い放った子を平静を装って無視して横を通り抜ける。

 案の定すれ違った背中に少し焦った声がかけられた。

「ちょっと!? 無視しないで! 言わば君は我のマスターだぞ。嬉しくないの? 『いつか魔道書が意思を持って姿を取り、オレの力に加わるーー』とか沢山魔道書(ノート)に書いてあったじゃん!」

 耳が熱くなるのを自覚するが、平常心を装って歩調を一定に保つ。

 確かにノートという魔道書にはそのような事を書いた記憶があるけれど化身だなんて信じられるはずないし、動揺を顔に出さずに聞き流す。

「マスター、マスター!」

 自分を呼び止める声が背中を追ってくる。

「呼んでるっぽいけど?」

「どうかな? それよりマスターってなんだよ」

「マスターとは……喫茶店やバーみたいな酒場、あとは稽古や教えてもらっている特定の物事に熟練した相手を指して使う言葉だろ」

「そういうことじゃない」

 解説付きの友達に突っ込み、まだついてくる呼び声を無視する。

「マスターってば! せっかく苦手な早起きまでしたんだから無視するな!」

 反応してしまえば今のところクラスでは一般的な生徒という印象で通っているのでそれを壊す訳にはいかない。

 関わってしまうと今のクラスでのイメージが終わってしまう予感しかしないためだ。

「やっぱり、グレンツェントに用事があるみたいだけど?」

 囁いたクラスメイトは後ろを付いてくる女の子を気にする。

「あんな子、会ったことない」

「でも案外可愛いぞ」

「でも厨二の格好が痛いし、明らかに関わるのはヤバいだろ」

 過去の自分を棚に上げ、囁かれた疑問に言葉を返すと微妙に彼の表情が動く。

「厨二病……厨二……」

 視線を落として呟き、言葉を反復するクラスメイト。

 何を考えているのか、不安と共に横顔を覗っていたら、突然後ろから腕を掴まれた。

「無視しないで! 我の話を聞いて!」

 腕を引かれる様に止められ、隣を歩くクラスメイトが半歩前に進む。

「あのなっ……!」

 眉間にシワを作り反論を口にしようとした瞬間、声が上がり条件反射でそちらを振り向いた。

「ああぁっ……! もしかして、いや、そうか……!」

「何? どうした?」

 すぐにクラスメイトに声を上げた理由を聞く。

 もしかして自分の厨二病の過去がバレたのかと恐れたが、彼はわざとらしい口調と仕草を見せた。

「いや、今日さ、日直だったかも。すまん先行くわ」

 片手を顔の前に上げて言うが早く背中を見せて学校へ駆けていく。

「はっ?!」

 突然過ぎて足も出ず、呼び止める間もなく残された。

 けれども逆に一人になった事で、同い年くらいの彼女とは喋り易くなる。

 鼻から息を吐き、心を落ち着けて引き止めた化身女を振り返った。

「新太、話をーー」

「うるさい」

 相手が何か口にするのを遮り、静かだけれど強い口調でイラ立ちを表に出す。

「誰だか知らないけどふざけないで。厨二ごっこをしたいなら他を当たってくれオレを巻き込むな」

「新太……」

「バカにしてるなら許さないぞ」

「新太……」

「そもそも何でオレの真名を知ってる? 高校では一度も名乗っていないはずだが」

 周りがいくらグレンツェントと呼ぼうとも、厨二病だった中学時代みたいに真名は新太だと訂正していない。その前に厨二病の卒業を決意したからだ。

 相手を無視して自分の疑問を返すと、魔道書の化身と名乗る女子は質問に答えた。

「それは我が新太の魔道書(ノート)だからだよ。当然でしょ」

「それを信じるはずないだろ」

 瞬間的に素早く腕を振って相手の拘束を外し、学校に向けて再び歩き出す。

 厨二病の頃は自分にしか興味がなかったので、中学生の学年に居たかと一度考えを巡らせた。

 目の前で変わった赤信号で止まると尚も後をついてきた化身が横に並ぶ。

「この前魔道書(ノート)はなくしたんだ。それを拾った可能だって捨てきれない。捨てる気ではあったけど、お前が拾った証明はシラを切られたらそれまでか」

 言った様に魔道書(ノート)をなくしている以上、拾って中の知識を得て話している可能性がある。そんな事して彼女にどんなメリットがあるか分からないけれども人の行動には必ず意味がある。

 もし化身が事実なら、そもそも厨二病などになったりしない。

「証拠が欲しいんだな。なら、これで証明してみせようじゃないか」

 言って示したのは、前髪を押し上げた額に貼られた破れた紙片のお札だった。

 均一ショップで見つけ、ノリで買った見覚えのある呪符。白地に朱文字の誰もがイメージするあれだ。

 それに喋り方がぎこちなくてうさんくさい。

「……」

 信号は歩車分離式で渡るまでまだ時間がかかる。

「……全然証拠にもならないし、ただデコに貼っただけでは証明してないだろ。いい加減もう諦めてくれないか? ついてくるの」

 書いてあるのが妄想と厨二設定と架空世界や未来視などなど、十分ダークでカオスな人に見せられないという意味で自信はある。が、魔道書(ノート)の化身と宣言されても信じられない。

「厨二病なら自分の持ち物が意思を持ったとか、美少女として目の前に現れたんだからテンション上がるでしょ?」

 いくら空想を魔道書(ノート)に書いていても、現実と幻想を混ぜたり間違えたりしない。

 小さく一息吐いて言い返す。

「美少女って自分で言うか? テンション上がるかどうかよりも、そもそもオレは厨二病を卒業したんだ。興味はないよ。放っておいてくれ」

「えっ、なんでなんで!? それは困る!」

「困られてもそんなの知るか」

「お願いだから厨二病に戻って!」

「嫌だ」

 このまま付きまとわれても困るので条件を適当に出す。

「じゃあ、せめて手のひらから火なり水なり出してくれ」

「それは出来ない!」

 きっぱり胸を張るルナフラと名乗る少女。なぜ自信たっぷりに否定したか意味不明だった。

「まだまだ姿を取るだけの力しか持ってないんだよ。新太がもっと狂気とカオス、心血を注ぎ込んでくれていれば良かったんだけど」

「……」

 まさかのクレームに無言で青信号を渡る。

 もちろんルナフラもついて来て次の信号も登校や通勤の人たちの後で再び足を止める事に。

 続けて赤信号に掴まり舌打ちをする。

「舌打ちは辞めなよ。行儀が悪いし、我のマスターとして品格が下がるから」



 高校が間近になっても隣に並ぶ相手を無言で睨む。

「そんなに信じられないなら仕方ない。刮目して聞くがいい!」

 そう声を張って突然喋り出した。

「『オレは逆転生者。異世界で我が願いを叶えるため、ないしは世界を救済するため、全魔力を世界構造に流し込んだ。世界構造への干渉に魔力を使い果たしたオレは元いた世界を救った代償に命を落とし、この魔力を持たない人々が溢れる世界に転生した。まだ魔力は戻らないけれど、近いうちに覚醒するだろう。しかし、その力は常人を脅えさせてしまう。きっと闇社会の者でさえ……故にオレの力と正体は隠さなければならない。そう、異世界で壊滅させた組織が執念深く追ってきている可能性もあるのだからぁーー』むむぐももむほっ!」

「もういい! 黙ってろ!」

 他人のフリをして過去の自分の醜態を聞き流そうとしたが、周りの視線に耐えられずルナフラの口を手で押さえた。

 校門も視界に入っており、制服姿の男女が歩く中、叫んだ以外で乱れた動悸が止まらない。

 誰に聞かれたのか気が気でない上に|魔道書≪ノート≫の内容を音読された恥ずかしさに顔が熱くなる。

「ほれれひぃんひへふへは? おんはのほほふひにさはるはんへーー」

 うるさく何か言っているが、とりあえず渋面を浮かべて睨み返す。

「なんでオレに認めさせようとするんだ」

 手を離しながら渋面で呟き、足早に学校を目指す。

 例え内容を音読されたとしても化身だと認める事は出来ない。

 音読なんて魔道書(ノート)を暗記すれば良いだけの話だ。

 なので内容を知っているイコール化身にはならないし、現実的に考えれば考えるまでもなく化身などあり得ない話だった。

 校門を潜って昇降口から下駄箱の前に立ち、下履きと上履きを履き替えて教室へ。

「おはよ」

「おはっ……よ。グレンツェン、ト」

 挨拶をして入ると男子が返してくれたのだが、どこか様子がおかしく尻すぼみ気味に途切れる。

 表情も途中でハッとしたみたいになり、気まずく逸らされた目が泳いでいた。

 いつも挨拶してくれる男子にも目を向けると、わざとらしく外され、必要以上の声で近くのクラスメイトに話しかけてる。

 まるで今までお喋りしていたかの様な風を装って。

「……」

 微妙な雰囲気は察せたが正体も原因も分からないので僅かな異変も見逃さない様に周囲を観察しながら机に着く。

 居心地の悪さは自意識過剰な勘違いだと気のせいにして無理矢理にでも一息吐く。

「ふぅっ……」

 目をつぶって視覚情報をシャットアウト、意識した呼吸を繰り返す。

 登校時の出来事を無闇に話すような彼ではないし、他のクラスメイトに目撃されていたとしても、今のような反応になるとは思えない。

 そもそも感じている空気も、自分が関係しているとは限らないのだ。

 落ち着こう。厨二病ではなくなり周囲に気を配れる様になったからこそ、クラスの空気の機微を感じられるのだと言い聞かす。

 よって人の反応を気にしすぎて、悪い方に考えてしまいネガティブになっているだけだと。

 気持ちを落ち着けていると関係のない話し声が耳に入る。

「……ってこと?」

「もー、姫世加は興味無い話だと覚えてないところあるよね」

「ごめん、許してよ~」

 そこかしこから他愛ないお喋りと笑い声が教室に溢れていて、やはり変な女子に絡まれたから調子がくるったのだと早めに筆記用具と教科書、ノートを机の上に用意する。

「……ブロウクンハート。サキュバスまでいるのか」

 また隣でルナフラと名乗った化身が訳の分からない単語を呟く。

 自称魔道書(ノート)の化身は教室までついてきていた。



「…………」

「そこ、スペル間違ってるよ。そんなんだと力が覚醒した時どうする気なの? まあ、我を行使すればスペルの簡略化により問題ないけどさ」

 向かいから膝立ちで机を覗き込むルナフラに指摘された。

 しかも自画自賛を交えられたせいで余計素直に指摘を受け取れない。

「それに魔力が減衰した時のために我を記したんだものね。中学の頃に白髪を見つけてしまって『まさか……魔力の減衰が始まっているだと……魔力が強いと負荷で周囲よりも早く減衰が始まり、その兆候として白髪化が見られるというが。くっ、大きすぎる力は破滅しか呼ばないのか……|ならば魔道書≪ノート≫が必要になるだろう』って」

「恥ずかしいだろ。止めてくれ」

 授業中なので囁いて苦言をていす。

 それは中学の頃に自分の頭に白髪を見つけた時の現実逃避だった。

 魔力が発現する兆候だとするのが一般的なのだが、その場のノリで書いてしまったので仕方ない。

 大抵、魔力を持つ魔法使いや魔物は老化の進行が遅く長命である設定が多いので見当外れも良いところだけれど目をつむる。

 恥ずかしい設定に後悔しながら、ペラペラと人の恥ずかしい話を喋る相手を睨む。

「なぜいる?」

「新太はどうして自分の影がついてくるのか聞くの?」

「分かり難い言い方は止せ」

 たぶん魔道書(ノート)の化身が持ち主の元に居ても当然と言いたいのだと思う。

 けれど理解できるのと納得するのは別だ。

「なんで? 好きでしょ? こういう言い方。だって『なぜ実力を隠すのか?』って前世で問い詰められた時は『太陽の下をデートしたくないのか?』って答えたんでしょ? 『強いだけでは恐怖と反発しか生まない。襲撃や無駄な争いに巻き込まれたくないから、平和でいたいから隠して装って嘘を吐くんだ』って。他に……」

「わー、バカバカバカバカ! 止めろ! 恥ずかしさで死ぬわ!」

 声を抑えて相手の言葉を遮り、赤面して反射で手を伸ばすがすっと身体を引いて立ち上がったので指先一つ届かなかった。

「逃げんな! お前は……」

 視線を感じて言葉が途切れ、顔を向けると教師と目が合った。

「グレンツェントさん。授業中ですよ」

 その一言はトーンを抑えているが明らかにこれから怒られる雰囲気を孕んでいた。

 見上げる形の教師に無罪を訴える。

「違うんです! 先生この部外者を教室から摘まみ出して下さい! コレが目の前にいるから集中出来ないんです」

 注意された原因のルナフラを指さす。

「コレじゃなくてルナフラ」

 悪びれもせずに訂正する彼女。

 誰がどう見てもうるさくした要因を差し出し、じっと教師の反応を待つ。すると。

「……グレンツェントさん、何を言ってるんですか?」

 問い返された。

「は? だからコイツを教室から追い出して下さい」

 相手の反応に焦れったく思いながら答えるも、教師の表情は怪訝なものに変わっただけだった。

「誰の事を言っているんですか?」

 大人なので首は傾げないけれど、代わりに眉間にシワを寄せ、こちらを覗う様な視線を送ってくる。

「グレンツェントさん、寝ぼけてないで授業はちゃんと受けるように」

 噛み合わない奇妙なやり取りに自然と口調が強くなる。

「は? 先生いるでしょ? 机の前に」

 その言葉に教師が目を眇めること数秒。

「……」

「ふざけてます? 先生をからかわないで下さい」

「いやいやいやいや!? オレの邪魔してるでしょ。居ますよね!?」

 見えていないのかより焦るが、食い気味に食い下がって同意を求めた。

「見えないんですか? 制服のコスプレした女の子が!」

「コスプレ? ……兎に角、誰がいるのか知りませんが授業をしっかり聞いて下さい」

「先生!」

 尚も意見を下げずに自分が主張をするので、教科書を手にしたままの教師が近くの生徒に声をかけた。

「茂田さん、グレンツェントさんの所に誰かいますか?」

 突然振られた生徒は驚きつつも簡潔に返事をする。

「えっ……!? あ……居ません」

 そのクラスメイトの答えに耳を疑う。

 ならと今朝の登校で一緒だったのにルナフラが現れたら先に行ってしまった男子に顔を向けるとルナフラも一緒に彼へ目を向けた。

「園崎君、見えるよな? 居るよな?」

 祈る思いで見つめ、同意を求める眼差しを送る。

「……うーん、グレンツェントはずっと今も独り言言ってたけど。大丈夫か?」

 そう気づかわしげに返ってきた言葉に愕然とする。

「いや、朝会ったでしょ。オレに知り合いかって聞いただろ?」

「……確かに聞いたかもしれないけど、今は誰もいないと思うぞ」

 その言葉に今朝は見えていたのに今は見えない? そんなはずはないと疑う。

 しかしここである事に気がつく。

「でも、カンニングし放題か」

 その呟きにピクリとルナフラの身体が小さく震える。

「……っ! テストの時は無理」

「なんで?」

 突然の拒否に疑問を投げる。

 誰にもルナフラが見えないのなら自分の魔道書(ノート)なのでカンニングが出来るのではと考えた。

 化身がどうとか、周りから見えてないとか本気で信じてはいないが、見えないのだとしたらテストの解答を聞けると思った。

「我が頭脳を使うことにマスターなら文句はないけど新太が借り物の力で闘うのは気が進まないから嫌」

「元はオレの知識だ。カンニングには当たらないだろ。だからテストの時は教えろよ」

 こそこそ言い合っていると教師から叱られた。

「グレンツェントさん、堂々とカンニング宣言するのはどうかと思います。それと授業中なので独り言は控えなさい」

「……すみません」

 教師からは自分しか怒られず見えないとしても納得いかなかった。やはり邪魔をしている彼女が怒られないのは理不尽でしかない。

 ルナフラは素知らぬ顔で机に戻ってきては顎を天板に乗せる。

「思念伝達とか出来ないのか?」

 小声で質問する。

「無理。言ったよね? まだまだ姿を取るだけの力しかないの。そんな高度な魔法使えないよ」

「だったらノートに戻れよ。その姿である必要ないだろ」

「無理だよ。ノートの姿に戻るって事は魔力が不足してるって話で、自在に姿を変えることは出来ないし、魔力不足になると意思だって消える様なものなんだ。意識がなくなったら思念伝達だって出来ないんだよ」

「……」

 もっともらしい理屈をこねるが、逆に意識を持つ方が化身として現れるより前の段階ではないのかと疑う。

「新太がもっと狂気孕むカオスを我の中にブチまけてくれたら良かったのに」

「ちょくちょく不穏なワードを挟むのやめてくれないか……?」

 一部単語とか内容を端折られたら聞く人によっては誤解を招くだろう。

 こうして痛い子に付きまとわれていて頭の痛い日々が始まる。

 そして神出鬼没に現れる彼女は何かと姿を見せては一方的に喋りたおしたり、ただ一緒について歩いたり気分で接触してくるだけの様に見えた。

 だけど何もないはずなんてないのだろう。人は何か理由がなければ他人と接触しない。

 いったい彼女はオレに何をやらせたいのだろうか?



 入学式の前日は高校で秘めた力が覚醒するのかもと妄想と期待が膨らみ、遅刻した。

 本当は単に緊張して夜眠れずに寝坊をしただけだけれど。

 そして遅れたので直接目撃できなかったけれど、新入生の囁き声から何か問題が起きていた様だった。

 推測しかできないけれど騒動が起きていたその噂にちょっとワクワクした。

 居合わせられなかったのは残念だけれど、急いでいたので自身の厨二病装備を忘れていたし、力を発現するとしても今一だっただろう。

 しかしその日自分よりも重症な厨二病男子を見かけた事で一転。

 新入生の中にいて尚一人異質に映り、それが厨二病を卒業するきっかけになった。

 スイッチが切れる様に興味というか厨二病への拘りや執念が無くなって、ハマっていた物が急に冷めるという都市伝説としか思ってなかった話を実感した。

 こんなにも客観的になれるのかと逆に驚いたくらいだった。

 そんな入学式の昔話はさて置き、昼休みに園崎他、入学から何度か一緒に食べていた男子に声をかけるが、全員から言葉を濁されてはぐらかされてしまった。

 雰囲気で断られているのを察したからこそ、無理やりというのは性に合わず、仕方なく今日もルナフラを連れて立ち入り禁止の屋上手前の踊り場へ。

 周りには見えない設定のルナフラは目立ち過ぎるし、ここなら窓もあって下手に人目につかない暗くて肌寒い場所より閉塞感など感じなくて済む。

 今日も今日でアニメみたいに改造された制服に身を包み、赤みがかる黒髪に蒼い瞳、チェーンが巻かれた左手首から十字架が覗く。

 それに画面の中から飛び出してきた格好が似合わないかと聞かれるとそうでもないから余計に腹が立つ。

 時と場所さえ弁えていれば受け入れられるが、平凡な高校の平和な日常には異質が過ぎた。

 踊り場の窓を開けて昼の穏やかな空気を顔に感じる。

 話し声や笑い声が微かに聞こえ、昼の放送が下の廊下からほどよく響く。

「それにしても、世間一般の魔道書はロリっ子だってのに何だその姿?」

 ペットボトルを片手にサンドイッチをかじりながら、隣でおにぎりと栄養補助食品という明らかに味覚の組み合わせが悪い食べ方をしている自称魔道書(ノート)の化身に目をやる。

 胸がだいぶ育っていて目を引くほどではないが、無視出来るほどでもない。

「そんな世間一般なんて知らない」

 そう簡潔に鼻で一蹴された。

 僅かに背を逸らし、鎖骨下辺りに手を充てる。

「この姿はいずれ君が好きになる相手のうつし身ぃぃぃぃーっ!? なに触ろうとしてるわけ!」

 叫んだルナフラは身体を仰け反らせて距離を取った。

「育ちすぎだ。オレの魔道書(ノート)なんだから良いだろ。手元にあった時は散々触っていた訳だし」

 触れ損ねた手を宙に浮かせたそのままに自分の所持品の化身だからと魔道書(ノート)が女の子になるなんて一ミリも信じていないが言い放った。

 その言葉を聞いたルナフラは当然怒る。

魔道書(ノート)だろうと女の子の姿なんだからコンプライアンス的にアウトに決まってるでしょ!」

 スカートから覗く脚も、年相応の成長をしていてロリとは言えない。

 なので怒鳴られても悪びれもせず、言葉を重ねて正当性を主張する。

「設定的にはオレはマスターなんだろ。言うことを聞けよ。触るだけなんだから」

「触るのもアウト! マスターだからってエロい事をして良い理由にはならないよ。人権侵害でしょ。新太は彼女に恋人だから良いだろって言って所かまわずイチャついたり体触ってくるタイプなわけ?!」

 正論が返ってきたが気にも留めずに言葉を続ける。

「魔力が上がるかもしれないだろうが」

 エロい作品によるがキャラがエロい行為をすると強くなるというのは定番の設定だ。日常でしかない身としては関係ないのだけれども。

 そうしれっと返すと当然ルナフラは信じられない物を見る目で訴えてきた。

「開き直らない! そんなんでパワーアップ出来るなら世の中見えない力だらけじゃないか。今どきの新興宗教でもないぞそんなベタな言い訳でエロいことするなんて」

 言っていて何かに気づいた表情を浮かべると、ルナフラは座ったまま器用に跳ねて反動で距離を取る。

「だから人目の無いところに……」

 警戒心を見せる相手にキャップを外してスポーツドリンクを口にし、一拍置いて溜め息混じりに返す。

「それはお前の格好と言動を顧みろ」

「我がかわいいのが罪と言うことか?」

「違う。かわいいのは認めるが、それに併せて格好や言動が人目を引くんだ。普通の男子高生として学校生活を送りたいのに、変なことに巻き込まないでくれ」

「それは無理でしょ。我を書き記してしまった以上一般人が送る様な日常に戻れるはずがない。厨二病の頃が刺激的過ぎて何も起きない日常に満足出来るはずが無い」

「……そこまでハメは外してないつもりでいたのだが」

 何だか言っていて自信が無くなる。厨二病の言動で周りには迷惑をかけていないつもりでいたが、自覚が無いまま空気の読めない奴だったのだろうか? と疑う。

 自分自身に疑問を抱いたところ、ルナフラが質問してきた。

「何で厨二病を卒業しちゃったのさ?」

「……関係ないだろ。面倒くさい」

「いいから答えて」

 突然訪ねられた言葉に適当に返したが、思いのほか真剣な瞳で見つめられた。

「どうして厨二病を?」

 その疑問に視線を斜め上に向けて思い出すように答えた。

「いや、反面教師を入学式の時に見かけてさ」

「それって……」

 ルナフラの呟きは聞き流し、ふと少し前の自分自身を笑うように口にする。

「そしたら冷静に客観視してヤバいなって危機感を覚えた」

 体育館で入学式を終えて教室に戻る集団の中にその姿を目撃した。

 手首には包帯とリストバンド、左眼帯にメガネ、制服はブレザーだが暗いトーンなので違和感無く厨二病の装飾がまとめられていた。

 その姿は孤高に孤独で一人歩く様は肩で風を切るようだったが、ぶつぶつと喋って見せる口元の笑みは端から見ていてキモかったし、周囲が向ける奇異の視線も目に入った。

 とても関わり合いになりたくない皆の雰囲気に見ていた自分の胸に痛みが奔る。

 だから、入学式の週に厨二病の卒業を決意し、土日明けに普通の男子として登校した。

 顔と印象を覚えられる前だったため、急なイメチェンも触れられる事なく自然と受け入れられ、早すぎるリスタートを切れた。

 名前弄りは不可避だったけれども入学式の帰りに見た視線には晒されなかった。

「あれを見ても『同士よ』とか『中々やるな』や『格好いいじゃないか』って共感、賞賛できなかったんだ。ただただ見ていて恥ずかしいとしか感じなかった。だから辞めたんだ」

 思い返して胸がちょっとだけ痛んだが友達のいない行き過ぎた厨二病の頃のままであれば、ルナフラが付きまとう以前のクラスメイトが声をかけてくれる環境はあり得なかった。

 遠巻きに見られて声をかけてくれる時も連絡事項とか渋々だったに違いない。

「だから……我を見ても喜んでくれなかったのか」

「ああ、ヤバい子が現れたって心臓が止まりそうだった」

 昼食を食べ終えると窓の枠に手を置いて外を眺める。

 これで会話は終了という雰囲気を出したのだが、ルナフラには通じなかったらしく背中に声がかかる。

「そっか、自分で気づいて変わろうとして。でも、ごめん新太にはどうしてもっ……!」

 何か面倒な事を言われそうで、それを察知したので素早く動く。

「さ、昼休みも残り少ないし。教室に戻るぞ」

 サンドイッチのゴミとスポーツドリンクのペットボトルをさっと持ち階段に足を下ろす。

 一年生の廊下に戻ると、友達と歩く竹藤姫世加の姿が目に入った。

 普通に歩いているだけなのに白い肌に静かに揺れる黒い髪のクラスメイトは目に留まる。

 同じ条件の女子は他にもいるにも関わらず雰囲気だけで遠目にも彼女と見分けがついてしまう何かがあった。

 すると後をついてきたルナフラが囁く。

「あれは我が仇敵の姫。またの名をブロウクンハート」

「何その異名?」

「周りを魅了して告って来た男子をフリまくってるからさ。男子の百人斬り」

 また厨二病罹患者風味の発言に足を止め、ルナフラの横顔を覗き込む。

「噂は知ってるけど、決めつけは良くないぞ。あと本当にオレの魔道書(ノート)か? ちょっと読ませろ」

 素人としか思えないネーミングセンスと設定に自分だとしたら安直過ぎる発想に不満を抱く。

 なら魔道書(ノート)を確認しようと彼女に手を差し出す。

「それは……出来ない。しかし」

 神話やファンタジー小説になる前の書き留めた内容に姫の容姿描写があり、それに一致するので仇敵の姫とする理由を説明された。

「オレはマスターだ。自分の目で確認したいんだ。そのダサいネームセンスを」

魔道書(ノート)の内容は我の身体に書かれている。よっ、よって! 服を、服を脱がなければ読めないので読みたいというのはエッチ……」

 らしからぬ反応となぜここで恥ずかしがるのか、厨二病の言動の方がよっぽど恥ずかしいので理解不能だが、雑な言い訳に付き合う気は無いのでそのまま要求する。

「オレの魔道書(ノート)なんだろ? なら言い訳しないで脱げ。魔道書(ノート)なんだから恥ずかしがることないだろ」

「人の姿を取るにあたって羞恥心とか色々我には芽生えてるんだよ!」

 その一言を聞き、気怠く要望を口にする。

「ふぅ、嫌だったらもう付きまとわないでくれ」

 入学式の日から話しかけてくれた園崎他、男子が今更それで戻ってくるはずは無いけれど、ルナフラと一緒でなければこれ以上状況は悪くならないはず。

 今のところ避けられてるのは授業以外で授業中に班を組んだり体育でペアを作る時はぎこちないが拒絶はされていなかった。

「それは出来ない相談だ。君は我のマスターだ。だから、我のな……」

 授業数分前のチャイムがルナフラの言葉を遮り、彼女とのお喋りが過ぎた事を知らせてくれた。

 ちょうど向こうから歩く教師の姿も見える。

「ふぅ……」

 もうこの時には諦めていた。

 廊下を走ったら怒られ、歩けば先に席に着けず注意される。

 なので溜め息を吐いて叱られるのを覚悟した。

 ちらりと隣を窺うと、そこに彼女の姿は消えていた。

「おいっ……!」

 小さくツッコミ、予想通りチャイムが終わる前に席についていない事に怒られた。



「マスターのことが知りたいから、放課後どこかに遊びに連れてってよ」

 そうルナフラに頼まれた。

 正直面倒くさいので普通であれば断っていた。

 けれど最近だれとも遊んでいなかった事もあり、その状態を生んだ本人だけれども了承した。

 学校の皆にはルナフラは見えないらしいので他人から自分だけのように映ったとしても、自分はぼっちではないのとだと思い込めていたので問題なかった。

 コスプレみたいな格好はさて置き、ルナフラの容姿は悪くない。

 もやもやする気持ちもあるが、放課後に誰かと遊ぶのは高校生になったらしたい事の一つで楽しみだった。

「先に言っとくけど、女の子が好きそうなところ分からないからな。ただブラブラ歩くだけになるかもしれないぞ」

「大丈夫。化身になったことで知識を広げる我がリードするから。それに自分のかわいい魔道書(ノート)の化身を周りに見せつけたいでしょ」

「よし、人が混みそうなとこ行くか。ちょうど調子に乗る珍妙な人除けがいるしな」

 すぐ手が出るのは赤ちゃんが成長のために物の形などを触覚から記憶するのと同じなのかルナフラは耳を引っ張ってくる。

「イテテ……冗談も分からないのか。そもそも他人には見えないんだ。見せつけるも何もないだろ」

 知り合ってから大して親しくなった訳でもないのに耳を引っ張るなんてルナフラの距離感がお化けなのを認識する。

「……仕方ない。外では新太がひとり言を喋る痛い子って思われないために皆から見える様にするか」

「何で『可哀想だから』みたいなニュアンスで『感謝しろ』って表情をしてるんだよ」

 文句を口にするが魔道書(ノート)の化身は鼻歌交じりに先を歩き出す。

 冗談の前述と後述が彼女が見える前提と見えない前提の矛盾だらけの話だけれど、反応と言葉の間からして周りから見えていないというのも嘘だとまた一つ確信する材料になった。

 ただの日常を過ごす自分には、どんでん返しは絶対にない。

 人が精査している脇で、ルナフラが勝手に計画を立て始める。

 やはり寄り道の定番の一つ、ショッピングモールにたどり着く。

「やっぱり最初はゲームセンターでしょ。デートに緊張してても太鼓のリズムゲームなら話題探さなくて良いし」

「それを言うならモグラ叩き系もだろ。簡単でなのにムキになって」

 単調なのにハズし出すと当たらなくなるのが不思議だ。

「それにハズし過ぎると笑いが止まらなくないか?」

「確かに笑っちゃう。あとクレーンゲームは景品に関して会話が生まれ易いのと、覗き込むようにするから自然と肩が触れそうなくらいそばに寄れるからお得だよね」

 景品が取れたらもらえるしと図々しい発言をしたルナフラを無視する。

「よし、レースゲームするか」

「我の話聞いてた? お菓子とか取ってよ」

「あれ苦手なんだよ。お菓子なら普通に売ってるだろ? わざわざゲームまでして取る意味が理解出来ない。下手すると高く付くから合理的じゃないだろ。食べたければ買ってやるよ」

「え、じゃあ、カツサンド帰りに食べよ。美味しいという情報を耳にしたんだ」

「……ルナフラこそ話聞いてたのか? お菓子より高くなってるじゃないか。しかも女の子としてかわいくないチョイス」

「一緒のショッピングモールにあるんだから良いでしょ? それとも食べたくない? カツサンド」

「いや、甘い物よりカツサンドの方が良いけどさ」

「もしかして、女の子は甘い物しか食べないと思ってる?」

 そういう話では無いと胸の内で呟きながら相手の後を追って歩く。

 寄り道の結果は言ってしまえば消化不良で終えた。

 ゲームセンターの一台しか置いてない太鼓のゲームは高校生グループに占領され、モグラ叩き系は故障中、レースゲームは小さい子用の物しかなかった。

 レースゲームは出来なくないがゲーム機が小さいので脚を無理して畳まなければならずスカートのルナフラにはやらせられない。

 自称かわいい彼女のスカートがめくれると他人の目を引いてしまいかねず、元からコスプレみたいに見える制服は人目を引くので例え見えなかったとしても。

 補足としてカツサンドが噂になったのは店舗が撤退していたからだった。

 美味しかったのにという惜しむ声が一部切り取られてルナフラの耳に入った様だ。

「もう大人しく帰れって天のお告げだろう」

 そもそも厨二病的な格好のルナフラと一緒に歩くのは気が進まない。

 もちろんそれは人目に付くからで避けられるなら避けたい。元厨二病だから格好の優先順位は低かったのでルナフラの寄り道の提案には付き合いはしたけれど。

「良し、神を殺そう」

 物騒なことを口にしたルナフラを置いて歩く。

「バカ言わない。神を殺してもカツサンドは食えないぞ。どうせ都合の良い時だけ神頼みなんだろ」

「なら、ウィンドウショッピングだ! 制服デートぽいでしょ?」

「……デートじゃないからな」

 デートという言葉が当てはまらないので否定したがルナフラは聞く耳を持たず一方的に喋る。

「プリクラは女子たちでいっぱいでダメだったし」

 確かに地元の高校の女子生徒が列を作っていた。スマホで自撮り出来て加工も可能だというのに、わざわざ足を運んでプリクラで撮る意味が理解できない。

 田舎のために近場の制服が勢ぞろいだった。

「行こう。我がマスター」

 勝手に決定事項にされ腕を引かれる。

「放せっ! 自分で歩ける」

「ごめん、恥ずかしかった? それとも照れてる? こんなかわいい魔道書(ノート)と一緒で」

「バカな事を言うな。歩き辛いだけだ。転んだら痛いだろ」

「心配ないよ。足元はカーペットだもん」

「それでも転ぶのは怖いだろ」

「小さい頃より転ぶと痛いよね」

 同意して頷くルナフラ。

 ウィンドウショッピングと言うのであれば衣服だろうから今の改造制服を着替えさせるきっかけになると考えを改める。

 上着だけでも無難な物に変えられれば少しはマシになるだろう。

 屋内は自然光が当たらないので髪は良しとして、カラコンの瞳や手首の十字架など小物が残るけれど、少なくとも隣を歩く自分が気持ち的に楽になる。

「ジャジャーン! やっぱりデートと言えば下着売り場は定番だよね」

「……」

 考えが甘くとんでもない所に連れ込まれた。

 目の前には白や淡い色が並び、時たま濃い色や黒が目立つランジェリーが壁一面に広がっていた。

 視界に入る人は皆女性で男子の入る隙の無い雰囲気で充ちている。

「……何が定番だよ」

 目のやり場に困りルナフラだけを睨む様にガン見する。

「え? 定番でしょ? マンガやアニメで男の子と一緒に選ぶシーンあるでしょ」

「うん。マンガやアニメの悪影響を身をもって感じるな」

 二次元と現実の区別も付かないのかと怒りたい。

 しかし、ここで声を上げれば今以上に視線を集めるので無言で背を向けてダッシュする。

「あぇっ?! マスター!!」

 外で呼ばれると恥ずかしい事極まりなく呼称が聞こえたが、足を止めたらダメだと屋外の展望スペースまで駆け抜けた。

「グレンツェント君?」

 それまでに制服姿の何人かとすれ違ったが、名前を呟いたのが誰かまでは分からない。

 荒い息を吐きながら展望スペースに駆け込み、全力疾走した身体をベンチに預けてラブコメの主人公を尊敬すると胸を押さえた。

「我の下着姿を想像して恥ずかしくなった?」

 ほどなくして追いついたルナフラの声が頭にかけられた。

「バカ言え、すでにその格好が恥ずかしいわ」

 恨ましく言い返すとルナフラが何もしないままはもったいないしと最終的にカラオケに行くことになる。

 縁の無いカラオケにドキドキしながら手続きを済ませた。

 そして指定された部屋にルナフラと入る。

 室内は薄暗く、テーブルにはメニュー表が並べられ、機械の下にはタンバリンとマラカスが置かれていた。

 普段利用しないカラオケに連れてこられ、最初は何を歌うべきか不安があったがほぼルナフラがマイクを終始握る事になりホッとする。

「我が喉から放たれし、歓喜のーー」

「はいはい、上手いんでしょ。期待してる期待してる」

 ポーズをキメて厨二臭いセリフの前置きが始まったので遮る様にしておざなりに相づちを打つ。

 一曲目は誰もが知る有名な歌だった。

 しかひ当然盛り上げ方が分からずルナフラの目配せやジェスチャーに促されるままタンバリンを振って叩く。

 二人なので盛り上がりに欠けるけれど彼女が気にした様子は窺えなかった。

 二曲、三曲と続き、気づく。

「おい……」

「何? 歌う? まだ四曲も入れたから先になるけど」

「それ、歌わせる気ないだろ」

「一緒に歌う? デュエットしても良いよ」

 どうも割り込みやキャンセルという考えは無いらしい。

「そこじゃない。なんだよ、その選曲は。どうしてその歌を?」

 彼女が歌ったのは自分の選曲リストに入っている楽曲だった。

 ルナフラは飲み物に手を伸ばして喉を湿らせ、マイクを口元に当てたまま疑問に答える。

「我が身に邦楽の歌詞が書き込まれてたから。好きなんじゃないの?」

「好きだけれども! 勝手に好きだった曲を知られていると思うと恥ずかしいんだよ! あとそれ! オレの飲み物だぞ!」

「……こほんっ、ギターもするんでしょ? 2ページだけど書かれてたし」

 咳払いを一つ挟み話を変えられた。薄暗いので顔色は分からないがルナフラは開き直った。

「それは! 中学の授業でアコギに触れてっ……父親がインテリアにしていたギターがあったからで……」

 恥ずかしい過去を指摘され、それ以上話を続けられない様に慌てて言い訳を重ねる。

「それで持ち出して少し弾いていた時期が少なからずあっただけだからっ!」

「分かってる。大丈夫、学園祭のステージでギターが居ないからって頼んだりしないよ。安心して」

「分かってないね! もう触れないでってこと誰かの前でギター出来ることを喋るなって話!」

「なんでそんな必死なのさ何も言わなくても大丈夫なんだから。そうだな、とりあえず揚げ物の三連星注文いい?」

 メニュー表をチラリと覗くと、から揚げ、フライドポテト、オニオンリングの三点盛りの写真が。

「カツサンドとか男子っぽいの好きなのか?」

 主に脂っこい物。

「……当然。マスターによって生み出された魔道書(ノート)だよ。おかしくないでしょ。食が似てしまうのは仕方ない」

 質問に答えたルナフラは二本目のマイクを渡してきた。

「さぁ、歌おう!」

 魔道書(ノート)に歌詞の一節をメモした曲のイントロがまたも始まる。

「あの内容でこんな性格や食べ物の好みもこうなるものなのか?」

 疑問を残しながらも、魔道書(ノート)の化身だなんで信じていないのでとりあえず受け取ったマイクを手に立ち上がる。

 勝手に自分の内面を覗かれている様で気になるけれど、書かれているのが新太の全てではないし、その時点から時間も経っているので自分の過去であり一部でしか無いと頭を切りかえて歌う。



 授業が終わり学校から帰る頃には雨粒が地面を叩いていた。

 下駄箱で靴を履き替え、外から流れ込む空気の冷たさに顔を上げる。

 昇降口から下校する生徒が吐き出される中、ふと一人佇む女子生徒に目が留まった。

 傘がない様で庇から踏み出せず、雨あしとスマホの時刻をちらちらと覗う。

 何人もの制服が通り過ぎるが、邪魔にならない様に端による彼女に声をかける生徒はいない。

 それは冷たいとかそういう話ではなく、友達を連れて雨の中に駆け出す男子も少なくなかった。

 忙しなく雨空と手元を往復する様子が肩越しにも分かり、実際は表情は余り見えないが困った顔が思い浮かぶ。

「置いてくなんてどういうこと? 何で教室で待ってないわけ? かわいい魔道書(ノート)の化身を忘れ物して帰る気?」

 謙遜を覚えて欲しいルナフラの文句、不満は聞き流して逆に問い返す。

「ルナフラ、傘持ってるか?」

「何? もしかして忘れたの? かわいくて優秀な魔道書(ノート)だからもちろんレインシールドくらい朝飯前だよ」

 そう口にして自身が持つカバンを叩く。

 言い換えはアンブレラでいい気がするが言わば厨二病の化身とも言えるルナフラには通じないだろう。

「マスターが厨二病を辞めたとか腑抜けたことを言ってるから忘れるんだぞ」

 因果関係のない余計な言葉がクドい。

「…………」

 あと表情が気に障った。端的に言えばドヤ顔を浮かべている。

「天気予報はチェックしないけどカバンには簡易式レインシールドを常備しているんだ」

「そっか。なら、問題ないな」

 多分折りたたみ傘の事だろうと絶対にツッコまず傘立てから自分の傘を引き抜く。

「何? あるじゃん。レインシールド」

 そう背中に声をかけられ、ルナフラに向き直って顔を寄せる。

「この傘、あの子に貸して来い」

 言って視線で示し、ルナフラも目線を追って雨あしとスマホを気にする女子生徒に目を留める。

「何で?」

「マスター命令だ」

「どうして? 自分で渡せばいいでしょ?」

「見知らぬ男子が傘を持って行っても警戒されるだろ? 同性の女子から借りる方が気は楽だし良いだろ?」

 理由を説明するも良いのか? と言いたげな瞳を返してくる。

「我が持ってくとレインシールドだけが宙に浮いている様に見えるけど? 怖がらせることになるよ」

「はいはい。その設定はいいから用事があるように見えるからさっさと渡して来い」

 柄を逆手に握った傘を突き出す。

 雨音は下校の喧騒にかき消されることなく、一定の量降り続けていて止みそうにはとてもない。

「新太が女子に話しかけられないだけじゃないの?」

「お前と話していてそう見えるか?」

 初対面の相手だと緊張はするが二言三言で済む用事なら話しかけられる。しかし余り気が進まないのも事実。

「刀、じゃないんだ」

 手に持つ傘に視線を落としたルナフラの残念そうな一言に頼むのは諦め、ため息交じりに足を踏み出す。

「あんな恥ずかしいの、厨二病真っ只中か図太い神経してないと無理だろ。刀型の柄は普段使いとしては握り難い最悪な実用的でないいい例だよ」

「でも持ってるんだ」

 仕方なく自分で渡すため、歩き出した背中にそう言われた。

「……」

 屋根のある外に出ると雨音が一層強く聞こえる。

「用事あるんじゃない? よかったら使って」

 足音に振り向いた女子に傘を差し出す。

 相手が手を伸ばせば受け取れる位置で足を止め、警戒して無言で見つめてくる瞳を見返す。

「時間、気にしているようだったからさ」

 言って彼女のスマホに目をやって続ける。

「オレはこの子に入れてもらうから大丈夫」

 隣に並んだルナフラを指差す。

「……」

 女子は戸惑う感じに指を差したルナフラとこちらを交互に見る。

「厚意を受け取って欲しいな。彼は我と相合い傘をする理由が欲しいんだよ」

 隣のルナフラが勝手な憶測を加える。フォローのつもりだろう。

 名前と学年を伝えて再び傘を示す。

「用事あるんでしょ。気にすることないからさ。傘はオレが嫌ならこの子にでも返してくれたら良い」

「えっと……」

 同性のルナフラに返してくれても良いと伝えるが視線を往復させて、やはり先ほどと同じく困るような戸惑いが見て取れた。

「そっか、見えてないのか……うん。なら、そこの傘立てに挿しといてよ」

 信じてはいないが小声で頷き、ルナフラが見えていないと仮定して一度各学年下駄箱脇にある傘立てに目をやる。

「どうぞ」

 雨に困っていたので多少強引でも躊躇している相手に渡す。

 とうとう戸惑っていた彼女も断れないと察してか怖ず怖ずと手を伸ばした。

「あ、ありがとう! ございますっ!」

 足止めされていた不安から解放されたからか、頭を下げた顔には僅かに安堵の表情が覗く。

 広げた傘をさして早足で遠ざかる背中に手を振り見送った。

「困り顔がかわいい子だったけど。まさかナンパ?」

「んな訳ないだろ。顔は悪くないけど、タイプじゃないよ」

 何でもそっち方面に考えるルナフラに言い返し、右の手のひらを差し出す。

「なに?」

「なに? じゃない。折りたたみ傘だ。オレの家の近くまで入れてってくれ」

 身長的に相手に傘をさしてもらうより、自分が持った方が屈まなくてすむ。

「遠回りになるのか嫌だな。雨に濡れたくないのに」

 文句を垂れながら彼女はカバンを探る。

「濡れたくないのはオレもだ」

「仕方ないなーマスターは。人を助けるフリしてまで我と相合い傘がしたいんだもんな~」

 片膝を上げて一本足でバランスを取り、太股にカバンを置いて無駄口を叩くルナフラ。

 余り高く脚を上げてしまわなか、下に穿いていると分かっていても気が気でない。厨二病臭いアレンジを加えているためスカートの丈が短いからだ。

「そもそも相合い傘を気にするのは相手を意識している本人だけだ。よほど昭和な頭してる人か一部の小学生以外、本人も周りも何とも思っていないからな」

 次々と部活のない生徒が下校する脇で会話していたが早く折りたたみ傘を出せよと相手のカバンに目を向ける。

「まだか?」

 急かすとルナフラはゆっくり顔を上げてカバンから手を抜く。その手には何も握られていなくて。

「レインシールド、忘れた……」

 一周回って落ち着いた表情で報告する魔道書(ノート)の化身。

 本当に魔道書(ノート)の化身なら雨に濡れるのは厳禁なはず。

 忘れるなんてあり得ない。

「おいっ……! て、怒ってもしょうがない。面倒くさいけど職員室で傘借りて帰ろう」

 中々出て来ないと思っていたらまさかの入れ忘れだった。

 一喝して怒っても意味はないと諦めて冷静に呟いた後で背を向けて職員室へ足を向ける。

「他人に貸しといて自分の入ってく傘がないとかダサ……」

「借りれなかったら雨が上がるまで何する?」

 隣に並ぶルナフラは下から顔を覗き込んでくる。

 微塵も申し訳ない態度を感じられない相手を見下ろす。

 むしろ遊ぶ雰囲気でこられたので長い時間関わりたくない意思を混ぜて言葉を返す。

「宿題終わらせて、れでも雨だったら教科書とノート置いて速攻帰る」

「一本しかなかったら相合い傘だね」

「話、聞いてたか?」

 ついてくるルナフラに雑な質問をし、薄暗い外とは対照的に寒々しいくらいの明かりに照らされた廊下を歩く。

「うん、聞き流してた。一本だと我がレインシールドを持つからカバンは前に回して背負って。肩車でも可」

「……なんでだよ」

「良いじゃん。マスターには胸が無いからカバン前にできるでしょ?」

「問題はそこじゃない」

「我と相合い傘になるのが恥ずかしいの?」

「そんな訳ないだろ。前言を思い出せ。並んで入れば良いのに高校生がおんぶなんてしたら変な目で見られるだろうが」

「いいでしーー」

 文句を垂れながら職員室を目指していると廊下の向こうからクラスメイトの竹藤姫世加が歩いてくる。

 言葉を途中で切らしたルナフラは彼女を睨むようにしていた。

 いくらクラスメイトと言っても普通にすれ違う程度だろうと高をくくっていると不意に声をかけられた。

「ひょっとすると傘、忘れた?」

 予想していなかった上に言い当てられ、戸惑った顔を浮かべてしまう。

 表情を正解と見て取った彼女は言葉をこう続けた。

「貸そうか? 折りたたみ傘もってるから」

 似たような言葉を少し前に聞いたばかりだったので警戒して相手の瞳を睨みつける。

「本当?」

「もちろん」

 何人かの生徒がすれ違いざまにちらちら見ていくが無視をする。

 見て目の良い竹藤姫世加と一緒にいる限り仕方ない事なのでいちいち気にしていられない。

「やっぱりカバンに折りたたみ傘がありませんでしたとか言わない?」

「言わないよ。雨女だからカバンには折りたたみ傘常備だし、この前友達に貸した傘を返してもらったばかりだから心配ないよ」

 相手にとって変な質問だったのか柔らかく笑う彼女は嘘を言っていない気がした。

 自分みたいに他人(ルナフラ)任せではないので間違いはないだろう。

 しかし竹藤姫世加に傘を借りる周りの目というリスクを冒さなければならず、気が重くなりながらも窓から聞こえる止みそうもない雨音に妥協する。

「傘、貸して下さい……」

「新太!?」

「なんでそんな顔? しかも敬語?」

 悩み迷った末なので表情が良くなかったらしく相手は訝しげな瞳を向けてきた。

「マスター借りる必要ない! 雨止むまで待とう? 保健室に泊まってもいいから」

 ルナフラは前に回り込み正面から訴えて反対を主張する。

「学校なんかに泊まりたくないし、親に車で迎えに来てもらえば良いだろ」

 とは言っても台風でない限り男の子なら多少濡れて帰って来てもいいという親だ。車を出してくれるはずがない。

「なんで彼女から借りるのがそんなに嫌なんだよ」

「ブロウクンハートに……借りを作りたくない……」

 眉間にシワを寄せて答えて相手を横目で見やる。

 そんな様子の化身に言い放つ。

「じゃ、ルナフラだけ学校に泊まれな」

「えっっ?! なんで!」

「借り、作りたくないんだろ? 図書室で本たちと仲良くお泊まりすれば良いさ」

 詰め寄る化身に言い返すと更にルナフラは不満を訴えた。

「学校に泊まろうって提案してるんだよ? 厨二病じゃなくてもテンション上がるシチュエーションでしょ? そこは尚のこと二つ返事してもおかしくないでしょ!」

「嫌だよ。学校に泊まりたい方がおかしいだろ。オレをなんだと思ってる訳? 授業終わったらさっさと帰りたい派だぞ。いつまでも校舎に残っている方が理解出来ない」

 バッサリ言い切るがルナフラも負けじと追求してくる。

「実はものすごくワクワクしてるのに興味ないフリしてるだけでしょ? 天の邪鬼なマスター」

「……」

「もしかしたら夜の学校で人知れずアンダーグラウンドの住人たちがバトルを繰り広げてーー」

「もういい……」

 口を挟まないでいたが聞くに堪えず、つい言葉を遮ってしまう。

 そして正面に立つ竹藤姫世加が言った。

「貸してもいいけど借りるの嫌ならグレンツェント君は途中まで私の傘に入ってかない?」

 当然だがルナフラと言い合いをしていたのでいい加減待ちきれなくなったのだろう。

 貸して欲しいと言っておきながらもめていたのだから当たり前だ。

「それはダメ!! 敵と相合い傘なんてありえない!」

 強く否定するルナフラ。

「マンガでは強敵と戦った後、強敵が仲間になるってのは定番だと思うが? 厨二病の魔道書(ノート)の化身的に刺さるんじゃないの?」

「刺さらないよ。だって闘ってないし、我からしたらブロウクンハートは絶対的な悪みたいなものだから」

 言い切るルナフラの態度にため息を吐いて、何やかんやあったけれど竹藤姫世加に傘を借りる。

「ごめん、傘貸して。女子の傘に一緒に入ってくのは恥ずかしいからさ」

 竹藤姫世加と一緒の傘に入ったら最後、どんな事になるか分からない。少なくとも告白されただけで噂が立つくらい周りへの影響力はあるのだ。

 濡れたくないか濡れてもいいか聞かれれば濡れないに越したことはないので結局呪詛を垂れ流すルナフラを無理やり入れて下校した。

 翌日、竹藤姫世加に傘のお礼をした後は、もう話すことは無いだろうと思った。



「最近彼女と一緒にいるけど、仲いいの?」

「いや、そんなこと……ない、けど」

 竹藤姫世加に話かけられると思っていなかったので、不意の質問を投げられても言葉に詰まる。

 彼女というのはルナフラの事で仲が良いかと訊ねられても答えに詰まる。

 向こうが一方的に絡んでくるだけであり、鬱陶しく思う事もあるけど嫌いかと問われると嫌うまでじゃないというのが本音だ。

「じゃあ、何話してたのかな?」

 興味があるのか声音が楽しげな響きを帯びている気がした。

「それは……竹藤さんには関係ないことだ」

 正直、厨二病のことは彼女に言えない。答えれば理由まで聞かれそうで、そうなれば厨二病の下りは説明しない訳にはいかないだろう。

 彼女に限らずクラスメイトには恥ずかしいので厨二病だった過去は知られたくないのが正直な話。

 しかし元厨二病患者のメンタルはリア充とは相性が良くなく、彼女の諦めてくれそうにない表情に話してしまう。

 じっと見つめられて堪えられる人がいようか。

 もちろん、自分と厨二病が繋がらないように気をつける。

 彼女が何で興味を向けてくるのか不思議に思いながらかくかくしかじか説明した。

「てか、やっぱり竹藤さんも見えてるんだな。ルナフラのこと」

 概要を終えた時点で聞いた。

 何度も言うが信じてはいなかったし近場で言うとカラオケなど、ちょこちょこ確信する場面はあった。

 けれど暗示に近いものだろうか? 言われ続けているとそんなものだと思って気にしなくなってしまう。

「ルナフラって彼女のこと? まあ、見えてるね。当然じゃん、隣のクラスの子だけど」

「そう、なのか……?」

 隣のクラスだと聞かされ、そういえば姿を見せない時にルナフラを探した記憶が無い事に気づく。

 いつも接触は向こうからで厨二病が感染しないか警戒して探そうとしたためしが無い。

「うん、隣の教室に入っていく姿見てるし。それに他のクラスとの合同授業の時とか、女子だけ集められた時も彼女姿あったから間違いないはずだよ」

 自分意外にも竹藤姫世加に見えて授業も受けているという話に頷く。

「なんで皆ルナフラが見えないフリなんてしてるんだ?」

 真っ先に居ない者という単語が頭に浮かぶが返ってきた答えは一般的にありえる理屈だった。

 ただ度を超しているだけで。

「あれは彼女に関わりたくないから見えないフリをしてるだけ。何がきっかけで面倒事になるか恐れて何をしていても注意をしなかっただけだよ」

 初め自分は厨二病臭い相手に面倒そうと警戒したがそれは正しかったのだろうし、その時に隣にいた園崎は普通に警戒していた。

 知らないものや自分とは違うもの、問題が起こる危険を感じ取ったものには近づかないというのは生物として当たり前の反応でもある。

 それを抑えて社会でやっていくのも我慢という物が出来る人間なのだけれど。

 しかし見なかったフリをして無視をするというのも実は学校生活で珍しくない。

「あぁ……」

 今更気づいたけれどもルナフラとの会話も慣れるにしたがって周囲への警戒を怠って声を落とさずに喋っていて周りに聞かれていたと考えると絶望しかない。

 なぜなら厨二病がバレている可能性があるので言葉を失う。

 化身の周りには姿も声も聞こえないという言葉を鵜呑みにしていた訳ではないが、慣れと周囲のルナフラを無視する様子から感覚が麻痺していた。

 だから相手が魔道書(ノート)の話に触れた時も、最近では止めに入らずそのまま喋るにしていた。

「彼女、名前は菊町咲奈(きくまちさな)。って、大丈夫? めちゃくちゃ目泳いでるけど?」

「だ、大丈夫……何でもない」

 相手の言葉が耳に入ってこない。

 なので言葉とは裏腹にクラスメイトの自分への目が気になって落ち着かず、そわそわと周囲に目を向けてしまう。

 何人か目が合わすと逸らされ、何人かはこちらを窺うような様子を見せた。

 今ルナフラは傍にいない。

 もしかして避けられている理由はルナフラでなく自分から厨二病が滲み出ていたせいかと気が気でなくなる。

 実は考え過ぎで焦って訂正した結果墓穴を掘る可能性もありもどかしい。

 動揺が酷くてルナフラが避けられている理由まで頭が回らなかった。

「で、どうなの? 関係性は分かったけど、彼女のことはどう思ってる訳?」

 なんでも一緒にいると好意を抱いていると見るのはどうかと思うし、入学初日から噂が立つ彼女も恋バナに興味があり竹藤姫世加も普通の女子なのだと感じた。

 そして一言返す。

「煩わしい奴」

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