二話『物語姫』
前書きを初めて書いてみます。
本を擬人化しようと思ったのは、調べてみたらなんか意外と無いんだなぁと思ったからです。
まぁ本って人によって解釈違うからアレなんですかねやりづらいんですかね。
暗い空から漏れ出る僅かな冷たい日の光と、防災用の手回し発電機のみの薄暗い部屋に縛られた一冊の物語姫が目を開けた。動けはしないが、最低限の受け答えはできる程度の意志の力を渡したのだ。
「おはよう。君、どこか痛むところはないかな? お腹はすいてないかい?」
物語姫はきょとんとしながら辺りをキョロキョロと見回すと、困惑した様子でゆっくりと答える。
「……私は……ファーブル昆虫記。えぇっと……あなたたちは……? 誰?」
キッチンの方から孫子が惣菜をいくつか持って現れた。コンビニやスーパーから持ち帰ったものだ。
「ふむ、目が覚めたか。余は孫子の兵法。正しくは魏武王注孫子。長かろうから孫子と呼ぶが良い」
「……孫子……はじめ、まして……」
「ふむ。初めましてでは無いが、覚えておらぬか」
これまた昆虫記はきょとんとした面持ちで首を傾げる。
「覚えてないんだね。それでは、君の見た通り精神支配を受けていたということかな」
「で、あろうな。精神支配を能力とした物語姫の仕業か……」
「精神……支配……?」
昆虫記は精神支配を受け、記憶がないと青年は判断してそれ以上の追及はとりあえず止めることにした。
「そうだ。私は部屋に篭るから、お風呂でも入るといい」
お風呂という単語を聞くと、一気に顔を強張らせる二冊の物語姫たち。
「わ、私……お風呂は……そんなに入らなくても……」
「余もアレよ。その、三日に一度五分程度で問題ない」
「物語姫が湿気や水がダメなのは分かってるけど、入らないと汚いでしょ」
その一言で強張らせた顔が今度は青ざめるようになっていく。
「……き、汚いとな!?」
「私……汚い……」
「ほら、とにかく。何故か今から食べる気満々でいつの間にか持ってきた惣菜はお風呂に入ってからだよ」
青年はひょいと孫子の両手から惣菜を取り上げると、キッチンに戻す。
「くっ……仕方あるまい。昆虫記、そなたも共に参れ」
「私も……?」
「先に入るのであれば、食事を前にそなたを待つのが煩わしい。後に入るにしてもこれから地獄に入れられるのを待つのは辛いものよ。共に入るぞ。裸の付き合いというやつよな」
「うん……わかったわ……」
「では、すぐに済ませてくる故、待っておれ」
「ちゃんと洗うんだよ」
物語姫は基本的に服装毎に行使できる能力の幅が違ってくる。孫子であれば『青の漢服の上に黒い鎧、赤の外套』が全力を出せる服装であり、世界に一つしか存在しない。洗濯などしても良いが、基本的には意志の力によって損傷したり、損傷した箇所が直ったり、清潔になる。
しかし、体はそうではなく、精神的疲労や肉体的疲労に汚れなどはどうしても風呂に入らなければならない。
そのため、心身を安んじるのも兼ねて、夜は服装をラフにする物語姫がほとんどである。
二冊は服を脱ぎ、風呂に入る。水道や電気は止まっているため、どこからか拾ったタライに、とりあえずスーパーから大量に持ち帰った天然水を入れて熱し、それほどの温度にする。
「……くっ。生活に必要とはいえ、湯浴みとは煩わしいものよな、全く。それに、シャワーも出ぬときた」
「孫子ちゃん……」
少し俯いた様子で昆虫記が語りかけるが、タライを挟んで向かい合っているため湯気であまりよく見えない。
「む? どうした。体調が優れぬか」
「ううん……お礼、したくって……」
「礼? ふむ。要領を得ぬな」
「その……助けてくれた……んだよね?」
「あぁ。気にする必要はない。今の余らは人手や情報を欲しておる。別に助けたくて助けたというわけではない」
事実、例えばノブレスオブリージュのような精神でもなければ、利他的な考えで精神支配のようなモノを解いたわけではない。ただの情報収集とあわよくば戦力増強になればという狙いがあっただけだ。
「それでも……ありがとう……私……虫さんだけが……お友達だった……から」
しかし、例えそれが利他的なモノであったとしても、確かに一冊の少女を救ったのだ。それもまた事実。いや、思惑などを介さない分、より純然たる事実に他ならなかった。
「ふむ。昨日の敵は今日の友とも言うのでな。では、友らしく洗いっこなるものに興じようぞ」
「……洗いっこ?」
「余がそなたの髪を洗う。そなたは余の髪を洗うのだ。ふむ。体は……」
孫子が昆虫記の体を眺めると、自分の体と比較し、勝手に敗北感にも等しい感覚を得る。
昆虫記の体はドレス姿に隠れていたのか豊満でありながら、締まるところは締まっている。それに比べて孫子はうっすらとした体つきをしている。
「そなた意外と着痩せするのか」
「あ、あまり……見ない、で……?」
腕で体を隠すが、どうにも隠しきれていない四肢がより大人の色香的なモノを醸し出している。
「ふむ。まぁ、余はスレンダーとやらよ。うむ」
孫子はそう自分に言い聞かせながら少し強めに昆虫記の頭と体を洗い、少しくすぐった。
すぐに出ると言った割にはそれなりの時間シャワーを浴びていた二冊が風呂場から出てきた。
いつもの鎧やドレス姿ではなく孫子はゆったりとした漢服で、昆虫記はネグリジェを身につけていた。
「さて、日干しよ日干し。早く髪を乾かさねば」
「わ、私も……」
「ベランダに椅子があるから腰掛けていいよ。喉も乾いただろうから、牛乳も」
青年が牛乳パックを二つ手渡す。
「ふむ。そなた存外に世話好きよな」
「ありが、とう……」
ベランダに出ると、澱んだ空に星の光は届かず、ただ暗いだけの夜だ。
昆虫記が蛍を呼ぶことで辺りが薄ぼんやりと見える。
「便利よな」
「えへへ……蛍さん……すごいでしょ?」
孫子は一冊で歩いた夜を思い出す。
冷たく、暗く、希望などどこにもありはしないのではないかと思いながらも何かを探してはアテもなく歩いた夜。
その夜のことを思い出し、今日と比較する。
「うむ。まさにその通りよ」
深く頷きながら、孫子は言葉を続ける。
「一つ一つの力は弱くとも、集まれば強大となる」
「……そうだね」
「故に、余らは群れる。規律を定め、意思を統一し、行動を共にし、一つの生物となる。文字通り一心同体よ」
「そう、だね……虫さんも……同じ……」
夜風に吹かれ、体が冷え始める。少し長話をしすぎたかと、孫子は思ったが、孫子は語らうのが好きだったので、別に気にすることもなかった。昆虫記もまた、外にいるのが苦ではなかった。
「君たち。そろそろ戻ると良い。待ち草臥れてしまったよ」
「ふむ。それほど時間が経ったか」
「……気づかなかったわ」
薄暗い部屋の中に戻ると、温かな惣菜が机に並んでいた。
三者三様の声が一つにまとまって響いた。
後書きというのを初めて書いてみます。
なんか、前書きと後書きは小説の世界観が壊れるから辞めた方がいいって方と前書きと後書きがある方が親しみやすいからあった方がいいって方がいますよね。
僕が読むときは特に気にしないのでどっちでもいい派です。
気分によって今後も書くか書かないかは決めてこうと思います。