彼女たちの壁 瑠璃ストーリー
彼女達の壁 瑠璃ストーリー
放課後は、学校中が賑やかだ。授業が終わり、部活動に励む人や、友達と楽しそうに帰っている人達であふれている。そんな今、私の心は非常に焦っている状態だ。
「あ。ヒーロー、今日もおつかれっ」
すれ違う色々な友達に軽く手を振りながら歩いている私。……大丈夫大丈夫。心の中でそう言い聞かせて、旧校舎へと急いだ。
「悪いのは全部あいなよっ」
旧校舎の中に入った瞬間に聞こえてきたのは、怒りと、悲しみが混じったような声だった。一番端の教室から聞こえる声……恐る恐る近づいていく。そして、教室の前で足が止まった。
「イオリちゃん。落ち着いて」
「落ち着けないわよ」
イオリと先生の姿が見えた。いつも綺麗に配置されていた筈の机や椅子が一部杜撰に倒れていた。イオリの顔は怒っているようにも見えるけど、身体中が震えていて強ばっているようにも感じる。先生に何かを訴えているようだ。……なんかこの空気を何処かで見たことが……一体、どうなってるの?教室の中に入ろうとする。
足を前に、前に、……前に。
直ぐに中へ入るつもりだったのに。
……あれ?なんで?体が上手く動かない。
……小学校の、卒業式の日と、同じだ。あの時も、守れなくて……
どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。
心の中でそう叫んでいたら、
「……瑠璃。居るんでしょ?」
イオリが一瞬、私の瞳を見て、ドキッとした。イオリと目が合ったと同時に先生が私に気づく。……ちゃんと、言わなきゃ。
「あ、あいなが何かやったの?」
口が動いた。この状況はきっと、何かあったに違いない。……あいなが関わっているのなら……気になる。
「やったよ」
イオリのストレートな返答が却って心に刺さる。イオリは、私に目を合わせた後、再び先生の方を見た。
「とにかく先生、私は悪くないから」
……あいなが?嘘でしょ。あいながイオリを傷つけたってこと?
「いい?私はあの子とは違うからね。そもそもなんであの子にあんな風に言われなきゃいけないわけ?」
話が、追いつかない。
「きっと、悪気があって言ったわけじゃないと思うよ」
先生は、イオリの瞳をジッと見つめながら言った。あいなが、イオリに何をしたの……?
「嘘だ。先生だからそう言うんでしょ。味方になってよ。私が被害者なんだから」
「……被害者?」
私の口が、勝手に動いた。
「なら、あいなは加害者なの?」
俯き加減になって、イオリの顔を見ることができなかった。イオリは少し間を開けてそうだよと返した。
「瑠璃……には関係ないこと。だけど、聞きたそうな顔してる、から話してあげるよ」
そう言いながら、イオリが目線を下げた。視線の先は、机だった。机の上には、ぐしゃぐしゃの折り鶴が三羽ほど置かれあった。
……折り鶴って、先生の誕生日にってあいなが一生懸命作ってたやつじゃ……
「簡潔に言うと、私は今日、いや、これまでもずっとあいなのやることなすことに全部合わせていたわけ。さっき、ちょっと面倒くさくなって冷たく返したら、向こうがキツイ言い方をしてきたの。だから本当のことを言ったのに、あいながその言葉に苛立ったのか私自身のことを馬鹿にしてきて」
「イオリちゃん自身のことを?」
先生が、イオリに問いかけた。
「そうだよ。私にとっては言われたくなかったことだし、なんであんな風に言われなきゃいけないのか分からなかった」
最後に一言、こう言った。
「私の事なんて、一ミリも分からないくせに」
イオリは、悔しそうな表情で、ギュッと辛夷を握った。涙を堪えているように見える。私はイオリに対して、何も言うことが出来なかった。ただ、あいながイオリに酷いことを言った、ということがやっぱり想像できないし、信じられない。
……頭が、ボーッとする。あいなが、加害者?さっき、走って帰ったのは悪い事をしたっていう逃げだったっけわけ?
「じゃ。もう帰るから。疲れたし」
イオリがゲーム機をスクールバッグに入れ始めた。私も先生もそれを止めず、イオリの後ろ姿をそっと後ろから眺めていた。
先生と二人きりになった。静かな教室で、私は先生を見つめた。すると、先生は私の視線に気がついたのか、話し始めた。
「実は私も、あまり詳しくは知らないの。旧校舎に入るなり二人の声がして……」
先生によると、あいながイオリに対して、酷い話をしていたのは事実らしく、先生が間に入ろうと直ぐに二人の方へ行ったら、直ぐにあいなが何も言わず出て行ってしまったらしい。
酷い話、というのがどういう物なのか気になってしまったけれど、何となく触れちゃいけないことだとは分かった。幾ら私があいなと大の仲良しで、イオリと二、三年の付き合いで、はなび先生が大好きでも。聞いたらいけないことだってある。今まで色々な人の相談をして、救おうとしてきたけど……。特別に思う人の場合、深く考えすぎてしまうし、私の言葉で尚更傷を付けてしまったらと思うと……簡単に解決できる問題ではないと思っている。
それに、あいなが酷いことをするわけがないと心の中で思ってしまう。だから、聞くのが少し、怖かった。
『私が被害者なんだから』
イオリの言葉が引っかかる。あいなとイオリの関係が大変なことになっているのは事実だけど……とりあえず、今は見守る、という形がいいのかもしれない。
次の日の朝。私はあいなを迎えに行った。いつも不定期で一緒に登校していたけど、昨日の事で色々と探りたいと思ったから。だけど、玄関に出てきたのはあいなではなく、あいなのお母さん……愛子さんだった。
「ごめんね。あの子、朝から体調が悪いみたい」
「……そうですか」
あいなはその日、学校を休んだ。その日だけじゃない。次の日も、また次の日も。あいなの家に行っては、愛子さんが出て、姿を現してはくれなくなった。
一方イオリは、カッターを所持し、暇さえあれば刃先を上下に出すという奇妙な行動をとるようになった。それ以外は、いつも通り壁に身体を引っつけて、隅っこでゲーム。私は、その姿を見ることさえも辛かった。あいなとのことをゲームで忘れようとしているように感じたのだ。それを遠くから見守っていた。今のところ、身体を傷つけてはなさそうだけど、かなり深刻だということはよく分かった。
いつものランチタイムでは、教室の友達とお弁当を食べていたけれど、イオリのことが気になって、暫く旧校舎で食べることにした。
「イオリの弁当、美味しそうだね」
「ありがとう。これ、リクエストしたら入れてくれたの」
イオリがお箸でキャラクターの絵が入っているかまぼこを摘んで、私に見せてくれた。その時だけは声のトーンが少しだけ上がったような気がした。きっと、嬉しいんだろうなぁ。
「お母さん優しいね」
そう言うと、イオリは少し照れくさそうに笑い、小さな声で呟いた。
「……うん。お母さん、大好きだから」
「ふーん」
「あ。今のはなんでもない」
「お母さん、それ聞いたら喜ぶだろうなぁ」
「……!」
イオリは恥ずかしそうだった。でも、前までは、お母さんのことを遠ざけていたと考えると、やっぱり嬉しいものなんだろうなと感じた。私にはお母さんがいないから、あんまりよく分からないけれど。……きっと、お母さんって、家族を支える温かい存在なのだということは、なんとなくわかった。
「食べないの?」
「食べられない。身体が重たいの」
「……そう」
ここ数日間、イオリの食欲は低下していた。お弁当の容器の半分以上を残しているのだ。
身体が、重たい。それは、あいなのことが関係しているような気がした。
「戻したら大変だから」
そう言いながら、申し訳なさそうにご飯粒や色とりどりのおかず達をゴミ箱の中へ入れていく。そして、再びゲーム機を出して、いつものポジションへ戻って行った。プリーツスカートのポケットからはカッターがはみ出ていた。
「あら。瑠璃ちゃんいらっしゃい」
午前中の仕事を終えたはなび先生がお弁当を持って入ってきた。私は直ぐに先生の方へ駆け寄った。
「あのさ、あいなから連絡あった?」
「えぇ。あいなちゃんの担任の先生から聞いたよ。朝が少ししんどいらしいわね。日中は元気みたいで散歩に行ったりお家のお手伝いをしているみたいよ」
「そうなんだ」
てっきり部屋に篭もりっきりだと思ってた。……気分転換が少しでも出来ているなら、昔のあいなとは違って変わろうとはしているのかな。
「なら、少しは安心したかも」
「そうね。外へ出た方が気持ちいいしね。心配だけど……今は見守るしかないのかも」
「あいなのことだし、そのうちまた、戻ってくるかもしれないね」
先生と一緒に安心しきっていたら、
「なんで?」
と、背後から声がした。私達の話をずっと静かに聞いていたイオリが口を開いた。目線はゲームの画面に向いている。
「なんでそう思うのよ。絶対偽ってるじゃない」
「え?」
イオリが言うと、どこか複雑に思えてしまう。……だけど。
「でも、あいなは表情を見れば直ぐに分かるよ」
「ううん。分からないよ」
イオリは私の言葉を否定した。
「あの子は……先生にも親にもみんなに嘘の笑顔を見せてたんだよ」
「……どういうこと?」
イオリの言っていることがよく分からなくて首を傾げると、イオリが私の瞳を真っ直ぐに見た。そして、静かにこう言った。
「勿論瑠璃にもね」
「……え?」
嘘。そんな筈ない。絶対偽ってなんか。
「あいなにそんなことできるのかな。私の中でのあいなは、思ったことをちゃんと言えていた気がするんだけど……」
イオリの言っていることは間違ってはいないとは思う。愛子さんに心配をかけたくなくて、態と元気でってことも有り得なくはないかもしれない。
けど、あいなはいつも素直だった。嬉しい時は笑って、怒ってる時はプクって頬を膨らませて、悲しい時は……あれ。どうだっけ。
頭の中で、あいなとの出来事を思い出す。
振り返ってみた。
確か、小学生の時は。私の知らない所で、女の子達にからかわれてたんだっけ……卒業式のあの光景を見ていなかったら、私は、気づかずに終わっていただろう。
『えへへ。見られちゃった。でも、大丈夫』
あいなはあの時、笑っていた。
じゃあ、あの時は?
今度は、この前の体育祭前の放課後だ。私は、彼女と体育祭に出たくて、参加するかしないかを聞いたのだ。半ば諦めていたあの時、誰かが私に背中を押してくれた……んだっけ。
あの時に言われた言葉は……
『めーいーわーくー』
『私は、みんなとは違うから』
……
引っかかってはいた。けど、飲み込むしかなかったんだ。
あれは、あいなの本当の気持ちだったとは思う。彼女が自分自身と戦っていたことを、私はずっと近くで見ていたから。だけど、あんなあいなを初めて見たからかなり驚いたっけ。その後、あいな自身があの話に触れることは無かった。その代わりなのかは分からない。あいなのテンションがいつも以上に明るくて、でも、教室には全然来なくなった。あいなが元気なのを見ると、私も、嬉しかったから別に大丈夫だろうって……いや、そういう風に見えていただけだったのかもしれない。
あいなの顔を見て、確かに違和感はあった……はず。……でも。
「瑠璃。瑠璃は、あいなのことを本当に分かってるの?……あの子、本当の素顔は、見せてないよ」
「そ、そんなわけ……!」
ないとは、言い切れなかった。
私は、静かにお弁当の蓋を閉めた。……重たくて、苦しくて、最後まで食べることが出来なかった。ランチバッグを片手に持ち、立ち上がる。
「瑠璃ちゃん」
はなび先生は、さっきからずっと、私達の様子を心配そうに見ていた。
「……そうだね。イオリの言う通り。私、あいなの全てを分かれてない気がする」
空気感に耐えられなくて、それだけ言って教室を出て行った。
じゃあ、私に、何が出来るのだろう。このまま、あいなが来ないまま、時が経って、卒業して、卒業したらもう、会えなくなっちゃうの?いや、会う手段はあるとは思う。……けど。
……分からない。未来のことなんて、まだ……
重たい身体をなんとか動かしながら、私は自分の教室へ戻っていった。
放課後。今日は初めてイオリと一緒に帰ることにした。理由は、何となく、一緒にいたくなってしまったから。
終礼が鳴った瞬間に、イオリを迎えに行った。誘ったら、目を丸くして私を見ていた。
「……瑠璃と帰るのなんて初めてだね」
私達は適応教室を出た。外に繋がる引き戸の前で、イオリがパーカーのフードを被った。イオリの手足が少しだけ震えていた。
「イオリ。ちょっとここで休んでから行く?外暑いし、今、廊下うるさいし」
今は放課後になったばかりの時間だ。廊下には生徒が沢山いる。心配だったけど、イオリは、首を横に振った。
「今帰ろ」
瞳は真っ直ぐなのに、身体が小刻みに震えている。
「本当に大丈夫?」
「だ、だいじょ……うぶ。これも、一歩、だし」
「一歩……」
「ほら。行くよ」
イオリが思い切り引き戸を開け、歩き始める。慌てながら、私はイオリの隣に並んだ。
「え。あれって学校のヒーローと……い、一ノ瀬さん?」
「なんであの二人が一緒なの?釣り合ってなくない?」
旧校舎を出ると、通る度に私達に向けてコソコソと呟く子達がいた。人が誰といようが勝手なのにな、と思う。視線が一気に私達へと向けられているけど、こんなの一ミリも怖くなんてない。歩きながら、イオリの様子を確かめる。身体は怯えてるように見えたけど、目は、冷静を保っているように見えた。イオリ……強いな。
旧校舎は一番端だから、校門まで割と距離がある。
そして、校門を出られた。途端にイオリがハアハアと大きく息を吐いた。私は、何とかなったけど、イオリは限界だったんだろうな。
「……なんかごめん」
イオリはフードを外して申し訳なさそうに言った。
「私は、全然大丈夫だよ。イオリ、本当に大丈夫?」
「うん……大丈夫」
イオリが、私の目を見た。
「瑠璃が隣にいてくれたから。心強かったよ」
「ほんと?良かったー」
思わず、笑みが零れた。無意識だったけど、また誰かを助けられた気がして、嬉しくなった。
「でも、私のせいで瑠璃が犠牲になるのはやだな」
イオリが申し訳なさそうな顔で言った。私は、優しくイオリの肩に触れる。
「そんなことないよ。あんなの、言わせとけばいいし」
「……そう」
イオリは、少し、困った表情を浮かべた。
「イオリは偉いよ。あんな賑やかな廊下を毎日通ってるんでしょ?」
「まぁね」
「学校へ通い続けてるの凄いなぁって思うな」
「本当?」
イオリが首を傾げた。その後に自信がついたのか嬉しそうな表情を浮かべた。
私は、イオリを駅まで送ってあげることにした。何か話題はないか、考えていた時、イオリから話を持ちかけた。
「……あのさ」
「ん?」
「あいな、もう来ないのかな」
「……」
なんとも言えなかった。
「ごめん、急にこんなこと」
「ううん」
笑えない会話。気まずい空気。視線が勝手に地面へと行く。
そして、衝撃的なことを言われてしまった。ゆっくりと。
「私が」
……私が?
「加害者、」
え?
加害者という言葉で視線がイオリに向かった。
「だったなって」
「……」
「思った」
心臓が不気味な音を立てている気がした。
彼女は、私に話してくれた。
「はなび先生の誕生日、なんだかんだもうすぐでしょ。あの日も、あいなが張り切ってたの」
イオリは最近のあいなが気に入らなかったらしい。毎日が楽しそうで、前向きで、真っ直ぐで。特に最近のあいながハイテンションすぎたということをイオリも気がついていたようだ。いつも以上に明るくて、楽しそうに自分の世界の話をしていたあいな。そのテンションに追いつけなくなったイオリは、距離を置きたかったみたいだけど、あの空間にいるのは二人だけだからどうしょうもできなかったと言う。
そしてあの日。あいなはいつも通りはなび先生の誕生日サプライズの準備をしていた。机の上にはカラフルな折り紙が散りばめられて、一枚ずつ折っていく。毎回丁寧に教えていたのに、あいなは中々覚えられず、毎日毎日聞いてきてくることに少し鬱陶しくなっていたらしい。申し訳なさそうな顔を一切しないから、笑うだけで、ちゃんと話を聞いてないのでは?と感じ、一度、無視をしてみようと考えた。
『もーう。いおりん教えてよ~』
イオリは黙々と折り鶴を折っていた。
あいなは、手を止めて、イオリが折っているのをじっと見ていた。顔を覗かせて、話しかける。
『イオリちゃんはなんでもできてすごいね』
『別に。こんなの大したことじゃないでしょ』
『そんなことないよ。だってあたしのは……』
ほら。ボロボロじゃん、あいなはイオリに形が歪になっている折り紙を見せた。
『なら、やり直せば?』
口調が一気にキツくなる。
『何回もやったもん。でも、くしゃくしゃ』
『なんで、分からないの?』
『だーかーらっ。あたしが分かるように教えてよー』
にっこり笑顔で、イオリを見たあいなに対し、イオリはこう言った。
『そんな事ないよ。私、結構丁寧に教えてるよね?あいなの理解が遅いだけなんじゃないの』
イオリはその時、言ってしまった、と思ったらしい。けど、もう遅かった。
その瞬間に、あいなの表情が一変したと言う。プシューっと空気が抜けるように、真顔、いや、無という表現が正しかったんだとか。その表情を見たイオリはあいなの心に傷を付けてしまったと感じたらしい。
そして、無の表情のまま、毒のように笑うあいなを見たという。
「……ごめん。苦しくなってきた」
イオリの顔色が真っ青になって、今にもパニックになりそうな状態になった。ギリギリのラインまで頑張って吐き出したのだろう。なんとも言えない気持ちになった。口が重たかっただろう。とても言いずらいことだっただろう。私に、しっかりと話してくれた。複雑、だけど、少しだけ、嬉しかった。守りたい、助けたい。私は自然に、イオリの手を握っていた。イオリは不思議そうな顔で私を見上げた。
「怒らないの……?叩いていいんだよ?殴っていいんだよ?」
イオリには、罪悪感が残っているのだろう。
「そんなこと、するわけないでしょ」
「……でも、」
「イオリ。大丈夫だよ」
きっと、あいなにも……その気持ちは。
そう言おうとした時、イオリは、私の手を振り払った。
「……!」
ビックリした。
「私は、もっと……罪を償わないと……」
罪……どうして。イオリの顔は今にも泣きそうになっていた。イオリだって、あいなとは違う辛さを抱えているのに。気持ちに余裕なんて無かったはずだ。
「そんなことないよ!」
「でもっ……あっ」
イオリが、学校門の方へ視線を向けた。私も、同じ方を見る。向いた先には女子高生の集団が私達の方を見て歩いていた。イオリは、ごめん、帰ると早口で言いながら走っていった。突然過ぎて、何が何だかわからず、追いつかない。
「待って!」
言った頃には、もう遅かった。イオリは、駅に向かって逃げるように走り去って行った。……きっと、今日、あいなの話になったから……辛くなっちゃったのかな。自分が悪かったんだって責めてるように見えたけど、大丈夫かな。彼女の後ろ姿を見て、不安になった。
「あーっ」
さっきの女子高生達がイオリに向かって人差し指を立てた。
「やっぱりあれイオリだったじゃん」
「草~」
「夏なのにパーカーはやっぱウケるわ」
「それなーっ」
大声を上げてケラケラ笑っている。……イオリのことを悪く言ってる?その子達が、私の方へと近づいてくる。全員顔見知りで、高校で知り合った友達だった。
「あ」
一人の子と、目が合って、手を振りながら駆け寄ってきた。久しぶりに会ったメンツだ。……その子達が、イオリのことを……途轍もなく嫌な予感がした。
「え。もしかしてだけどぉ。ヒーローってイオリンゴの友達~?」
グループのよく目立っているリーダー格のお団子女子が言った。
「ばーか。ヒーローがあんな奴に構ってるわけないでしょ」
この中でサブリーダー的ポジションの子が、私が答える前に言った。私はただたた困惑していた。
「一緒に帰りましょ」
彼女たちの圧に負けて、その流れで駅まで送ることになった。……本当はイオリを送る予定だったのに。
女の子の集団に囲まれながら歩くのは、久しぶりで凄く新鮮だった。
「みんな、久しぶりだね~。生徒数多いから普段は中々会わないし」
いつも通りの態度で接する。
「ふふ。そうだね。やっぱり学校ではヒーローやってんの?」
絡んでくるのは、クマの耳みたいに高くて丸いお団子が目立つ黒髪の女の子。手にはグラデーションが綺麗な付け爪と、顔中には派手にメイク。学校の校則を破っていても、気にしていない様子だ。この集団の中では、一番のお偉いさんって感じ。学校でも悪い意味の方で目立っている。
「ま、まぁ」
私は微妙な返答をした。
「ふーん。弱者にも優しそうだもんね」
相変わらずなんでもハッキリ言う子だなぁ。
「利用されないようにね。ヒーローの周りにいる子達、みんな一人では居れないバカばっかりでしょ」
……そんなこと、ない。怒りのチャージが少しだけ込み上げてくる。けど、我慢我慢。
「みんないい子達だよ」
クラスのみんなも、あいなもイオリも、私のことが好きで頼ってくれたり、仲良くしてくれるんだ。……そんなふうに言われる筋合いはない。
「へへっ。ヒーローって、対応が神すぎるんだよね」
背後から他の女の子が私の肩に触れた。小動物みたいで可愛い。でもそれは、表で見ただけの感想だ。
「てかさ、同じクラスになったことないって悲しいね。この学校、クラス替えないのキツ。ヒーローと同じがよかった」
「ね。そうだよね」
うんうんと頷きながら、明るく返す。……本当はそんな風に思ってないけど。
私は、どうしてもこの集団が苦手だ。女子特有の悪口を言う子達が多いというか。高校生になりたての時に、リーダー格の子が、私に話しかけてくれて、そこから知り合ったのだけど。その頃から何となく私には合っていないなと思ってた。みんな、私がこの学校でプチ有名なことを知っていたから、私に話しかけてきたのだろう。
さっき、この子達はイオリを見て笑っていた。イオリのことを知っているということは、みんなイオリと同じクラスなのかな。……そりゃ、イオリも会いたくないよなぁ。いくら一日も教室へ行けてなくても、クラスの子の名前は把握していただろうし。何よりこの子達は、一際目立っているから。
ゲラゲラと甲高い声で笑う子達に囲まれている私。黙っていると、リーダー格が肩を組んで更に近づいてきた。
「ねぇ。聞きたいことがあるの」
私の瞳をジッと見つめている。……嫌な予感しかしない。
「ヒーローってイオリンゴの事、どう思ってるのよ」
……やっぱり。予感は当たっていた。
友達だけど、と言う前に彼女は衝撃的なことを言ったのだ。
「私、小学校の時、イオリと同じクラスだったの。よくイオリで遊んでたんだけどぉ、マジであの子ムカつくよね」
「……え?」
……遊んでた?ポカンと口が空いたままだった。
「中学になって、消えちゃったからどこ行ったのかなって思ってたら、この学校でウケた。高校で再会~!しかも、同じクラスだったしね」
「しかも、一日も教室来てないし。マジ退学しろよって感じぃ」
とても気持ちよさそうに言ってくる彼女達の話を静かに聞いている私。……ムカつく。なんなの、この子達。
「えー。私はもっと遊びたかったなー」
辛夷に力が込み上げてくる。
「この前も見たんだけどさ、ちょっと生意気になってたんだよね。マジ腹立った」
私の、大切な、友達を……傷つけやがって……
「あ。駅着いた。送ってくれてありがとーっ」
「あ」
バイバイヒーロー、と彼女達は私に向かって手を振って反対側の方向へ歩いていった。
そして、また彼女達は私の方を振り返り、フフっと笑った。きっと、態と私に言ったんだ。そう思って、私は仕返しとして彼女達に向かってムッと顔を顰めた。あの集団とは、無駄な時間を過ごした気がする。もう関わらないでおこう。幾ら自分がヒーローで、周りによく見せようとしていたとしても、大切な友達のことを悪く言う人となんて付き合いたくない。話したくもない。よし、切り替えよう。
そう心に決めると、何処かが吹っ切れた気がする。だけど、ムカつくことに変わりなかった。それと同時に、イオリの顔が思い浮かぶ。イオリが直ぐにあの場から離れた理由がわかった。イオリはあの子達に虐められてたんだ。イオリはあいなとはまた違う苦しみを抱えているんだろうな……
頭はモヤモヤしたまま、私は家の方向へ向かって歩いた。
家に帰る前に、私はあいなの家へ寄った。学校を休み始めてからは毎日愛子さんに会って、授業のプリントや手紙を届けに行っている。
愛子さんは、あいなに似ている所がある。特に目元がそっくりだなぁって思うけど……性格もなんとなく似てるんだよなぁ。話しやすくて、優しいおばちゃんだ。
「今日もありがとうねぇ」
「大丈夫ですよ。あいなの体調はどうですか?」
「昼間はお家のお手伝いをしてくれたり、散歩には行ってるけど……一人を好んでいる感じだわ」
「……そうですか」
イオリの顔が思い浮かんだ。
『あの子は……先生にも親にもみんなに嘘の笑顔を見せてたんだよ』
『勿論、瑠璃にもね』
イオリが言っていた言葉がずっと引っかかったままだった。
「あの……あいなって家ではどんな表情してます?」
「どんな……常に笑ってるわね。でも、分からないの」
「分からない?」
愛子さんは顎を手に当てて、話し始めた。
「本当に、楽しいのか本当に嬉しいのか。顔は笑ってるんだけど。最近は、笑ってばかりで何か隠してるんじゃないかなって」
「……なるほど」
愛子さんは、イオリとの出来事を知らない。ここで、言うべきかもしれないけど……私も詳しくは知らないし、きっと本人が自分から口で話す日が来るかもしれない。それを待つことしか、私にはできない。……話さないかもしれないけど。それはどっちでもいい。私は早くあいなに会いたいだけ。
「あ。瑠璃ちゃん。これ」
愛子さんが、大きな紙袋を私に渡した。中には、長方形で包装された物が入っていた。
「これ。中はゼリーよ。真月ちゃんにお供えしてあげて」
「えー。いつも本当にありがとうございますっ」
愛子さんはお母さんの友達だったから、お母さんの話を何度か聞いたことがあった。高校時代はクラスは違ったらしいけど、物凄く仲が良かったみたい。因みに、愛子さんも私と同じ学校を卒業しているのだ。やっぱりこの学校は昔から人数が多かったのだろうか。
「中に折り鶴も入れておいたから」
「また入れてくれたんですか!」
私は紙袋の中をチラリと覗いた。梱包された袋とは別に、一つの折り鶴がポツンと一つだけ入っている。よくよく考えてみると、何かを貰う時、折り紙でできた何かが入っているのだ。
「どうしていつも入れてくださるんですか?」
「私は、折り紙師匠の手下だからだよ」
「て、手下!」
「師匠は、真月ちゃんだよ。あの子本当になんでもできたんだから。まだ名人として認めもらえてないの。だから、頑張ってる!」
愛子さんはガッツポーズをして、強くそう言った。
「ずっと、折り続けてるんですね」
「えぇ」
そう言うと、愛子さんは胸に手を当てて、瞼をゆっくりと閉じた。
「私の中で、真月ちゃんは生き続けているから」
その言葉に、私の心が揺れ動いた。
……お母さんの存在は私やお父さんだけじゃなくて、愛子さんにも影響を与えていたんだね。
愛子さんの気持ちが嬉しくて、涙腺が緩みそうになったところをなんとか耐えた。
「ありがとうございます!お母さんも絶対喜んでいます」
愛子さんのあったかい言葉を受け取り、さようならと手を振った。貰った紙袋を片手に、私は歩いた。
良かったね、お母さん。私は紙袋を見ながらそう微笑んだ。やっぱり、お母さんの話を聞くと、悩みが一気に軽くなって、気持ちが楽になる。どうしてだろう。前まであんなに避けていたのにな。まるで自分がお母さんになっているみたいで嬉しくなっちゃうよ。
夕日に包まれた空を見上げながら、家まで辿り着いた。
あいなのいない学校生活は、何処か物足りなさを感じていた。あいなと一緒の時は早く感じた時間も、ゆっくりと過ぎているように思う。
適応教室へ行くと、ぽつんと一人、静かにゲームをしているイオリ。お弁当のおかずを残す事に罪悪感を感じているようだ。美味しそうに食べてはいるものの、日に日に食事量が減り、残飯が増えているように思う。放課後は、変わらず一緒に帰るけど、話が上手く弾まない。なんとか楽しませようとはしているけど、元気のなさそうな表情を浮かべていた。
あいなの家へ行くと、毎回愛子さんが出てきて、あいなと会うことは無かった。
そして、あいなが学校に来なくなって二週間が経った頃、イオリがとうとう爆発してしまった。
午後の授業を終えて、放課後になり、その日も、イオリを迎えに適応教室へ行った。今日も思い浮かぶのは、イオリの顔だった。
旧校舎の中へ入ると、いつも通り、学校中のガヤガヤしていた物音が消え、一瞬で静かになる。
でも今日は様子がおかしいと感じた。静かな中で僅かに聞こえる筈のゲームの音すらもしないからだ。
だけど、聞こえてきたものがある。
「……イオリちゃん、大丈夫だからね」
先生の優しい声が廊下から微かに聞こえてきた。……恐る恐る教室を覗き込む。
イオリが……泣いていた。
床には、カッターと、血のついたティッシュペーパーが乱雑に置かれていた。言葉では上手く表せられない、残酷な光景を目の当たりにした。
一瞬で身体が硬直して、頭が真っ白になる。先生とイオリが何を言ってるのか分からない。今まで見てきた以上に深刻で、気持ちが追いついていない。
数分後、なんとか平常心を保てそうな状態に戻った頃、二人の話がしっかりと耳に入るようになった。
「私って最低」
「そんな事ないよ」
「あいなは、必死で変わろうとしてたのにな。私のせいで全部崩れちゃってるよね。あいなはどんどん出るべきなのに。私こそ、檻に閉じこもってる方がいいんだ」
イオリは、吐き出すように叫んだ。
もう。
「人を」
もう。
「傷つけることしか」
耐えられない。
「出来ないなら」
それだけは……
「私」
待って!
待ってイオリ!私の心が、叫んだ。……心だけ。口には、出せないよ。
”死にたい”その言葉だけは、絶対に言わせたくなかった。
だけど。そんな言葉、他人事に過ぎないんだ。私が言っても、簡単に変えられることはできない。私が思う以上に、傷を負ってると知っているから。
じゃあ、誰が。誰が、イオリを……
「大丈夫だよ。イオリちゃん」
俯いた顔を上げると、はなび先生が包むようにイオリを抱きしめていた。この光景を、見たことがあった。イオリが自殺を計ろうとしていた中学時代も、先生はそうやって、イオリの傍にいた。
「……せんせ、い……ごめんなさい。ほんと、う、に……ごめんなさい」
啜り泣きながら、イオリが言った。
「ううん。今は気が済むまで泣いていいよ」
優しい声で、イオリの背中を摩っている。
二人の光景を、廊下で眺める私。
……私は、ここで、突っ立っていていいの?私に、出来ることって、本当に、ないの?
自分で自分に問いかける。
問いかけたって、なにも返ってこないと、分かっていた、のに。
「あるでしょ」
耳の奥から、声がした。
「瑠璃、動いて」
え?……誰?私じゃない。でも、私の耳の奥で、確かに聞こえてくる。
「いいから」
柔らかくて、大人っぽくて、どこかで聞いたことのある声。誰なのかは、分からない。でも、身近にいたような、気がした。
「動いて。走って」
へ?
そう言われた瞬間に、私の足が、勝手に動いた。旧校舎の引き戸を開けて、廊下を走って、校門を出た。
「ど、どうなってるの!」
思わず、声を上げてそう言った。返ってこないはずなのに、何故か返事が返ってくる。
「いいから。動いて」
「誰なのよ本当に。私、遂に幻聴が……」
「真月よ。真月」
その瞬間、足が元に戻った。だけど、声は聞こえたままだった。そして私は、今、とても動揺している。
「え?お母さん?」
私、頭が、おかしくなった?
「なんでお母さんが!」
「声が大きい。周りを見なさい」
周りで歩いていた生徒達が、私を見て、目を丸くしていることに気がつく。ハッと気がついて、顔が赤くなる。私は、早足で走って、人が少ない所へ行った。
「今、耳の奥で聞こえるのは、お母さんなの?」
「そうよ」
……
どうしてだろう。
もっと、もっと、動揺するはずなのに、この声を聞くと、だんだん落ち着いて……
「……お母さんってこんな声なんだ」
「……そっち?」
呟くように言うと、お母さんがビックリしたように言った。
「なんか、今どきの高校生みたいだね」
「……あ。完全に忘れちゃってるわね、私とのこと」
「え?」
……忘れ、ちゃった?
「とにかく、急ぎなさい。今は向かわなきゃ行けないところがあるでしょ」
向かわなきゃ、行けないこと?
「じゃあね」
「え!」
ちょっと!おかあ、さん?
心の中で呼んでみたけど、聞こえなくなってしまった。……今の、何だったんだろう……って今はそんな暇なんてない。
考える。考える考える考える……
手を軽く握って、胸の辺りに当てた。冷静に、……冷静に考える。
今、私に……出来ることは。
家に帰ってからも、夕飯の支度をしながら考えた。気がつけばご飯が炊きあがり、湯気が元気よく上がる時間になった。お母さんのいるお仏壇に仏飯を供えながら思い出す。
……そういえばさっき、お母さんに会ったんだっけ。あれ?あれは……夢だっけ。じゃあ、なんで、こんなに真剣に考えてるの?何に対して、私は、深く物事を……
疲れからか頭が、ボケっとなっていたその時だ。眩しい光が視界に入り込んできて、思わず目を見開いた。自室から光が差し込んでいるのが見える。
「な、何?」
自室に入って、確かめる。どうやら勉強机の隣に置いてある引き出しの辺りから光が出ているようだ。あまりに眩しすぎて目がおかしくなりそうだけど、正体を探るため、目を片方の手で隠しながら、光の先を掴んだ。
「え?」
正体は……ペンダント?
いつ買ったのか、誰かに貰ったものなのか、全く記憶になくて、不気味に思いながら引き出しに仕舞い込んでいた瑠璃色のペンダント。直ぐに電源ボタンを見つけて、無事に光が消えた。それにしても、なんでペンダントが……。怪しくて、もう一度電源を入れる。だけど、先程の光とは違い、いつも通りの光だった。それにしても……
「……綺麗」
そう呟いてしまうくらい綺麗な光。……じゃあ、さっきの光は一体?
ボーッとペンダントを眺めていたら、
「これを持って行きなさい」
また耳の奥で、誰かの声がした。
「……え?あ、さっきの……えっと……」
何だっけ。思い出そうとしても、思い出せない。あれ。夢?夢じゃない?この短時間でおかしな事ばかり起こっている。一体何が……
「……仕方ないわね。今だけ。今だけよ」
すると、ペンダントにまた、さっきの眩い光が指した。
「キャッ」
一度、目を閉じて、また、瞼を開いた時、光の先に居たのは、ポニーテールで、セーラー服を着た女の子が立っていた。
「ただいま」
ビックリした……
「お、お母さんにそっくり!」
「はいはい。これを付けて」
お母さんにそっくりな女の子が、瑠璃色のペンダントを私の首につけた。すると、私の頭の中にどんどん記憶が……目の前にいるのは、前まで夜に学校の、旧校舎の、屋上で会っていた真月……だった。お母さんだけど、高校生姿の、親近感湧きまくりの……。この前、バイバイしたばかりの、あの。あの!
「あの真月、だよね?」
「えぇ。あの真月」
「ま!」
それを簡単に現すならば、忘れていた記憶が、次々に思い出していく不思議な感覚だった。ピコンピコンって、携帯の通知がどんどん入ってくる感じに似ている。
「真月!」
「あ。戻った」
「私、完全に忘れてたんだね……ところで、なんでここに?」
「ピンチだったから。放っておけなくて」
ピンチ?私は……元気だったよ?
「私の為にまた来てくれたの?」
「ううん」
真月が首を横に振った。
「瑠璃も分かってるだろうけど。貴方の周りが、ね」
「……あぁ」
真月の言葉に、納得が言った。
「だから、瑠璃に動いてほしくて耳元で呟いたの。流石に呟くだけじゃ厳しかったから、こうやってまた、来ちゃったよ」
彼女は、儚げな笑顔でそう言った。きっと私が動くのを、ずっと見守っていてくれてたんだね。
「ありがとう。また、来てくれて」
「ううん。それより、時間が無いわ。瑠璃、どうしたい?」
唐突な言葉に、戸惑ってしまう。……きっと、また、この時間を終えて、真月とバイバイしたら、記憶が消えて、忘れてしまうかもしれない。
それは、怖いことだけど……
きっと、
「ねぇ。真月」
絶対、
「何?」
大丈夫だって思いたいから。
「私がさ、また真月との記憶が消えても、真月は、私を見守っていてくれる?……約束してくれたら、私、答えを出すよ」
「当たり前でしょ」
真月が、私の両手を握った。
「私にとって瑠璃は、いつまでも、大切な存在だから」
「ありがとう」
真月の心の籠った言葉をギュッと受け取った。
ふと、真月を見ると、真月の身体がだんだんと薄れ始めていた。薄れたりボヤけるということは……もう、お別れってこと、なのか。
早く、早く答えを、言わないと。
涙目の真月を見て、私まで、涙が出そうになる……けど……ちゃんと!
ゆっくりと、真月の姿が消え始めている。真月の周りに小さな星のような光が灯り始めて……早く、早く!
えーっと……
イオリには、先生が居る……から、大丈夫。
なら、私は……。私が今、どうしたい?自分で自分に問いかける。すると、頭の中に、一人の人物が思い浮かんだ。ハッとして真月を見る。消える直前の真月を見つめて、私はハッキリと叫んだ。
「私は、あの子のところへ、行かなくちゃ」
あの子は、私のことを、待っている気がするんだ。
私はそう強く決心した。真月は何も言わず、返事の代わりかのようにニコッと微笑んだ。そして、静かに、ペンダントの中へと消えていった。
「……よし」
心の準備は整った。夕飯の準備なんて、今は後回しでいい。今は……あの子の所へ……行かなくちゃいけないんだ。鏡の前で、自分自身を確かめる。髪の毛を一つに纏め、全力ポニーテール。姿勢を正して、首に掛かったペンダントをギュッと握った。その後、直ぐに仏壇へ行き、お母さんの写真に向かって、こう言った。
「……見守っていてね」
準備が整い、家のドアを思い切り開けて、外へ出た。ペンダントを首に引っ掛けたまま、私は、大好きなあの子のところへ向かって走った。
……私は、あいなの全てを見れていたわけじゃない。奥の奥まで分かりきれていないところも、たくさんあったはず。だから、伝わらないかもしれない。伝えられないかもしれない。わかってもらえないかもしれない。却って追い込んじゃう可能性だってある。
……けど、私は、彼女を助けたいんだ。助けられなかった後悔とか、笑顔を取り戻したいとか、引きずってる言葉とか、他にも色々ある。けど、助けたい理由は、私の大事な大事な友達だからだ。
心の奥底は不安しかないけど、なぜだか身体が少しだけ軽いように感じる。だから、このまま突き進んで行きたい。私なりに動いてみよう。
後悔するのは、行動してから。
そして……彼女の家の前に着いた。速やかにインターホンを押せば良いのに……躊躇ってしまう。
やっぱり、帰ろうかな……なんて思ったらダメだ。
もう私は逃げない。逃げたくない。そう決めたんだ。
今日こそあいなに、会いたい。
一緒に、向き合いたいから。
ね。そうだよね。
これで、良いんだよね。
私は、首にかけているペンダントを軽く握って、空を見上げた。夕日に満ちた空は、美しかった。
「大丈夫……」
自分を、信じて……
気持ちの準備が出来た時、音符のマークの付いた、インターホンを……静かに押した。