真月ラストタイム 瑠璃ストーリー
真月ラストタイム 瑠璃ストーリー
『めーいーわーくー』
あいながそう発した時、私は最悪なことをしてしまったと心底思った。脳内にずっと残って離れてくれない。私が止めたせいであいなが固まって、私のことが完全に見えなくなって、仕舞いには沢山の想いをペラペラと話して、走って帰って行ってしまったのだ。あんなに感情的になりながら想いを零してくれたのは小学生以来だった。元から感受性は豊かだけど、まさかあんなに訴えるなんて。ずっとずっと、言いたくても伝えられなかった気持ちがあいなの中にあって、それが爆発してしまったのだろう。あいなの去って行く後ろ姿をただただ見つめることしか出来なかった。
明日会った時、どんな顔をしようと不安に思っていたけれど、次の日には、いつも通りのテンションでおっはよーと元気よく家から出てきたものだから、更に焦って、気持ちが追いつかなくなった。そして、昨日はごめんねーと明るく言われたから、微妙な相槌を打って、いつも通り学校へ向かった。
あいなの顔を見て、複雑な気持ちになる。
本当に出なくていいの?は流石にもう言えなかった。昨日の姿を見た時から、ダメだと思っていた。言えば言うほどあいなを苦しめてしまいそうだと思ったから。
「ねぇ、るーりー。今日は雲がモクモクって出てるね。でもいい天気っ」
あいなは手を出して、空に向かって指を指した。
「あーっ。見て見てっ。今度はこっちに……」
あいなはいつも通りお喋りだった。あいなワールドはあいなの世界だけれど、そこに入ると、あいなは良い意味でも悪い意味でも浸り続けるんだ。昨日もあのタイミングで入っちゃったということは……きっと、頭の中がパニックになっていたからだと思う。あの中に入って気を紛らわせようとして……でも、それとは違う何かが入ってしまったような気がする。いつもの楽しいものじゃなくて、悪質な……とにかくそれが彼女を余計に苦しめたんだ。みんなとやりたいという気持ちはあっても、きっとそれ以上の何かがしがみついていたような気がした。そんなあいなを、これ以上に苦しめる訳にはいかない。今みたいに平和な方が良い。あいなの笑顔さえ見られれば。私はそれを望んでいたんだから。
だから、昨日のことは忘れよう。あいなだってこのテンションだし、きっと本人だって忘れたいんだ。別に、運動会に出られなくても私達の絆は変わらないし。
……うん。
そう思わなきゃ、ダメだよね。
心の私に問いかけても、やっぱり心のどこかで引っかかったままだった。
それでも、あいなの前では、笑わなきゃ。
まだ時間はある。……きっと。なんとかなるよね。
とりあえず気持ちを切り替えていこう。朝から暗いのは今日がもっと憂鬱になるんだから。
気を入れ替えて、私はグズグズするのを辞めた。
体育祭当日。
校庭で、はなび先生とイオリが二人で歩いていたのを見かけた。あのイオリが体育会に出向くなんてと凄く衝撃を受けた。他の子がみんな体操服だから、一人だけ制服なのは却って目立ってたし、周りでも一ノ瀬が居ると言う話になっていたから、遠くからでも直ぐに分かった。制服の上からいつものパーカーを羽織っていたから、この暑さでよく耐えられるなぁと感じる。
イオリが居るなら、あいなも……?少し期待はしていたものの、先生とイオリだけだった。
結局、最後まであいなの姿を見ることはなかった。あいなと出る筈だった二人三脚は他の友達とペアを組むことになり、見事優勝。クラス対抗、学年対抗リレーも共に優勝し、クラスや学年中から私の名を馳せられた。だけど、私の中ではやり切った感じがせず、あいなが居ないという寂しさだけが残ってしまった。
体育際が終わり、片付けの手伝いをしていたら、ニコニコ微笑むはなび先生と、その隣で隠れるようにひっそりとしたイオリが私の所へ来てくれた。
「瑠璃ちゃん。おめでとう。かっこよかったよ」
「はい、これ」先生はそう言って、私にスポーツドリンクをくれた。
「先生ありがとっ」
『瑠璃、おつかれ。私も見てた。なんか、感動した』
はなび先生に続いて、イオリがそう言った。
先生のポロシャツの袖をキュッと軽く掴んでいる。周りの視線が気になったのか話している最中に視線を左右へと向けていた。手足も若干震え気味で、まだ人への恐怖心を感じているようだけど、表情だけはいつもより柔らかく感じた。
「イオリありがとう。イオリも今日は、自分に褒めてあげなよ」
「うん。私も、頑張りたいな」
イオリが軽く拳を握って胸の辺りに当てた。きっと、イオリにとって今日がまた小さな一歩だったのかもしれない。イオリの成長を見れただけでも、良かったと思った。
真月タイムは、体育祭が終わった次の日の夜だった。掌に書いてある真月の文字で、あの世界を鮮明に思い出せる。文字が浮かび上がるのは不定期だから、かなり不気味である。
よく会ってるのに存在を忘れがちだから、今回も戸惑ってしまった。
「あいなと出られなかったよ」
私は真月の顔を見るなり、そう発した。
「まぁ。上手くいかない時もあるわね。それよりお疲れ様。優勝おめでとう」
真月が私の肩に触れた。
「ありがとう。でも、そこまで嬉しくはないよ」
「やっぱり大好きな友達と出たかったのね」
「うん。悔しさの方が大きい。でも、もう終わったことだし、大丈夫だよ」
「そう。あいなって子、残念だったわね」
「仕方ないよ。無理に出て、パニックになっちゃってたら余計に辛かっただろうし」
「それが瑠璃の選択だったって訳ね」
「え?」
「私だったら、一緒に出よーってドーンって行っちゃうのにな」
「えー。まぁ。この前真月が言っていた通りに自分の気持ちもちゃんと伝えた筈、ではあったけど。やっぱり上手くいかなかったよ」
「瑠璃の性格じゃあねぇ」
「そこ、関係ある?」
「あるでしょ」
「……真月ってやっぱり私より強いね」
「そうかしら?」
「うん人間として」
「……どうだろう。死んでから強くなったのかもしれない」
「……そうなの?」
「えぇ。多分今が理想の自分になれてるのかもしれないわ。思い出の制服を着て、こうして瑠璃に会えて。とっても幸せなの」
真月はプリーツスカートを両手でフリフリと動かして、笑った。艶のある髪がゆらゆら揺れて、零れる笑みが更に美しく感じる。
暗い学校を、旧校舎を、屋上を灯す、一人の少女。
それを見て、色々な感情が溢れ出す。
真月は、真月だ。
みんなから見た真月も、真月本人が語る真月も、両方の真月が私は大好き。これから先も、ずっと、私の中ではお母さんだし、憧れの人で、ヒーローなんだ。
「私も今、幸せだよ。お母さんに……真月に会えてるんだもん。今までで一番の幸せかもしれないな」
掛けているペンダントが、光に反射して、小さな小さな光を放った。その中には、希望や、無限大な何か、真月から貰った温かい気持ち、色々な物が入っている気がした。
お母さんがいない。その事実を受け入れられなかったけど、私は、今、彼女に会えて幸せだ。
「瑠璃」
真月は、私の手を、ぎゅっと握った。その手はやっぱり、温かい。
「貴方はもう、大丈夫ね」
その言葉に、私の心は固まった。
「……どういうこと?」
真月は、寂しげな表情を浮かべた。
「そろそろ、バイバイしなくちゃ、ね?」
え?それって……。察してしまった。
「会えなくなるってこと?」
「うん」
真月は、ハッキリとそう言った。嘘、でしょ?
「ねぇ。嘘って言ってよ」
私にとって、この時間は大切なものだった。毎日、疲れていても、頑張れたのは真月のお陰。目覚めが良かったのは、真月がくれたパワーのお陰。色々なことを考えられたのも、真月のお陰だ。それなのに、どうして?
私は、真月に訴えた。
「あのね、瑠璃。私のことが見えなくなるだけ。それだけよ。私はずっと、貴方の中にいるから。この世界は、私と瑠璃の世界なの。夢か現実か分からないくらい不思議なこの世界で会わないだけなんだよ」
頭が、追いつかない。
「じゃあ、私がここに行けば、真月は居るんだよね?なら」
「ううん。お別れしなきゃ。ね?」
「……どうして?じゃあ、なんで私は今、真月が見えているの」
「瑠璃が、そう願ったから。このペンダントが私に教えてくれたの」
瑠璃色のペンダントを見つめる真月。
「じゃあ、また私が願えば、会えるじゃない」
気がつけば、私の目から涙が溢れていた。
泣きじゃくる私を前に、真月は首を振り、必死に涙を湛えているように見える。
「効果は、今だけだよ。このペンダントは、限界が近づけば近づくほど、美しく光るの。ほら。今、正にそうでしょ」
真月が言うと、余計に光ったように感じた。……ペンダントは私と真月を離そうとしてるの?
「やだ。おかしいよ。会えたんだよ?なんでよ!」
もう、訳が分からなかった。私は下を向いた。真月の顔を見ると、涙が止まらなくなっちゃいそうだから。
「泣かないで。私も、辛いから」
真月は、私の背中を摩った。
「ごめんね。私が、死んじゃったからだね。沢山辛い思いをさせちゃったよね」
「……」
……真月が死んだのは、真月のせいじゃないでしょ。
心の中でそう言いながら、私は、首を横に振った。
「……呼ばれたのよ。貴方を求める人がいるって。私、死んでからね、ずっと一人だと思ってた。けど、生きていた時にささえてくれたみんなが、私の話をしてくれたの。だから、安心してた。けど、一人だけ、どうしても守らなきゃいけないものがあった。だから、もしかしたら、ミラクルが起こって、ここまで来たのかもね」
「なら、私のせいじゃんか。私が真月を呼んだから……亡くなっても、誰かのヒーローになって……」
「違うよ。瑠璃のせいじゃない。いい意味で奇跡だったんだよ。こうやって話せるなんて普通じゃ考えられないでしょ。それって私の願望も、瑠璃の願望も、叶ったってことじゃんか」
真月の目からも、一掬の涙が零れていた。
「瑠璃はね、私が居なくても絶対やっていけるから。だから。ね」
すると、いつもの濁った視界に入った。だんだん、真月の姿が私の傍から消えていく。
「真月!真月!……待ってよ」
私は必死に、真月を呼んだ。だけど、ダメだった。真月が、どんどん離れていく。
……急すぎるよ。
「ありがとう。瑠璃」
真月は、泣きながら、笑っていた。だから、私も、笑った。
「ありがとう。真月お母さん」
こんなに呆気なく、お別れするもの?
……気持ちの整理がつかないまま、私は真月お母さんと離れたのだった。
瞼を開けた先には、天井が見えた。ハッと起き上がると、右手に何処か違和感を感じる。夜に付けていた瑠璃色のペンダントがギュッと握られてあった。ゆっくりと手を開くと、掌に、ありがとうという文字が書かれてあった。真月の字だと直ぐに分かった。
夜はあんなに泣いたのに、鏡で顔を確かめると、熊一つ付いていなかった。寂しいのに、顔色は良くて、何処か気持ちが整理されている。太陽を浴びて、今日もやる気を出した。
今まで感じたことのない力がみなぎって、とても気持ちの良い不思議な朝だった。
それから数日後。
ふと勉強机の引き出しを開けると、見覚えのないものが入っていた。とても綺麗な瑠璃色のペンダント。思わず手に取って触れてみる。
こんなの何処で買ったっけ?それとも、誰かに貰ったとか?
綺麗だなぁ。見ていると、自然と笑顔になった。
それは私を表しているようで、とても特別な物を感じたのだった。
私の頭の中に真月との思い出が完全に消えた。