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わたしを見つける物語  作者: なづなゆめか
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Don´t catch smile......あいなストーリー

Don't catch smile…… あいなストーリー


あたしは、いきているかぎり、じぶんそのものをわかってあげられないとおもう。


今日も玄関のドアのハンドルを力いっぱい開けた。

「おっはよー」

キラキラっと眩しい太陽の下で、あたしは目の前にいるるーりーに元気よく挨拶をした。

「おはようあいな」

るーりーは少しだけ後ろに下がってそう言った。どうやらあたしのみなぎるパワーに負けたみたいだ。

今日もるーりーは、髪の毛を耳より上に結んでいるけど、ポニーテールまではいかないぐらいの一つ結びをしていた。肌はいつもと変わらず白すぎず黒すぎないフツーな感じ。目もパッチリ開いているから昨日はゆっくり眠れたのかな?スラッとした足もいつも通り。

ただ、服装だけは違った。サーモンみたいなピンク色のジャージで下は体操服のズボンを履いている。いつも制服なのに。でもそれはるーりーだけじゃなかった。あたしの家の前を通る子達もみんながそのコーデだから、運動会が近いからだということに気がついた。

今度はるーりーの手を触った。るーりーの手は、細くって大きい。おまけにとっても綺麗。手のひらをみた後は、手を反対にした。うんうん。爪もちゃんと切れていていいね。こうやってあたしがジロジロ観察していたら、いつも笑って問いかけてくる。

「あいな探偵~今日はおかしい所はなさそうですかっ」

「もーう。あたし、タンテーじゃないもんっ」

そう言って頬をプクッと膨らますと、ごめんごめんとあたしの肩を叩いてきた。

「学校行くよ」

るーりーが歩き出したから、あたしも慌てて歩き始める。るーりーは足の遅いあたしにいつも合わせてくれる。そんなるーりーが大好き。

「ねぇあいな。最近、私にも見えない何かが見える時があるんだけど」

あたしの世界にあんまり興味が無さそうだったのに、急にそんなことを言い出したものだから、ビックリして目がキラキラってなった。足もドタバタと右と左が交互に動いて、手もワクワクっていうポーズに切り替わった。そんなあたしを見てるーりーが、落ち着いて落ち着いてと少し戸惑っている。けど落ち着けないよ。

「ねぇ。何が見えたの。教えてっ」

るーりーがあたしに見えているものが見えるようになったなんて。

それは……それはっ……

とってもとっても気になっちゃうよ!

「うーんとねぇ。元気をくれる物、かな」

「げんき?」

「うん。……なんというか。見えない誰かに勇気を貰っているような気がするんだ」

るーりーの顔はとても眩しく感じた。そっかぁ。るーりーもそんな気がするのかぁ。

「太陽がキラキラって感じ?」

「あいなのとは少し違うかもしれないけど。でも、根本的なところは同じかも」

こんぽん?こんぽんって何?

そう言おうとしたけれど、何となくそういう空気じゃなかったからやめた。

だから、見えない何かからヘアスタイルの話へ変えることにした。

「るーりーが元気なのはポニーテールでわかるよ」

急にそう言っちゃったから、るーりーがへ?と不思議そうな顔をした。

「今日のるーりーはポニーテールになってない。でも耳の上まではちゃーんと上がっているから元気なのは変わらない。けど、一番の元気じゃない」

あたしはるーりーの髪の方を見ながらそう言った。るーりーの髪は長くてずーっと前から一つに結んでいるから見慣れている。気がつけば今日は高いとか低いとかまで確認していた。それくらいるーりーのヘアスタイルの状況が気になっちゃう。

「ふふ。あいなってほんと、面白い」

「どういう所が?」

「そういう所」

あたしは首を傾げた。よく分からないけど、笑ってくれるから喜んでもらえてるみたい。るーりーはリアクションが芸能人みたいだから、なんか気持よくて本当に心からそう思ってくれているみたいで嬉しい。

気がつけば学校の上靴を入れる所まで着いていた。あたしとるーりーは靴入れが隣通しだから一緒に入れた。

そこでるーりーに毎日今日の時間割を聞くんだ。

今日は四時間目まで運動会の練習があるみたいだから、朝は適応教室へ行くことにした。

いつも通り、るーりーに教室まで送ってもらう。

「五限と六限は日本史の授業だけどどうする?」

向かっている途中にるーりーが言った。

しんどくなさそうな授業はなるべく受けようと頑張ってはいる。日本史とか世界史とかの社会系の授業は、担当の先生のお喋りを聞くだけだから、なんとかなると思っている。

いつもなら、行こうと思えるけど、何となく教室に居たくない。

「今日も行かない」

「そう。わかった」

るーりーは少しだけ下を向いた。あたしが先週の辺りから教室に入らなくなったことを気にしていたのかなと思った。だけど、それはあたしの心のことだからるーりーが心配するところじゃない気がする。


それから、るーりーは静かだった。あたしはルンルン気分だったけど、るーりーはそれでも静かだった。何か、言いたそうな顔をしていた。出そうで出ない何かと戦ってるみたいだった。あたしが見つめたら、目が合ってニコって返しては来たけど、それでも何処か気まづそうだった。あたしと、顔を合わそうとしてくれなかった。

廊下でるーりーのお友達が、ヒーローおはようって挨拶した時も返しては居たけど、返したら、それで、終わった。

静かなるーりー。ポニーテールが一番上じゃない日は、るーりーの気分がそこまで良くない、もしくは何か悩みを抱えているからだと思う。学校のヒーローの疲れをあたしがどう癒してあげたらいいのかわからない。あたしはるーりーが好きだけど、るーりーの力にはなれない気がする。でも、あたしが笑っていたら笑ってくれるから、あんまり考えないでおこう。

「よーし。着いた着いた」

さっきまで何も話さなかったのに、旧校舎の前に着いた瞬間に、るーりーの表情や声のトーンが復活した気がした。

「さあっ。あいな。行ってらっしゃい」

るーりーの声がいつもの爽やかな感じに戻った。多分るーりーはモヤモヤのスイッチと学校とを分けているのだと思う。だから、授業が始まる前にそのモヤモヤとバイバイしたのだと思う。ならもう大丈夫かな。

「またね」

そう言って、るーりーの後ろ姿を見送っていたら、るーりーが振り返った。

そして、あたしの方を少しだけ見てた。……何秒くらいだったかな。数えてないけど。凄く短かった。やっぱり、何かを言いたそうにしていた。けど、直ぐまたニコッと笑って歩いていった。

……

歩くと、るーりーの髪がゆらりと揺れて、同時に足音が響く。静かに教室へと戻って行った。

るーりー、大丈夫かな……

……あたしの心の中がちょっぴり、モヤッとした。


あたしは、旧校舎の中に入って一番端っこの教室へ向かった。廊下からいおりんの姿が見えたから大きな声で挨拶をする。教室の掃除道具のある辺りにいっつも地べたで座っている。ここの旧校舎は古くて初めはホコリが凄かったから、みんなでお掃除したけれど、それでもやっぱりホコリはたっくさん溢れている。この空間は、殆どが木でできているから雰囲気は好きなんだけど……匂いは好きじゃない。それにこんな汚い床、あたしだったら絶対座りたくないなー。でもいおりんはそんなこと一ミリも気にしてなさそう。だってゲームに夢中だもん。今日もゲーム機のコントローラーを両手で持って、小さな画面とにらめっこしている所だった。

「……元気だね」

あたしが教室に入ると、いおりんはあたしのことをジーッと見つめていた。いおりんはいつも髪を一つに結んでいる。耳より下だからポニーテールとは言えない。だらんと長い髪の毛はサラッサラツヤッツヤだから凄く綺麗。何回か触らせてもらったけど、高そうなシャンプーを使っている気がした。でも、本人はお風呂に入るのが嫌いだから二日に一回位しか入らないみたい。あんまり動かないからかなぁ。それでも髪の毛って臭くなるものだよね?

「今日もアレやるの?」

いおりんが突然言ってきた。アレってだけで何を言っているのかがわかった。

「もっちろんっ。鶴の折り方、教えてね」

そう。アレと言うのはっ。はなび先生の誕生日サプライズの準備のこと。まだ先でしょ、張り切りすぎっていおりんには呆れられるけど、ビックリでドキドキーなことは、早くから準備することが大事なんだよ。

あたしはそうやってたっくさんいおりんに向かって言ってるけど、やっぱりあんまり楽しくなさそう。

でもでも!それでも!思いが伝わったのか、つい最近、いおりんがあたしに鶴の折り方を教えてくれるようになったの。

あたしは今日もいおりんに沢山の色の折り紙を渡した。ゲームをしている途中だったから少しダルそうな顔をして、それを見てため息をついた。

「……一体何羽作るつもり」

「うーん?無限!」

「は?それを先生にプレゼントするの?」

「ううん。褒めてもらいたいの。あたし、こんなに折れたんだよーって」

「なんで鶴?」

「秘密」

「……はぁ」

怠そうにそう言うと、いおりんがゲーム機をカバンに直して、立ち上がった。

「教えれば、良いんでしょ?ほら。椅子に座ってやるよ」

「うんうんっ。ありがとういおりん」

そして、鶴を折る作業に入った。いおりんはスピードが早くってびっくり。あたしは直ぐに折り方を忘れて、分からなくなっちゃった。慌てるあたしを見て、いおりんはこうだよってあたしとおんなじ所を一緒にやってくれた。いおりんはとってもいい子。

あたし達はたっくさんの折り鶴を折った。でも、その殆どがいおりんのものだった。凄く綺麗で上手なものばかり。あたしのは、紙がどれもはみ出ていてだらしのない形になっちゃった。

それでも、頑張って折れて嬉しいな。

キーンコーンカーンコーン。チャイムの音が教室中に鳴り響く。

ふるーいこの教室もあたらしーい教室とおんなじタイミングでチャイムが鳴る。古くても新しくてもその辺は変わってないんだね。

気がつけば、ランチタイムの時間。はなび先生が来ると思ったから、急いで教室を片付けた。

暫くして予想通り、はなび先生が直ぐ教室の中に入ってきた。ドンドンって小さな音が廊下から聞こえた時点で先生だって思って、駆けつけたら、先生がニコニコしながらただいまと言ってくれた。

先生はいつもそう言うから、ここがもうひとつのおうちみたい。ママみたいに優しく包み込んでくれるから余計にそう思っちゃうのかなぁ。

誕生日サプライズ、絶対成功させたいなっ。先生を見て、そう思った。

今日の先生はー、いつもの保健室スタイルじゃなくて、ジャージを着ていたからビックリ。るーりーもそうだったけど、やっぱり運動会が近いと朝の授業は忙しくなるのかなぁ。いつものが馴染んでいたから、ジャージ姿が新鮮だなー。

「せんせーいっ。お昼たーべよっ」

あたしはお弁当の入った袋を持って、先生に引っ付いた。ここ最近はでるーりー達とはお弁当を食べない。何となくこっちがいいから。

「はいはい。イオリちゃんもおいで」

「ん」

いおりんは、スクールバッグからお弁当箱を取り出した。

「いおりん、今日のって」

いつものプラスチックのじゃなくて、キャラクター物のお弁当箱だった。

「あ。うん。お母さんが、作ってくれた」

前までは何も食べずに過ごしていたのに、最近はコンビニ弁当を持ってくるようになって、今日はママ特製ので……すんごい変化じゃん。

あたしの目が自然とキラキラってなった。なんだかよく分からないけど、胸の奥がとってもとっても温かい。

「そ、そんな顔で見ないでよ」

「ねえねえ。どんなのが入ってるのー。早くあーけてっ」

ついつい気になって弁当の蓋を勝手に開けてしまった。

「……こら」

「うわーぁ」

いおりんの声を思わず無視してしまうくらい美味しそうなお弁当だった。

小さな梅干しが乗ったご飯に卵焼き、ウインナーにブロッコリー。すっごーく素敵だった。

「良かったね。イオリちゃん。今日も三人で美味しくいただきましょう」

先生も隣で凄く嬉しそう。

「う、うん」

いおりんの顔が薄らと赤くなった気がした。


玄関で靴をポンって放り出して、大きな声でただいまと言う。すると、キッチンの方からおかえりとママの声がした。

あたしはリュックをボンとソファーに置いて、ママの方へ行った。ママは夜ご飯で食べるであろうお魚を、フライパンでジュージューって焼いているところだった。

「ママー。今日のお弁当も最高に美味しかったよっ」

「そう。良かったわぁ」

ママはニコって笑った。その笑顔はすっごく温かくって優しい目。

いつもこの時間に、学校の話をするんだ。ママはいつもあたしの話を聞いてくれるの。いつもお家のお仕事が大変な筈なのに、あたしの時間を大切にしてくれるんだ。

「そう言えば、今日は瑠璃ちゃんと帰って来なかったの?」

「うんっ。るーりー今日は運動会の練習だって」

「そっか。再来週だもんね。運動会」

……

あたしは自然と下を向いてしまった。

「……あたしには関係ないことだから、他に楽しいこと、するね」

「でも、今年で最後だし、見る行くだけでも……」

「いいの」

あたしはママの言葉を無視した。

「見るだけでも、辛いもん」

「そうねぇ」

ママも困った顔をした。……いけないいけない。笑わなきゃ笑わなきゃ。あたしはいつもの笑顔に戻した。

ジュージュージュー。換気扇に負けないくらいの強い音が響いている。ママはおっといけないと言いながら、コンロの方に視線を向けた。フライパンの中でダンスをしていたお魚達は、ママが火を弱に変更してから、収まった。そのままひっくり返して、三匹のお魚は、いい焦げ具合になっていた。


夜ご飯まで何をしよう。そう考えながら、リビングにあるフワフワなソファーで寛いでいたら、ピンポーンとインターホンが鳴った。誰だろう?小さなモニターから確かめてみると、体操服姿のるーりーが映っていた。あたしは直ぐに家を出た。

「あっ。あいな。今日は一緒に帰れなくてごめんね」

るーりーの髪は少しだけヘニョってなっていて朝と比べると、かなり崩れていた。顔も少し疲れているように見える。あたしの家なんて態々寄らなくてもよかったのにぃ。

「ありがとうっ」

嬉しくなってあたしはるーりーに抱きついた。体操着からほんのりとるーりーの匂いがする。それはとても安心する匂い。

「ちょっ。重い重い」

「えへ。ごめーん」

るーりーの体操服は、上と下も砂ぼこりが付いていた。きっと、たくさん練習したんだろうなぁ。

「ちょっと話があるんだけど、今いいかな?」

るーりーは真剣そうな顔をしていた。るーりーはいつも笑っているから、こういう顔をするってことは、真面目なお話だということが分かった。

凄く気になったから、あたしはうなずいた。

「ありがとう。なら、近くの公園のベンチにでも話さない?」

「おーけー」

あたしはママに行ってきますと言って、るーりーに付いて行った。

こんな忙しい時に、一体なんの話なんだろう。

こうやってるーりーと真剣なお話をするのは久しぶりだった。

……もしかして、悩み事、があるのかなぁ。

今日の朝、いや、最近のるーりーは少しだけおかしかった。元気な時はポニーテールなのに、一番上まで上がらない日が多かった。本人は気がついてないけど、るーりーの気持ちが現れている気がした。

ついつい最近、るーりーがしんどそうな姿を見たことがある。それは、母の日が近かった時。るーりーはママが居ないから、みんながママの話をしていると、凄くしんどそうだった。顔を見ただけだと難しいけど、いつもの目立つヘアスタイルに元気が無かった。

昔からるーりーは自分のことを話さないんだよね。いつも誰かと居る時は、強がってるというか。ヒーローは弱みを見せないなんて言ってたっけ。だから言わないようにしてるのかな。

でも、今のるーりーは、凄く言いたげな顔をしている。

だから、もしかしたら、今日、るーりー自身の悩みを聞けちゃうかもしれない。

これって、レアな日ってこと?

歩きながら、るーりーをじっと見つめる。やっぱり、いつもと違う。

なら、たくさん悩み聞いちゃおうっ。

いつも、助けてもらってばかりだもんっ。


そう思っていたけれど、あたしの予想はとても外れていた。


「あのさあいな。私と一緒に、二人三脚リレーに出ない?」

ベンチに座って直ぐにそう言ったものだから、あたしは気持ちの準備が出来ないままだった。

「あたしと一緒に?」

思ってもみない事を言われて、ビックリして暫く口が開いたままだった。

るーりーがうんと小さく頷いた。

「言いたかったことって、それ?」

るーりーの悩みじゃないの?

るーりーは真っ直ぐだった体を、私の方に寄せて、大きな瞳であたしを見つめてきた。

「これまでの行事、あいなとは何も出られなかったからさ。最後に思い出を作りたいんだ」

どうだろう?るーりーの目はしっかりとあたしをキャッチしていた。

……どうだろうって言われても。

あたしの答えは、ひとつしかない。

「無理、だよ?」

断った。

なんだ。そんな話か。それを話したくてあたしの家に寄って、公園まで行って……

そんなの、この答えが出るって、分かってたんじゃないの?

「ごめん」

そう言えば、大丈夫だって、頭の中で思ってた。

思いたかった。

るーりーはいつも、あたしの心を大事にしてくれるもん。

だけど今日のるーりーは、そこで終わらなかった。

「やら、ない?」

いつもなら、分かったで済むはずなのに。まさか聞き返してくるなんて。

「うん。あたしとは、やらない方がいい」

「やれない訳ないよ。そんな風に言わないで」

「え」

あたしがボソッて呟くと、あっとなって急にごめんねって表情が緩くなった。あたしにきついことを言っちゃったって思ったのかもしれない。

……おかしい。

「できれば早く答えを聞かせてほしいな」

そう言って、るーりーは立ち上がった。あたしの方を見ずに、じゃあねって少しだけ焦りながら走って行っちゃった。

……なんだったんだろう。

一言で言うと、ビックリ、したな。上手く表現できない。今、頭が、グルグルってなってる。

るーりーの目から映る瞳が本物だ、って、思った。

るーりーは、あたしをあの中に入れようとしているの?あたしもるーりーやみんなとおんなじ運動会に出て、いいの?

……

この学校に入学してからは、ずーっと運動会に参加していない。みんなでやる行事は、あたしはやりませんってハッキリ言ってた。ママは、やりたくなかったら無理にやらなくてもいいよて言ってくれた。それを今度はママが学校の先生に言ったら、おんなじ言葉が返ってきたみたい。別室にいるのもクラスのみんなと居るのもぜーんぶあたしが決めればいいって言ってくれた。だから、あたしはずっとそうしてきた。できるところは頑張って、しんどいところはゆっくり進んでいく。それでいいと思ってた。

……でも

……るーりー、今日は本当にどうしちゃったの?

るーりーの顔が頭から離れない。あたしにとって運動会はできるじゃなくてしんどいことなのに。るーりーは、どうしてあんな風に言ってきたのだろう。最後、だから?でも、別にそれはあたしじゃなくても良くない?るーりーはヒーローなんだから。話し相手はたっくさん居るでしょ。それなのに、あたしに声をかけたの?二人三脚、って言っていたけれど、るーりーは毎年学年代表リレーに出ていた筈じゃ……。うーん。もう。よくわからないっ。

会う前以上にモヤモヤした気持ちが頭の中に残ってしまった。


あたしは好きなものがたーっくさんある。学校が好き。クラスのみんな、はなび先生といおりん、そして、るーりー。

勉強が好き。歌うことが好き。走ることが好き。お絵描きも好き。みんなとお喋りすることも好き。

……だけど、ふかーく考えてみるの。

学校が好き。でも、思っていたようにはならない。みんなやるーりーが好き。でも、あたしはみんなとは違う。

勉強は小学校のところで止まっちゃっているし、歌は下手っぴだし、走るのは変な風に腕の辺りが動いちゃって上手く走れない。お絵描きも……楽しいんだけど、何故かぐちゃぐちゃになっちゃう。

その中でもあたしはお喋りが一番苦手。

でも、好きなの。人と一緒にいるのはっ。

それがあたし……うーん。ちょっとよくわからないね。


「あいな。今回は何処か行きたいところある?」

夜ご飯の時間。

お魚の骨が上手く取れなくて、手こずっていた時、ママがそう言った。

学校の行事がある日は、毎年ママがプチ旅行に連れて行ってくれるんだ。大好きなクラスのみんなと居れないのが寂しいからそんな日はママとの時間を楽しむの。ママはいつもあたしを喜ばせようと頑張ってくれている。ママはいつも色々なところに連れて行ってくれるんだ。大都会にある遊園地とか、車に乗って、山まで行ってバーベキューとか。だから今回も何処に行けるのかワクワクしていた。

……だけど。

「まだもうちょっと待ってて」

「わかったわ。でも、ホテルでお泊まりになると、お金がかかっちゃうから」

「うんっ」

頭の中で、るーりーの顔が思い浮かぶ。……あんな風に言ってきたから、気になっちゃうよ。

答えはもう、はっきりと決まっているけど、なんだか凄くモヤモヤする。るーりーにちゃんと話すまでは旅行のお話は決めないでおこう。

そう思いながら、再びお魚の方へ視線を戻した。

お風呂に入った後、ママにおやすみの挨拶をして、あたしは自分の部屋へ入った。今日の朝まで、シャツとかズボンとか、片方だけの靴下とか、とにかく色々な物が凄く散らばっていたのに、クローゼットの中に全部がまるまるって収まっていた。今日もママが綺麗にしてくれたのかな。

クリーム色の勉強机に座って、引き出しの中を漁る。何枚か折り紙を出した。

幼稚園の頃からあたしは折り紙が好きだった。何故なら、ママが折り紙しかしないからだ。ママは何かと色々なものに修行というワードを付けている。お料理の修行とかお掃除の修行!とか。よくわかんにゃいけど。で、その中に折り紙の修行というものがあった。ママはいっつも鶴ばかり折っている。

ある日、どうして鶴ばかりなのかを聞いてみたの。そうしたら、ママ、なんて答えたと思う?修行中だから!だってぇ。他の修行は諦めが早いのに、折り紙の修行はずーっとしていて、なにかふかーい意味があるのかなぁ。

だから、あたしもママの真似をして鶴を折り始めたの。でも、見た目以上に難しくって中々上手く出来なくて……ママのはとっても綺麗だけど、まだ修行とか言ってる。そろそろ折り紙マスターにでもなれそうな気がするけど。

鶴を折り始めてもうすぐ一週間が経つ。鶴の数がどんどん増えてきた。適応教室で毎日折っていたからだろう。四角い茶色の箱に入れていたけど、もうぎゅうぎゅうになっていた。いおりんの鶴とあたしの鶴は、形が全然違うから、どっちがどっちって見ただけでも分かっちゃう。クシャってなっているのがあたしの鶴。誰が見ても雑で汚らしい見た目だけど、これはあたしのやりたいようにやったこと。それに、先生には綺麗なのをプレゼントするから気にしない。これは練習用だもん。本番は普通のじゃなくて可愛いデザインの折り紙で折って渡せばいい。汚いものより綺麗な方が絶対に喜んでくれる。前みたいにママやるーりーには頼らず、あたしが作ったものを手渡しするって決めたんだもんっ。だから今はちゃーんと折れるように頑張っている。正直、まだまだ綺麗とは言えないけど、きっと何度もやれば上手くなっていく筈。も、もし綺麗じゃなくても、気持ちが伝わればきっと大丈夫。……きっと。


あれ。

色々な方向に手と折り紙を動かしてみる。だけど直ぐに自然と手が止まった。

……うーんと。

折り紙を三角に折ってから、次は、どうするんだっけ。やり方を忘れてしまった。

……まただ。また、忘れてる。折角、いおりんに教えてもらったのに。また、教えてもらい直しだな。

あーあ。

あたしって、なんでいつも……

『……埴生さんって超忘れん坊』

『私達の話、聞いてた?』

『迷惑』

……!頭の中で誰かがあたしに投げかけてくる。胸がドキドキして、必死に耳を塞ぐ。

『埴生さんって馬鹿だから。構うだけ無駄な気がする』

『そうだよね』

脳の中で、誰かがあたしのことを話している。

ハアハアハア。手が震えて、折り紙が上手く持てない。考えれば考えるほど苦しくなっていく。

折り紙を辞めて、あたしはベットへ駆け込んだ。昔、パパに買ってもらったパンダのぬいぐるみを、力いっぱい抱きしめる。

「パンダさん、助けて」

呟きながら、あたしは必死で息をする。時々、ふとした時に、こんな現象が起きる。過去が蘇ったり、急に苦しくなっちゃったり。そういう時は、必死に目を瞑って、無理にでも夢の中へ入ろうとする。

朝起きたら、元気。辛いのは、今、この瞬間だけ。だから、大丈夫。夜の怖い悪魔なんていないからね。明日には全部忘れてる。

そう言い聞かせている。

だから、おやすみあたし。無理矢理にでも、目を閉じて、早く眠りにつかなきゃ。


るーりーとの出会いは小学生の時。あたしが困っていたら、いつでも助けてくれたんだ。

るーりーはみんなのヒーロー。だから、るーりーと引っ付いていたのが気に入らないのか、るーりーのいない所であたしのことを悪く言ってくる人もいた。酷い時は、蹴られたり、暴言を吐かれたりで、あたしがニコニコ笑っているから、それがとっても嫌だったみたい。辛かったのは本当だったけど、正直、みんなからあんなことをされるのは仕方の無いことだと思ってた。当時は声上げて泣いていたけど、気がつけば慣れていた。

あたしがぜーんぶ悪いの。

もし、あたしが普通の子だったら、みんなと仲良くなっていたと思うから。きっと、普通じゃないあたしが、なんでもできるヒーローと仲がいいのは誰だって腹が立つよ。

るーりーは、あたしが影で言われていたことを最後の最後まで知らなかった。だから、小学校の卒業式のあの日、るーりーに見られたと思うと、凄く恥ずかしかった。無理に笑顔を作っていたけど、るーりーにはバレバレだったみたい。悲しそうな顔がまだ、心のどこかに引っかかっている。

るーりーが居たから、あたしは強くなれた。

るーりーが居てくれなかったら、どうなっていたのかはわからない。

中学校はるーりーが居なくても、何とかやっていけるかもって思ってた。だけど、あたしが思ってた以上にしんどかった。授業のスピードが早くなって直ぐについていけなくなった。朝は毎日ドタバタで、忘れ物が増えた。クラスのみんなと馴染むのにも、凄く時間がかかった。あたしは何もかもが遅い。ノロノロな亀だから、あたし一人が遅れちゃうと、授業やら行事やら時間が全て吸い取られちゃう。幼い頃からずーっとそうだった。小学校の時は、るーりーが居てくれたから、得意なことも苦手なこともるーりーや周りのお友達がサポートしてくれた。だけど、中学校ではそうはいかなかった。ねぇ、これはどうするの?って班の子に聞いても無視されたり、先生に聞けよってチッて音を立てられたり。あたしの行動でクラスのみんなをイライラさせてしまった。あたしは何事も真っ直ぐだったんだよ。だからこれがダメなら、こうしてみようってあたしなりに頭を使ったの。だけど、それでもダメで。

遂には先生もクラスのみんなと同じような顔をし始めたの。すごーく怠そうで面倒くさそうな顔。

ある日、放課後に呼び出されてしまった。

『あのな埴生。お前もやればできるんだ。ヘラヘラ授業を受けているのがいけない。改善しろ』

先生はあたしにたっくさんの言葉を投げかけてきた。

『もう少し分かる努力をしようか』

……わかる、どりょく?

『せんせーっ。わかるどりょくってなんですかー』

『自分で考えろ』

プーッ。

あたしは頬を膨らませた。分からないから、聞いてるのにっ。

『せんせーはなんでせんせーやってるの』

『は?』

『せんせーはあたしたちのわからないことをおしえてくれるとってもビックなにんげんなんでしょ。でも、あなたはせんせーにみえない』

『……埴生、お前なぁ』

先生はとっても困った顔をした。

『せんせーはあたしのはなしをきいてりかいするべきなのでーす』

ちょっとお巫山戯気味にはなったけれど、それがあたしの中でのエスオーエスだった。あたしが怠けていることはなかった。これでも真面目にやれている方だった。だけど、それをわかって貰えないのは嫌。だから、反抗する。そうしたら、先生も少しは反省するかもしれない。ごめんなさいって謝ってくれる。そういう優しい世界になる筈だった。

だけど、次の一言で、そんな希望が一瞬でなくなってしまった。

『その喋り方、直そうな』

『え?』

『ま。幼稚なお前に言ってもわからんか』

先生の言っていることはなんとなくだけど分かった。表現するのは難しいけれど、凄くイライラする表現と言い方。あたし、幼稚園の子じゃないもんっ。体は確かにみんなより小さいけれど、頭の中はビックだもんっ。あいなワールドに入れば、誰だって、楽しいもんっ。せんせーにも見せてあげようか?そう言い返したくなったけど、喉の奥が引っかかって、あたしの気持ちを止められてしまった。

『先生に向かって反抗的な態度を取るんじゃない。いいか?お前に必要なのはもっと努力すること。周りに合わせること。それだけでいいんだ』

じゃあ話はこれで終わり。先生はヨシっと気持ちを切り替えたのか、サッと教室を出ていった。

……先生には適わないよね。やっぱり先生の言っていることは、正しい。あたしが、変わらなきゃいけないだけなんだ。この日からそう強く思うようになった。

あたしは、学校で笑顔を絶やさなかった。るーりーみたいに何もかもがこなせなくても、笑ってさえいればそれでいい。

どれだけ失敗しても、大丈夫!そう思っていたけれど。上手く振舞おうとすればするほど、みんながあたしのことを冷たい目で見てきたり、離れていってしまった。最初はどうしてみんながいなくなっちゃうのか不思議で仕方がなかったけど、時間が経つにつれて状況がわかってきた。その頃にはもう遅くってひとりぼっちになっていた。

授業用のノートは、黒の鉛筆で溢れかえっていて、復習をしようと思っても何が書いてあるのかが分からなかった。頑張ろうって力を入れても、ダメで、焦る気持ちでいっぱいになった。

”わかる”という努力。それは、みんなにとっては普通のことなのに、あたしにとってはとってもとっても難しいことだった。あたしは一個一個に力を入れなければいけない。数学をやっていても、かけ算や割り算が曖昧なあたしには算数から始めないといけないし、国語の物語の文章も、読めない漢字が多くって、内容がサッパリ。それを”わかる”に変えるには相当の時間がかかる。ママが小学生の子がやるような簡単なドリルを買ってくれてからは、それで勉強を始めた。学校でやっていたら、クスクスっと笑う声や視線がしてそっちに目がいったけど。

普通にしていればそれでいい。……ドリルは普通じゃない。あたしのやっていることはみんなから笑われちゃうくらい恥ずかしいことだ。結局、ドリルは集中できなくて長くは続かなかった。学校の授業に付いていけた日なんて一日も無かった。

夏休み前のジメジメした日のこと。

ある日、理科の実験の時間があった。だけど、始まる直前に、班員の子達から埴生さんはやらなくていいよって止められてしまった。あたしは実験が大好きだから、それを言われて不思議に思った。

この前までは貸して!って強引にあたしの持っていた道具を奪い取られて、これはこうするの!って言われながらも、班の輪に入れていたのに。きつい言い方ではあったけど、やらせてはもらえてたのにらもう、やらせてもくれなくなっちゃったのか。

ジーッと首を左右に動かしながら、みんなの様子を見ていた。楽しそうにみんなが授業を受けていて、あたしも仲間に入れてほしかった。

背後から、女子二人組の声が聞こえてきた。

『ねぇ。前にボケーッてしてる子いない?』

『ほんとだ~。みんなとやる気ないのかな~』

『居るよね、非協力的な人。あぁやって突っ立ってるだけで出席になるんだね』

『なんか得しててムカつくんだけど』

違う班の子が、態とらしくあたしを見て笑っていた。

ひ、きょうりょく?きょうりょくのぎゃく、か。

……違う。やる気は、凄くある。あたしも、みんなみたいにやりたい。ダメって言われちゃっただけ。でも、そうやって言われてなかったとしても、あたしはきっとまた呆れられる。こんなこともできないの?

体が固まって、上手く動いてくれない。悔しくってその場で、泣きたくなった。でも、泣けなかった。あたしはもう、そんなに弱くない。こんなことぐらいでぐちゃぐちゃってならないもん。手をギュッて握って必死で耐えた。

それからもあたしは、ずーっとみんなの邪魔者だった。

掃除の時間は必ず雑巾を任されたし、給食の当番も、落とすから牛乳パックの係だけって言われたり。

みんなあたしとは関わりたくなかったみたい。

それなのに、あたしは大バカだった。どんな状況になっても、ずっと笑顔だったから。るーりーが居た時なら、泣きながらるーりーに助けを求めていたのに。

だけど、中学生だったあたしは、泣けば負け組だと思っていた。

笑っていた方が、幸せは降ってくるでしょって、そう願っていた。

……だけど、あの時のあたしには限界が来ていた。


「え。いおりんが運動会に!」

ビックリして思わず目がパァっとなった。

「……」

夜中に感じた悪魔が怖かったけれど、朝起きたら眩しい太陽があたしを照らしてくれたおかげか悩みがとってもちっぽけに思えてた。

それよりもあたしは折り鶴が折りたかったのかもしれない。昨日、折り方を忘れちゃって、その後の順番が気になっていた。だからいつもより早く学校に行って、いおりんに教えてもらうことにした。

今日も、ゲームプレイ中だったいおりんの手を止めさせてしまったけれど、いおりんはあたしの行動を、よく思ってくれているようだ。面倒くさって言いながらも顔を上げてくれる。机を綺麗に並べて横並びに座って、一緒にやってくれる。でね、いおりんが折り途中に急に運動会の話をしてきたものだからびっくりしちゃったの。

「あの、いおりんが」

ついつい声が大きくなっちゃう。

「あのってどういうことよ」

「いおりん……成長したんだね」

お母さんみたいな目で見ちゃうよ。あたしがいおりんの手に触れると、恥ずかしいのか直ぐに叩かれちゃった。そして、折り紙を折りながら呟くように言った。

「はなび先生に誘われただけ」

「そうなの?」

「うん。参加しないし、クラスにも行かない。見たくもない。……けど、」

「けど!」

いおりんの顔をジーッて見つめる。いおりんの話が気になって、折り紙よりもそっちへ吸い取られてしまった。

いおりんは折り紙を見つめながら言った。

「……檻に出ることは一歩だと思ったから」

……おり?

「あっ、分かった。わんちゃんのおうちでしょっ」

「まぁ、そういう感じ」

「いおりんってわんちゃんだったの?」

「……違う。けど、私はずっと狭い世界に篭っているから。犬みたいな檻の中に居るのは確かだよ」

「そうなの?」

「それを言えば、あいなもでしょ」

あたし?

「ええーっ。あたし、わんちゃんじゃないよーっ」

リアクションを大きくしてみた。けど、いおりんの表情は真面目だった。昨日のるーりーみたいな顔。

「みんなと違うっていうのは、同じなんじゃないの」

「え?」

あたしの笑顔が、このひとことで一瞬で消えちゃった。

みんなと、ちがう?

「どこが?」

「どこがって。分かるでしょ」

……うん。

わかる。わかるよ。

でも、どうして、いおりんに言われなくちゃならないの?

この三年間、あたしはずっと、いおりんのことを見ていた。

いおりんに、どうしてってついつい口に出して言いたくなっちゃう。

いおりんは、クラスのみんなと話しているところを見たことがない。むしろ、みんなのことを避けているように思う。だけどそんなの、別に苦しくない気がする。だって、環境が変われば済む話なんだもん。

あたしといおりんってだけでも掛け離れているように思える。

前にここで小学生の子がやるドリルをしているのを見られたことがあった。その時だって凄くビックリされたんだもん。みんなそうだったから反応に慣れちゃっていたけど。でもそうなるってことは……いおりんもあたしより勉強が遥かにできて、みんなの普通になれているんだって思った。ここへ来て、あたしみたいに勉強している姿を見たことがない。ということは、勉強しなくてもやっていける力が付いているってことだと思う。

たしかにあたしは、みんなとは違う居場所にいる。行きたい時に教室へ行ってしんどい時はここへ通って……ずっとそうやってきた。だけど、少しだけでも教室に入れているあたしは、みんなの輪の中に入れているように見えて入れてないと思う。今はまた、小学生の頃と同じでるーりーが居て、お友達もいるけれど。仮にるーりーが居なかったら、また中学の頃と変わってなかったと思うから。

……この高校にだって入れていなかったかもしれない。

あたしは、いおりんを見る。いおりんは、集中して折り鶴を折っている。あたしはまだ、一個もできていないのに、もう三個も出来上がっている。しかも、とっても綺麗。

心の中で、いおりんに話しかけてみた。

ねぇ。

いおりんは、どうしてここを利用しているの?

いおりんは、適応していると思う。みんなに合わせられる力があるのに、なんでこんな所に閉じこもっているの?

あたしみたいに努力しなくてもやっていけるでしょ。

本当はそんなこと、考えちゃいけないのに。あいなワールドは、時々毒を吐きたがる。平和な世界に、汚いものが入ってきて、グルグルになっちゃうの。いおりんに出会ってから、少しずつそう感じるようになっていた。

あたしといおりんってだけでも、元々かけ離れていた気がしたんだけどな。……なのに、一緒って……違うでしょ。偶々同じ空間に居るってだけ。

でも、いおりんは優しくてとってもいい子。そんなこと、思っちゃ、ダメ。

そうやってもう一人のあたしが止めているような気がした。


時々、あたしって、この世界にいてもいいのかなって思っちゃう。苦手なことが多くって考えていることが幼稚、って言われて、周りに迷惑をかけて。だから、いおりんやみーんなに変われることが出来れば、どれだけ幸せなんだろうね。

普通ができるあたしって、きっととっても素敵なのかな。

……普通は普通、か。ハハ。心の中で苦笑いした。


「ねーねーせんせーい。いおりん、すんごーく成長したね。感動しちゃったよー」

ランチタイムの時間、おにぎりを食べながら、満面の笑みではなび先生に話した。先生はそうねと微笑んでいた。はなび先生の優しい表情は、家のママみたいで好き。いおりんは、だから違うって〜と恥ずかしそうにしてたけど、その後、少しだけ表情が柔らかくなった。もしかしたら嬉しいのかもしれない。

……いおりんって分かりやすいな。昔のあたしみたい。悲しい時は泣く。嬉しい時は笑う。それがあたしだったけれど、泣くのを辞めてからは常に笑ってたな。

今だって、そうだ。ただただその場を盛り上げているというだけ。あたしは、それくらいしか取り柄がない。誰かのいいところ探しぐらいしか。だから、いおりんが運動会を見に行く事に対して、良いように思っていると思わせている。本当の気持ちは、よくわからない。だっていおりんとあたしは他人なんだもん。ただ、いおりんを見ていると、あたしも出たくて仕方がなくて、悔しい気持ちになっている。……でも、みんなを見て苦しくなっちゃうだけだから、参加しないなら見学さえもしたくない。

いおりんは、関心すらないのに見学する。みんなの頑張りを見ても、きっと、なんとも思わないのだろう。一歩、ってだけ。とにかく檻から、出れさえすればいい、それだけなんでしょ。……いいな。いおりんにとってはそんなの簡単なことじゃんか。

「あいなちゃん」

先生に呼ばれて、ハッとなった。

「え」

「あいな、止まってるよ」

いおりんに言われ、更に気がついた。いけないいけない。お箸を持ったままぼーっとしていたみたい。

考え事をしていると、いつもそっちに夢中になって止まってしまうんだ。

「ワールドに入っちゃってた~」

ははっと白い歯を出して笑うあたしを見て、二人はホットしたような顔をした。

「たーべよっ」

ママの手作りのからあげを口に入れる。んー美味し〜と、とにかくリアクションを大きく。

「あいな、今日も元気だね」

いおりんが、あたしを見てそう言った。

「いい食べっぷりね」

先生も、すんごく嬉しそう。

……これで、いいの。あたしは、分かりずらいから。二人はあたしの顔を見て、どこか安心しきっていた。

笑っていれば、それでいい。

暗い話をしたり本当の気持ちを言うのはダメだと思っている。汚い気持ちはお口チャックして、人がいいと思う言葉を出していくスタイル。それが、あたしのやり方であり、あいなワールドの理想でもある。

あたしは、きっと、そういう人間なんだ。

その後もあたしは、いつも通りの笑顔を絶やさなかった。放課後、るーりーにちゃんと出ないって伝えたら、直ぐに家に帰ってママと旅行のお話をするつもりだった。まさか、あんな事になるなんて、思ってもみなかったけれど。


放課後。るーりーが昨日とおんなじくらいの時間にピンポーンとインターホンを鳴らし、家に来た。そして、昨日とおんなじ公園へ行き、昨日とおんなじベンチに座った。

「運動会の練習お疲れ様っ」

「ありがとう」

るーりーは昨日みたいに疲れていたけれど、また来てくれることが普通に凄いと思う。だってるーりーはこの後も家で夜ご飯を作ったり勉強があるのに。昨日の話がそんなに大事なのかなぁ。

「昨日のことなんだけど、」

とにかく早く済ませたかった。

公園に行くまでに、学校の子達を見かけた。みんな、体操服姿で疲れた顔をしていた。見るのが凄く辛かった。

「あたし、出ないから」

るーりーの目を見て、ちゃんと言えた。そして、直ぐに目を逸らす。はい、これで終わりね。サッと家に帰ろう。その場で立ち上がった時だ。

「なんで?」

るーりーはあたしを止めた。

「あいな、本当は出たいんでしょ」

ビックリした。いつもなら、絶対あたしの意見を大事にしてくれたのに。昨日もこうやって止めてきたじゃん。ねぇ。今日もなの?一日考えた結果なんだよ?

「出たくないもん」

ママといる時みたいな、反抗的な態度をとってみた。

「嘘だ」

真っ直ぐに、ハッキリと言ってきた。……なんで?どうしてこうなのさ。

「嘘じゃないもん」

……うそ、じゃ、ない。ううん。嘘だ。嘘なんだ。本当は出たいんだ。出たくて堪らないんだ。運動会も、音楽会も、修学旅行だって。

……でも。

『埴生さんって、おかしいよね』

『本人、自覚ないんじゃね』

『それな。頭おかしい人って自分のこと分かってないからね』

『本人居るよ。可哀想でしょ』

頭に浮かんでくるのは、中学校時代のクラスメイトのみんな。あたしを見て笑う、みんなの声。そこに引っ張られるように、るーりーが視界から離れていく。

「ねぇ、あいな。大丈夫?」

るーりーの声が、微かに聞こえてくる。でも、あたしの中で強く響くのは、あの時のあの出来事だった。あたしは、もう、無理なんだよ。ダメ、なんだ。

『埴生の馬鹿!』

『埴生さんのせいだ』

『埴生さん、責任取ってよ』

色々な人の声が聞こえてくる。ワールドの中から抜け出せなくなっちゃった。あたしはまた、あの時みたいに、苦しくなっちゃうの?

「あいな?あいな!」

それでも、るーりーの声が聞こえてくるのはどうして?ねぇ、るーりー。あたし、今、どんな顔をしてる?あたしを、ワールドから、出そうとしているの?

「あいな!」

るーりーは必死であたしの肩を両手で掴んだ。固まっているあたしを必死で動かしているみたいだ。でも、あたしはまだ、自分のワールドから抜け出せずにいる。

目の前には、るーりーが。耳の奥底からはあたしのことを責めているみんな。

るーりー……ちょっと邪魔だな。もうあたしに構わないでよ。あたしはもう、これでいい。

……これで、いいから。

何かが、プチッて切れちゃった。

「失礼、だもん」

想像以上に自分の声が響いた。けど、そんなこと気にしない。

「失礼?」

「うん。あたしみたいな子は運動会に居ちゃいけないの。みんなから見たら、あたしは何も考えずに行動するお遊び半分な子だから」

「……」

るーりーは、黙ったままあたしの話を聞いている。

「その日の為に、みんなが頑張ってきたんだよ。それが、あたしのせいで滅茶苦茶になっちゃったらさ。そんなの、やだからねっ」

気が付かないうちに地面に突いている靴を見ながら、ポロポロと出てくる感情をただただ話しているあたし。るーりーは少しだけ下を向いて、何かを考え始めた。数秒後、気持ちが纏まったのか、顔を上げて、あたしの瞳を見つめた。

「あいなは、やりたいの?やりたくないの?」

るーりーにまた問いかけられて、頭がぐるぐるし始める。しつこい。苦しい。早く、ここから逃げたい。

「あいな自身はどうな……」

「めいわく」

るーりーの会話を被せた。あたしの口からハッキリとした四文字の言葉が出てきた。もう訳が分からないよ。あたしの事なんて、別に放っておけばいいのに。

「ううん。そういう事じゃ……」

「めーいーわーくー」

あたしの口が自然と動いた。

何を言っていたのかあたし自身はよく分からなかった。だから、るーりーも分からなかったと思う。

自分の気持ちを話すのは一番苦手なことなのに、抑えきれない感情に耐えきらなくなったのかあたしの思いがどんどん爆発した。

「あたしは、普通じゃないから」

最後にそう残して、逃げるようにその場を離れ、走った。とにかく走りまくった。周りの人とか音とかそんなこと考える余裕なんてないくらい、ただひたすらに走った。

るーりーは何も言わなかったし、追っても来なかった。でも、るーりーのことだからビクッとなったとは思う。……るーりーごめんね。

あたしも、やりたいよってあそこで悔し泣きするべきだったの?いーれてって素直に言うべきだったの?るーりーにお話をしっかり聞いて欲しかったの?どうなの?ねぇ。どうなのよ!

あたしって……何。

あたしって、何がしたいのよ。

……あたしは、どうしたいのよ。

どう、なりたいの?

心のあたしに問いかけても、なんにも返ってこなくって、苦しくって辛くって、消えてしまいたくなる。あたしって、とっても面倒くさいね。

一、二分走っていたら、ハアハアと直ぐに息が苦しくなった。下を向いて、息を整え、顔を上にあげると、綺麗な夕日が見えた。眩しい光は、この世界を温かく見守っているみたいだった。

あたしはいつもみたいに話しかけてみた。

ねぇ。あたしはずっと、このままなのかな。きっと、そうだよね。あはははは。いいな。綺麗って。夕日って汚い時、ないもんね。みんなを照らすいいお仕事してるじゃん。

自然とほっぺたが緩んだ。

……綺麗な夕日だな。でも、同時に自然と涙が出ているのは、どうしてなのかな。

そのまま暫く、夕日を眺めていた。

悔しいのか悲しいのか感動してるのか辛いのか。よく分からない涙を流しながら。


みんなの輪の中に入れていた小学生時代。小学校最後の運動会で、るーりーと一緒に二人三脚リレーに出たことがあったんだ。るーりーは人気者だから、他の子達から誘われていたのに、あたしのことをパートナーだって言って、選んでくれたんだ。あたしは、走るのは好きでも遅いから、迷惑になるんじゃないかなって凄く心配だった。それを言ったらね、るーりーがこう言ったの。

『あいな、いい?大事なのはねー、楽しむことよっ。最後まで、走りきろっ』

それを言われた瞬間、あたしの顔が、一瞬で明るくなった。

二人三脚は、二人で気持ちを合わせなきゃいけないすごーく難しい競技だと教えてくれた。片方ずつの足を紐で縛るから、初めの方は中々上手く走れなかった。だけど、るーりーとなら何度でも頑張れたな。 

途中で足が疲れて止まっちゃったら、なら、休憩しようか!って言っくれた。紐をしたまま、地べたにベターって引っ付いて、二人で笑いあった。顔についた汗を、るーりーが優しくハンカチで拭いてくれた。一緒に指で砂絵を描いたり、他の子達の走っている姿を一緒に見たり。るーりーとの時間は本当に楽しかったな。

たくさん練習したのに、運動会当日の途中で転けちゃって、優勝を取る事ができなかった。

あたしのせいで一番を取れなかったと悔しくて涙を流していたら、るーりーがギュッて抱きしめてくれたんだ。

『あたしは、あいなと走れて超幸せだった』

るーりーの、爽やかな笑顔があたしを笑顔に変えてくれた。ずっと心の中で響いてた。

るーりーの言う通り、楽しめればいいと思っていた。だから、中学でも常に楽しむことを大事にしていたのにな。

中学校最初の運動会で、あたしは、失敗しちゃったの。

クラスリレーに出ることになって、ただただ走るだけでいい。楽しそうって思っていた。勉強は苦手、だけど、走ることは好きだからできる。

大事なのは、楽しむこと。そう、思っていた。

だけど、練習は、とっても、地獄だった。走りきるだけでも凄くしんどい事なのに、その後、みんなの居る方へ戻ると、みんながとっても冷たい表情であたしを見つめていた。

『埴生、お前遅すぎ』

『もう少し、早く走れない?』

あたしの遅さにクラスのみんなが呆れていた。

『あの子の走り方、やばくなかった?』

『しかも遅いし!小学生かよ』

知らないクラスの子達からも、凄く冷たい目で見られた。

『そこまで言わなくても良くない?』

『そーだよー。埴生さん、気にしちゃダメだよ!』

そう言って、みんなみたいに言わずにあたしの味方でいてくれた二人組がいた。クラスを纏めるるーりーみたいな女の子と、細くてお肌が白い女の子。彼女達は、普段の生活でもあたしのことを悪くいうことはなかった。むしろ、とーっても優しくしてくれた。

けれど、その後、あたしがその子達に走り方のコツを聞きに言ったら、なんで私達に聞くのってとっても迷惑そうな表情をしていた。

『あいなちゃんってさ、空気読めないよね』

声のトーンが少しだけ下がった気がした。

『みんなが呆れているのはね、あいなちゃんが遅いからだけじゃないと思うの。リレーに出るの、あいなちゃんだけじゃないからね?攻めて普通に走ってくれないと、ね?』

笑っているけれど、裏があるような表情だった。

『う、うんっ。気をつけるね』

あたしは笑いながらそう言って、更衣室に向かって歩いた。すると、数秒後に後ろから聞こえてきた。

『ちょっと~、言い方きつかったんじゃない?』

『でもさ、ハッキリ言わないとあの子分からないじゃーん』

さっき、あたしに言っていた時の口調とは全然違う態度だった。みんなが私に言ってくれるのはきっと、私への優しさなのだと思った。

あたしがやらなきゃいけないことは、楽しむことじゃなくて、頑張って、普通に走り切る事。

それからあたしは夜遅くまで公園に行って、パパに手伝って貰いながら走る練習をした。パパに手を振り方や早く走れるコツ教えて貰いながら、一生懸命当日まで頑張った。

だけど、当日。あたしは、失敗してしまった。走るのに夢中で、途中でバトンを落として、気がついていたのにも関わらず拾わずに走ってしまったのだ。次の子にバトンを渡すことが出来ず、落とした所からもう一度走り直しになった。他のクラスは次の子達が次々と走っていて、あたしのクラスだけが一周遅れてしまって、頭が真っ白になった。

『走って!あいなちゃん!』

待機場所の所やクラスの座席の所からあたしを呼ぶ声がして、ハッとなってバトンを拾い上げた。

あたしはルール違反をしてしまった。ルール違反をすると、その瞬間に失格となる。そうなると、あたし達のクラスだけ、最後まで、走れずに終わってしまうことになった。

ドボドボとクラス席に戻ると、みんながあたしの方へ寄ってきて、緊張が走った。

アンカーで走る筈だった男の子が真っ直ぐにあたしを見た。

『埴生……埴生の、馬鹿!お前、何してくれてんだよっ』

『埴生さんのせいだ』

『埴生さん、責任取ってよ』

他の子達もあたしに言葉を投げかけてくる。

心臓がドキドキして、体中が震えた。

『埴生さんが、ルールさえ敗らなければ……』

その後の雰囲気も暗いままに終わった。

あたしの目を見て、大きなため息を付きながら、あたしを恨むみんな。

中学最初の運動会はあたしが無茶苦茶にしたせいで、クラスのみんなとの思い出は最悪なものになった。生徒や保護者はどんどん帰っていき、クラス席にあたしだけが残った。

……笑ったら、幸せにって少しだけ思ったけれど、本当に一瞬だった。笑えなかった。悲しかった。苦しかった。だけど泣くことも、できなかった。だって、あたしは、泣くべきじゃないんだもん。泣きたいのは、クラスのみんなだよ。みんなは、あたしよりももっともっと一生懸命だったんだもん。あたしが、ルールさえ守れていれば、いい雰囲気で終われていれたのかな。でも、結局、呆れられることには変わりなかったのかも。

だってあたし、普通じゃないもん。

なら、始めから出なきゃ良かった。本気でそれが好きな人に迷惑じゃん。楽しくなんてそんなの、嘘だ。楽しければいいってものじゃない。

……自分が良くても、周りを悲しませることは、絶対にしちゃいけないんだ。

そこであたしは気がついた。みんなの受ける授業にもあたしは出ちゃいけない。みんなと、同じことをしたら、だめ。迷惑、だから。

なら、こんなあたしは、学校にも居ちゃいけないね。あたしは、あたしの世界にさえいたらいいの。みんなとは掛け離れた、あたしだけの世界に、閉じこもっておけば。

運動会を機に、あたしは学校へ足を運ばなくなった。

一日中部屋に籠って、ベットに入って妄想するの。パンダさんのぬいぐるみをギューッと抱いて、頭の中で永遠に見えない世界に入る。考えていると、現実を忘れられて、気持ちが楽になってたな。

中三の受験のシーズンの時、るーりーがあたしの家に来てくれて、あたしを外の世界へ引っ張ってくれたから、今、あたしはこの学校に通えている。

けれど、もう、あたしはまた、自分の世界に閉じこもりたくなってきたよ。

前みたいに籠りたいな……でも、ママやパパ、はなび先生に迷惑かかっちゃうよね。折角入った高校なんだもん。

それにもう、るーりーには心配されたくないもん。さっき言い過ぎちゃったことも、ちゃんと明日、謝らないとな。


夕日を見ながら、あたしは静かに泣いていた。あたしが気が付かないうちに、気持ち悪いくらいあいなワールドの世界には、毒が入っていた。

あーあ。今更もう、どうしょうもないね。あたしの世界は黒くなっちゃったよ。もう、辺りも心も真っ暗だ。さっさと帰ろう。

ドボドボとハンカチで涙を拭きながら、家の玄関の前に着いた。

あたしは、今日も、笑い続ける。

笑っているだけで、いい。

「たっだいまー」

いつもの明るいあたしを演じた。

「おかえり。遅かったわね……どうしたの。顔が真っ赤じゃない」

ママはあたしの顔を見て驚いた。

「綺麗な夕日が見えて感動したの!」

「あらそう。でも、今度からは気をつけるのよ。夜遅いと心配するからね」

「はーい」

「ご飯できてるよ。手、洗ってきなさい」

「うんっ」

あたしは笑顔でいいお返事をして、洗面所へ向かった。誰もいなくなったのを確認したら、直ぐに無のお顔になった。だって笑顔って、疲れちゃうもん。

手を洗って、顔を上げた。鏡に映るあたしが、とってもとっても醜い。

……取り柄のないあたしって、これから先もこのままなのかな。

きっと、そうだよね。

そういう運命なんだから。

「あいなー」

「あっ。はーい」

ママに呼ばれてあたしはまたまた明るめの声。

あたしはきっとこれからも、ずっと、このままだと思う。

だって、誰も気がついていないんだもん。あたしの本当の笑顔はとっくのとうに消えているってこと。

明日もいつも通りのあたしでいよう。笑顔なあたしで。るーりーにはもう走るの嫌いだからって嘘をついてれば大丈夫。

あたしはこれから先も、檻の中に閉ざされるべきだと思った。誰にも心配をかけたくない。嘘の笑顔を作って普通にしていれば、それでいい。

他は……もうおしまいだよ。あたしのワールドは、とっくのとうに真っ黒なんだから。これから先もずーっとそうだよ。

でも、悲しくても、ちゃーんと笑うから。これからのあたしはもう、昔のあたしじゃない。

「ママー今日の夜ご飯なぁにー」

あたしはママのいる部屋にニコリと笑いながら歩いていった。

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