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わたしを見つける物語  作者: なづなゆめか
16/16

番外編 粉々の心に無限のホシ

~未来を繋いだ無限の光~泉はなびストーリー


みなみは、出産後暫くして容態が悪くなり、その後ゆっくりと息を引き取った。私はその事実を龍介さんから電話で知らされた。信じられなくて、信じたくなくて、ただただ絶望した。お通夜にもお葬式にも参加出来ず、まなぴーや龍介さんとも話すことなく、数日間朝から晩まで一日中家で泣いていた。

出産日の三日前のあの日が、私とみなみの最後の時間だったのだ。


人は、呆気なく死んじゃうんだなと、ハッキリとわかった。

これから先もずっと一緒だって思っていたのに……

簡単にみなみの死を受け入れることができなかった。


大学卒業後、私は、小学校教員になった。働く学校では、四月までは新人研修があり、そこでいい評価を貰えたら、正式にクラス担任を持つシステムになっていた。だから、始めから担任を持てるとは限らないのだ。

みなみ、私が頑張るね。不安な中で心の中で気を落ち着かせていた。

みなみが病気じゃなかったら、みなみがここで働くつもりだったのだろうと思いながら、出勤していた気がする。

仕事、という物自体が私の思っていた以上に大変なものだった。新人研修の時点で、私は完全に追いつけなかったのだ。元々要領が悪いからメモを取るのも遅いし、周りのことが中々覚えられなくてとても苦労した。

そして更に私を追い詰めたのは、周りとの関わりだった。私はアルバイト経験がなくて、先輩や上司関わることが一切無かったから、周りの空気に合わせることは凄く大変で、無能な自分は直ぐに浮いてしまった。

ある日。フッと頭の中に浮かんだのは、学生時代の私。空っぽな私が、また再発しちゃったのかもしれないと感じた。なんとか、周りに馴染まないと……。そう思えば思うほど、頭がパニックになって、上手く動こうとすればするほどこんがらがっていた。同じ新人の人達は私とは違い、明るくて要領のいい人達ばかりで、上司からはできる人だと入りたて早々に称賛されていた。そして、私以外の新人は全員担任を持つことになった。

……納得いくはずがない。

……みなみだったら、絶対に称賛されていただろうな。

私の夢は、早々に潰れた。


ある日、職員室のパソコンで作業をしていたら、背後にいた上司二人が私に聞こえるようにこう発した。

『はなび先生って、全然花火って感じがしないよね』

カチャカチャと不慣れに動かす両手がポツリと固まる。

……そんなの、自分が一番分かっている。ずっと、自分の名前が、嫌いだったから。

どうして、そんな風に言われなきゃいけないのだろう。

それからも心の針が大きく刺さって、仕事に集中できなかった。


生徒第一というのがモットーな小学校だったけれど、私にはそんな余裕なんて無かった。

私が挨拶をしたら、気持ちよく返してくれる子達や、はなびせんせーいって、名前で呼んでくれる子達が居たのは、結構嬉しかったけど。職員室へ入ると、気持ちが一気に下がっていた。

……これが、本当に、なりたい私の姿だったの?

私は、先生になるんじゃなかったの?

なんで人に痛い視線を浴びながら、朝から晩まで事務作業なんてしているの?

いつしか、そう思うようになっていた。


ある日。私は、初めて無断で仕事を休んでしまった。学生時代は、学校をサボったことなんて一度も無かった。サボるなんて、絶対にやったらいけないことだと思っていたから。

社会人では尚更してはいけないことだと分かっていたのに……起きることも、髪の毛を整えるのも、スーツを着ることも、日に日に憂鬱になっていたのだ。

勿論上司からは電話が掛かってきて、電話越しで怒声を浴びせられた。その声が耳の奥で痛いぐらい響いた。怖くて、早く電話を切りたくて、その場で辞めると伝えてしまった。唐突すぎたかもしれない。だけど、わかりました、ならもう来ないでくださいとキレ気味に言われ、すんなりと辞められたのだ。

やり過ぎたかも、とは思った。でも、あの仕事は、私の望んでいたものじゃなかった。それに、無能な私があそこにいたら、返って迷惑だとも思った。

一年も、いや、半年すらも続かず、私は、教師という道から外れたのだ。

……なんて理不尽な辞め方をしたのだろう。

後からになって、後悔が募った。自分を何度も何度も責めた。

私っていつまでも弱いな。

初めの方は、みなみの分まで頑張ろうと強く思っていたのに。

それからの私は、派遣のアルバイトを転々としていた。勿論簡単に稼げる訳では無い。朝から晩まで我武者羅に働いて、とても苦しい日々だった。寝れる場所がある。ご飯を食べられる環境がある。唯一、実家には居れることが出来たから恵まれてはいたと思う。寝ることと食べることが私の幸せだった。

生きるために働いたけど、それも長くは続かなかったのだ。

三十を過ぎた頃には、アルバイトさえも行けなくなって、気がつけば私は完全に無職になっていた。


荒れ果てた自室には、何日か前から放置されたカップ麺の空の容器が重なっていて、地面には洗濯してない服や片方だけの靴下。カーテンは覆うように閉じたまま。暗くて、醜い空間。でも、私にとっては気が楽になれて、どれもこれも見慣れた風景だった。静かで真っ暗な世界は、私にピッタリ。朝から晩まで部屋の中で、息を潜めて生きていた。

空っぽな日々がゆっくりと過ぎて、歳だけは取って、瞬きはして、心臓が動いている。

無能で、なんの取り柄もない私が、ここにいる。

……情けないな。

……これからどうやって生きていこうか。

私が生きてても、価値なんてないのではないか。

暗い空間の中で、私の下向きな妄想は止まらない。

やっぱり私は、空っぽなままだった。ここまで生きてこられたのは、百パーセントみなみが支えてくれたからだ。

でも、もうこの世にみなみはいない。

神様は、大きな間違えをした。思えば私は、昔から上手くいっていなかった。自分で何かを成し遂げたことなんて、一度も無い。いつも助けてもらってばかりで……

こんな私が、生きていて、本当にいいの?

床に落ちているゴミが邪魔くさくて、いくつかを手で掴み、勉強机にボンと置いた。その時に机の上に置いてある修学旅行のしおりが目に入った。私はそれを手に持つ。

……懐かしいな。

ここでみなみとの大切な思い出ができたっけ。まなぴーとも仲良くなれたし。

色々あった中で、心から楽しいと思えた学校行事だったっけ。

だからずっと、捨てずに置いたあったんだ。

思い出して、涙が溢れてくる。

……どれだけ年月が過ぎたってみなみの死を信じられていない私。未だにずっと引きずっている。

みなみ、ごめんね。

こんな惨めな人間が、生きていてごめんなさい。みなみが安心してくれたら、と思って……私は、みなみのなりたかった物になった筈だった。なのに……叶えられなかった。私は、世間とは釣り合わないみたいだ。

いや、違う。

無能、だから……

胸の辺りがギュッと苦しくなって涙でいっぱいになる。

私が死んだ方が良かったね。

この歳になってもマイナス思考で、過去に囚われてばかりな私より、みなみみたいに誰かのために寄り添って、人に尽くしている人の方が、生きる価値はあったよ。

なんで私じゃなくて、みなみが死んじゃったの?

不公平だよ、本当に。

みなみは、死ぬのを望んでなんていなかったのに。私は今、死ぬのを望んでいる。だからもし交換することができたら。私がみなみの代わりに死にたい。それでみなみは、この世界でまた、活躍するの。

……それができたら、私もみなみも幸せだよ。

……ねぇ。そうだよね?

どれだけ考えたって、何も変わらない。時計の針が、ゆっくりと動くだけ。私はずっと、止まったまま。

もう、大人なのに。考え方は子供で、本当に自分が情けなくなってくる。

両親にも迷惑ばかりかけて……

親からは、顔を合わせる度にこれからどうしたいの?と言われるし……そんなの。どうすればいいかなんて、私にもわからないよ。

……誰か私を、殺してくれたらいいのに。それも私の我儘だよね。

胸が苦しくなって、呼吸が上手くできない。気持ちを抑えたら治まるはずなのに……でも、私の心の中はずっと叫んだままだ。

……どうして私は、誰かに甘えていないと、生きていけないの。そんな自分なんて、誰も求めてない。価値なんて、ないんだから。

……誰かに殺してもらえたらって思ったけど……殺す人に悪いし。

なら自分で死ぬよ。……怖いけど。

私の事なんて誰も必要としていないんだから。

自殺したいだなんて、高校生以来だな。

……あの世に行ったら、みなみにも会えるかもね。

でも。

ふと、高校時代のあの日を思い出す。

アスファルトにベタっと裸足で引っ付いて、何もかもを投げ捨てて、死のうとしたあの日。

下を見下ろすと、もう、この世界には返ってこられない世界が私を待っていた。

あの時、みなみが腕を掴まなかったら……

……怖かったのかな。痛かったのかな。苦しかったのかな。

でも、もう、みなみはこの世にいない。

だから、私を止める人はいないじゃないか。

……死ぬのなんて、一瞬、だよね。私は、胸に手を当てて、自分に問いかけた。

ね?

そうだよね?

ね?

ね!

ね。

ね……

頭が可笑しくなっちゃいそう。今、何時だろう。……もう、何時でもいいよね。

私は、勉強机から離れ、ベットに寝転んだ。

ゆっくりと、目を閉じる。そして、呟いた。

『このまま眠って、目が覚めなきゃいいのにな』

簡単に死ねたら、どれだけ楽なのだろう。静かな部屋にポツンと聞こえた自分の音が、情けなかった。

そんなことを考えながら、目をつぶっていたら、急に変な声が聞こえてきた。

『なに馬鹿なこと言ってるのよ』

『馬鹿な事じゃ……え?』

……私は今、誰と会話しているの?見覚えのある声が、耳奥で聞こえて焦る。そ、そんなわけ、な、ないよね。

私、幻聴が聞こえ始めたのかなぁー、なーんて呟いてみた。きっと、そうだ。何も聞こえない。返事なんて返ってこない、と思っていたのに。今度はハッキリと聞こえてきたのだ。

『そんな風にネガティブになっていたら、人生勿体ないよ』

『……え?』

思わず目を開ける。周囲を見渡す。う、嘘だ。何も、聞こえない。何も、感じない。暗くてよく見えないけど、誰かがいるように思えなかった。

『……なーんだ。何にも無いじゃんかぁ』

あはははははは。

そう、思った瞬間。また、あの声が聞こえてきた。

『ここだよ』

また耳の奥からの幻聴。落ち着いた声が、私の中にグッと響く。怖くなって心臓が震え始める。

『ほら。電気、付けなよ』

『ほ、本当に私、どうしちゃったんだろう。あはは。何も、感じない。何も、聞こえない』

そうやって言いながら、電気のスイッチを探した。そして、電気を付けた。パァっと部屋中が明るくなる。久しぶりの感覚だから、イマイチなれない。

私は、すぐさま周りを見渡す。ベットや机は特に変わった様子はない。

……ほらね。何も……な、いでしょ。天井や壁に触れてみたり、軽く叩いてみたりした。だけど、何も無くて、いつも通りだ。

やっぱり私の勘違い。

『……良かった』

ふぅ、肩の力がグッと抜け、フラフラとなりながら、体をベットの方へ体を向けた。

『え』

ベットの上に見覚えのある人がいた。その瞬間に、私の瞳から大粒の涙が溢れ出てきた。

『み、なみなの?』

『そうよ』

声の正体がみなみだったってことは、分かっていたけど。目の前に本人がいるということに、受け入れられずにいる。

落ち着いた声、あの頃に見ていた優しい表情。

南真月が、セーラー服姿で私の前に現れたのだ。病院の時に見た苦しそうな姿ではなく、学生時代の元気そうなみなみだ。あの目立つポニーテールは、高校時代と全く変わっていない。

な、なんで。

なんで、ここに居るの?

『久しぶり』

ずっとずっと、会いたかった人が、目の前にいる。き、きっと、夢を、見ているのだろう。声が出ない。ただ、涙だけが出てくる。

『ねぇ。外へ出てみない?』

みなみが、カーテンの方を指指した。外なんて、ここ暫く出ていなかった。

『何しに行くの』

『学校、行こうよ。母校母校~』

……母校?

『なんで』

『言いから言いから』

みなみは、私の腕を引っ張って、部屋のドアを開けた。握られた手は、強引な筈なのに、冷たくなくてむしろ温かかった。


今が夜なのだということを、外に出てから気がついた。……これ、どういう状況?

隣を見ると、みなみが鼻歌を歌いながら歩いている。……これは夢だ。絶対そう。だから、長くは続かないだろう。

母校へ行ったのは、高校を卒業して以来だった。夜中の学校なんて初めて入る。みなみが手のひらを門の前に向けた瞬間、学校の門が開いた。衝撃的だったけど、きっと夢だからできることなのだろう。

久しぶりの学校は、殆どが新校舎に変わっていて、私達が使っていた校舎がどんどん壊されていた。通って行くと、実際に工事中と書かれた紙が貼ってあったから、全校舎の取り壊し作業が行われている途中なのだろう。まるで、違う学校の中へ入ったようで少し新鮮だった。私は、みなみに付いて行った。向かった先は、学校の中で一番端っこの場所……私達が、学生時代に授業を受けていた校舎だった。……懐かしいな。この校舎だけは、工事中という紙が貼っていなかった。ただ、出入りするドアには、立ち入り禁止と書かれてあった。……いつか、ここも壊されることになるのかな。そう思うと、少しだけ寂しかった。中へ入ると、みなみが目の前にある階段を思い切りかけ上った。私もみなみの後を付いていく。懐かしい風景と、同時に埃の匂いが全体的に漂ってきた。誰も、掃除していないのだろうと思いながら、みなみの後ろを付いていく。

辿り着いた先は、屋上だった。私達は横に並んで夜の街を眺めた。この夢はいつ終わるのだろう、できればずっとこのままがいいな、なんて思いながら。

……

私は、みなみに謝らないといけないことがあった。

夢の中だけど、みなみに伝わるかな。

みなみは私を屋上へ連れてきたってだけで、私に何も言わない。もしかしたら、私が話すことを待っているのかもしれない。

『ねぇ』

そう言うと、みなみが私の方を見た。優しい眼差しが、懐かしく感じる。

『私、先生になれなかったよ』

重たい口をゆっくりと開き、その場で俯く。

そして私はみなみに小学校で働いていた頃の話をした。みなみは私の話を最後まで静かに聞いていた。

私が話終わってすぐに、あのさぁと口を開いた。

『事務作業も立派な仕事の一つだと思うよ』

『でも、私のなりたかったものはクラス担任で……』

『はいはい』

みなみの口調が、何故か少し冷たく感じた。

『夢なんて、叶わないから夢なんだよ。もしあそこで辞めてなかったら、先生になれていたかもしれないじゃない』

『……』

『同じ新人さん達は、確かにいずみよりもよくできる人達に見えたのかもしれないよ。それなら、いずみも負けじと努力すればよかったじゃん』

『……』

『流石に中途半端すぎだよ、いずみ』

『……』

みなみの言っていることは、全て正しかった。

正しかったからこそ、何も言えなかった。

私は、自分に甘かった。甘すぎたんだ。

……結局、こうやって自分の欠点を誰かに見つけてもらわないと、何も分からない空っぽなんだ。

……私って、どうしてこんなに……

自分への怒りと悲しみが入り交じって気持ち悪い。ギュッと辛夷を握って、涙を堪える。

『私、何言ってんだか』

私はハッとしてみなみの方を見る。みなみは私の頭をそっと撫でていたのだ。

『とっくに死んでる私がいずみに怒るなんて、おかしいね』

みなみはそう呟いた。

『周りに嫌なことを言われてたのにね。それで追い詰められていたんだから、そりゃあ頑張れなかったよね』

さっきの冷たい声じゃなくて、優しい声が私の心に浸透していく。

『ごめんね。ちょっと言い過ぎちゃったね』

私は静かに首を横に振った。

『……みなみが謝ることなんてないよ。中途半端だったのは、本当だから』

それでもみなみは、私の傍から離れなかった。偉かった偉かったと言って今度は私の背を撫でた。

……

私は黙って俯いていた。

セーラー服姿のみなみは、見た目は高校生の筈なのに、心は大人だった。


もう、私は、ダメだよ。

こんな世界に、生きてちゃ、ダメなんだ。

ギュッと身体中に力を振り絞る。そして、思った気持ちをハッキリと声に出した。

『あんなの、最初は本気じゃなかったのに。夢なんて、希望なんて、期待なんて、しなきゃよかった』

『そう』

私の姿を、みなみは真っ直ぐに見ていた。

『でも、まだ終わってないんじゃない?』

私は、首を横に振る。

『終わってるよ』

そもそも私の人生がもう終わってるんだから。私は、みなみが死んでからもみなみに心配されるほど迷惑な人間なんだよ。こうやって、誰かの力を借りてじゃないと動けない私なんて……

『私が生きてるより、みなみが生きてた方がよかったんじゃない?』

『そんなこと……』

『そんなことあるんだよ!』

私は地面に向かってそう叫んだ。

『大人になっても、上手くいかないし、彼氏とか友達とか、できないし、家族にたくさん迷惑かけて、ダメなんだよもう!』

みなみがそっかと呟いて、私と同じ地面を見つめた。

『あははは。馬鹿だなぁ私。みなみのこと更に困らせてるね』

乾いた声で笑っても、みなみは何も反応してくれなかった。

みなみを悲しませる自分が嫌になってくる。

だから私は、話題を変えた。

『……不思議だね。なんで、みなみが見えるんだろうね。夢?それとも夢じゃないのかな。あはは』

こんなこと、みなみに聞いたって分からないのに。

だけど、みなみが顔を上げて、ポロリと話し始めた。

『夢だと思えば夢だし、夢じゃないと思えば夢じゃないよ』

『?』

『ただ、ひとつ言えるとしたら……』

私は、ゆっくりと顔を上げ、みなみを見つめる。みなみと、目がハッキリ合った。

『私、呼ばれたの』

……呼ばれた?

『誰に?』

『いずみに』

……?

言っていることの意味がわからない。

『呼んでないよ』

みなみの言っていることがおかしくて、私はまた、笑みを浮かべた。

『ふふ。仮に声に出して呼んでないとしても、心で呼んだのかもね』

『……そんなこと』

そんなこと、あったかもしれない。みなみだけが心の拠り所だったから。それって私の逃げな気がする。

『魔法、だよ』

『魔法……?』

……みなみの言っていることが、よく分からなかった。

『ほら。私が入院していた時。貴方は私に、魔法をかけてくれたでしょ。……その魔法が奇跡を起こしたの』

……奇跡?そんなの……起こってなんか。

『……みなみはあの後死んじゃったでしょ。魔法なんて……なかった』

『確かに私はあの世へ行ってしまったけど、それでもこうやって会えるのは奇跡、じゃない?』

……たしかに。

仮にもし、私が本当にみなみのことを呼んだのなら……みなみは、天国に行ってからも私のことをずっと見てくれていたってこと?

疑問が浮かぶ中で、みなみは、私にしっかりと身体を向けた。

『ねぇ。いずみは今、生きるのが辛い?』

『うん』

辛いよ、苦しいよ。

『空っぽな私が、生きてる意味なんて……』

『いずみは、空っぽじゃないよ』

……

大人になっても私は、高校生の貴方に救われて……私はいつまでも子供だね。


『あのね、私は今日、いずみに言いたいことがあったの』

『……何?』

『まずは……これ』

みなみは、ポケットからあるものを取り出した。それは、かつてのペンダントだった。私がみなみにもらって、修学旅行で交換して、それからずっとみなみが持っていたものだ。

『返すわ』

『どうして?』

『いずみとの最後の時を過ごしたあの日から、ずっと二つを大切に持っていたんだけど、私はもう大丈夫だから。今日、このペンダントが、私に最後の魔法を掛けてくれたの』

『最後って?』

『いずみに会わせてくれた、特別な魔法をね』

『……!』

『だから、今現在息詰まっているいずみにプレゼントします』

そう言って、私の手を取り、掌に乗せた。かつてみなみが、私風にカスタマイズしてくれたものだ。とても綺麗なペンダント。奥の方を見ると、火花が散りばめられていて、暗い夜に映えていた。

『ここに私が新たな魔法をかけておいたから。今度のは凄いよー。一つあるだけで無敵になれるんだからっ』

みなみが自慢げにそう言ったけど……

『……また、貰っちゃっていいの』

『当たり前でしょ。そもそもこれ、元はいずみにあげるつもりだったんだから。……私が、死んでから何年も大事に持ってたのよ。温めてきたんだから、持ってもらわなきゃ困る』

これは無敵だ無敵だ~!そういって、私の肩をポンと叩いた。私は、ペンダントを優しく握った。

『……ありがとう。お守りにするね』

『えぇ。不要になったら、困っている人にあげればいいわ』

『……いや、多分私、みなみがいないと上手くいかないことばかりだと思う』

『そんな事ないわよ。いずみは強くなれる。いつか絶対、これを手放す時が来るわ』

大丈夫大丈夫、そう言って私の手に覆いかぶせるように手を置いた。

『貴方は私に奇跡をくれた人だよ』

『……奇跡?』

『いずみ、私と最後に会った日に、言ってくれたじゃない。頑張り屋のみなみには奇跡が起きるって。それが今なんだよ。私にとって、貴方とまた、この場所で会えたことが奇跡なの!』

『……』

『それとねいずみ。空っぽな人間なんてこの世に存在しないのよ。貴方は私にたっくさんの希望をくれたんだから』

その瞬間、みなみがギュッと私を抱きしめた。涙と感情がグチャグチャ……でも温かいという気持ちはしっかりとあった。

『これから先も、迷ったり、辛くなっちゃうことがあるかもしれない。けどね、生きてたら何とかなるの』

『……こんな私が生きていて本当に大丈夫?』

『あったり前でしょ。いずみには魅力が沢山ある。いずみはいずみの生き方を探しなさい』

『……上手くやっていけるかな』

『やっていける。その為に今日、これを渡したんだから』

みなみは、片手に私のペンダントを優しく持ち、もう片方の手で私の涙を拭いて、こう言った。

『大丈夫だからね。いずみみたいな頑張り屋さんには、必ず奇跡が起こるから』

『……ありがとう』


よし、と何かを決意したのか、みなみの手にギュッと力が入った。

『今から言うことは、夢かもしれないし、夢じゃないかもしれない。どちらを思うかは、いずみが決めてね』

『わ、分かった』

戸惑いながらも、みなみの話を真剣に聞こうと思った。

だけど、一言目でグッと重たくなった。

『あのね、いずみはこの屋上を守ってほしいの』

『それってどういう……』

『ここを求めている人がいる。貴方が先生になって、この施設を守るのよ』

先生、という言葉で一気に胸が苦しくなる。

『みなみ、それは……』

『我儘かもしれない。でも……』

みなみは、とても必死な様子だ。どうして、必死なのかは、分からない。夢かもしれないのに。

『助けてあげてほしい子達がいるの。いずみがサポートしたら、みんなが救われるの』

……救われる?私がいることで?

『今から名前を言うわ。いい?』

『ちょっと待って!』

どういうこと?みなみを止める余裕なんてなかった。みなみはとても焦っている様子だ。

『言うね。手にメモ書いて。私が見えなくなったら、私の存在自体を忘れちゃう可能性があるから』

『……え?』

見えなくなる?ということは、夢ってことになるってこと?

『早く!手のひら出して』

みなみに言われ、私は、は、はい!と焦りながら手を大きくパーにした。

みなみは、セーラー服のポケットから油性ペンを取り出し、私の手のひらに上から、瑠璃、イオリ、あいなと大きくハッキリとした字で書いた。何、これ?私の頭には疑問しか浮かばなかった。

『誰かの、名前?』

『そうよ。上から言うわね』

『ちょ、ちょっと待って!』

焦っている私のことを無視して、みなみは話し始めた。

『瑠璃は今、かなり深刻な状態になってるの』

るりって、誰?聞き慣れない名前だなぁ。

それより、深刻、というのをもっと詳しく教えてもらいたい。だけど、本人は必死だった。

『次の子はイオリ。あ、でも、イオリだけじゃなくて、イオリのお母さんのことも助けてあげてね』

『お、お母さん?イオリさんは、どんな人なの?』

『次、あいな』

『早い早い』

『あいなは……そうねぇ。貴方じゃない子が救ってくれるかもしれないけど……とにかく表情を意識して見てほしい』

『ひょ、表情?』

『うん!とにかく、お願いね』

みなみの言っていることに何一つ理解できない。

『ま、待って。何がどうなってるの?私が今言った人たちを助ける……?どうやって?』

『ペンダントだよ』

『ペンダント?』

私は、ペンダントを見つめた。錆びれた様子はなく、硝子で出来ている部分は、やはりとても綺麗だ。

『このペンダントが、導き出してくれるはずだから。この出会いを、気長に待ってて』

出会い、を?

私はまた、掌を見つめた。

瑠璃、イオリ、あいな……私が、この子達を、救うの?そして、この学校もなんとかするってわけ?気持ちの整理が全く付かないよ!

そう思った瞬間、急に視界が濁り始めた。

『な、何?』

私は焦って声を上げた。前にいるはずのみなみの姿が、だんだんと薄れていく。

『大丈夫。貴方は絶対、良い先生になれるから』

彼女は落ち着いた声でそう言った。表情までは見えなかったけれど、きっと、笑っていたと思う。

目を開けたら、私は、ベットで眠っていた。なんだ、夢だったのかと思っていたけれど、みなみといたあの時間が、何故か鮮明に覚えていた。

更に驚いたのは、みなみから受け取ったペンダントが右手でしっかりと握ってあったというところだった。

夢、じゃなかったの?本当に、不思議で堪らない現象が起きていた。身体を起こすと、何故か凄く軽くなっていて、カーテンの隙間から漏れている光も、眩しいと感じなかった。そして、久しぶりにカーテンを開けることができた。


あれから、不思議と自分の中で沢山の変化があった。なぜだか分からないのに自分から外へ出たいと思えたり、家族への感謝を伝えたいと思い始めたり。

今までは、暗い世界で一日を過ごしていたのに。何気ない些細な出来事でも素敵だと思えたし、心地よい風が私を支えてくれたようにも思った。

……生きていたら、何度でもやり直しが聞く

……なら、もう一度人生をやり直せばいい

みなみとの不思議な夜を過ごしてから、私の中で死というワードが自然と消えていったのだった。


一年、二年、三年、四年……

何年経っても、みなみとのあの出来事は、忘れることなく、鮮明に覚えていた。

ゆっくりと自分を見つめ直して、自分自身を再生して。救ってほしいと言われた言葉だけはずっと引っかかったままだったけど……

”出会い”というものがゆっくりと進んでいたのだ。

三十代半ば。私はまた、教師になることができたのだ。

教師というのは、教壇に立つだけが教師ではない。私は、困っている人を救う教師になった。これは、みなみの夢を叶えたかっただけではなく、私が、自分の手で見つけた答えでもあった。

『……みなみ、お待たせ。遅くなってごめんね』

朝。スタンドミラーの前でスーツを着ながら呟く私。

新たな挑戦に不安でいっぱいだけど……

私は、もう大丈夫だよね……!

黒色のトートバッグの中に、ペンダントが入っているかを確認して、私は玄関のドアを思いきり開けた。

勤務先は、母校の保健室。

春の桜が咲いたと同時に、私の新しい道が開かれた。


例え、みなみとのあの空間が夢だったとしても、私はみなみの言葉をしっかりと胸に刻んでいた。


今日は、中学校の入学式。ブカブカで慣れないセーラー服を着る女子中学生が私の前を通る。若いなぁなんて見とれつつ、同時に懐かしい気持ちになった。大半が不安げな様子でスクールバッグを肩にかけてお母さんやお父さんとゆっくり歩いていた。かなり緊張しているのだろう。私と、同じだね。まぁ、私は、違う意味で緊張しているけど。

黒の靴はサイズが合っていないからか、ちょっとだけ痛みを感じるし、履きなれないスカートは歩きにくかった。

中学生達に囲まれながら、私も学校に向かっていたその時、背後からとても元気な声が聞こえた。

『お父さん、もしかして緊張してる?』

『別に』

『うっそー。顔が固まってるよー』

『……どうだろうなぁ』

賑やかな声が耳に入った。周りは不安や緊張で静かだからか、その声がひときわ目立つ。後ろを振り返ると、セーラー服を着こなすポニーテールの女の子と、そのお父さんらしき人が仲良く並んで歩いていた。お父さんはスーツだし、女の子の胸元には赤のコサージュが付いていたから、きっとみんなと同じ新入生だろう。それにしても、周りと違って不安げな様子はなく、明るくてワクワクしてるなぁ。きっと緊張しない子なのだろう。……みなみみたいに。

その家族は、学校へ着くまでずっと私の後ろを歩いていた。中学になったら自分の分もお弁当を作らなきゃいけないのか~とか、お父さん、スーパーのタイムセール次いつ?だとか、女の子とお父さんのとても楽しそうな会話が次々と聞こえてきた。聞いている方も楽しくて、自然と出勤への憂鬱感が和らいでいた。

学校門に着いた。門には、沢山の入学生が集まっており、入学式と書かれてあるプレートで写真を撮る人達でいっぱいだった。先程の家族も、おぉーと声を上げて、人の多さに驚いていた。

『ねぇお父さん、この桜と一緒に写真撮ってよ』

女の子は、そう言って楽しそうに木の下へ走った。お父さんにスマートフォンを手渡し、桜の木の下でポーズを取っている。

『俺も入りたい』

『もーう。お父さんも入ったら誰がシャッター押すのよ』

『えー』

……遠目で見ているのも、変、か。私は、その家族にゆっくりと近づいた。

『あの……私、撮りましょうか?』

思い切って声を掛けると、女の子が私の顔を見て、ありがとうございます!と嬉しそうな表情で笑った。私は今、ここでハッキリその子の顔が見れた。

……

何処かで見たことがある。……なんでだろう。

親子の写真を撮った後も、女の子が私の方へ駆け寄ってきた。

『あの……もしかしてここの先生ですか?』

『う、うん』

モゴモゴと口を動かす私。女の子は目をキラキラさせて、これからよろしくお願いします!とぺこりとお辞儀をした。

『こ、こちらこそ。私も新任だからまだまだよく分からないけど……一緒に馴染んでいこうね』

そう言うと、おーいと、女の子のお父さんの声が聞こえた。声の方へ視線を向けると、手を挙げて、女の子を呼んでいた。どうやらお父さんは、女の子よりも先に体育館の方へ向かって歩いていたようだ。

『行くぞー瑠璃』

ん?

……るり?

今、るりって言った?

聞き覚えのある名前……

『うん!じゃあ先生。さよなら』

『あっ、うん』

瑠璃という女の子は、私に手を振って、体育館の方へと歩いて行った。そのあとに続いて、お父さんも私にぺこりと一礼した。

……動揺が、止まらなかった。

体の中にある温かい何かと、胸の奥からのドキドキが溢れ出そうな気持ち。

私は数分、その家族の後ろ姿をじっと眺めていた。

みなみの入院期間でしか龍介さんとは会っていなかった。だから、顔を完全に忘れていたのだ。

もし、あのお父さんが龍介さんだったとしたら……みなみが、私とあの家族を引き寄せたの?

不思議な現象が起こっているのに、私の表情は自然と笑みが零れていた。

なんだか、とっても、嬉しい日だ。

……良かったね、みなみ。

龍介さんと、瑠璃ちゃん、二人で楽しくやれてそうだよ。

……これから、あの家族のことを影で支えるから。安心しててね。

私はそう心の中で思った。


それから二年後の冬。瑠璃ちゃんが保健室登校を始めた。

入学式の日に楽しい会話をしたはずなのに、本人は私のことを完全に忘れていた。学校生活が相当苦しかったのだろう。瑠璃ちゃんの心は、黒く濁っていた。

私は、瑠璃ちゃんに再び会える時をずっと待っていた。

『瑠璃は今、かなり深刻な状態になっているの』

みなみが話していた時のことを思い出した。

私は逃げない。瑠璃ちゃんと、向き合いたい。

みなみ、任せてよ。

今を生きる瑠璃ちゃんと、一緒に向き合っていきたい。

でも、本当に上手く向き合えるのかな?

今はまだ、不安の方が大きいけれど。

私は、瑠璃ちゃんの方を見つめる。

瑠璃ちゃんは、数学の教材を机いっぱいに並べ、勉強をしていた。

この前までは、一日中ベッドで休んでいたけれど。少しずつ充電できてきたのかな。

でも、ゆっくりでいいからね。

貴方は、今まで十分頑張ってきたんだから。

大丈夫、大丈夫。

瑠璃ちゃんが瑠璃ちゃん自身を見つけられるまで、私が全力でサポートするからね。

貴方のお母さんが託してくれたペンダントがあれば、私も今日一日頑張れる気がするよ。


スカートのポケットに、手を突っ込んだ。

うん、ペンダント、ちゃんとある。

そして、ゆっくりと取り出し、ジッと見つめた。

そこから刺す光は、今日も私に希望を与えてくれているように思う。

【完】

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