掛け違う光 ~いずみストーリー~
掛け違う光 いずみストーリー
大学生になった。みなみがいるからか、中学や高校の時よりかは何倍も不安が和らいでいた。
大学へ進学しても、みなみは相変わらず、元気と明るさですぐに友達を作った。
「この子はいずみでーす」なんて、何人もの人の前で言いながら、笑うみなみ。みんなが私に目を向けた時は、緊張して少し顔が赤くなったけど……みなみのお陰で、大学ではみなみと以外の人とも少しずつ広がれて、今までのように浮くことは無かった。
空っぽ女を完全に卒業したと、その時は思った。
これから先も、みなみとの仲が深まっていくだろう。大学入学直後は、勝手にそう感じていた。
でも、みなみと一緒にいる時間が、ゆっくりと減っていたのである。気がついたのは、一年が終わるぐらいから。
高校では学校外でも、遊んだり話したりすることが多かったのに。いつしか、学校でしか会う機会がなくなってしまった。私が誘っても断られたり、携帯で頻繁にメールを送りあっていたのに、彼女の返信はかなりゆっくりになった。
学校ではいつも通りだから、きっと忙しいだけだろう、なんて思っていた。
だけど、ある日、知ってしまったのだ。
それは大学三年の夏休み前。授業終わりの休み時間に、何人かの友人と話しているときだった。
「ねぇねぇ。今ってヒーロー順調なのかなぁ」
「……順調って?」
「ほーら。アレだよアレ」
「あーアレね。上手くいってるんじゃない?」
みんなはうんうんと頷く中で、私だけは、何のことなのかが分からなかった。
「アレ?」
「彼と、だよ」
「か、彼!彼って……彼氏?」
「うん」
みなみって、彼氏がいたの……?何も知らなかった私は、暫く口が開いたままだった。私の反応に、みんながえ!と嬉しそうに笑っている。
「知らなかったの?」
「かなり前に言ってたよね」
どうやら、みんなの反応を見ていると、知らなかったのは、私だけのようだ。
「前って……いつ?」
みんなに向かって言うと、一人の女の子がうーんとねーと言いながら手に顎を乗せた。
「知ったのは最近だよ。たまたま私がヒーローと男の人が歩いているのを見かけたの。で、後日聞いてみたら、彼氏だって凄く恥ずかしそうに言ってたんだー」
「い、いつから付き合ってるとかは分かる?」
「二年ぐらい前って話してたかな」
「そんなに?」
二年も前から?距離があるなと思い始めた頃じゃん……嘘でしょ。
私の口は、開いたままだった。
周りのみんなは楽しそうにみなみの話で盛り上がっている。……私だけ動揺しすぎて、話に入り込めなかった。というより、入りたくなかった。
彼氏ができたことに関しては別に良かった。なんとも思わない。
だけど、どうして周りの子達は知っているのに、私は、知らないの?
なんで私には言わなかったの?その疑問が残ったままだった。
動揺が少し落ち着いた頃、少しだけ話が耳に入ってきた。どうやらみなみの彼氏はみなみのバイト先の先輩なんだとか。
「あとは……」
女の子が何かを言おうとした瞬間、あー!と声を上げ、すぐに手で口を抑えた。そして私の方をジッと見つめた。
「まずい……言っちゃった。いずみには言うなって忠告されてたんだったー」
「……え?それ、みなみが言ってたの?」
「うん」
まぁでも、大丈夫かーあはははははー、女の子が、笑うと、周りの子も、言っちゃったじゃん!とか何やってるのーって声を上げて笑った。私も、それに釣られて苦笑い。
「な、なんで私に言ったらダメって……」
「そこまでは流石の私も知らないよー」
「……そう、なんだ」
ねぇ。みなみ、どういうこと?
……私にバレたらまずかったの?
みんなには彼氏がいることを言って、私には言わない……言っちゃいけない?どうしてなのか、私にはサッパリだった。
大学生になってからは、私といるより、彼といる方が楽しかったのだろう。何だか少し、裏切られた気持ちになった。
彼氏のことを知ってからも私はいつも通りにみなみに接した。彼氏のことも、何も聞かなかった。何故なら、試したかったからだ。それを今から実行する。
「あっ。いずみー」
「みなみ。お疲れ様。ねぇ。この後どう?一緒にパフェ食べに行かない?」
私は、いつものようにみなみを誘った。
「ごめん。今日はバイトだから」
……やっぱり。そう言うと思った。いつもなら、そうなんだーで終わらせていた会話だったけど、知ってしまった以上は探る。それだけじゃ終われない。
「バイト、なんだ?」
もう一度聞いてみる。みなみは、え、うん。と少し戸惑いながら言った。その時、みなみの目をハッキリと見た。いつもの真っ直ぐな目じゃなくて、少しキョロキョロしているように見えた。
確信した、バイトじゃない。
今まで、どうして気が付かなかったんだろう。みなみの嘘なんて、顔を見れば分かっていたのに。
……デートだ。決めつけは、良くないと思ったけど、高校までのみなみなら、そんなこと無かった。誘ったら絶対に来てくれたじゃん。それよりも、みなみが沢山誘ってくれたのに。
最近、いや、大学へ入ってからはみなみとの心の距離だって遠ざかっていると感じていたんだ。……表面でしか話せてないよ。何とかそれを解消したい。
「みなみって、私よりも彼氏さん優先するんだね」
「え?」
みなみは戸惑ったまま、首を傾げた。
「……知ってたんだ」
みなみは、気まづそうにこちらを見ていた。
「別に彼氏がいることに不満があるわけじゃないよ」
「そ、それは……」
「お揃いも付けなくなったよね」
私は、みなみから貰ったペンダントをずっと首に掛けていた。だけど、みなみは気がつかないうちに付けなくなっていたのだ。別に気にしていた訳ではなかったけど……
「もう、私のことは大切じゃなくなったんだ」
「……そんなことないわよ」
私の顔を真剣に見つめているみなみ。
「怖いよいずみ」
私は、一体、どんな表情をしているのだろう。だけど、私は、一切表情を変えなかった。真剣な話なのに、笑えるわけがないじゃない。
メールの返信が中々来なくなった。遊びに誘っても断られてばかりだった。彼氏が出来た。
私は、そんな単純な理由で怒っているわけじゃない。試しているだけだ。
……私が一番知りたいのは。
「私に隠していた理由を、教えてほしいの」
本当にそれだけだ。
嬉しいことや辛いことはいつも二人で共有してきた。高校時代のみなみは、いつも楽しい話をしてくれた。私は、それを聞くのが凄く好きだった。大学へ上がってからは距離が遠くなって、会えば授業の話ばかり。 おまけに、彼氏のことを私に言わないでなんて……明らかにおかしすぎるでしょ。
私は、私の思ったことを全部話した。みなみは、私と目をあまり合わせてはくれず、黙ったまま聞いていた。
「私達、ずっと一緒にいた仲でしょ。最近、私に何も話さなくなったじゃない」
最後にそうやって投げかけた。優しく言ったつもりだった。すんなりと答えてくれると思っていたのに……みなみは暫く黙っていた。いつも上向きな彼女が下を向いて、何かを考えている。そして、静かにポツリと口に出した。
「……私にだって、言いたくないことはあるんだよ」
プシュッと今にも消えてしまいそうな声でそう呟いた。まだ、目は逸らしたままだ。
こんな暗いみなみ、初めて見た。
……そこまでしてでも、私に言いたくないの?普通に話せばいいじゃない。実は彼氏いたのって。
みなみの表情は、時間が経つにつれてどんどん暗くなっていった。
みなみ、本当にどうしちゃったの?私、今まで気が付かないうちに、みなみに悪いことをしてしまったのかな……一緒にいるの疲れてた、とか?
「ご、ごめんねみなみ。私、言い過ぎちゃったね。バ、バイトあるんだっけ?ま、また今度話そうか。じゃあ、ここで」
気まづい空気から離れたくて、私はくるりと方向を変え、逃げるように歩きだそうとした時だ。
「いずみ」
背後から微かに私を呼ぶ声。次の瞬間、彼女はハッキリとした口調でこう言い放った。
「私とはもう、関わらないで」
「……え?」
立ち止まって、振り返る。みなみの瞳は、私の方をしっかりと向いていた。
「ど、どういう事?」
「この際だから言わせてもらうね」
な、何?
みなみは真剣な眼差しで私の方を見ている。……嫌な予感がした。心臓が悪い音を立て続けている。
「いずみとはもう関わりたくないの」
ストレートな言葉こそ、心に刺さることがある。
私は今、そうなっている。心臓が止まりそうになった。
そう言って、みなみは私の傍を離れた。真っ直ぐな目をしているように見えて、涙を必死に堪えているようにも見えた。
「み、な、み……」
声が上手く出ない。
私は、彼女を追いかけなかった。
……追いかけても、届かないと思ったから。
それに、もし追いかけて彼女を止めようとしても、なんと言っていいか、分からないよ。
私はあの時、みなみと向き合いたかっただけだ。
それなのに、どうしてあんな風に言ったの?
そんな簡単に、私のことを見捨てるような人だったっけ?
向き合うどころか、私が気持ちを言っただけじゃん!みなみは……私と離れることを望んでいたの?
気持ちが落ち着いた時、私の脳内はみなみの出来事を整理し始めた。
落ち着いた、と自分の中で思おうとしていただけで、本当に落ち着いていたかどうかは分からない。
ただただ疑問と、悲しみだけが心の奥底に残った。
そして、早くも大学四年生になった。あれ以来、私とみなみとの間に気まづい空気は残っていたものの、時間が経つにつれて、再び挨拶をするようになった。何となく自分自身がスッキリしなくて、攻めて挨拶でもと私の方からおはようと声を掛けたのが始まりだった。みなみはビックリして、おはようと返すと、直ぐにその場から逃げるように離れていった。挨拶を交わしても、本人は私の目を必死に逸らそうとする。今までのみなみなら絶対に無かったことだ。少し苦しかった。でも、苦しいのはみなみが学校へ来た時だけだ。私との事があったからなのかは知らないが、みなみは友達の前でも、前のような明るくて誰かのために行動するようなパワフルな精神が衰えていた。最初は気の所為だと思っていたけど、顔を見て、分かった。分かりやすいぐらい空元気だったのだ。
そして、四年生になってから、みなみの姿を見ること自体、減ったのだ。みなみの欠席は、更に目立つようになった。流石におかしいと思った。彼女は、勉学を怠るような人間ではなかったし、学校をサボってまで、バイトをしたいのか?それとも、彼氏と一緒にいたいのか?という訳ではないように思う。
なら、どうして学校へ来ないのだろうか。友達と居ても心から楽しそうに見えない。友達関係で悩んでいる、とか……?でもみなみは何でもハッキリという方だったし、悩みはキッチリ自己解決できていた筈じゃ……四年生は就職を決める大事な時だ。休むなんて尚更おかしい。
仮に勉強が、学校自体が嫌になれば退学する筈なのに。
彼女は単位ギリギリの授業と、教育実習を受けて、大学を卒業しようとしていた。
教育実習を終えてからは、教員採用試験に向けての勉強で必死になっていた。一日一日が過ぎていくのはあっという間で、私の心は日に日に焦っていた。だからみなみのことは心の片隅に入れて、後は勉強に集中していた。
私は、併願で小学校の教員採用試験を受けた。
必死に、頑張ったはずだった。夢を、追いかけていた、はずだった。
後日、合否が届いた。ソワソワしながらポストの中を除くと、薄っぺらい茶封筒。嫌な予感は、的中した。ゆっくりと中身を出し、丁寧に折られた白い紙を出した。ポツリと書いてあった、不採用と。
……夢って、呆気なく終わるんだな。
悔しさを辛夷に込めて、茶封筒に入っていた薄っぺらな紙面を粉々に破いた。合否の否を受け取ることがどれだけ辛いものなのかを実感させられた。
最初は中途半端な気持ちだったのに、本気になってたな。でも、まだ、心のどこかでは本気じゃなかったのかな。だからきっと、全力を出せずに終わったんだろうな。ここまで、頑張ってきたのに、胸が、ズキズキと苦しくなった。
「……私の夢、叶えられなかったな」
落ち込んだ先に待っていたのは、大粒の涙だけだった。地面にポロポロと流れる雫は悔しいという気持ちを全面に表してくれているようだった。
教師になりたい。
最初は、そうなれたら、親や先生が喜んでくれるという薄っぺらい理由だったのに……
私みたいに、苦しかった学生生活を、誰にも送ってほしくない。だからこそ、辛い思いをしている人に寄り添えるような教師になりたい。……気がつけば、本気でなりたいって思ってたな。
どこで気持ちが変わっていったのだろう?なんて考えなくても分かる。頭の中に浮かび上がったのは、みなみの顔だった。
『私は、学校教育を変えたいの』
彼女はそう話していた。
最初に聞いた時は、全く響かなかったけど、今となっては、私にも共感出来るところが沢山あったっけ……みなみと一緒に教壇に立ちたいって思ってたんだよね。
……でも。
もう、私たちの関係はとっくのとうに終わっている。なら、私は、教師にならなくても良かったのかもしれない。
ふと、私は、テーブルの端に置いてある卒業式の写真を見た。写真が嫌いな私が唯一笑ってる写真。みなみに肩を組まれて、少しビックリしたけど、幸せな時間だったな。両サイドにはまなぴーと本田さんが写っていて、楽しそうだけど、少しだけ寂しそうな表情をしている。
高校最後に掛けたお揃いのネックレスがみなみと私の首に掛かっていた。けど、みなみはもう、忘れてる。
私との、思い出なんて、とっくのとうに。
私はその日、途轍もなく、気分が下がっていた。
だけど、まさかあんなことになるとは、思いもしなかったのだ。
……あんな奇跡、ドラマだけだと思っていたのに。