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わたしを見つける物語  作者: なづなゆめか
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何気なく変わる僅かな風 瑠璃ストーリー

何気なく変わる僅かな風 ~瑠璃ストーリー~


耳元に置いてある時計から陽気な音楽が流れた。時計の針は五時を刺している。今日も憂鬱な朝が始まったようだ。

私の毎日は忙しいの連続だ。スマホをパパっと弄りながらカーテンを開ける。その後、お父さんのお昼のお弁当と私のお弁当を作る。朝ご飯作りも忘れない。パンをトースターで温めている時とか野菜を茹でてる間を使って掃除と洗濯を終わらせる。その後に朝ご飯。一口五回は咀嚼すればオーケーというマイルールを実行しながら食べ終え、制服に着替えて、時間があれば授業の復習と予習を済ませる。しんどい時も多いけど、今は、そんな当たり前の生活が幸せな事なんだって思うようになった。

「はいこれ」

お弁当箱をランチクロスに包んで、それをお父さんに渡した。

「いつもお弁当ありがとう」

「お仕事行ってらっしゃい」

私がここに存在しているのは、きっと、周りの助けがあったから。だから私は、私のできること、私にしかできないことを精一杯やりたい。

玄関で、お父さんの後ろ姿を見送った後、私はとある場所へ向かった。

仏壇だ。最近は、お母さんの写真を眺めることが増えた。写真に写るお母さんは、とてもニコニコしている。飾ってあるのは大学時代のお母さん。小さな頃は、お姉さんみたいなお母さんだと思っていたのに、もう少しで同じ年になるのかぁ。その隣には愛子さんから頂いたゼリーが供えられている。今まではお母さんの顔を見るのが辛くて、仏壇に手を合わせることを避けていたけど……今は違う。自分の中で気持ちが変化しているんだろうなって感じる。

「今日も学校、行ってきまーす」

今は自分自身のことを受け入れられている気がする。だからお母さんの顔を見て、複雑な気持ちにはならない。私は私なりの生き方をする。私なりの答えを出す。周りからは真月さんにそっくりだって言われることも多い。でも、私はお母さんじゃない。だから、お母さんにならないし、なれない。

これから先、死ぬまでずっとお母さんより上にはなれないと思うし、上になりたいとも思っていない。けど、お母さんに負けないぐらい素晴らしい人間になりたいと思っている。

リュックサックを背負い、いつでも出られる状態になった。戸締りができているかを確認し、家を出ようとしたら、居間のテーブルの上に、白色のクリアファイルが置いてあることに目がいった。クリアファイルには、お父さんが働いているスーパーの名前がプリントされていることが分かって、私は、大きな溜息をついた。お父さんの忘れ物だ。

「もーう。お父さんったら~。時間ないし、どうしようもできないなぁ」

クリアファイルを持って、中身を確かめようとしたら、そこに入っていた小さな紙がヒラヒラと床に落ちた。溜息をつきながら、それを拾う。……何だろうこれ。よく見ると、それは、紙ではなく、写真だった。しかも、それは、ただの写真じゃない。

「え……」

思わず、声が漏れた。制服姿のお母さんと、その周りに三人の女の人が写っている。桜の木をバックに、お母さんは、その中の一人の女の子と、腕を組んで笑っていた。その子や、その周りの子も、笑ってはいるけど、どこか寂しげな表情だ。四人の胸元には、赤いコサージュが付いており、高校の卒業式の写真だろうと直ぐに分かった。写真、といっても、今みたいな携帯の写真みたいに綺麗ではなく、レトロでしっかりとした画質ではない。けど、写真に写るお母さんは、凄く楽しそう。セーラー服姿のお母さんってこんな感じなんだ。周りの友達は、クラスの子?それともお母さんにとって大切な友達、なのかな?……でも、なんでお父さんが持ってるんだろう?お父さんが撮ったのかな?

素朴な疑問を浮かべながら、ふと時計を見ると、時刻はもう八時ちょうどを刺していた。

「あ!」

早く学校へ行かないと。

私は、その写真をクリアファイルの上に置いて、慌てて玄関へ向かった。

……ふと、さっきの写真に写っていたお母さんが頭に入ってきた。

私は、高校時代のお母さんとなんて出会ったことがない。むしろ、今日初めて見た筈なのに、何故か、凄く、懐かしい気持ちになった。……どうしてだろう。同時に、不思議と心が温かくなった。気の所為だよね。私はお母さんと話したことなんて……ないし。


外を出ると、ドアの前であいなが不安そうな様子で立っていた。昨日会って暫く様子を見ていようと思っていたけど、まさか次の日にはここまで来れるようになったなんて。

「おはよー」

そう言うと、返事はしてくれたものの、いつものハイテンションな感じではなかった。……そりゃあ、そうか。久しぶりの学校だし、イオリと仲直りできるのかとか色々心配なのだろう。

「言ってくれれば迎えに行ったのに」

「うん。でも、るーりーがいつもあたしの所に来てくれたから。今日は私が、早く起きてここへ来たよ」

やっぱり元気はないけど、そうやって言ってくれるのは少し嬉しかった。

「来られたんだね」

「うん」

私たちは、静かに歩き出した。

「るーりーのポニーテール、今日も高いね」

あいな探偵は変わらずといった感じだ。

「最近、髪の毛の調子がいいんだよねー。纏まるスプレー付けてるからだけど」

「あのね、髪型で気持ちが分かるんだよ」

「そうなの?」

「うん。るーりーは今日も元気ってこと」

「おぉ。正解!当たってるね!」

私が明るく返したら、あいなが少し笑った。きっと今まで、自然と私の前でもみんなの前でも笑うエネルギーを使ってたんだろうなって思った。それなら、このままの方が本人も楽だろうな。もっと気持ちが回復してきたら、前みたいになるだろうし。今は、気長に待とう。

あいなを見て話していたら、ふと、首元に目がいった。

「私があげたペンダント、付けてくれてるんだね」

「うん。寝てる時もつけてるの」

「寝てる時も?」

そこまで大切に持っていてくれてるなんて思わなかったなぁ。……どこで買ったかとか全然覚えてないけど。

「ママに見せたら、どこかで見たことあるって言ってたよ」

「そうなの?なら、私のお母さんのものかな……」

「え。知らずに私にくれたの?」

「う、うん。あいなにあげてって言われた気がしたからあげたんだけど……」

「なら、るーりーのママがくれたのかもしれないね」

あいなは嬉しそうに笑った。

「るーりーは、見えない何かに守られてるんじゃない?」

「そういうこと……なのかな」

「絶対そうだよ」

あいなと何気ない会話を交わしながら、校門を潜り、いつもの旧校舎へ向かった。隣であいなを見る。あいなの体も表情もどんどん重たくなっているように感じる。

『私、いおりんに謝りたい』

『るーりー、それのお手伝い、してくれない?』

昨日、あいなの家へ行った時、彼女は私にそう言ってくれた。久しぶりに、頼られた気がして、かなり嬉しかったのだ。

きっと、大丈夫。

旧校舎に続く引き戸の前に立った時、私は、あいなの背中を押した。

「入ろっか」

「う、うん」

あいなは掛けてあるペンダントをギュッと持ち、ゆっくりと前へ進んだ。

そして、一番端の教室にイオリが居た。立ち止まって、あいなの顔を見て驚いた表情をしている。

「……おは、よ」

イオリが私たちに言ったから、私もおはようと返す。あいなは何も言わずに、イオリに近づいた。そして、言った。

「いおりん。本当に、ごめんなさい」

あいなの顔は、涙目で今にも泣きそうになっていた。それに続いて、イオリも私もと返す。

「あいなは謝らなくてもいいよ。……私があいなに酷いこと言っちゃったから」

「ううん。そんなこと、ない。あたしもいおりんを傷つけて……」

二人とも、申し訳ないと、謝って、お互いに自分のダメだったところを言い合った。

「あたしが悪いの……」

「ううん。私が……」

「はいはい」

終わりそうにない二人の会話に私が間に入った。

「お互いに、反省したことだし、おあいこ、だよね?」

「う、うん」

「そうだね」

「はい。終わり〜」

私がニコニコ笑うと、二人の表情もほんの少しだけ柔らかくなった。

「ねぇ。あいな。私は、まだ、あいなのことを深く知らない。だから、これから知っていってもいいかな……」

イオリの言葉にあいなは目を光らせ、もちろん!と声のトーンが上がった。

「あたしも、いおりんのこと、たーくさん知りたいな」

「うん。……あ」

そして、イオリが思い出したかのように言った。

「先生の誕生日、明日でしょ」

「覚えててくれたの?」

あいなが更に目を見開いた。

「ま、まぁ。だから、鶴の折り方、教えるよ」

「うん!ありがとう、いおりん!」

あいながニコニコ笑った。眩しい太陽のような笑みを、久しぶりに見た気がした。

「そ、そんなに喜ばなくても……」

イオリは、顔を赤らめて少し恥ずかしそうだった。いつもの雰囲気に戻って安心した。

その日の放課後、私も担当を任されて、三人で一緒に誕生日会の準備をすることになった。あいなが前に持ってきていた沢山の袋の中から使えそうなものを取り出したり、お花の飾りやハッピーバースデーと書かれてあるバルーンを膨らませた。その頃には、あいなもいつものハイテンションで明るい姿に戻っていた。以前のような偽っている感じではなく、本当に楽しそうな表情だった。


私達は机を引っ付けて、折り紙を広げた。折りながら、あいながこんなことを言い始めた。

「あたしのママが言ってたの。折り鶴は平和のシンボル、なんだって。だから、平和でいーっぱいにしたいの。あたしと先生といおりんとるーりーの四人が平和で居られますようにって願ってるんだー」

「もしかして、その為に作ってたの?」

隣に座っているイオリが驚いたようにあいなを見ながら言った。

「そうだよ。私達友達でしょ?これからも一緒にいたくって、沢山の幸せで溢れさせたいの」

「と、友達……」

「その幸せをこの教室の代表者である先生に渡すことでー。私達の幸せをわけっこ!」

「……わけっこ?言ってることがよくわからないけど……でも、あいなの熱い思いはよくわかったよ」

一緒に綺麗な物をつくろうか。イオリはそう言って、あいなに続いて鶴を折り始めた。

そして、無事に、あいなにとって綺麗だと思う折り鶴ができた。

あいなは完成した鶴を嬉しそうに片手で持って遊んでいた。

そして暫くして、ゆっくりと話し始めた。

「あたしのママね、叶わない夢をたくさん持ってるの。るーりーママを救えなかったこと」

「私のお母さん?」

「うん」

私のお母さんと、愛子さんが関係しているの?疑問が湧いた。あいなは続ける。

「自分の思いがうまく形にならないこと。仲良しだった学生の頃の友達に会えないこと。ママは今まで後悔が多かったみたい」

「それうちのお母さんも似たようなこと言ってた」

イオリが呟いた。

後悔……か。

「で、それでね。ママはそれを物語って例えてるんだって。そうしたらね、ぜーんぶハッピーエンドで終わるって言ってた。今が幸せなのは、過去に繋がっているって」

過去に……繋がっている……か。その言葉が、私の中で心の中に残った。何故かはわからないけど、すごく大切なことなのだと思った。


そして、遂にはなび先生の誕生日パーティー当日となった。

生憎天気は朝から曇り。時々雨が降ってきて、ビミョーな日になっちゃったけど、めでたい事に変わりはない。ランチタイム後に、先生を速やかに追い出して、保健室へ戻した。先生は不思議そうな顔をしていたけど、まさか自分が祝われるだろうとは思っていなかっただろう。そして、昼間にあいなとイオリが飾り付けをして、教室が明るい雰囲気へと変わった。終礼後、私も急いで旧校舎へ向かった。一年ぶりの誕生日パーティ。教室のドアの前に隠れて、クラッカーを持って、先生が入ってきた瞬間にバンッ!と音を鳴らした。……そして。

「先生!誕生日おめでとうー!」

私達の声は、バラバラだったけど、はなび先生には伝わったみたいだ。

「え!ありがとう……!」

先生は目を見開いて凄く驚いていた。そして、黒板に貼ってある折り紙の飾り付けや、バルーンを見て、

「なんか、去年と一昨年よりもパワーアップしてない?」

と嬉しそうに言った。

「でしょでしょー。今年は気合いを入れたんだよー」

「昨日、放課後夜遅くまでやったしね」

「ねー」

あいなとイオリが笑いあっている。凄く幸せな時間だなぁ。その様子を見ていたら、先生が私の方へ近づいていた。

「瑠璃ちゃんもありがとうね」

「どういたしまして。先生本当におめでとう」

「この歳にもなっても、祝ってくれる人がいるって幸せだなー」

「いやいや!先生まだ若いでしょ」

「ねー。せんせーっていくつなの?」

あいなが先生に引っ付いてそう言った。

「うーん。みんなのお母さんと同じくらいの年齢だよ」

お母さんと同じくらい……ということは四十代ぐらい?全然、そんな感じに見えないけど……。はなび先生は、大人びていて、確かにみんなの思うお母さんみたいな包容力のある人だなとは思っているけど、その反面可愛らしくて、少し幼い雰囲気も持っているから、若く見える。

私達は、先生に誕生日プレゼントを渡した。……と言っても、時間が無くて、プレゼントって呼べるものじゃ無いかもしれないけど。

感謝の気持ちを、先生に、贈った。先生は、ありがとうと私達一人一人を嬉しそうに見てくれた。涙を堪えていたような気がした。

「そう言えばさ」

全員の手紙を読み終えた後、イオリが先生に、言った。

「はなび先生の苗字って、何だっけ。私、ずっとはなび先生としか言ってこなかったから分からなかったけど」

確かに!

「それ、私も気になってた」

「せんせー、名札にもはなび先生としか書いてないよねー」

あいながそう言って、先生の名札を指で刺した。

「はなびって少し変わった名前だよね。だから、苗字よりもそっちに目が言ってた」

「……昔は、この名前が凄く嫌だったんだけどね」

「え、そうなの?」

驚いた。素敵な名前なのに。

「はなびみたいに綺麗じゃないって、言われたことがあったの」

先生は寂しそうにそう言った。

「酷いね、それ」

それに対して、イオリが呟く。だけど、先生はまた、太陽のように笑ったのだ。

「でも、今はこうやってみんなに呼んでもらえてるから嬉しいし、大好きになったよ」


それからは、他愛のない話をして、楽しい誕生日パーティーになった。

先生の苗字は、初めて聞いたから少し驚いたけど、凄く素敵だなって思った。

夕暮れに染まる空の下で、私たち三人は一緒に歩いた。

「三人で帰るの、初めてだねー」

あいなは嬉しそうに言った。そして、

「前まではいおりんに断られたけどー」

と、イオリの顔を見る。

「……別に断ったんじゃ」

「でも、今日からは三人で一緒に帰ろうね」

あいなはイオリの顔を見て笑った。イオリは少し恥ずかしそうだけど、コクッと小さく頷いた。私も、そうだねとあいなに返す。

これから、家に帰ったら、夜ご飯を作って、明日の授業の予習をして、課題をやって……やることが沢山ある。もうすぐ夏休みだし、受験のことも考えて……それまでには色々考えなきゃ。……でも、今は、この瞬間は、そんなこと、考えなくてもいいよね。私は、二人の顔を見た。あいなは本当の本当に楽しそうで、イオリは、まだ少し表情が固いけど、私たちといることに凄く嬉しそう。二人の笑っている顔を見ると、幸せだなって思った。

……ふと、あいなが言ってた愛子さんのことを思い出した。……今が幸せなのは、全部過去に繋がっている

私達がこうなるまで、本当に色々なことがあった。じゃあ、こうやって、三人で居られるのも当たり前じゃなくて、奇跡だってことなのかも。ということは、またその当たり前が、当たり前じゃ無くなる日が来るのかな?

なら、そうなる前に、沢山思い出を作っていたいな。


「いおりん、これお揃いじゃん!」

あいながイオリのパーカーの胸元の辺りに触れて、そう言った。

「え!」

ビックリした。思わず、あいなの付けているペンダントに触れて比べてみる。

「……同じじゃん」

イオリが掛けていたペンダントは、私があいなにあげたものとそっくりだったのだ。

「あ。でも見て!るーりーに貰ったのは瑠璃色の海みたいなのだけど、いおりんのは違うよ!」

あいなが細かく確かめる。私も一緒に見た。

「先生に貰ったのはなんか、色々な線が入ってるね。真ん中が丸くなってて」

何かに見える。……そう思った瞬間、ハッとして、

「花火だ!」と声を上げた。私が言うと、二人も驚いた表情をして言った。

「ほんとだ」

「確かにっ」

「はなび先生だから、花火なのかな?」

「私、気が付かなかった。……綺麗なペンダントだなぁとは思ったけど、よく見てみれば、この柄花火だったんだね」

私は、また、イオリのペンダントを見つめた。

「でも、よく見なかったら、おんなじだよね……?」

「確かに。メーカーが同じとかじゃない?瑠璃、これは何処で買ったの?」

……えーっと。どこだっけ。私が言う前に、るーりー、忘れたらしいよーとあいなが笑った。

「先生も、何も教えてくれなかった。ただただあげるって。これを持ってたら大丈夫だからって」

……え?

それは、私があいなに渡した時に言った言葉と同じようなことだった。

「なんか、るーりーも似たようなこと言ってなかった?」

あいなも気になったようだ。

「ちょ。怖い怖い。本当に何処で買ったっけ……」

私は苦笑する。私の中であのペンダントは、大切な物だったのかもしれない。どうして、覚えていないのかはわからないけど。何故かそれだけは変わらない気がした。……それをはなび先生も持っていたってこと?考えれば考えるほど頭がパンクしそうだ。

「まぁでもぉ、いおりんとお揃いで付けられるのいいねっ」

「そうだね。メーカー被りなんて偶だろうし」

二人の言葉を耳に入れ、平常心を保つ。この瑠璃色のペンダントは、何処か不思議なオーラを放っていたから、何となくだけど、私しか持っていないと思っていた。まさか似たようなものを持っていたなんて……驚いたけど。ま、まぁ、そうだよね。メーカー被りも有り得るに決まってる。

気がつけば、駅前に着いていた。

「送ってくれてありがとう」

「いえいえ。じゃあねー」

改札口へ入っていくイオリの姿を二人で静かに見送った。

「ねぇ。るーりー」

あいなが私の瞳を見つめた。

「るーりーは、見えない何かが見える?」

「えー。またそれー」

「うんっ。見えてるはずだよー」

「そうかな?」

「最近ワクワクしてるし」

「ま、まぁ。気分は良かったけど」

そう言って、不意に空を見上げる。

……見えない、何か、か。

「……お母さん」

「へ?」

「あ」

気がつけば、呟いていた。……お母さんって。

何でかは、わからないけど。

でも。

何となく、そんな気がした。

「るーりーママ、るーりーのこと見てくれてると思うよ」

「……だといいな」

「なんだか早くママに会いたくなってきた」

早く家に帰って美味しいご飯が食べたーい!そう言って、あいなは家の方向へ向かって走った。

「あ!ちょ。急に走るんだからー」

私は、あいなの後を追いかけた。私、今、凄く楽しんでる。思い切り笑って、はしゃいで、走っている。昼間は暑いのに、夕方は冷たい風が吹いて、ポニーテールが左右に揺れる。身も心も凄く軽くて、幸せを噛み締める。

「あいな、待ってー」

私、全力で走る。同時に夕日も動いて、私達に着いてきているみたいだ。……なんだか、本当に見守られているような気がした。

「ひゃー疲れたー」

あいながハアハアと息を切らしながら、私の元へドボドボと戻ってきた。

「おつか……れ」

あいなの顔を見たその時、あいなの付けているペンダントに目がいった。僅かな光が私の方を向いているように見えた。それは何処か温かくて優しいものに感じた。あいなが動いた瞬間に、その光は消えた。

……やっぱり。私にしか見えない光だったんだね。

今の感情は、儚くて寂しくて、でも、嬉しくて、ワクワクして。

それを今、伝えたい気分。

「ふわぁ」

隣で、あいなが疲れた顔をして歩いていた。

「ねぇ。あいな!私の話、聞いてくれない?」

その横で、笑いかける私。あいなは不思議そうな目で私の方を見ていた。

私は、満面の笑みを浮かべて、大空を見ながらこう言ったのだ。

「見えない何か、私にも見えた!」


[第一章 [完]]

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