7.政変と、手紙
その頃、王都では、政変が巻き起こっていた。
前々から問題になっていた女王の行動がさらに過激になって来た上、後を継ぐ王太子の行動も目に余るようになってきてしまったのだ。
以前は、王太子が成人して代替わりするまでの辛抱だと思って女王の政治を支持していた貴族たちも、その後の王太子にも問題があるのなら、と派閥替えを検討し始める。
そんな最中に、公爵家と侯爵家に次いで影響力のある辺境伯家が派閥替えをするという噂が持ち上がった。
理由は、第二王子の従兄妹が嫁いで来たことによって縁続きになったから、という至極真っ当なもの。
女王は、自分の派閥の適当な貴族に押し付けて始末したつもりが、影響力のある家に派閥替えの口実を与えてしまったのだ。
そして、その噂はすぐに現実のものとなり、辺境伯家は女王派から離れ、第二王子派になった。
もちろん、辺境伯家と縁のある家はことごとく派閥替えをしたために、ギリギリのところで女王派が勝っていたのが逆転し、一気に第二王子派が優勢になる。
そのままの勢いで政変は進み、とうとう女王と王太子は幽閉され、第二王子が国王として即位することとなった。
「……らしいよ、リリィさん」
「王都は大変そうですわねぇ」
俺のところへ来てから3ヶ月程が経って、だいぶ元気になったリリィさんは他人事のように相槌をうつ。
実際、俺にとっては他人事だけど、父上や兄上たちにとってはそうはいかない。
現辺境伯である父上はもちろん、跡継ぎであるラファ兄上や次男のウォルター兄上も王都と領地の間を行ったり来たりしていた。
俺はといえば、王都へ行っても政治のことはからきしなので、単なる飛竜送迎部隊のひとりでしかない。
「私が王都にいたら、今ごろ大変なことになっていたでしょうねぇ」
ころころと笑いながら、リリィさんがそう呟いた。
「王太子と一緒に閉じ込められていたかもね」
「それはたまったものではありませんね。
あの方は気に入らないことがあると、ほかの人に当たり散らしますから。
二人きりで幽閉されるなど、考えただけでぞっとしますわ」
「じゃあ、俺のところへ来てて良かった、って思ってくれる?」
「ええ、もちろんです! ユーリさまとあの方なんて、比べるだけでもユーリさまに失礼ですから!」
そうやって、過去の嫌なことを笑い飛ばせるからこそリリィさんは素敵なんだよなあ、なんて思っていたら、父上が帰ってきた。
「父上、おかえりなさい」
「お義父さま、おかえりなさいませ」
「ただいま。リリアーナさん、手紙を預かっているよ」
手紙の差出人を見て、リリィさんは少しだけ嫌そうな顔をした。
「誰から?」
「王都の父上さまからです。なにかあったんでしょうか?」
気を使った父上は席を外したので、俺も続いて立ち上がると、リリィさんに服の裾をちょっと引っ張られた。
「あの、いてくださいませんか?」
「良いのかい?」
「ええ」
待つ程もなくささっと手紙を読み終えたリリィさんは、深いため息をついた。
「何が書いてあったのか、俺に言える範囲でいいから、教えてくれない?」
「読んでもよろしいですわよ。単に、王都へ帰って来なさい、というだけです」
「え、何で? リリィさん帰っちゃう?」
「理由は書いていませんが、大方、私を利用したいだけでしょう。
辺境伯とはいえ跡継ぎでもない三男に嫁いでどうするんだ、というようです。
私ひとりの問題ではありませんから、お義父さまにも相談したいです」
「もちろん。一緒に行ってもいい?」
「ええ、お願いしますわ」
最近父上は多忙を極めているので、帰宅したばかりで悪いと思いつつも相談に行く。
最近の情勢から、父上は内容に察しがついていたようだ。
「まあ、そんなことだろうと思ったよ。
リリアーナさん、君自身はどうしたい?
正直に言って、今回の件で我が家は君を利用させてもらったからね。
君の望むように取り計らおう」
父上の言葉に、無意識だろうか、リリィさんが俺の手を握る。
「私の希望を聞いて頂けるのなら、ここへ居ては、いけませんか?
王都に帰るかどうか以前に、ここから離れたくありません」
貴族である限り、最終決定権はその家の長にある。
まだ婚約段階だから、リリィさんの行動は父親である公爵に権利があるわけだ。
だけど、リリィさんはそれを覆したい。
基本的には逆らう権利を持たない相手である父親の命令に逆らってでも、この家に居たいと思って貰えてる、そのことが本当に嬉しかった。
「君がそう望むのであれば、私が責任を持って叶えよう」
「ありがとうございます」
部屋を辞したあとのリリィさんの表情は、とても晴れやかだった。
「お義父さまは、本当に良い方ですわね!」
「そうだねぇ。父上は、俺の言うことでも聞いてくれるから」
「私も、この家に生まれたかったですわ」
「それは俺が困るな。リリィさんと結婚出来なくなるじゃないか」
「あら、そうですわね。じゃあやっぱり、この家に生まれなくて良かったです」
二人でふふふ、と笑い合う。
「私、今が、人生で一番しあわせなんですの。
本当に、夢じゃないかと思うくらい。
だから、もう何処へも行きたくないし、王都なんて絶対に嫌なんです」
「リリィさんがしあわせで良かった。俺もめちゃくちゃ幸せだから」
何でもない日々を楽しく送れることが、一番しあわせなこと。
ふたりで笑い合える人が、隣りに居てくれて良かったな、と思う。