6.認めて貰える
リリィさんが辺境伯領へ来てから数日は、調子が優れないことも多かったし、寝込まない程度にぼちぼち活動していた。
王都にいた頃はストレスがかかりまくってご飯が食べられなかったこともあったみたいだし、無理はして欲しくないからな。
ちなみに、リリィさんは家へ来た時の記憶が全くないらしい。
ちょっと失礼な対応だったし、リリィさんらしくないなと思って言ってみたら、顔を真っ青にして両親と兄上に謝りに行っていた。もちろん俺にも。
幸いにも両親や兄上はきちんと理解してくれていたし、むしろか弱い女の子がそこまで衰弱するまで誰も助けないなんて、と怒っていた。
そうして過ごしていたある日、俺が仕事から帰ってきたら、執務室で父上とラファエル兄上が激論を交わしていた。
「いや、一番に対策すべき相手が魔物だと言うことは分かっておる。
しかし、それは治水をしなくて良いことにはならないだろう」
「しかし、父上!
最近の魔物は特に凶暴化するものがちらほらと現れているようです。
領地の防御力を上げるためにも、飛竜にもっとお金を使うべきです」
飛竜っていうのは、飛べる魔物を人間が使役できるように躾したやつらのことだ。
俺たち竜騎士が乗っているのも飛竜だな。
空から攻撃できるのは圧倒的なアドバンテージになるから、対魔物戦での要と言える。
まあ、二人が議論しているのはいつものことだし、と聞き流していると、いつもとは違う声が聞こえてきた。
「治水をしなくて良いことはありませんが、ここまで大規模な堤防を築く必要はあるでしょうか?」
リリィさんの声だと気づいたから、執務室に入った。
父上とラファ兄上は普段なら絶対に入ってこない俺が入ったから驚いていたけど、俺にとってはリリィさんの近くに居られる方が大事。
リリィさんもチラッとこちらを見てくれたけど、そのまま三人で議論続行。
「この辺りは十年に一度程は川が決壊して周りの田畑がダメになる。
毎年ではないから堤防が作られていないが、被害が出るのは確実だろう」
父上の言葉に、ああ、あそこの事か。とは思ったけど俺に言えることは特にない。
部屋に入ったものの、することもない俺は手慰みにお茶を淹れて配ったりしてみた。
「これは南の方でされている対応ですのでこの辺りで使えるのかどうかまでは分かりませんが」
少し考えこんでいた後、そう前置きしてからリリィさんが話し始めた。
「わざと堤防や川べりを切れやすくしたところを作って、その周りを例えば牧草地のような、あまり手間のかからず被害の少ない使い方をします。
川が増水したらそこが水に浸かるだけで田畑や家は無事で済みます」
「……なるほど!」
父上がここまで目を輝かせることも少ない、というほど感動している。
「いえ、環境も違いますので出来るかどうか……」
「しかし、方法を教えてくれただけでも充分だ。
我が領地は、土地だけは余っている。
ほかの土地へ移すための開墾は難しいだろうが、堤防を築くよりは簡単だし、生産性もある。
良いアイデアをくれてありがとう」
「こちらこそ、私ごときの話を聞いていただいてありがとうございます」
「やはり、王都で学んだ人は違いますね、父上!」
ラファ兄上も喜んでいるし、俺にも分かる程画期的なアイデアだ。
二人から手放しで褒められて、リリィさんは嬉しい反面ちょっと照れくさい様子。超かわいい。
「お話の途中で申し訳ありませんが、私所用が出来てしまいましたので退室してもよろしいでしょうか?」
「ああ、どうぞ」
父上と兄上に促されて退室するかと思いきや、部屋の隅の椅子に座っていた俺のところへ来てくれた。
「ユーリさま、おかえりなさいませ!」
「ただいま、リリィさん。邪魔しちゃったかな?」
「いいえ、邪魔だなんて、とんでもない。むしろ、お待たせしました」
ああ、今日もリリィさんがかわいーなー! なんて見つめてたら、呆れ返ったラファ兄上の声が飛んできた。
「ユリウス、俺らを邪魔扱いする前に出ていけよ」
「兄上を邪魔だなんて思ってませんよ? 空気だと思ってるだけです」
「同じことだろ!」
「あはは! 怒られないうちに、失礼しまーす!」
冗談交じりに返してから、リリィさんを連れてとっとと部屋を出る。
「リリィさん、楽しそうだったね」
「ええ、私でも役に立てるというのは本当に嬉しいです」
「でも、リリィさんはとっても優秀だって聞いてるよ? 王都でも活躍していたんでしょう?」
俺は褒めようと思って言ったのに、リリィさんの顔は暗い。
「私は、王都でもきちんと仕事をしていたつもりですが、役に立つことはありませんでした
というか、誰も私の言葉を聞いてはくれませんでしたし、何か言ってもいつの間にか私ではない誰かの手柄になっていましたから」
「……えっ? そんな酷いことって、ある?」
「いくらでもありますよ? 私は王太子妃ですから。
私の手柄は王太子殿下の手柄になります」
暗い目をしてそう言うリリィさんを、俺は思わず抱きしめていた。
「これからは、絶対にそんなことさせないから!
どんなことがあっても、俺がリリィさんのこと、守ります!」
「ユーリさま、ありがとうございます。そう言って頂けるのが、とっても嬉しいです」
「父上や兄上たちだって、絶対に守ってくれるからね?
少しでも嫌な事があれば、すぐに俺に言ってください!」
「本当にありがとうございます。
今までは、何となくもやもやしていても、そんなものだと思っていたんです。私は王太子妃なので。
でも、違ったんですね。
自分のことを認めて貰えるって、こんなに嬉しいことなんだって、初めて分かりました」
「リリィさんは今までいっぱい苦労してきたんだよね。
その分、これからは俺にいっぱい甘えて欲しいな」
「ありがとうございます! ユーリさま、大好きです!」
腕の中のリリィさんは、とびっきりの笑顔で、ぎゅーっと抱きしめ返してくれた。




