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1.恋に落ちる

 




 「ごきげんよう……今日から、よろしくお願い致しますわ」



 彼女は我が家へ着くなりそう言った。

 全くよろしくお願いしようとはしていない、不貞腐れた態度と声音、死んだような瞳で。


 噂によると深紅の髪と新緑色の瞳がたいそう美しい方だと言われていた。

 実際そうだし綺麗だとは思うが、それ以上に疲れて草臥れきった雰囲気の方がはるかに気になる。



 「ああ、よろしく」



 これは予想よりも大変かな、などと思いながらも挨拶を返し、握手のために差し出した俺の右手は完全に無かったもののように無視された。


 さすがに、同席した父母へは挨拶を返していたけれどそれもかなり失礼なくらいにおざなりで。



 「部屋は、どちらに?」



 この屋敷の侍女、マリーに先導されて母屋に与えられた部屋に入って以降、誰もその姿を見ていない。






 まず、俺はユリウス・シュイッツラー。

 シュイッツラー辺境伯爵家の三男で、魔法騎士だ。

 濃い青色の瞳が現すとおり、水の魔法が得意で戦闘も味方へのバフもできるオールラウンダーな職種についている。


 我が家の領地は『辺境伯』の名前のとおり、王国の一番東側にあって、その向こうに広がる大森林と接している。

 この大森林には人間を襲う魔物も沢山住んでいるから、適当に間引きつつ共存するために騎士団があって、俺はそこで働いているんだ。


 両親と二人の兄がしっかりしているのを良いことに、自分の好きなことを仕事にしてるな。

 たまに『甘やかされたボンボン』と言われることもあるけど、そう言われない程度には魔物との戦闘で戦果を上げている。




 そして、件の彼女はリリアーナ・ティーリンゲン。

 直系では無いとはいえこの国の二大公爵家の娘で、いわゆる超お嬢様だ。


 いやもちろん辺境伯家だって身分は高いと思うが、レベルが違う。

 それに、彼女は『王太子妃』になるはずの人で、ちょっと前までは王太子の婚約者だった。


 幼いころから才女と名高く、イマイチぱっとしない今の王太子が王になった時も、彼女が居れば安心だろうと言われる程の逸材。



 そんな彼女が何故うちに来たかというと……

 俺の『婚約者』になったからだ!



 それだけ言われても何のことだかさっぱり分からないって?

 では、説明してあげよう。



 面白おかしく脚色されて出回っている噂を統合すると、要するに


 ・王太子に、気になる女の子が出来た。

 ・その子を正妃にしたいから、リリアーナとの婚約を破棄した。

 ・リリアーナが邪魔だから、新しい縁談にかこつけて王都から追いやった。



 みたいな感じだ。

 どこの出来の悪い物語だ、って感じだけど、実際に起こっちゃったんだよなぁ。


 まあそれは派閥のパワーバランスとか色々あるんだけど、今の俺にとっては重要じゃない。



 今一番大事なことは、どうやって彼女に元気になってもらうか、それだけだ!


 だって、彼女は俺の婚約者なんだぜ?

 やっぱり元気でいて欲しいだろ。


 騎士団でも、元気のないやつが居ればみんなで元気づける、これは当たり前だ。







 と、いうわけで!

 早速リリアーナちゃんを元気づける方法を考えたいと思います!



 「マリー? ちょっといいか?」



 「どうなさいましたか、ユリウス坊っちゃま」



 彼女はマリー。この家に長く仕えてくれている侍女で、俺も常日頃から大変世話になっている人だ。

 その分俺を子ども扱いしがちでもあるけどな。



 「リリアーナはまだ部屋から出てこないのか?」



 「ええ、そうですわね。ですが、王都では様々な事があったとお聞きしておりますし、ゆっくりとお休みになりたいのではありませんか?」



 「なるほど。寝るのは大事だな。

 ゆっくりしてもらおう」



 ふう、危うくリリアーナの部屋に突撃する所だったぜ。やっぱりマリーの意見は参考になるな。

 まだ昼前だけど、ゆっくり寝てもらおうじゃないか。








 そして、俺は騎士団の詰所へ行ってみっちりと鍛錬をこなしてから帰宅。


 もうすぐでディナーの時間だなー、と浮かれていたのに、マリーによると彼女はまだ部屋から出てこないらしい。



 「リリアーナさまは結局ランチもお召し上がりになりませんでした。

 このままディナーも食べられなかったら、体調を崩されるのではないかと心配で……」



 「それは良くないな!

 ご飯を食べないと元気は出ない。

 一緒にディナーを食べようと誘ってくるよ!」



 リリアーナの部屋の扉をコンコンコンとノックする。



 「リリアーナさんー? ディナーの時間ですよー?

 俺と一緒にご飯を食べませんかー?」



 呼びかけてみたけどダメだった。

 騎士団仕込みのデカい声だから、聞こえてないことはないと思うんだけどなぁ。


 色々言ったけどあんまりにも反応がないから、ちょっと無調法だと思いつつも扉の隙間に耳を付けて中の様子を伺ってみる。



 ……ぐす、ぐすん。



 泣いてる、だと!?



 女の子がひとりぼっちで泣いてる、それはダメだ!

 どうしよう、何とかしないと……!



 考えるより先に身体が動いていた。



 ドゴーーーン!!



 凄まじい音を立てて、扉が吹き飛んだ。



 「きゃあああ!?」



 響き渡る女の子の悲鳴と共に、俺の目には大きく開け放たれた窓辺に立つ彼女が映った。


 その姿がとても頼りなさげで、そのままふらふらと窓の向こう側へ吸い込まれてしまいそうにすら見えた。



 「死んじゃだめだ!」



 そう、咄嗟に叫んでいた。

 大きな心の傷を負った人の中には、衝動的に高いところから飛び降りてしまう人もいる、と。

 それを知っているから尚更そう見えたのかもしれないけれど。



 気づいたら、彼女を抱きしめていた。

 青白い肌は夜風に当たり続けたせいか冷えきっていて、ひっくひっくとしゃくり上げる肩は震えている。

 せめてこれ以上冷えないようにと俺の身体で窓からの風を受けられるように立った。



 しばらくそうしていると、

 「ありがとう、ございます……」


 彼女がぽそりとそう言った。



 泣き腫らした目だけじゃなくて、頬や耳まで真っ赤にした顔が、場違いだけど超可愛かった。



 …………いや、冷静に考えて?

 王都の華やかな社交界の中でも特に超綺麗で美人だって評判の女の子が、いま、俺の腕の中にいるんだよ?


 少し気が強そうにつり上がった翠玉の瞳とばっちり目があってるんだぜ?



 「あの、どうされました……?」



 目を見つめたまま固まってしまった俺を不審に思ったのだろう、彼女が声をかけてくれるけど。



 「いえっ、いえっ、すみませんっ!」



 なぜだかそのままで居られなくなって、おれは飛び退るように離れてしまった。


 ……それでも、まだ、さっきまで触れていた、彼女の柔らかな二の腕の感触が手のひらに染み付いているようだ。



 抱きしめるところまでは無我夢中だった。

 それからしばらくの間も、彼女のことが心配で心配で仕方なかった。



 その時は全然意識してなかったけどさ。

 今、耳まで真っ赤にして俺を見つめてくれている彼女は、本当に可愛すぎる。



 恋に落ちる、って正しくこういうことを言うんだろう。




 ……俺、これからどうしたらいいんだっ!!!


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