生きていくのはつらい
夏休みには、よく海に連れて行ってもらった。それは、まだ小学校に入ってもいないころだったか。砂浜で隣にテントを張っていたおじさんがサザエをくれた。どうやら、目の前の海でおじさんがとって、余ったものだったらしい。父と母は、おじさん家族と炭火で焼いたサザエを食べて感動していた。私も食べたが、とても硬くて、飲み込むのに一苦労だった。しかし、両親がとても喜んでいるので、これはお礼をしなければと私は思った。その日、砂浜で見つけた、キラキラ光るガラスの破片をおじさんにあげた。
おじさんは嬉しそうにそれを受け取ると両親に聞こえないように私に言った。
「ありがとう。お嬢さん。お礼に一番おいしいサザエの食べ方を教えてやろう。」
そういうとおじさんはもう一つ大きなサザエを取り出してきた。そして、どこからか大きな岩を二つ用意した。次の瞬間、ゴキンっという音とともに、サザエは粉々になった。叔父さんは身の部分を取り出し、海水で雑に洗うと、私にその身を手渡してきた。
私は恐る恐る、サザエの身を食べた。おぼれたかと思うほどの海の味がした。
大人が、本気で岩をぶつけている姿はかなりトラウマものであったが、私は今でも、陸にいながらおぼれたようなあの味を忘れられないでいる。
「―――だから、セットにするならナゲットもえらばせてって。
チェンさん、聞いてますか?」
「ん? ああ。確かに私も仮面ライダーといえば、菅田将暉よりも佐藤健だと思うよ」
「えっ? なんの話ですか?」
「あー、ごめん。やっぱり、ちゃんと聞いてなかった」
「寝不足ですか?」
「あーうん。そんな感じかな? すっごくだるいんだ」
「だったら、無理に話しかけてもらわなくても大丈夫ですよ」
「いや、全然。無理じゃないんだ。
たまたま、私が薬局に用事があって、帰りに道に君が見えたから、話しかけた。
それだけの話さ」
「そりゃ僕だって、チェンさんに会えるのは楽しみですけど・・・」
「だったら、もっと嬉しそうにしてくれよ。傷つくだろう」
「・・・もういいですよ。今日はこれで終わりにしましょう。ジャッキーも家に置いてきているので」
「ごめんね。悲しい思いをさせてしまったかい?」
「そういうことじゃないです・・・」
「どうかしたのかい? 少年?」
「チェンさん。もうあんまり話さないことにしませんか?」
「いやだ。」
「なんで、ですか?」
「理由なんて、特にないよ。もしも、この街で買い物をしている少年に出会ったら、私は少年に話しかける。その時にはきっと、私は別の素敵な仕事をしていて、筋肉質な彼の腕につかまって、結婚指輪なんかしちゃったりして、君と話すんだ。あの時は、ありがとうね。って、言って、意味深な話をするんだよ。
少年はそのあとで、一緒にいた少年の友達に、からかわれて・・・」
「チェンさん? どうしたんですか?」
「頭とかくしゃくしゃにされて・・・私が女友達に嫉妬なんかされちゃって・・・」
あー、これはだめだな。もう、救急車呼ばなきゃ、だめだ。
「少年。家に帰りな。私は君が見えなくなったら、救急車呼ぶからさ」
「なっなんで、ですか? 僕が今呼びますよ。待っててください」
「救急隊員の人になんて説明するの? 重症だった時の手続きとかできるの?」
「やめてください。」
「私の家族とか友達とかの連絡先とかわかるの?」
「適当なこと言って!子ども扱いしないでください!」
「子ども扱い、したいんだよ。大人になりたいんだ。」
「泣かないでくれ。君が行ったらすぐに救急車を呼ぶよ。
大丈夫だったらさ、海に行こうよ。一応、免許持ってるから、レンタカーで行こう」
「ここで、待ってます。ジャッキーも連れて行っていいですか?」
「もちろんさ。だから、1週間ぐらい待っててくれ。」
少年は涙を拭いて、うなずくと、足早に公園を出て行った。私は少年を見送ると、すぐに119番に電話した。
最近は少年に悪いことをしてばっかりだな。あんなに純粋で大丈夫だろうか。海に行ったときは、思いっきり甘やかしてやろう。期せずして、楽しみなイベントができてしまったな。保護者さんに、何も言わずにっていうのは、怖いから、どうにかして、連絡とる方法を考えなくちゃいけない。私は大人だから。
しかし、今はそんなことよりも、おなかが痛い。動けない。意識が遠のきそうだ。死ぬほど痛い。というか、死ねる。いつもはこんな感じじゃないのになぁー。
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