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引きこもりの彼と無職の私  作者: 梅丘泰芽
好きなものを好きという。
3/21

生きているので、どうにもならない欲もある。

うちの高校には全校生徒が一度は使ったことがあるであろう店がある。私たちはそれをマエミセと呼んでいた。正門を出て桜並木がある坂を5秒で降りると店に到着する。カップラーメンから文房具までそろえられたその店は、放課後はそれなりの人だかりができる。


私たちバスケット部も練習が終わると何人かの生徒で、マエミセによく立ち寄った。私はお金があるときはそこでアイスを買い、お金がないときは駄菓子をいくつか買った。大体の部員が大体そんな風に頭を抱えながら、同じようなものを買って、食べながら帰り道についた。


そんな中、われらが尊敬するバスケット部キャプテンはいつも、ちょっと高いラム酒入りのチョコを買いみんなに分け与えてくれた。あの店でそんなものを買うのは彼女ぐらいではないかと思っていたが、噂によると彼女の彼氏が好きなチョコなのだそうだ。


彼女と彼は学年で有名なカップルだった。野球部のキャプテンとバスケ部のキャプテンであり、二人とも運動も勉強もよくできた。しかし、二人の様子は全く鼻につくような感じではなかった。予備校のパンフの表紙でも飾れそうな二人で、「清く正しく」とはあのようなことをいうのだろう。


部活をサボってしまった日があった。何も寝坊をしたわけではなく、ふと特急列車がどういうものか知りたくなって、いつもの駅から出ている別の電車に乗ってしまった。慌てて我に返り、次の駅で降りた。ケータイで顧問と母にしこたま怒られた。


その駅には、野球部の彼がいた。そうか、この駅は彼の使っている駅だったのか。彼の隣にはいかにもお姉さまな恰好をしたやつがいた。いやなものを見てしまった。駅にいた二人と私の距離はかなり離れていたけれど、二人からは嫌な臭いがした。吐き気もした。そして、自分が意外と潔癖であることを私は知った。


そのまま部活をサボった私は、駅中にあるコンビニでラム酒入りのチョコを買って家に帰った。あのチョコは本当に彼の好物だったのだろうか。



このチョコはうまい。あたりだ。

久しぶりに午前中に起きることができた。なんてすばらしい日であろうか。何でもできる気がしてくる。しかも、私の心は意味もなく穏やかである。

そして、今日私は無職の禁忌を破ろうとしている。というか、もうほぼ破っている。


ビールを買っちゃいました。平日の昼間に買ってしまいました。

発泡酒ではありません。私のコンビニ袋に入っているのは、苦めのチョコと塩気の強いナッツとビールです。ビールなのです。


問題はこのビールを飲む場所である。部屋で飲んではならない。

うっかりすると罪悪感で一週間は部屋から出られなくなってしまう。

このテンションに任せなければならない。

そうなると選択肢は多くなく、公園に向かう。


少年とドーベルマンはすでに公園のシーソーに座っていた。

今日の私は覚悟を決めていた。この公園に来ることはコンビニに行った時点で決まっていた。なぜなら、ビールを買うと決めていたからだ。

そのために、今日はコンビニに行くだけなのにスキニーをはいてやった。

胸を張り堂々とシーソーに向かった。

よし、はじめて少年に話しかけるぞ。少年の隣のシーソーに腰掛ける。

いつも通りドーベルマンは私の正面に座りなおして、私をガン見する。


そのドーベルマンの目が私に正気を取り戻させてしまった。

ビールを持った無職の女が未成年に話しかけるのは何かに引っ掛かりはしないだろうか。


私が一瞬のためらっていると少年に先手を取られた。

少年のぶかぶかTシャツには背中には私が行きたかった音楽フェスのロゴが入っていた。


「昔読んだ本に、『セックスするのと、二人して大泣きするのは同じ』って書いてあったんですけど、本当ですか?」

「君はセックスをしたことあるの?」

「ないです。童貞です。」


「人前で大泣きしたことはあるの?」

「ないですね。一人の時に布団にくるまって大泣きします。」

「君は一人が好きなのかい?」

「そういうわけではありませんが、積極的にかかわろうとは思いません。

 オナニー野郎だって言いたいんですか?」


「そういうことじゃないよ。確認作業さ。

君はその本を読んだときに何か引っかかりがあったんだろう?」

「セックスがそんなに感情をさらすものなのかと、怖くなったのかもしれません。」

「そうだね。そういう一面はあるだろうし、その点でいえばその小説の言っていることは間違ってない。」

「それじゃあ、この会話もセックスですか。」

「建前でがちがちに飾っていないのなら、そうかもしれないね。」

「それじゃあ、僕は一生このままかもしれませんね。」

「たとえ、結婚していたって、そんな人はたくさんいるさ。」



「お姉さん、仕事をしていないんですか」

「してないよ」

「僕は、学校にいっていません」

「そうなのかい」

「この犬はジャッキーです」

「ほう」

「お姉さんの名前を聞いていいですか」

「知り合いに昇格だ」

「僕の名前は言いたくありません」

「それじゃあ、私の名前はチェンだ」

「また、話せますか」

「少年、気長にいこう。チョコ持って帰りな。」



少年はチョコを受け取ると勢いよくシーソーを立って、私に一礼してから、興奮気味に早足で公園を出て行った。ジャッキーも今日はおとなしく少年についていった。


少年が公園を出るのを見て、ベンチに座りなおした。ビールの缶を開ける。

ビールは思ったよりもぬるくなっておらず、冷たさを残していた。

一気にのどに流し込む。


今日は気分が悪い。私の潔癖はいつの間にか失われていた。

平日の昼間に飲むビールはそれほどうまくなかった。


昼ご飯はカレーにしようと思った。

この気持ちはガツンとスパイスで吹き飛ばさなければならない。


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