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引きこもりの彼と無職の私  作者: 梅丘泰芽
好きなものを好きという。
2/21

何もしなくても食べていけたらいいのに。

小学校のころ、不思議な同級生の男の子がいた。彼は授業に出ていることはまれであった。いつもグラウンドの端にある草むらで何かを探していた。何か虫を探しているのかと聞いたことがあるがそういうわけではないらしい。傍らにはいつも優しそうな男の先生がついており、その先生は時々顔にけがをしていることがあった。しかし、私の記憶には彼が乱暴者であるという印象はない。


給食の時、彼がお米を食べているところを私は見たことがなかった。しかし、麺は食べていた。パンは食べない。牛肉は食べない。鳥は食べる。豚は食べない。野菜は緑色のものは食べるが、それ以外は食べない。


彼と話したことはないが、彼は今頃何をしているのだろうか。大学の教授とかになっているのだろうか。意外と普通にサラリーマンをしているのだろうか。ただ、私は彼を憎からず思っていたような気がするので、今の私のようにはなってないことを祈る。


平日のおやつ時に公園のベンチでうなだれている無職にはなっていてほしくない。



ラーメンを食ってやった。白湯なんておしゃれなものじゃない。ニンニクをしこたま入れたラーメンを食ってやった。しかも、昼の1時に起きて、真昼間の2時過ぎてから食ってやった。しかも、唐揚げとごはんをつけて、替え玉までしてやった。チャーシューでご飯を食べてやった。


やめとけばよかった。一歩も動ける気がしない。ブランコなんて乗れるわけもなく、ベンチに座ってしまった。動ける気がしない。せめてもの抵抗で横にならないのは、せっかく来ているお気に入りのリネンのシャツを汚さないため。


本当は、はやめる前に田辺さんが言っていたチャイのおいしいベトナム喫茶に行くはずだったのに、なぜ私はこんなにも苦しんでいるのだろう。だから、仕事してないのだろうか。


だめだ。ラーメンの後悔と無職の不安をまぜてしまった。そういうのはよくない。それをしてしまったら仕事を辞めた意味がないし、無責任だ。

あきらめて寝転ぶことにしよう。幸いにこの公園に、子供を連れてくるママさんはいない。大きな公園が近くにあるのだからみんなそっちに行くに決まっている。


寝転ぶという固い決意を実行に移すために顔を上げるとそこにはドーベルマンがいた。

ミスった。そもそも今は3時ごろだ。予想がつかないわけではなかった。散歩のゴールデンタイムといっても過言ではない。


少年は私の隣のベンチに座っていた。私のベンチから少年のベンチまではかなり距離があるはずなのだが、ドーベルマンは私の真正面に座っている。そんなにも長いリードはリードとして役目を果たしてないんじゃないか。


少年は正面を向いたまま話を始める。ドーベルマンはじっとこちらを見ている。子のドーベルマンは私のことを好きなんじゃなかろうか。


「寝る前のベッドの中って変なこと考えますよね。」

「あー、宇宙とか、未来とか、価値観とか」

「あの時間ってすごく幸せじゃないですか?」

「わからなくもないかな」

「すごい人間っぽくないですか。」

「まぁ、疲れてない余裕のあるベッドのなかに限るけどね。」


「価値観が一番好きですね。」

「好きそうだ。」

「結局はつらくなるので、逃げるように寝にかかるんですけど。」

「それじゃ、やめといた方がいいかもね。」

「でも、あの時間が僕を作っている気がするんですよ。」

「それは君の気のせいだよ。」

「……馬鹿にされてますか」

「いいや。

君はその時考えたことを朝まで覚えているかい。」

「いいえ。」

「朝起きたら、無条件に気持ちよく起きてしまってはいないかい。」

「すごくむなしいですね。」

「幸せなんてそんなものさ。」


「お姉さんは、よく主語が大きいって、言われませんか。」

「恥ずかしい思いをさせないでくれ。」

「あれってどういう意味なんでしょう。」

「まだ私をはずかしめるのかい。」

「気分がいいです。」

「それはよかった。」


少年は立ち上がり、公園を出て行った。今回は少しうれしそうに、弾むような足取りで公園を後にした。少年はきっと毎日早起きなのだろう。彼からは暗い雰囲気を全く感じない。しかし、さわやかという感じでもない。歩くその背筋はピンと立っている。


私は胃の中に大量の小麦と油が入っているので、終始前かがみだった。やはり、見た目は服だけではないなと感じたので、私も立ち上がる。ベンチで横になるのはよくない。やはり、家のベッドで横になるのが一番だ。


お姉さんと呼ばれて、気分がいいので、帰りにコンビニで高いアイスコーヒーと高いアイスを買って帰ろう。アイスを食べるのは夜になるだろうが、気分がいいのでなんでもいい。


しかし、このドーベルマンはいつまで私の前にいるのだろう。ドーベルマンの首につながれたリードは公園の出口にまっすぐと伸びていた。


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