自殺しようとしている女の子に「死ぬ前にヤらせて下さい」と必死にお願いしてみた。
思春期の男子などは、四六時中えちえちなことを考えているものだ。そういう俺も例に漏れず、えちえちなことばかり考えている普通の男子である。
高校に入ってから今日にいたるまで、少しでもいいなと思った女子には片っ端から告白するも全て玉砕。女子達からは発情サルと揶揄されるようになってしまった。
8月31日、高校生活2回目の夏休みの最後の日。結局今年もヤれなかったな……。せめてイチャつくカップルでも覗いてくるか。
近所にある逢瀬の名所の森林公園に向かう。時刻は夜の9時過ぎだ。普段ならイチャつくカップルが何組かいるが、今日は誰もいない。仕方がないから帰るか……、と思ったとき一人の女が鞄を持ってウロウロしているのを発見した。男と待ち合わせか? 俺は隠れて様子を伺う。すると茂みの中に入っていくので俺もこっそりついていく。
女は鞄からロープを出し、太めの木の枝に括り付け輪っかを作った。アレ? これって……。俺は女に近づき声を掛けた。
「あのー、何してるんですか?」
暗い為、表情を窺うことはできないが、俺の方を向いたその女は慌てているように見えた。
「べっ、別に何もしてません」
「もしかして自殺とかしようとしてません?」
俺の問いに、その女は若干キレ気味に返す。
「だったらどうだって言うんですか? 放っておいて下さい」
「いや、どうせ死ぬならその前にセックスさせてください」
「は?」
「だから、死ぬ前にヤらせて欲しいなと……」
「バカなんですか? 気持ち悪い」
「すいません。バカなんです。お願いします」
女は嫌悪感を露にして俺を罵る。でもこの程度で諦めないからね。俺が食い下がると、女はふぅ、と息を吐き、面倒くさそうに言う。
「……いいですよ。私の顔を明るいところで見て、同じことが言えたらセックスでもなんでもどうぞ」
「え……本当ですか? ぜひぜひ」
女はロープを鞄にしまい、街灯の下に俺を連れて行く。LEDの街灯は明るく、その下でははっきりと女の顔が見える。
顔全体にニキビがあり赤みを帯びている。それを隠すように髪は長い。ニキビの痕ができているわけではないので、きちんとケアすれば治りそうだな……。体型も太っているとまではいかないが、ぽっちゃりか。
女は俯きながら小声で俺に聞く。
「こんなブスでもよければヤりますか?」
「全く問題ありません。ヤらせて下さい」
「は?」
「そういうの気にしない方なので、ヤらせて下さい」
「いや、でも……。私とヤりたいんですか?」
「さっきからそう言っています」
女はあきれたのか、諦めたのか、ため息をついて頷く。
「いいですよ。なら私の家に付いてきて下さい」
「え? もしや美人局?」
「こんなブスが美人局なんかできるわけありませんよ。私の両親は仕事でずっと家を空けています。安心して付いて来て下さい。 橘直矢君」
「俺の事知ってるの?」
「橘君はクラスでも有名ですからね。女子に片っ端からヤらせてとお願いする節操の無いサルだと」
「ヤらせてってお願いしてるんじゃなくて、好きって告白してるんだけどね。もしかして同じクラスの人なの?」
「そうですよ。神谷雪です」
「うーん」
「分かりませんか? まあいいです。私の家に着きましたよ」
しばらく神谷に付いて行くと、俺の家の近くにある豪邸に着いた。
「もしかして神谷ってお金持ちのお嬢様?」
「そうとも言えます」
「そんなことより早くヤりたいな」
「……私の部屋に行きましょう」
二人で神谷の部屋に行く。部屋の明かりを消し裸になりベッドに横になった神谷の上にゆっくり乗る。
抱き合ったりキスしたりするわけじゃないけど、ヤることをやる。常に持ち歩いているゴムを使う時がくるとは素晴らしい日だ。自分でしごくよりもずっと気持ちよかった。
終わった後、神谷が涙を流しているのに気が付く。
「どうしたの?」
「すっっっごく痛かった」
神谷は恨めしそうな顔で俺に抗議の視線を向けている。慌てて俺は頭を下げた。
「ごめんなさい。でも俺は気持ちよかった」
「……そうですか。良かったですね」
「あの……やっぱり自殺するの?」
「なんでそんなこと聞くんですか?」
「えっ、またやりたいから」
「クズですね」
「じゃあなんで死にたいの?」
「私なんて死んでも誰も悲しまないから」
「俺は悲しいよ」
「やりたいだけでしょ?」
「テヘ」
「本当にクズですね」
「やっぱり8月31日に自殺するってことは学校行きたくないの?」
「……」
「俺も行きたくないな、宿題全部終わってない」
「じゃあ一緒に死にますか?」
「ヤダ、死んだらセックスできない」
「そればかりですね」
「そうだな……。俺のお願い聞いてくれたから、俺も神谷のお願い聞くよ。死ぬとか以外でね」
「私を守って」
「ん? 守る?」
「いえ、冗談です。忘れて下さい」
「いや、守るよ。どうしたらいい?」
「……私とずっと一緒にいて」
「いいよ」
「軽いですね?」
「俺も両親が仕事でほとんど家に帰ってこないからちょうどいいよ」
「学校でも私と一緒にいることが出来るんですか?」
「まあ、授業中とかは無理だろうけど可能な限り一緒にいるよ」
「そうですか」
「俺家が近くだから明日の朝迎えに来るよ。何時頃がいい?」
「……」
「あ、今夜一緒に寝る?」
「一晩中ヤられても困るので今日は帰って下さい。明日7時半に来て下さい」
「分かった、じゃ、また明日ね」
神谷の家を後にした俺は、初体験の余韻に浸りながら帰路についたのだった。
* * *
翌朝7時半に神谷の家のインターホンを鳴らす。なんというかそわそわしてしまうな。
少しして出てきた神谷と一緒に登校する。二人で教室に入ると男子に声を掛けられた。
「あれ、お前神谷と付き合ってるの?」
俺の友人、岩城海だ。イケメンで彼女あり。もちろん経験済みである。
「付き合ってないよ。ヤらせてくれた代わりに神谷を守ることになったんだ」
「マジか……」
岩城は驚いたような、あきれたような顔をしている。
「そうそう、お互い初体験同士だったんだけど、神谷がすごく痛がって……」
「それはな……」
岩城に昨夜の出来事を話すと、アドバイスをくれた。
* * *
始業式とHRが終わり一緒に帰ろうと神谷に視線を向けると、女子三人組が神谷に話しかけている。見るからに感じが悪い。なるほどそういうことかと思いつつ近づいていく。
俺は「神谷、帰ろー」と大きめの声で呼びかけつつ、神谷の手を握り連れて行こうとした。すると三人組のリーダー格の、川角絵里が俺の方を睨みつけてくる。
「ウチら神谷と先約あるんだけど」
「すまんな、急ぎなんだ」
「あ? あんたら付き合ってるの?」
「付き合っては無いけど」
「じゃあなんでそんな奴にかまうんだよ?」
「ヤったから」
「は? お前マジで女なら何でもいいのかよ。ウケる」
「フッ君達のようなお子様にはセックスの良さが分からんか。うんうん」
「は? そんなブスとヤって調子乗ってるのか?」
川角達があきれているうちに、さっさと神谷の手を引いて逃げる。逃げ切ったところで神谷が小声で抗議する。
「別にあんなこと言わなくていいのに」
「あんなこと?」
「私と橘君がヤったってこと」
「いや、なんか自慢したくて」
「相手が私なのに?」
「うん、そうだよ。なんで?」
「もういいです」
「じゃあさ、今日も……」
神谷は、ハァとため息をつく。
「いいですよ、今から私の家に来てください」
今からヤれると思うとつい頬が緩んでしまう。俺は「はーい」と浮かれた返事をした。
* * *
帰り道にドラッグストアに寄って、潤滑ローションなるものを購入した。岩城の入れ知恵だ。
神谷の家に着くと早速ヤらせてもらう。装着したゴムに、こっそりと潤滑ローションを塗ると昨日よりスルっと入った。
「今日も気持ち良かった。ありがとう」
「……」
「どうしたの? やっぱり痛かった?」
「昨日程は痛くなかった。でも別に気持ち良くないです」
「シャワー浴びてこようか」
「一緒にですか?」
「ずっと一緒に、ね!」
「……わかりました」
俺達は二人で風呂場に向かう。俺は現在賢者モードなので、女子の裸にも動じたりはしない。
シャワーを浴びて、神谷の様子を見ていると顔をゴシゴシとこするように洗っていた。
「そんなにゴシゴシ洗うと肌が痛むよ」
俺は洗顔フォームを手に取り泡立てる。そして、モコモコの泡を神谷の手のひらに乗せた。
「泡を伸ばすように、こすらず洗うといいらしいよ」
「そうなんですか?」
「うん、こすりすぎると肌が痛んで荒れるんだって」
「……やってみます」
泡を流して、二人で風呂場から出る。すると神谷はバスタオルで顔をゴシゴシ吹き始めた。
「基本、ゴシゴシするのは肌を痛めるよ。ポンポンと押さえるようにして拭いてみて」
「え、ええ、分かりました」
二人で服を着た後リビングに向かう。神谷は何か錠剤を呑んでいる。
「何か薬飲んでるの?」
「肌荒れ対策にビタミンCの錠剤を飲んでいます」
「肌荒れ対策はビタミンCもいいけど、ビタミンB群の方がいいよ。B1、B2、B6、B12、ナイアシン、パントテン酸とか」
「なんか、妙に詳しいんですね。家に無いので買ってきます」
二人で近所のドラッグストアに行く。神谷はビタミン剤とニキビ用の塗り薬を買っていた。神谷は肌荒れに化粧水を塗っていたので、薬の方がいいよと言ったら素直に聞いてくれたみたいだ。
俺はゴムを3箱セットになっているのを買った。
「ヤる気満々ですね」
「分かる?」
「そんなもの3箱も買っていたら分かりますよ」
「今日は神谷の家に泊まっていってもいい? 俺の家近くだから着替えとかとってくるよ」
神谷はハァとため息をつく。
「いいですけど、明日も学校なのでほどほどにしてくださいよ」
俺の家に着替えと学校に持って行くものを取ってから神谷の家に戻った。
神谷の家に着くと、ひとまずリビングのテーブルで神谷は勉強を、俺は終わっていない夏休みの宿題をする。
ふと神谷を見ていると、シャープペンを持っていない方の手で、常に顔を触っている。
「あんまり顔を触らない方がいいよ。炎症が悪化したり、手のバイ菌が付いたりするよ」
「無意識に触ってしまって……」
「じゃあ俺が左手を持ってるよ。」
神谷の左側に座り、俺の左手で神谷の左手を掴み俺の膝の上におく。俺はそのまま右手でシャープペンを持ち宿題を続ける。
「そんなことされてたら、集中して勉強できません」
「気にしない、気にしない」
俺は神谷に微笑む。神谷はハァとため息をついて仕方なく勉強を続けた。
しばらく勉強して、時刻は6時。お腹が空いてきたな。
「神谷、夕食どうする?」
「いつもは自分で準備していますが」
「俺と一緒に作ろうか?」
「料理できるんですか?」
「多少ね」
二人で夕食を準備することにする。米を洗って炊飯器にセットする。神谷は、ほうれん草の胡麻和え、キュウリの酢の物、レタス、水菜、などの葉物野菜のサラダと野菜ばかりのメニューを作っていた。
「ダイエットの為に野菜中心の食事をしています」
「たんぱく質を取らないとカロリー燃えないよ」
俺は、豆腐の味噌汁と、豚の生姜焼きをサッと作る。
「豚肉に含まれてるビタミンB1は代謝に関係する栄養素だから、野菜だけよりむしろ痩せやすくなるらしいよ。それに、限られたものだけを食べるよりいろんなものを食べた方が、バランスよく栄養を取れるから健康的なんだよ」
「そういうこと、なんか変に詳しいですね」
「趣味だから」
「ヤること以外に興味があることもあるんですね」
「健康体で、楽しくセックスしたいよね」
「ハイハイ、分かりました」
ダイニングのテーブルに配膳して二人で食べる。いつもは一人で食べているので、なんとなく楽しい気分だ。
「神谷の作った胡麻和えと、酢の物美味しいね。女の子の手料理食べたの初めてだよ」
「……それはどうも。橘君の作ったみそ汁としょうが焼きも美味しいですよ」
「ありがとう! 作った料理を美味しいって言われると嬉しいね!」
食事のあと二人で食器のかたずけをする。なんか同棲カップルとか新婚さんってこんな感じなのかななどと思いながら食器を洗った。
その後少し勉強をした後、風呂に入る。今は賢者モードじゃないので一人ずつ入った。風呂から出て神谷の部屋に二人で行く。部屋に入ったところで俺は神谷に声を掛ける。
「運動しようか」
「……いいですよ」
神谷は部屋の電気を消そうとする。
「ちょっと待って、ヤる前に日課のストレッチと筋トレを少ししたいなと……。一緒にやらない」
神谷は黙って頷く。
柔軟、腹筋、スクワット、腕立て、プランクを二人でゆっくりとする。神谷も柔軟をするが、身体が固いようなので背中を手のひらでゆっくり押す。女の子の背中を触ってしまった。ヤることをやってるのにそんなことでドキドキしてしまう。
ヤらせてくれるとはいえ、好きでも無い男に触られるのは嫌だろうと思い、神谷には極力触らないようにしている。やってる最中は抱きしめてしまうが、文句は言われないのでギリギリ許容範囲だと思いたい。
ストレッチと筋トレが終わったところで、本日2回目のセックスをする。
「はぁ、すごく気持ちよかった」
俺の言葉に対して神谷は冷淡に応える。
「それは良かったですね。私は全く気持ち良くないですが」
好きでもない男としても気持ち良くは無いんだろうな……。少しの間、二人は無言になる。なんか気まずいな……。
俺が「今日は泊まって行ってもいいんだよね?」と確認すると神谷は「はい」と頷いた。
「俺、どこで寝よう? リビングのソファとか?」
「このベッドで一緒に寝ればいいでしょう。今更別々に寝る必要があるとも思えませんが」
「いいの? ありがとう」
こうして俺達は一緒のベッドで寝ることになった。
* * *
翌日、二人そろって登校する。教室に入ると例の三人組が冷やかしてきた。
「ブス女とサル男でお似合いだな」などと口汚くさんざく煽ってきたので、俺は軽く言い返す。
「お前ら、処女だからって羨ましいのか?」
三人組は目を吊り上げて激しく抗議してきた。
「何セクハラ発言してるんだよキメェな」
「じゃあ、あんまり騒ぐなよ。相手してやるのが面倒だ」
「ぐっ……!」
三人組は物凄い剣幕で睨んでくるが、俺と神谷は無視をする事にした。
その後も神谷が川澄達に絡まれないように気を付けていた。しかし、その後は絡んで来なくなったようだ。
俺と神谷は毎日一緒に過ごし、同棲同然で生活し毎日ヤるようになった。
* * *
神谷雪の視点
ベッドで横になる私の上に乗り必死に腰を振っている。何がいいのか全く分からないが、この男はこの行為に執着している。
夏休み最後の日に、初めてしてから毎日この男としている。はじめはとても痛かったが、今は全く痛くは無い。かといって気持ちいいわけでもない。
そんなことを考えながら目をつぶっていると、男の腰の動きが速くなり、私を抱きしめる腕の力が少し強くなる。
私の中で、薄いゴム越しに脈打つ感触がある。果てたのか。
その後、男は必ず脱力して私に覆いかぶさり頭を私の頭の横にうずめ、耳元で息を上げて言う。
「はぁ、凄く気持ちよかった」
私はそれを聞くと、私を抱いて気持ち良かったと言われたような気がして、背骨がゾクゾクしてしまうのを感じる。
しかし、この男は私を抱いて気持ちいいのではなく、ヤらせてくれる女なら誰でもいいんだと思うとなぜか妙にイライラするので私もいつも同じ言葉を返す。
「そうですか。良かったですね。私は全く気持ち良くありませんが」
実際、この男は私にキスをすることも無い、キスを求めることも無い。この行為以外で私を抱きしめてくれることも無い。いつも一緒にいるときは私を見つめてくれてはいるが、手を握る以上のスキンシップは無い。
都合のいい時にヤらせてくれる大事なセフレということなんだろうな……。
私としても、あのクソ女三人組から守ってくれるのはとても助かる。だからこれからも都合のいいセフレを続けようとは思っている。
でも、私の本心は……この男、橘直矢のことが……。浮かんできた言葉を首を振って否定した。
「今日は帰るよ。資源ごみ出さないと。新聞が溜まちゃって」
「そうですか、分かりました」
「明日は、7時半に迎えに来るよ」
「分かりました」
橘君は自宅へと帰って行った。
夜、腹痛でトイレに行く。生理か……。いつも生理は憂鬱だが、今回はさらに憂鬱だ。しばらくヤれないとわかると橘君はがっかりするんだろうな……。
* * *
橘直矢の視点
夜、溜まっていた新聞を縛りゴミ集積場に出してくる。暗い夜道を一人歩きながら、神谷は今頃寝てるのかな……などと考える。最近、俺は神谷のことばかり考えている。なんか放っておけないんだよな……。
翌朝、俺は神谷の家まで迎えに来て、インターホンを鳴らして少し待つ。出てきた神谷の顔を見ると、今日は少し顔色が悪いような気がする。
「おはよう。顔色悪いけど体調悪いんじゃないの?」
「ただの生理です。気にしないで下さい」
「そう……か」
男の俺としては触れにくい話題だ。
「残念なお知らせですよね。しばらくヤれません」
「そんなこと気にしないで! 神谷の体調の方が心配だよ」
「心配しないでください。私の場合1日目と2日目が辛いですがあとは割と平気ですから」
学校での1日が終わり、神谷と帰路につく。
「今日は自宅に帰ってください。ウチに泊まってもヤれないので」
「うん、分かった。でも何かあったら呼んでね。すぐに行くから」
「何かって、何ですか? 別に病気な訳じゃ無いんですよ」
「それもそうだね……」
神谷の家まで来たところで俺は「じゃあ、また明日迎えに来るから」と言って一人で自宅に帰った。
* * *
神谷雪の視点
スマホが気になって、何度もメッセージアプリを確認してしまう。何度見ても新着メッセージは届いていない。
「くそっ、ヤれない時はメールも無いのかよ!」
わざとらしく独り言を呟き、ソファーに向かってスマホを放る。
……分かってる。橘君は私のことをいつも気にかけてくれている。でも、メールを送っても私が塩対応するのが分かってるから、送ってこないのだろう。
「一人って、退屈だな」
呟きながらスマホを拾う。そして再びメッセージアプリを確認し、ため息をつく。
スマホの画面を見るといつの間にか「ちょっと来て下さい」と無意識にメッセージを入力していた。
来て、か。口実はどうする? 一緒に勉強しよう……、は不自然だな。ゴミ捨てに行って……、はなんか悪い気がするし。いっそ、一緒にいて欲しいとか言ってみる……?
無理無理! 首を左右に振る。はぁ、一人で何やってんだろ……。
一人でのたうち回っていると、送信アイコンに指が触れ、メッセージが送信されてしまった。そして、すぐに既読が付いた。
ど、どうしよ! 何かいい口実は……。思考を巡らせるも、なかなかいい口実が思いつかない。
その時インターホンが鳴る。
えっ、もう来たの? いくら何でも速すぎるでしょ!
私は口実が思いつかないまま、玄関のドアを開けたのだった。
* * *
橘直矢の視点
夕食を食べ終えテレビをぼーっと見ながら神谷のことを考える。大丈夫かな? 病気じゃないって言ってたけど、顔色悪かったし。
その時、神谷からメッセージの着信だ。慌てて確認すると「ちょっと来て下さい」か。何かあったんだろうか? 俺は家を飛び出し神谷の家に全力で走って行った。
神谷の家に着き、インターホンを鳴らす。玄関のドアを開けて神谷が出てくると、息を切らしている俺を見て質問する。
「なんでそんなに急いで来るんですか?」
「だって俺は神谷の事が大好……、大事だから」
危ない。大好きって言いそうになってしまった。もしそんな事を言ったらきっと「気持ち悪いですね。バカなんですか? ヤらせてあげてるからって勘違いしないでください」とかって冷たく言われるんだろうな。そうしたらこの関係すらも終わってしまうだろう。
神谷は俺を睨んでいるように見える。大事って言葉もまずかったのかな。
「大事なセフレですか。まぁいいです。少し調子が悪いので、ゴミを捨てに行ってもらえませんか?」
「何だそんなことか。すぐ行ってくるよ」
ゴミを捨てを終え、神谷の家に戻ってきて、再びインターホンを鳴らす。出てきた神谷に質問した。
「用事はそれだけ?」
「ええそうです」
「じゃあ、またあした」
「ちょっと待ってください。せっかくなのでお茶でも飲んでから帰って下さい」
俺は神谷の家に上がり、リビングに通される。俺は神谷が用意してくれたお茶を飲む。神谷はリビングのテーブルで勉強をしている。また、空いている手で顔をいじってるな。神谷の左側に行き両手で左手を捕まえる。神谷は目を見開き驚いたみたいだったが、すぐに平静に戻る。
「ああ、また左手で顔を触っていましたか」
俺は笑顔で頷く。神谷の手は俺より小さくて白い。すべすべしているので触っていると気持ちいい。俺はついスリスリとさするように指を動かしてしまった。
「何してるんですか? 気持ち悪い」
神谷に睨まれ怒られる。
「ごめん、神谷の手がすべすべしていて気持ちいいからつい……」
神谷は一瞬だけ俺の方を向いたかと思うと、すぐにノートの方に視線を向けた。
「……別に言うほど気持ち悪くもありません。好きにして下さい」
「あ、ありがとう」
俺はしばらく控えめに神谷の手をスリスリしてから自宅に帰った。
* * *
神谷が生理になったと言ってから7日たった。今日も二人で学校から帰っていると、神谷が俺に言う。
「もう生理は終わっているんですが、なかなかヤらせろと言ってきませんね」
「そうだったんだ。なんかそういうことを言うのは悪い気がして……」
「意外ですね。生理中でも構わずヤらせろと言ってくると思っていたのに」
「そんなに俺って鬼畜に思われてるのかな?」
「えっ、鬼畜ですよ」
「う、すいません」
「でも、今日はするんですよね?」
「出来たらヤらせて欲しいです」
「いいですよ、今から私の部屋に来てください」
神谷についていき7日ぶりのセックスをした。
* * *
――とある休日。
俺は、勉強している神谷の顔を見ている。最近は顔のニキビも減り、肌も綺麗になってきてるな。
「神谷って、髪の毛邪魔そうだね。美容院とか行かないの?」
「行ったことは無いです。いつも自分で切ってます。そもそも私は人に顔を見られたくないので髪を伸ばしているんです」
「でも、最近は神谷の顔は綺麗になってきているし、隠さなくてもいいんじゃない?」
神谷は「くっ」と声にならない声を上げ、俯き赤くなる。照れているのか?
「俺がいつも行っているところに行ってみる?」
「橘君は美容院で切っているんですか?」
「そうだよ、髪型にこだわりがあるわけじゃないけどね」
「なら床屋でいいのでは?」
「床屋だと顔剃りされるから。昔、顔剃りしなくていいて言ってるのに顔剃りされて、肌が剃刀負けしてひどい目にあったんだ。それからは床屋には行ってない。美容院って言っても、俺の行ってるところは気取った感じじゃなくて入りやすいよ。店長さんも気さくでいい人だし」
「そうですか……」
「よし、行こう」
特に嫌ではなさそうなので、二人で美容院に行く。店に入ると店長さんが笑顔で挨拶してきた。
「橘君、こんにちは」
「この子の髪を、可愛く整えて下さい」
「橘君の彼女?」
「いえ、セフ……」
神谷に半眼で威圧されて口を塞がれてしまった。俺は店長さんに苦笑いで頭を下げた。
「とにかくお願いしますね」
俺はしばらく座って待つ。「終わりましたよ」と店長さんの声が聞こえたので、神谷を見ると可愛くなっている。
なんとなく重たくもっさりした感じの長い髪型から、すっきりとサラサラな感じになっている。長さは肩にかからないほど。ボブというのだろうか? ……美人だ。
毎日俺とストレッチ、筋トレ、体幹トレーニングをしているからかスタイルも引き締まっている。もう一度上から下まで見る。あぁ美人だ。
俺が見惚れていると、神谷が「どうですか?」と恐る恐る俺に感想を求める。
「似合ってる。可愛いよ!」
俺が思った通りの感想を口にすると、神谷は無言で俯くが口元は緩んでいるように見えた。
見た目は気にしないと言いつつも、美人には余計に発情してしまうのは男の性なので、今日はいつものセックスよりも気持ち良かった。
* * *
――月曜日。
明らかに美人になった神谷は、クラスのみんなに注目される。神谷があんなに美人だったのかとみんなが口々に褒めているので、なぜか俺も誇らしかった。
それから数日が経った。神谷の内気な性格は変わらないが、自分の容姿の劣等感が無くなって、自信が出てきたのか姿勢が良くなり、それによってさらに美人オーラが出るようになっていた。
そんなある日、いつもどうり二人で学校から帰り、いつもどうり神谷の家のリビングで勉強をしていると、唐突に神谷が俺に話しかけてきた。
「今日の昼休み、見並晃君に呼び出されて、好きだと告白されました」
だから神谷は昼に教室にいなかったのか。見並と言えば、校内でもイケメンで有名な奴だな……。何組の奴だっけ? いやそんなことより告白されたって!?
「それで、OKしたの?」
「気になりますか?」
「それはもちろん」
「なぜですか?」
神谷は不機嫌そうに俺の目を見る。俺はどう答えたら良いのか迷った。焦燥感で考えがまとまらない。少しの沈黙の後、俺の口から出た言葉は――
「俺も、神谷のことが好きだから」
情けない話だ。他の男が神谷に好きだと告白したのを聞いて「俺も好きだ」などと言うのだから。本当はずっと前から好きだったのに。
「やらせてほしいとは、私の目を見てはっきり言うくせに、好きだと言うのはやけに弱々しく言うんですね?」
それもそうだ。断られるのが分かっているとはいえ、伝えたいことなら目を見てはっきり言うべきだった。俺は神谷の言葉に答えられずに俯き黙ってしまった。
神谷の目つきはさらに険しくなり、大粒の涙をこぼしながら、俺が今まで聞いたことが無いような大きな声を出した。
「今までさんざん私を性欲のはけ口にしてきたくせに、一度だってキスもしてくれないじゃない! セックス以外で私を抱きしめてくれたことも無い!」
「そんな奴が、私のことを好きだなんてよく言えたものね! 私というセフレがいなくなるのが嫌だっただけでしょ!?」
「心配しなくていいよ、告白なら断ったから。悔しいけど私は橘君が好き! 大好き!」
「あなたは私のことなんてただのセフレとしか思っていなくても、私はあなたが好きで好きでたまらない!」
その言葉に衝撃を受けた俺は、いても立ってもいられなくなり、神谷を抱きしめた。
「ただの言い訳なんだけど、神谷はいつも俺と距離を取るような話し方をしているから、俺のことをそんな風に思ってくれていたなんて、全く気が付かなかった」
「だからキスとか抱きしめたりとかは嫌なのかなって思ってた。俺の本当の気持ちを神谷が知ってしまったら、振られてもう一緒に居てくれなくなるかもって悩んでたんだ」
「神谷のこと、本当はずっと前から好きだった。セフレじゃなくて恋人として俺と付き合ってほしい」
今度はしっかり神谷の目を見てはっきりと言った。
「本当なの? 証拠見せて」
神谷は俺の腕の中で肩を震わせながら目をつぶる。俺は神谷の唇に自分の唇を寄せていき触れさせる。しばらくして唇が離れると、神谷は涙を溢しながら笑顔を俺に見せた。
「初めて、キスしてくれた……」
神谷は俺の胸に額を押し付けて呟く。
「ねえ、今からしよ」
俺は神谷に誘われるまま部屋に行き、ベッドで横になって抱き合う。いつもと違って神谷の腕が俺の背中に回って抱きしめてくれている。
いつもは俺が果てるまで黙って目をつむっているが、今日の神谷は紅潮した顔で声を漏らしていた。その可愛らしい様子に俺は何度も唇を重ねた。
「すっごく気持ちよかった」
初めて神谷が気持ちいいと言ってくれた。俺もいままでで一番良かった。
「それにしても、さんざんやることをやっといて、好きって言えないなんてどんな神経してるんだろうね?」
神谷が笑いながら意地悪を言ってくるが、距離感がとても嬉しい。
「神谷! 好き! 好き! 大好き!」
「はいはい」
神谷は微笑み、俺の頭を優しく撫でてくれた。
「でも神谷に好きってたくさん言われて嬉しかったなぁ」
「そんなに言ってないでしょ?」
「好き! 大好き! 好きで好きでたまらない! って言ってたよ」
神谷は赤くなり俺の胸に顔をうずめて小声で呟く。
「だってずっと前から好きだったんだもん」
あまりの可愛らしさに俺は思わず抱きしめてキスをしてしまう。
出会いと過程はともかく、俺は念願の彼女を作ることが出来た。いつまでも仲良くできるといいな。
* * *
――その後、とある日の夕方。
12月になり寒くなってきた。神谷家のリビングのローテーブルもこたつになり、俺と雪はイチャつきながらこたつに入っている。
テレビでは、たまたま”あなた達の馴れ初めを教えて下さい”といった内容の番組がやっている。とあるカップルの彼氏さんは、「こいつが電車の中で痴漢に間違ったのがきっかけで……」などと言っている。
「痴漢に間違われるって結構致命的だと思うけど、苦労したんだろうなー」
俺がポツリと漏らすと、すかさず雪は俺に突っ込みを入れる。
「私たちの出会いも大概だと思うけど」
それもそうだ。俺はあの日のことを思い出し、ふと疑問が浮かんだ。
「雪ってさ、あの日なんで自殺しようとしていたの?」
「ホントはね、本気で死ぬ気なんか無かったんだよ。確かに川角達が嫌がらせをしてくるだろうって考えたら学校に行きたくなかった。相談できる友達もいないし、親もほとんど家にいない」
「だから、自殺する振りをすれば誰かが警察に通報して、親に連絡がいくんじゃないかって思ってたんだ。そうすれば騒ぎになってしばらく学校も行かなくて良くなるかもって……。まさか、変質者に見つかってヤらせろって言われるなんて思ってもみなかった」
「変質者ってひどいなぁ」
「嘘だよ、直矢君が私を見つけてくれたこと、今でも感謝してるよ。おかげで私はとっても幸せなんだから」
雪は俺に抱き着きながら、満面の笑みを見せてくれる。
「俺も雪と付き合えて幸せだよ」
雪が俺に顔を近づけてきたので唇を重ねる。何度キスしても飽きることのない、柔らかな雪の唇の感触。密着する面積が少しでも多くなるようにお互いに深く絡ませる。俺は気分が高まってしまい雪を押し倒す。
「もう、直矢君はしょうがないなぁ……いいよ」
雪は潤んだ瞳で微笑む。俺達はリビングでしてしまうのであった。|