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やる気のない社員が残る仕組み ~日本型雇用慣行の限界

 三木本君はとてもやる気のある新人だった。少なくとも外注社員のサイトーさんはそう思っていた。

 分からないことがあると直ぐに訊きに来て、自分の力に変えようとするからだ。ただし、困った点もあるにはあった。同じ質問を何度もしてくるのだ。お陰で三木本君の育成コストはかなり高くなってしまっていた。なにしろ、三十分間もサイトーさんを質問攻めにした上で聞いた内容をあっさりと忘れたりするのだ。因みに、最初の頃こそ彼はメモを取っていたが、そのうちにメモを取らなくなった。取っていても同じ質問をしに来るから結局は変わらないのだけど。

 ただ、それでもサイトーさんは、そんな三木本君を頼もしく思っていた。何故なら、彼の上司に当たる上村さんは、はっきり言ってスキルを覚える気がまったくなくて、サイトーさんに仕事を丸投げするのが常だったから。

 そこはシステムの運行部署で、彼の上司の上村さんは、トラブルがあった時の第一担当になっていたが、そのままサイトーさんに連絡するだけだから、実質的にはサイトーさんが第一担当で、しかも名目上の第二担当は三木本君だったのだけど、彼は新人だから対応できはずもなく、やっぱり何かがあったらサイトーさんに電話がかかって来るのは必然だった。つまりは、サイトーさんは24時間年中無休で、軽く拘束されている事になる。これでは遠出もできやしない。

 もちろん、そんな状況にサイトーさんが納得しているはずもなかった。軽く拘束されているのに、名目上は自由の身となっているものだから、その分のお金も貰っていないのだ。これでは上村さん達を彼が養っているようなものである。

 もっとも、徐々にではあるが、三木本君がスキルを身に付け始めると、そんな理不尽な境遇も改善の兆しが見え始めた。三木本君一人で対応できる仕事が増えて来ていたのだ。

 これなら、後少しで自分はプレッシャーから解放されるかもしれない。

 ところがどっこい、そんな矢先に三木本君はこう言ったのだ。

 

 「仕事を辞めようかと思うんです」

 

 はい?

 と、固まるサイトーさん達。

 「えっと……、それは何でかな?」

 目が点になりながらも彼はそう尋ねた。今まで丁寧にスキルを教えてきたはずだ。そのお陰で彼の実力は確実に向上していて、それは彼も実感しているはずだった。

 

 一体、何が不満なのだろう?

 

 「いえ、この職場に不満がある訳じゃないんです」

 と、それに彼は応える。

 「ここは大きな会社だし、それなりに給料は高いし、安定してもいるのですけど、だからこそ業務内容に刺激が感じられないんです。

 折角、スキルを身に付けられたのだから、もっと野心的な仕事をしたいと思いまして」

 

 つまり、スキルが身に付いたからこそ、彼はこの職場を辞めたいと思ったのだ。彼が辞めてしまったら、ようやく楽になりかけた仕事がまたきつくなってしまう。サイトーさんはショックを受けた。仕事が楽になると考えて、必死に彼に仕事を教えていたのに、それが自分の首を絞める結果になるだなんて皮肉としか言いようがない。

 もちろん、会社にとっても大損だ。

 最初のうちは、コストがかかるのを承知で何もスキルがない新人を育成するのに、育った途端に辞めていってしまうのだから。会社としては、これから育成コスト分を取り戻す算段だったのだ。

 会社が支払った育成コストによって育った三木本君のスキルは、これから他の会社で活かされる事になる……

 

 もちろん、仕事場を選ぶ自由は保証されなくてはならない。だから、三木本君が責められるような社会通念はあるべきじゃない。けれども、だからこそ、「能力の低い新人を会社が雇って育成する」という日本型雇用慣行はそろそろ限界に近付いていると言えるのかもしれない。

 

 それからしばらくが経って、他の部署でもようやく育った新人が辞めていくという話をサイトーさんは耳にした。

 そして、スキルを覚える気のない上村さんみたいな社員はまったく辞める気配を見せていない。そういう社員を助ける為に、子会社の社員や外注社員が苦労をしている……

 

 正社員の首を切るのは、今の法律では大変だ。彼らは法律に守られている。けれど、もう少しくらいは厳しい環境を与えることが、或いは彼らの為にもなるのかもしれない。ならば、そろそろ法律を変えるべきじゃないだろうか?

 

 ………ところで、どうしてサイトーさんは、苦労させられていると思っているこの職場を変えないのだろう?

 

 「うん? あー 在宅勤務の体制が確り整っている所はそんなにないからねぇ…… 介護離職を回避するにはここは有用なんだよ」

 

 人間、様々な事情があるものである。

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