6-2
行く途中、多くの人に声をかけられる。もちろんディグニが。
昨日はセフォンが飛ばして走っていたのと人通りが少ないところを
通っていたためかそこまで気にはならなかった。ディグニの人気が伺える。
「通るところ間違ったか。こんなに人がいるなんて。それに傭兵の数が多い。妙だな。」
ディグニがそう呟く。
昨日の倍近く時間がかかって城に着く。城門にルトさんがいた。
「おはようございます。」
「おはようございます。何かあったんですか。街が騒々しくて。」
「ええ。ちょっと厄介なことがおきまして。また後でお話しますので今は移動をお願いします。
ディグニ様は玉座に。ビス様は城の入り口でシェーン様がお待ちです。」
セフォンに一時のお別れを告げ、城へと進む。
入り口に着くとシェーンとペルフェットさんが待っていた。
「ごきげんよう。ビス、ディグニ。やっと来たわね。」
遅いことに怒っているのかシェーンは腕組みしながら仁王立ちしている。
言葉とポーズにギャップがありすぎる。
「遅くなってごめん。」
「あら、別に怒ってないわよ。時間は決めていなかったわけだし。」
どうやら怒ってはなかったらしい。あのポーズは癖なのだろうか。
「シェーン様はビス様が来られるのが待ち遠しくて一時間も前からここにいらっしゃるんですよ。」
一時間も前から⁉ペルフェットさんからシェーンに視線を移すと、すでに進行方向を向いていた。
「ほら、早く図書室行くわよ。」
本当に怒ってないか不安になる。そういえば人数が減っている。
「あれ、ディグニとルトさんは?」
「とっくに玉座に向かったわよ。」
いつの間に。足を止めているとシェーンはスタスタ足を進めていた。慌てて後を追う。
なんだか全体的に昨日より速い。何かを考えないように慌ただしくしているような感じがする。
図書室は、吹き抜けになっていた。壁一面が本棚で、本が隙間なく並べられている。
部屋の真ん中には机と椅子が等間隔で並べられている。天井から日が差し込んでいるが、
机と椅子のスペースのみに光があたって本棚には一切あたっていない。
シェーンいわく時間関係なくそこにしか日があたらない仕組みになっているらしい。
だから、時間を忘れ本に没頭してしまうとのことだった。
ただ、こんなに設備が整っているのに誰もいなかった。
「たまにちらほらいるんだけどね。あまり使う人がいないの。
もったいないったらありゃしない。まあ、いいわ。
とりあえず本を何冊か持ってくるからあそこで座って待ってて。」
シェーンが本を取りに本棚に向かう。僕とペルフェットさんは机の方にいく。
僕は椅子に座ったがペルフェットさんは立ったままだ。
「ペルフェットさんは座らないの?」
「私は使用人ですので、一緒に座ることはできません。私にかまわず座っていてください。」
納得はしていないけど、そういうものなのかと飲み込む。
何か話題を、と思いさっきディグニとルトさんが話していたことを思い出す。
「そういえば、ディグニとルトさんが話していたんだけど、
城で何かあったの?ペルフェットさん知ってる?」
ペルフェットさんが「それは・・・」と何かいおうとした時シェーンが割ってはいってきた。
「あいつ・・・じゃなかった。私の二番目の兄のフィロ兄様が王国を出たみたいなの。
まあ具体的なことはわからないんだけど。」
そういうとシェーンはまた本棚へ向かっていった。
すでに五冊ほど机の上にあるがまだもってくるのか、と思ったがそれよりさっきの方が気になった。
「それのどこが問題なの。」
「無断で出て行かれたみたいで、今所在が不明なんです。一般人であれば、よっぽどのことがない限り大事にはなりませんが、フィロ様は一国の王子です。全国民に監視されているようなものですね。
一つ一つの行動が国民に影響します。良くも悪くも。わかりましたか?」
正直ピンとこなかった。
「うーん。なんとなく?」
「少し難しかったですかね。」
「ああ、それと・・・」と言ってペルフェットさんが僕に顔を近づけてくる。
「今話したことは内緒ですからね。」
僕の目を見つめ、人差し指を唇にあて、小声でいってくる。極めつけはニコッと微笑む。
また、ドキッとしてしまった。不覚にも昨日ハウがいったことを思い出してしまう。
一瞬やってしまおうかと思ったがあと一歩のところで踏みとどまった。
「う、うん。」
下心と葛藤していると、シェーンが戻ってくる。さっきより本を持ってきていた。
「っと。最初はこんなものかしら。」
「いや、多いだろ。」とツッコミたかったが飲み込んだ。
よく本を見ると、表紙には“魔法の基本”やら“初級魔法”やら魔法関係の本が多かった。
「一応確認だけど、ビスは魔法を使いたい?」
昨日のことを思い出してどう答えれば正解かわからなかった。ただ、正直に僕の想いを伝える。
「うん。使ってみたい。」
なんだか悲しそうな顔をしていた。
「わかったわ。これから魔法の勉強をするわ。もし、今から言うことで気が変わったら教えてね。」
そういうと、シェーンはメガネをかけた。
それにいつの間にかホワイトボードがそこにはある。形から入るタイプなのだろう。
「じゃあ、その本の四頁開いて。」
シェーン先生の授業が始まった。
最初は、魔法とは何か、魔力とはなにか、魔法を使う際の注意点、
もしも使い過ぎたらどうなるかを教えてくれた。そこまで話すとまた同じことを聞いてきた。
「もう一度確認するわ。今の話を聞いてもまだ魔法を使いたい?」
僕の答えは決まっていた。
「うん。使いたい。それがどんなに危険なことがあっても。」
今僕には何もない。ただ、あるのはあまりある魔力。
いつ使うかなぜ使いたいのかはっきりしていないが、今はただ僕たらしめるものが欲しい。
「そう。あなたがそう決めたのならいいわ。」
言葉と表情が一致しない。次の言葉の語気が強くなる。
「ただ、これだけは守って。私たちの前以外で使わないこと。使うとしても緊急の時だけ。
自慢しないこと。そして悪事に使わないこと。いいわね。」
シェーンは僕の目をじっと見つめる。
「うん。守るよ。絶対に。」
「守らなかったら、その時点で勉強はおしまいよ。ああそれと言い忘れていたけど、
知識は教えられるけど、私は実際に魔法を使えないから、実践はペルが教えるから。」
「お願いしますね。」
なんだか、ワクワクしてきた。
「ビスはどんな魔法を使いたい?」
先ほどの授業でどんな魔法があるのか学んだ。
ただ、学ぶ前から覚えたい魔法は決まっていた。
「治癒系魔法を覚えたい。」
シェーンは口をあんぐり開けている。
「治癒系魔法?攻撃系魔法じゃなくて?」
そんなに驚くことか、と思いながらペルフェットさんが口を押えてクスクス笑っているようだった。
シェーンは咳払いをする。
「んっんっ。わかったわ。でも、治癒系魔法は難しいみたいだから覚悟してね。」
そう言われ身を引き締める。
「まずは体についてね。」
えっなんで?と思ってしまう。てっきり使い方やどんな呪文があるかなど教えてくれると思っていた。
「魔法はそんなに簡単じゃないわよ。治癒系魔法を使いたいなら、体の構造を理解しなきゃ。
元通りに治すんだから、元を知らなきゃね。それに人毎に少しずつ違うところがあるから
それも考慮しなきゃいけないの。」
思っていた以上に大変そうだ。心が折れそうになる。
「まあ、まずは基本的なことからね。」
そういうと、授業を始める。血液・細胞・臓器,基本的なことを教えてくれた。
数時間でどっと疲れがでてくる。ペルフェットさんがそれに気づく。
「そろそろ座学の方はこれまでにしましょう。」
「えー。これからがいいところよ。種族ごとの違いを教えようと思ったのに。」
「それは午後からにしましょう。」
シェーンは不服そうだったが、それを受け入れた。
「少し休憩したら実践よ。ペルお願い。」
「はい。」
そういうとなにやら人形が複数出てくる。
「やったぁ」と声に出すところだった。危ない、危ない。
声に出していたらシェーンに睨まれそうだ。
バアン。唐突になにか爆発した音が聞こえた。
ペルフェットさんがすぐに動き出す。
「一応様子を見てきます。お二人はここで休憩していてください。」
そういってペルフェットさんは図書室を足早に出ていく。
シェーンが落ち着いているのが気になるが。
時間をもてはやしていたので、人形について聞いてみる。
「これって何?」
「人や他の種族を模ったものよ。これを使って練習したらしいわ。これを作ったのもペルよ。
前に見せてもらったことがあるけど、よくわからなかったわ。
ペルが言うには中で傷ついた血管とかを治しているみたい。
だけど、外からじゃよくわからないのよ。ペル自身は魔法で確認できるみたいだけど。」
シェーンはおもしろくなさそうに言った。
「そうなんだ。」
人形をまじまじと見る。たしかに外見では傷ついているのかわからない。
さっきの音も気になるが、それよりもワクワクが止まらない。
二十分ぐらいしただろうか。ペルフェットさんが戻ってくる。
「どうやら、傭兵がやらかしてしまったみたいです。」
シェーンはペルフェットさんの方を見ずに「やっぱりね。」と呟く。
「ときどきあるのよ。・・・あれ、でも傭兵はほとんど出払っているはず。」
シェーンは身を翻す。ただ、ペルフェットさんはこれ以上話すことはないというように、
すでに授業の準備をし始めた。
「お待たせしました。ビス様。始めますよ。」
シェーンはしばらくペルフェットさんの方を見ていたが、何か悟ったのか追撃を止める。
ただ、なにかモヤモヤしているようだった。
「これを手首につけてください。」
機械を渡される。僕はつけながら、問う。
「体内の魔力量を確認できるものです。」
「昨日の機械とは違うの?」
「昨日の機械は魔力許容量、要はその人が貯めていられる魔力の量を測るものです。
これは今現在持っている魔力の量を測るものです。」
「なんとなくわかったよ。ペルフェットさん。」
手首につけて機械を見ると”?????”を示していた。
「これでも測れませんか。」と呟いていたが、正常に動くことを予め確認していたのか
あまり気にしていないようだった。
「それとペルでいいですよ。呼びづらいでしょう。」
一瞬迷ったが、そう呼ぶようにした。
「わかったよ。ペル。」
「じゃあ、準備をしますので待ってください。」
人形に手をやるとその部分が光る。
「何をしているの?」
「中に傷をつけています。」
僕はぞっとしてしまった。そんなこともできるなんて。
「できました。まずは人形に手を翳してください。」
ペルの言われた通りにする。
「傷ついているところを探してください。」
探すのに時間が掛かってしまう。
「先ほど習ったことをイメージして人形と比べてみると見つかりやすいですよ。」
先ほど習ったことを思い浮かべてみる。そうするとなんとなくわかってくる。
「あとは慣れです。見つかったら今度は治します。さっきと同じように基本をイメージしてください。
そして魔力練りながら壊れているところを一つ一つ治っていくのをイメージで。」
魔力を練りすぎてしまったのか人形全体が光で包まれる。
まぶしくて声をあげてしまう。
「うわっ!」
「失敗でもした?」
シェーンが覗き込んでくる。ペルは手を翳して確認する。
「いえ、成功です。ただ、治っていますが、魔力を込めすぎかと。
無駄に消費しますし、今は人形でやっていますので大丈夫ですが、
生身にやると悪影響がでかねないので気をつけてください。」
恐ろしいことを言う。習う魔法を間違えたか、難しすぎる。
「さっきも言いましたが、あとは慣れです。
やっているうちに正しい魔力量でできるようになりますよ。」
ペルはそう言いながら僕の手首を見ていた。
僕も手首をみたが、”?????”のままだった。
ほかのものも試してみたくなる。
「これでやって見ていい?」
なぜか僕は耳の尖った人形を指指していた。
「いいですよ。」
ペルは何も気にせずにそう答え、人形に手を翳した。
興味本位で今やっている魔法について聞いてみる。
「その魔法って難しいの?」
「いえ。治癒系魔法より簡単ですよ。」
何か皮肉っぽい感じに聞こえたが、気にしないようにした。
準備ができたみたいなので、さっきと同じようにやって見る。
シェーンが言った通り人の人形とは違っていた。
ただ、さっきより早く違和感を見つけることができ、
今度は光がちょうどよかった。ペルが確認してくれる。
「完璧です。」
「もしかして僕って天才?」
間髪入れずにさっきまでじっと見ていたシェーンが
「調子に乗らない。」と頭をパシーンと叩いてきた。
「いったっ。」
思いのほか痛かった。その様子を見てペルはクスクス笑っている。
「そろそろ、昼食の時間なので、一旦終了にして食堂に向かいましょう。」
図書室の時計を見ると、十二時を指していた。
簡単に片づけて食堂に向かう。
図書室を出ると異様な雰囲気が漂っていた




