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ヒレイスト物語  作者: 瑛
第1部 第1章 ”出会い”と
19/176

5-4

ビスたちを見送る。さてどうしたものか、と考えているとペルから話しかけてきた。


「ディグニ様にビス様の魔力のこと、お伝えしました。」


「ありがとう。わたしだとうまく伝えられないから。で、どんな反応してた?」


「手がかりが増えた、ありがとうと。」


ディグニらしいというか、なんというか。


「そう。」 


「ただ、平静を保ってはいましたが、内心戸惑っているようにも見えました。」


逆に謎が増えた、そんなところかしら。それともう一つ気になることがある。


「ねぇ、ペル。魔力測定器を持っていたのはなんで?もしかして、ルトになんか言われたの?」


ペルは眉一つ動かさず「はい。」と言う。


「じゃあ、ビスのこともルトから聞いていたのね。」


「ええ。大体は。それで念のためビスの魔力を測っておいてくれと。」


あの人はどこまで策を練っているのか。畏怖しかない。ペルにやらせたのも敢えてだろう。

おそらくこの後の展開も予想して。反発したい気持ちもあるが、そんな気になれない。

そのことも分かっているのでしょうね。嫌になるわ。それより、一番確認したいことが残っている。


「じゃあ、あの時魔法を使ったのは、ビスの興味を引くため?ビスの魔力を図るために。」


ペルの目をじっと見る。逃がすものかと。


「いえ、魔法をかけるまでそのことを忘れてしまっていました。

あの日のことが頭をよぎって。ダメですね。」


嘘はついていない、と思う。ダメなんていうけれど私はそうは思わない。

いつも完璧で感情をひた隠すペルがたまに見せる人間らしさが安心するし、堪らなく愛おしい。

体が勝手に動き、ペルを抱き締めていた。傍からみたら抱き着いているように見えるだろうが。




どれぐらいそうしていただろうか。その沈黙は私のくしゃみで破られた。


「クシュン。」


「そろそろ寒くなってきましたし、中に入りますか。夕食も近いですし。」


「そうね。」




風邪を引く前に食堂に向かう。それまでに体は温まっているだろう。

食堂に向かう途中玉座を通る時、お父様とあいつが言い合っているのが聞こえてきた。




夕食は一人で食べる。お父様はお仕事。お母様は私を生んですぐに亡くなったらしい。

顔すら覚えていない。写真を見せられるが、一度も見たことがないのだからよくわからない。

あいつは今日も部屋で夕食をとるとタドが告げにくる。ツァール兄様がいた時は兄弟で一緒に食べていた。まあそれといって会話らしい会話はなかったが。それでも一人で食べるよりましだった。 カシャ、カシャとなる音だけが食堂に木霊する。





食事を終え、寝る準備を整える。お風呂から部屋に戻ると部屋の前にペルがいる。

髪の手入れをしに来てくれるのだ。部屋に入り椅子に座ると、ペルが髪にクリームを塗ってくれる。

その間に私はいつもの絵本を読む。小さい頃からずっと読んできた。夜の日課だ。

この本はどこにでもあるような勇者が魔王を倒す物語。ただ一つを覗いて。


小さいながら勇者と魔王のやりとりに違和感を覚えた。

私が食いついたのは魔王の「手を組まないか。手を組んだら、世界の半分をお前にやろう。」って言葉。

大半の子どもは、そんな誘惑に負けないでとか、魔王を早く倒してとか、思うのだろう。

わたしはひねくれているからそんなことは思わない。

強者の切実な願いが込められていたのではないかと私は思った。


その後勇者は魔王を倒した功績が認められ王女と結婚。そして王となりハッピーエンドで終わる。

今売られているこの本はここまでで物語は終わっている。

でも、私の持っているものは続きがある。次のページには荒れ果てた国の絵が描かれていた。

文字もなく、その絵だけが。作者も私と同じでひねくれているのだろう。


そのページが子どもには不評ですぐに回収され、しばらくしてそのページが取り払われ売られ始めた。

まあ、回収しきれなかったものもあって間違って買ってしまう人もいるみたいだけど。

絵本を読み終わるのと同時に髪の手入れも終わる。



「それでは、私はこれで。」


ペルが部屋から出ていこうとする。


「待って。私が寝るまで一緒にいてくれない?」


一瞬ペルは固まったが、すぐにニコッとして「はい。仰せのままに。」と答える。


ペルはさっきまで私が座っていたイスに座ろうとする。


「そこじゃなくて、ペルもベッドに入るの。」


「さすがにそれは。ベッドが汚れてしまいますし、それに・・・」


ペルの言葉を遮って発する。


「ああ、もういいからこっち来なさい。命令よ。」


ペルはしぶしぶベッドに入る。ペルの匂いがする。私はペルに抱き着く。

小さい頃はよくこうしていた。いつからだろうしなくなったのは。

誰かが注意したわけでもなく、止めようといったわけでもない。自然としなくなった。


「ペル。あの時は本当にごめんなさい。」


「謝るようなことではないですよ。それに私の方が悪いですから。」


この話題になると、必ずこのやり取りになる。


押し問答になるがわかりきっているので、ここでやめ、寝ることに集中する。






私が七歳ぐらいの頃今まで以上にやんちゃだった。城を走り回ったり、木の上に登ったり。

傭兵や使用人にいたずらもした。今思えばお父様たちの気を引こうとしていたのかもしれない。

そんなことばかりしていてからか、ある日私はやらかした。木の上から落ちて手足の骨を折ってしまう。

ペルも一緒にいたが、いつものことだから大丈夫だと高をくくっていたのと、それ以上に過信があったのかもしれない。ペルは、なんでもすぐにできていたらしい。それも完璧に近い形で。

だから私なら何が起きても対処できると。


私が落ちた時ペルは何か魔法を唱えて助けようとしていた。でも、それは失敗に終わり、地面に叩きつけられる。ペルはすぐに私に駆け寄って治癒魔法をかける。ペルが何か大声をあげているのと大勢の足音が近づいてくるのが聞こえたところで私は意識を手放した。



私が目を覚ましたのは二日後のことだったらしい。手足に痛みはない。

その場にいた使用人がお父様たちを足早に呼びに行く。部屋に大勢の人が集まる。

でも、辺りを見回してもペルの姿が見えなかった。


「ペルはどこ?」


「ペルは休暇をいただいております。」


ルトが答える。その時は魔法を使いすぎて疲れたのかなぐらいしか思っていなかった。

周りの雰囲気が張り詰めていたことに気付かずに。


それから一日、二日、五日経ってもペルは私の前に姿を現さなかった。おかしい。おかしすぎる。

私は、お父様を問い詰めた。最初はルトがいっていたことを繰り返していた。

それでも、私が何度も何度もしつこく聞いたら観念したのか、本当のことを教えてくれた。


私に治癒魔法をかけて終わり、骨が治っていることを確認してペルが倒れたこと、

意識は戻っているが今も苦しそうにしていることを。


なぜそうなったのかも教えてくれた。魔法は代償を払う必要があるものだと。

普段は魔力を代償としてできるが、魔力を使い切ると他のものを代償にもっていかれるらしい。


「他の物って?」


お父様は首を振る。ペルの体を調べたが外的な症状も内的な症状も見られなかったみたいで、

想像でしかないが寿命を代償にしたのでは、ということらしい。


私はぞっとした。いつもペルに魔法を見せてとねだっていて、

ペルはそれを快く魔法を使ってみせてくれていたからだ。

そのことを察してかお父様は、「そんなに簡単には魔力はなくならないから大丈夫だよ。」

といってくれたが、その時の私には気休めでしかなかった。私はペルに会わせてもらえるように頼んだ。


お父様は最初渋ったがなにをいっても聞かないことを悟ったのか「少しだけだぞ。」と許してくれた。

ペルがいる部屋まで案内してくれ、私だけが部屋に入る。


そこには弱弱しいペルが寝ていた。手は氷のように冷たかった。

なぜこうなっているのかは、私たちでは何もわからない。ペルは譫言のように私の名前を呼んでいた。

私は無知さへの怒りと悔しさでいっぱいになり、目から涙がこぼれ落ちた。


ペルが正常に戻ったのはそれから一週間後のことだった。

朝、私の部屋にやってきて何も言わず抱き合った。


私たちはそれ以来変わった。ペルはより完璧を目指しているようだった。

日に日にペルの本心が分からなくなっていった。その場に合った仮面を纏う。

いつかその仮面が取れなくなってしまうのではと恐怖すら感じるほどに。

だから私の前では嘘をつかないで、とお願いをした。ペル自身を見失わないように。


当の私は、本を貪った。弱者から強者になるために。それと剣術も習い始めた。

これは、お父様たちには内緒である。師匠はルト。稽古は厳しいってものじゃない。手加減という言葉を知らないのかと思うくらい全力で打ちのめされる。ただ、これでいいと私は思っている。


毎日だと怪しまれると思って、不定期にルトの時間が空いている時に稽古を頼む。

それ以外は本を読むことに没頭する。そんな日々を繰り返してきた。


そんな変化に周りからはよく大人しくなったといわれる。陰では変人呼ばわりされている。

そんなことはどうでもいい。私は自分の信じた道を歩くだけだ。そう決意した。




目が覚めると、ペルはすでにいなかった。なんだか、外が騒がしい。

部屋から出ると、その理由がわかった。あいつが城を出たらしい。



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