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第三話 撒き餌の合流

 武道、芸道、音楽、美術、人類史を彩る生存から離れた技能のみを活用して自身を表現する身体芸術の数々は古代から連綿と引き継がれ、次第に体系化されていき、そこから技術格差という壁を創造させた。


 それは現代においても様々な道で反映され、社会問題として扱われることも珍しくない。特にゲームの世界はいくらレベルやランクを上げたとしても優れた操作感覚や戦闘勘が磨かれていないと一流としては認識されず、本質としては上述の分野と大差ない過酷な競争世界である。

 そして、その法則は∀ROでも当然機能している。


 新参者として幻想へと降り立つ際にカイトが参照した攻略サイトが喚起していた注意はいくつかあった。


 一.初起動はなるべく商業区あるいは県庁所在地を推奨。


 二.本作の魔物は地域差由来のランダムスポーンであるために従来のRPGに代表される弱い敵から徐々にインフレを起こす概念は存在しない。


 三.本作は自前の身体能力が最終的な命綱になるARゲームと同様の特性を兼ね備えている。


 これらの要素を未知への興奮からすべて失念していたカイトは現在進行形でこの沼に浸かっている状態にあり、《ゴブリン・スライサー》との遭遇はその極め付けとも換言できるものだった。


 左頬から血飛沫が飛び散る。無論、カイトの鮮血ではなくHP減少に伴う赤色のポリゴン反応であるのだが、ダメージを受けた部位の視認やモンスター討伐の際にはこれが明確な死傷判定として成立する。

 しかし、現在のカイトはそのような刀傷にいちいち気を配る暇も無いほどの連撃に身を晒していた。確かな技量と研鑽が成した剣技による翻弄。小柄な体躯故に的が狙いづらく、足と腹を的確に狙い、ダウンを目論んで止めを刺そうとする姿勢は搭載されたAIエンジンの優秀さを感じずにはいられなかった。


 「こ、なくそが・・・!」


 カイトとてVRゲームの経験がないわけではない。脳波信号による身体操作は少なくとも並以上には行える自負がある。だが、ARや∀Rの場合はこれに自身の体力と反射神経も足さねばならない。

 事実、刹那の剣舞を読み違えて与えられた傷が最低でも二カ所はある。それでも尚、HPが六割残存しているのは偏にこの魔物が初級であることと、急所のみに執着しない慎重派であったことに尽きる。


 すでに傷みきった右脚を斬り落とさんとするべく、ゴブリン・スライサーは地面を蹴りとばし、一気にカイトへの距離を詰める。もう何度も拝んだこの攻撃だ。突きだろうが横薙ぎだろうが、カウンターの準備は整えてある。


 右脚の軸が崩れる。完全崩壊し踵から先が消失したカイトの足下を抜け、それを知覚するべく振り向いたその瞬間の空隙。獲物への油断を見せたゴブリン・スライサーの背後を左肘で思いっきり叩きつけ、そのまま組み伏せる。

 格闘技と例えるにはあまりにも稚拙だが、短剣のみに従事してきたモンスターには極めて有効な拘束として見事に命中し、続く猶予も与えないまま背骨に右掌を当て、カイトは死の宣告を唱えた。


 「巻き起こる風オープワーク・ウインドッ!」


 爆ぜる。収束した暴風に指向性を付与し、衝撃波として放つ初級魔法はゴブリン・スライサーの臓腑をいとも容易く破裂させ、ポリゴン体となり消滅した。


 「あっぶねぇ・・・完全に終わると思った・・・。まさか敵の挙動パターンに救われるとはなって・・・あ?」


 ふと、戦闘終了を知らせる表示画面にドロップアイテムの記述が足されていることに気づいたカイトは、それを自身のアイテムポーチであるインベントリから取り出す。見れば、それは先の強襲者が使用していた短剣であり、武器自体を全損していたカイトにとっては僥倖にも等しい戦果だった。


===========

名称:孤立(こだち)の短剣

攻撃力:46

耐久値:107

効果:対象の弱点部位攻撃時のダメージを通常より1.2倍加算

説明:ゴブリン族の中でも暗殺者としての修行に励み、見習い過程を終えた者に贈与される短剣。赤黒の紋様は暗闇への擬態と鮮血に塗れ、孤独に墜ちる修行者の未来を暗示させるデザインとなっている。

===========


 どうやら先のゴブリンは自身と同様に外界への知識と理解に浅い文字通りの初級者だったらしい。

 その意味においては魔法を習得していたカイトに分はあったものの、短剣技術に関しては向こうの方が優れていた時点でカイトの方が一歩劣っており、事前の紋章付与がなければ、カイトがポリゴンとなって破裂していただろう。


 「あ゛ーー・・・。想像してはいたけど、過酷すぎだろ∀RO・・・。よくユーザーからの反感が出なかったな・・・」


 度重なるモンスターとの遭遇、地域による出現率の増減と一部モンスターのスポーン有無、そして、エサ呼ばわりする賢者たち。

 これらの要素を備えながらも∀ROに目立った炎上事件が起きえなかったのは豊富なスキルと単純なクオリティの高さ、何よりも∀Rを用いた初のMMORPGという特性とその仮想現実を最大活用した世界観にある筈だ。


 疲弊した肉体を休ませるために寝そべっても、感じるのはコンクリートの感触ではなく、土と雑草の暖かさと匂いである。五感情報の上書きと擬似的な身体向上、上書き前の空間からの物理的排斥。この三つの要素が∀Rを絶対のものにしている。

 でなければ今頃、カイトは車に轢かれているか、公共の道路で寝転がる変人として認知されているだろう。

 それが起きていないのは透明化によって五感と法則から撥ね除けられているから可能となっているからこそである。改めて、技術の進歩とは凄まじいと実感する。


 「あ・・・?こんな時にメール・・・?」


 ∀ROは携帯電話のアプリとの互換性を備えている。そのため、既存の連絡先からのメッセージを∀RO内でも閲覧できるシステムとなっており、フレンド登録を行っていない友人との待ち合わせにも利用可能となっている。


 キリカと書かれた差出人のメールを見て、失念していたダウンロード完了の報告を友人らに散布していたのを数秒遅れで思い出したカイトはそれをタップし開封する。その推測の通り、中身は集合時間と労いの言葉だった。


 『貴斗へ。ようやく買えたようで何より。早速で悪いが、一時間後に小田急方面の新宿駅西口まで来てくれ。お前のことだろうから、フィールドで初期設定を終えてそうだし、最悪遅れても構わん。待ってるぞ』


 完全に見抜かれている上に一時間後という指定付きだったのがカイトの脳内をフル回転させた。


 ∀Rは時間感覚にも影響を及ぼすことができるとされる。本作は正にその恩恵を受けており、ゲーム時間の二十四時間が現実の四時間に相当する。

 そのため、例えば現実時間で一日中∀ROをプレイすればゲームでは六日経っているということなのだが、逆に言えば∀ROで朝焼け空を拝んでもそれは現実時間の六分の一でしかないのである。


 カイトが∀ROを起動して現実時間は一〇分弱経過している。つまり単純計算すればゲーム内では一時間は経っていることになる。この一時間後が現実の二十四時間式を採用しているのならばまだしも、ゲーム内時計を採用しているのだとしたら、


 「あぁ・・・もうとっくに詰んでたわ・・・・・・」


 神々しく煌めいている太陽に照らされながらカイトは呟く。それは諦観と達観の入り交じった悟りにも近い虚ろな独り言で、それが虚空へと散った瞬間、カイトの身体も弾け飛んだ。


 『プレイヤーネーム《カイト》の死亡を確認。デスペナルティとして所持金の半分を徴収します』


※※※※※


 純白を基軸とした巨大な建造物。内側は随所に金色で彩られた薔薇柄の模様が施されており、その意匠は東京の心臓部に立ち寄っているという事実を忘れさせる。

 まるで清廉な王族が住まいそうな宮城は悟道でも修練していそうなゾンビの徘徊場所とは結びつかないほどに美しく、少し歩くだけで景観が混沌に包まれる構内が神話の世界を想起させる。


 ――まさか、ここが首都圏の象徴たる新宿と言われても信じる人間は一握りだろう。


 ∀RO内での名称は《白理迷宮都市イルベン=ドレート》となっている。九人の賢者の手によって創造された新世界における人類の活動拠点の一つであり、邪神の遺した残骸と魔力炉によって自然建造された邪神の残滓である《迷宮》攻略の最前線都市でもある。


 現実には新宿駅の地下区画と地上一部をまるごと迷宮にしたものなのだが。そのため当然、改札などの区域を除いた地下は魔物の巣窟となっており、地上はそれを狩り金銭とスキルポイントを得ようとする異邦人とそれを支援するNPCによって溢れかえっていた。


 単純な身内との談話からパーティの募集、プレイヤーメイド店の宣伝、見るからに悪巧みしか考えていない連中の癒着など様々な様相が繰り広げられており、その中でも強者と目されるプレイヤーにはアイドルのファン並みの人だかりが発生しており、半ば争奪戦と化していた。そして、キリカもその内の群衆に紛れている一人である。


 暗夜を彷彿とさせるロングコートに漆黒のズボン、コートの裾部分には藤色の薔薇が意匠されており、洗練された鍜冶屋と服飾者の技量を感じさせる。 

 獲物はベルトに差した短剣のみだが、それも凝縮された大地の魔力を帯びており、その単純な総量はこの一帯のプレイヤーとも釣り合える。


 それ故に迷宮攻略への勧誘が尋常ではなく、ソロプレイヤーのキリカにとっては慣れたこととはいえ溜息を吐きかけたが、遅れてやってきたボロボロの知人の姿を見てすぐに引っ込んだ。


「よ、よぉ・・・悪ぃな・・・キリカ、遅れちまった・・・」


「それは構わねぇが・・・この一時間強で何をどうしたらそこまでズタズタになれるんだ・・・?」


 恐らくは時間を読み違えたであろうことと自身がメールを送付してから時間設定を早くしすぎたことを反省していたのだが、それにしてもダメージを負いすぎている身なりは竜に吹き飛ばされ、ゴブリン二体と死闘を演じ、挙句の果てにそのまま猛ダッシュで中央線に乗り込んだ男の勲章であり、事情を聞いたキリカの苦笑いを誘うには充分だった。


「事情は分かった・・・。ま、とにかくだ。ようやく来れてこっちも安心したぜ、貴斗」


「応。後こっちじゃカイトで通してるんでな。そう呼んでくれると助かる」


 ハイタッチを交わし、二年越しに∀ROへと来訪した親友をキリカは歓迎する。実際、二年の差は非常に激しく、装備差どころか技術や適正にも相応の開きが生じているが、それは今後の努力次第で解消できる問題である。

 それ以上に脅威なのは、初心者という状況自体に滑稽さを見いだす馬鹿の襲来であり、キリカを見つけた時点で何となくその到来をカイトは予期していた。


「あー!ようやく来やがったな負け組ヤローッ!!」


「夏休みの一週間ダウンロードに捕らわれてたんだって?お前の家情弱が過ぎるだろー」


「うるせぇーッ!!しょうがねぇだろ!親父とお袋に監視されてたんだから下手な真似はできなかったんだよッ!」


 遅れてやってきたいかにも陽気そうな二人組は事実、キリカ以上に催促をした挙句に購入者特有のマウントを取ってきて、この二年間カイトの意欲を煽りに煽りまくった元凶であり、リアルでも交友関係を持つ花どころか草木も茂らない野郎どもであった。


 片方は∀ROでメイクしただろう橙色の短髪に白を基調とした着物に加えて自身の髪色と同色の袴が否応にでも和風の武人を連想させ、それを物語るように腰には唐紅色の日本刀がより一層防具の和風さを強めている。

《アルバード》と頭上に表示された名前は小学生が自由帳の落書きに付けそうな名前で、安坂一樹(あざかかずき)という男の人間性の安直さをカイトは垣間見た気がした。


 もう片方は金色の短髪というさらに柄の悪い身なりに加えて黄色の胴着を羽織っており、まるでどこぞの玉を集めてくることを役職としている連中の服装を想起させるが、両掌に装備された鉤爪がその考えを払拭させた。

 鈴城悠里(すずしろゆうり)は元来からこういう男である。とにかく見た目の派手さを前提とし、性能を二の次にするスタイルはエンジョイ勢の何よりの証拠であり、《ユーリ=フラッシー》のアバター名はこの男の安易さと愚直さを象徴しているかのようにカイトには写った。


 「さて、無事に受験戦争を乗り越えて、尚且つ期末試験も切り抜けた矢先のたk・・・カイトのデビューというわけなのだが、カイトも散々思い知らされているように∀ROは稼動から二年は経過している。つまり開きが尋常じゃない」


 手を叩き、このまま軽口を叩き合いつつそのまま解散しそうな勢いの男どもをキリカが強制的に振り向かす。

 少なくともこの四人の中ではキリカが最古参であり、実力も折り紙付きとあっては素直に従うのが利口だろう。


 「というわけでだ、カイトがスローライフを望むのならばまだしも最低ラインのスキルポイント獲得は必須だろう。何より、お前はそんなぬるま湯では治まらねぇだろうからな」


 「当然」


 「だからこそ、最短を目指すために新宿を指定した。お前らにはアシストに回ってもらうぞ、いいな」

 「助力自体はまぁ構わねぇけどよ・・・何を狩るんだって・・・・・・まさか」


 一樹改めアルバードが発言をし終える前に戦慄する。遅れて虫の知らせでも受けたのかユーリも反応し、両者は戦々恐々と成りつつあった。


 「ちょっと待て・・・、まさか俺ら四人で挑むとは言わねぇよな・・・?」


 「流石に専門ニュースサイトで取り上げられてる有名人が同行したとしても限界はあると思うんだよね僕は」


 二人の戦慄がカイトにも伝播する。それは攻略サイトに記載されていた迷宮の概要と歴史の項目。


 迷宮とは前述のとおり、邪神の残滓の成れの果てである。その内側は正に冥府の如く死が蔓延しており、迷宮管理者はこれに封印を施すことで安全を保証している。

 そのため、異邦人はこの封印を解く鍵である《迷宮解錠符》の購入あるいは獲得をすることで初めて踏破へと望むことが可能となっている。

 内部は外界とは異なった調整と強さを誇る魑魅魍魎と旧世界の宝物や宝剣、そして形は異なれど、その迷宮を統括するレイドボスが玉座に座している。


 合点がいった。確かにその方法論なら短期での急激な強化も夢ではないが、それは同時にカイトと名を冠したお荷物を抱えて巨神に仇なすことを意味する。


 「そうだ。この馬鹿を俺たちには及ばずとも初心者を卒業させるにはこれしかない。―――この新宿駅地下に潜む四体の《虚駆魔神》、その一注を俺ら四人で葬り去る」



 



∀ROの素朴な疑問を強制開示するQ&A 第二回


Q:∀Rの時間感覚ってどうなってんだよ。


A:∀Rは時間感覚への干渉が可能というオーバーテクノロジー・・・というわけではなく、現実時間との誤差はあくまでも∀Rに予め設定された内部時間を意味する。具体的には∀ROは四時間で陰陽が巡る。なので、一日で六日感覚の滞在が可能なのは事実だが、それは時間への意識がおかしくなったわけではなく、単なるゲーム内の仕様。そのため、ゲーム内には∀ROの時間と現実時間が同時に表示される仕組みとなっている。

 対して、∀RO世界の時間感覚としては、二四時間で陰陽が計一二回変わる計算となっている。そのため、本質的には二四時間制である。これには邪神の魔力残滓が強く影響している。

 なので、太陽と月が六往復して一日経過するのが、常識として認知されている。



……っていう、絶望的にややこしい設定を即席で思いついて書き足しました。

 取り敢えずは現実と∀ROでは太陽と月の軌道は違うものの、どちらも二四時間であるということだけ覚えてもらえればそれでいいです。

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