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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【コミカライズ化】タイムリープした俺が思い出したのは婚約破棄前夜だった。

 


「くっくっくっ。いよいよ明日はあの女が消える日だ」


 一国の王子にあるまじきゲスな顔で俺はワインを飲んでいた。

 まだ成人していないから法律的にはダメなのだが、そこはお城の中。ちょっとくらいは大目に見て貰えるし、なんなら口封じもしておく。


「はーはっは!笑いが止まらんなぁ!」


 グラスで飲むのがまどろっこしくなった俺はボトルごとグイッといっちゃう。

 正しい飲み方なんぞまだ教えてもらっていないが、この国では俺がルールなのだ。


 いずれこの国の玉座に座るのは俺、グズカス・ユグドラシルなのだから。

 容姿端麗で運動神経も抜群な俺は国中の憧れなのだ。多くの女達から黄色い声援を浴びてちやほやされるのは凄く楽しいし、金と権力があればやりたい放題なのだ。


 そんな完璧でパーフェクトな俺にはある問題があったのだ。

 それが、婚約者のエリシア・フローラという女だった。

 国王であるパパとフローラ公爵が勝手に決めた婚約のせいで俺は好きでもなんでもないこの女といずれ夫婦になる予定だった。

 地味で目立たない、愛想の悪いこの女が俺の妻になるだなんで我慢ならない。


 だから俺は決心し、このエリシアを罠に嵌めて明日の夜に行われるパーティーで婚約破棄をしてやるのだ!

 その為に数年前から準備をして来たのだからな!


「酒が美味い!……いや、ちょっと気持ち悪いかも」


 調子に乗り過ぎた俺はトイレに駆け込んで胃の中を空にする。

 うえぇ……誰だよ勝利の美酒は格別なんて言った奴は。吐いたら気持ち悪いだけじゃん。


「頭も痛くなったし、ちょっとだけ寝よ」


 パジャマに着替えるのも面倒になった俺は大きなソファーの上で横になる。

 普段なら俺の世話をしているメイドも、今はある用事で側を離れているからな。誰からもお咎めなしだ。


「うへへへ……明日から俺は自由さ……」


 こうして俺は眠りについた。

 だが、深い眠りの中で俺は突如頭痛に襲われる。

 ズキズキとした強烈な痛みのせいで頭が割れるんじゃないかと思った。


「うぎぎぎぎぎ……俺は……俺は!!」


 痛みがピークに達した時、俺の脳裏にある記憶が蘇った。

 それは、国王になった俺が断頭台で処刑されてしまう記憶だった。



「なんじゃこりゃあ!?」



 その意味不明な光景に俺は飛び起きた。

 死ぬ直前のリアルな記憶のせいで体から嫌な汗が吹き出して酔いなんて覚めてしまった。


「俺はーーーなんて事を!」


 全て思い出した。

 俺は、グズカス・ユグドラシルは未来で死んで過去にタイムリープしている。

 どういうカラクリなのかは知らないが、このチャンスを利用するしかない!


 明日、エリシアと婚約破棄して調子に乗った俺は国を傾けて国民から革命を起こされて死ぬ。

 それを阻止するには今、色々とやっている仕掛けを全部捨ててエリシアとの婚約を続けるしかない。

 未来の記憶がある俺ならそんな事は簡単だ。何が悪かったのかキチンと覚えているのだから。


 問題があるとすれば一つだけ。


「……婚約破棄まで24時間を切っているんだがどうしろと?」






 ◇◇◇






「はい、明日の婚約破棄を中止します」

「こんな夜更けに何の冗談でしょうか?」


 夜中に城を飛び出した俺は、王都にあるとある貴族の家を訪ねた。

 メガネをかけたこの貴族は俺の婚約破棄の賛同者であり、計画の片棒を担いでいる。


「冗談じゃねぇ。本気だ」

「王子はエリシア・フローラがお嫌いなのでしょう?だから彼女の実家にスパイを送り込んでありもしない不正の証拠をフローラ公爵家に隠したのですよね」


 そうだ。

 あまりにも一方的に俺が嫌いだから婚約破棄ね〜だと周囲からもブーイングがあると思ったので、俺は複数の協力者に頼ったのだ。

 エリシアやその実家であるフローラ公爵家を貶めて婚約破棄を自然なものにするために。

 だが、それもお終いだ。


「それについてだが、貴様の用意した不正の証拠とやらはよく出来すぎていないか?」

「王子のために完璧なものを用意しましたので」

「そうか。いや、……まるで本物の不正書類の名前だけ書き直したような代物だったのでな?」

「そ、それは……」


 俺の言葉を聞いた途端に、目の前の男の視線が泳ぐ。

 やっぱりコイツは黒だった。


 婚約破棄に協力してくれたお礼に、俺は未来でコイツを大臣にまで出世させてやった。

 だが、実はコイツは不正大好き野郎で脱税やら禁止された薬物の横流し、奴隷売買まで手を出すクズ野郎だったのだ。

 そんな奴を側近にして、自由にさせていたのも俺が処刑される原因の一つ。


「俺の未来に貴様は邪魔だ。騎士団よ入れ!」

「「「はっ!!」」」


 俺の一言で鎧を着た騎士達がゾロゾロと部屋に雪崩れ込む。

 夜中であれ、騎士団は王子の一声で自由に動かせるので助かった。


「う、裏切るのですか!?」

「黙れ!国に対して不正を働き、あろうことかフローラ公爵家を貶めようとした罪人め!騎士達よ、この犯罪者を連れていけ」

「「「はっ!」」」


 こうして、この屋敷の貴族は逮捕されるのだった。

 調べたらこの時代でも沢山汚職していたみたいで言い逃れは出来なかった。

 俺も共犯だと訴えていたそうたが、俺は怪しい奴を調べる為の潜入捜査をしていたと知らんぷりした。


 さて、次。






 ◇◇◇






「予定していた婚約破棄、アレ中止な」

「はぁ!?マジかよ」


 日が変わって太陽が顔を出すちょっと前。

 俺は同い年で友人でもある貴族、ロッキの家に居た。


「何で今更そんな事を……」

「やっぱり、お前の言う事は正しかったと俺は気づいたんだよ」


 このロッキは俺が婚約破棄作戦を考えた時に真っ先に反対した人物でもあった。

 だが、俺がしつこく頼み込んだのと、何かあれば好きな人に良くない事が起きるぞ?と脅したせいで巻き込まれた人物だ。


 罪悪感に苛まれながらも俺に従ったせいで、未来では一緒の処刑対象。オマケに好きな人はエリシアと密かに友人関係だった事が後から判明して、彼女を貶めた犯人だと嫌われて結婚出来なかったのだ。


「友人であるお前に辛い思いをさせてすまなかった」

「本当だぜ。どれだけ俺が苦しんだか……好きな女も人質にされて……」

「それについては後からいくらでも殴られてやるから今は許してくれ。そうだ!お前が好きな平民の子との結婚で悩みがあったら王家が全力でバックアップしてやるからな」


 エリシア関係もあったが、惚れた相手との身分差も結婚出来なかった理由の一つだったんだよな。

 本当に俺は自分だけしか見えてなかったぜ。


「はぁ!?何だよその掌返し!都合良過ぎだろ」

「知らんのか?俺は昔からこうだ」

「調子いいのは昔からだけどよ……はぁ、仕方ねぇな。何かする事あるか?」

「いいや、間に合わなかった場合の事もある。お前は何を聞かれても無関係だと言い切れよロッキ」

「分かったよ、ダチ公」


 ダチ公か……。

 婚約破棄をしてからは一度も俺をそう呼んでくれずに巻き込まれる形で処刑されたロッキ。

 なんだか感慨深いが、時間がない。


 さて、次。






 ◇◇◇






「おーい、メイドよ」

「お呼びでしょうか王子?」


 疲れたまま城に戻った俺が呼び出したのは、頼み事をしていて昨晩は不在だったメイドだ。

 実はメイドというのは仮の姿で、諜報機関の出身だったりする。


「昨日までに頼んでいた件だが、アレ無しで」

「いきなりどうしました?頭打ちました?」

「俺はいつでも元気満々、自信満々だ」

「ふむ。確かに普段のバ……王子ですね」


 おい、今バカって言いかけたか?


「金で下級貴族の令嬢を買収しましたが、取り消しでよろしいのですね?」

「あぁ。金は回収しなくてもいいから、代わりに何も喋るなと口封じしておけ」

「かしこまりました」


 メイドに頼んでいたのは同じ学園に通っていた貴族令嬢達の口合わせだ。

 婚約破棄の会場で、フローラ公爵家の不正を明るみにし、エリシア本人が学園でどれだけ評判が悪いのかを買収した令嬢達に言わせるつもりだった。

 王子である俺からの頼みでもあったので、令嬢達はふたつ返事で受け入れ、全くの事実無根な事を言いまくった。


 おかげで俺は婚約破棄を達成して玉座についたのだが、この令嬢達が実に厄介で、買収された事を言いふらされたく無かったら側室にしろだの金を貸せだのと我儘放題だった。

 そのせいで国の財政は傾き、世継ぎ争いも発生して貴族同士で内乱やっての革命コンボ。


「何も言わずに金が貰えるのだから不満も無いだろう」

「私の口で上手く言いくるめますよ」

「期待しているぞ。期限は今晩までだから急いでくれよ」


 非常にダルそうな顔をしたメイドをさっさと追い出して働かせる。

 この時点でもう半日を切ったのだが、まだやるべき事があるから立ち止まってはいられない。


 さて、次。






 ◇◇◇






「ここに居たか。探したぞ妹よ」

「げっ、お兄様。何の御用ですか?」


 メイドの次は同じ城に住む王女であり、俺の妹でもあるマブシイーネの元にやって来た。

 部屋に入ると妹は俺を嫌そうな顔で見ている。


「実は前にお前に話していた婚約破棄についてなんだが……アレは無しになった」

「それは本当ですの!?」


 そう言った瞬間にマブシイーネは目を輝かせて俺には近づいて来た。


「あぁ。やっぱり幼馴染みでもあるエリシアを捨てて別の女を選ぶなんて間違っていると気づいたんだ」

「そうでしょ!いや〜、やっとお兄様が正気に戻ってマブシイーネは嬉しいですわ」


 私の方が正しかったと自慢げに頷く妹。

 兄をバカにしたその態度が気に入らないが、懐かしい気持ちになる。

 未来ではマブシイーネは俺が死ぬ原因の革命を煽った女だからな。


 俺とエリシアが幼馴染みの婚約者なので、付き合いの長いマブシイーネはエリシアを実の姉のように慕っていた。

 それはもう、エリシアお姉ちゃんと呼んで後ろをベッタリだ。

 そして、俺がエリシアの事を邪魔で嫌いだと妹に言うと態度が急変。兄に対して冷たい奴になった。


 エリシアを罠に嵌めて婚約破棄をした後は烈火の如く怒り狂い、兄妹仲は絶縁状態。

 同じ城にいて顔を合わせるのも嫌になった俺は国王になってすぐにマブシイーネを他国に嫁に出した。

 ウザい妹が消えて清々した俺だったが、王家の信頼が失墜した時にコイツは自分こそが正当な王位継承者だと名乗り上げたのだ。

 おかげで国民は盛り上がって、ついでにマブシイーネが嫁いだ国からの資金援助もあって革命は大成功という流れだった。

 そんな不安の種を少しでも和らげておくために俺は兄妹仲の改善を図る。


「今日のパーティーでその事を正直に話すからお前は黙って聞いておくんだぞ」

「承知しましたわお兄様」


 機嫌が元に戻って笑顔で言う事を素直に聞いてくれるマブシイーネ。

 そうだ、昔はこうやって俺とも仲が良かったというのに俺のせいで……。

 もうあんな兄妹で殺し合うような未来にはさせないからな。


 さて、次。






 ◇◇◇






「父上、話がある」

「どうしたグズカス。いつもはパパと呼んでいるのに改まって」


 時刻は午後。パーティーが始まるまで残り2、3時間を切っている。

 そんな中で俺はユグドラシル国王の元を訪れていた。


「今日からパパ呼びは卒業するよ」


 今の俺の記憶には国王になって処刑されたおっさんとしての思い出もある。

 パパなんて呼び方は流石に恥ずかしいのでしない。


「そうか。それで話とはなんじゃ?エリシア嬢との婚約についてか?」

「あぁ、そうだ」


 全ては父上から始まった一連の流れ。

 ユグドラシル国王とフローラ公爵が幼い自分の子供達を勝手に婚約させた事が未来での俺の死を招いた。


「俺は何度か父上に直談判していたな」

「あぁ、エリシア嬢の事が嫌いで、どうしても嫌だから婚約を取りやめてくれと」


 俺だって何もしなかったわけじゃない。

 父上に断られてしまったからこそ協力者を集めて、自分の力で婚約破棄を実現させたんだ。


「それは出来んと何度も言った筈じゃ」


 息子を甘やかしてくれていた父上が、エリシアとの婚約破棄だけは許してくれなかった。

 だから俺は、フローラ公爵の裏事情(でっちあげ)を知らずにエリシアを王妃にさせようとした父上を無能な王だと蔑んで王位継承を早めさせた。

 失脚し、俺から玉座を奪われた父上はうわ言のように『なぜじゃ……なぜなんじゃ……』と繰り返して弱って死んだ。

 俺はその死を邪魔者が消えたと喜んでもいたんだ。

 でも、処刑される直前に俺は革命に加担した父上の側近から話を聞いてしまった。


「父上。もう俺に婚約破棄をするつもりは無い。だからエリシアと俺を結婚させようとした理由を教えてくれ」

「それは本当なのか……?」

「あぁ、死んだ母上に誓うよ」


 妹のマブシイーネを産んですぐに亡くなった母上。

 そんな人に誓うというのは、俺達家族にとって神に誓うよりも重い意味がある。


「グズカスよ……お主はバカじゃ」

「うん」

「容姿もよく、運動も出来る上に王族というだけでチヤホヤされていい気になっている愚か者じゃ」

「う、うん」

「頭の中はすっからかんで妹のマブシイーネの方が賢い」


 あの、ちょっとは罵倒される覚悟があったが、これは流石に言い過ぎじゃないか!?

 キレるぞクソジジイ!


「今もよからぬ連中と連んで儂を出し抜く何かを企んでおる」


 そ、そこまでバレていたのか。

 だが実際に止められ無かったのは単純に俺の協力者達が悪い方向に優秀だったからだろう。

 そうでなければ十数年で国は崩壊しない。


「その上で連中に利用されて気づいた頃には取り返しのつかない所まで進んでしまうじゃろう。それくらいのアホじゃ」


 罵倒されてはいるんだが、言っている事が全部正しくて当たっているから反論出来ない。

 正論でタコ殴りにされている気分だ。


「じゃが、お主をそんな風に育ててしまったのは儂のせいじゃ。母の愛をあまり受けていないお主ら兄妹に妻の分まで愛情を注いで……甘やかし過ぎた」


 父上は後悔していた。

 愛を与えれば子供は立派に育つと。

 でも、ただ甘やかしただけの俺は調子に乗って国を混乱させる愚か者になってしまった。

 死ぬ直前まで父上が言っていた『なぜ』は俺が婚約破棄をした事ではなく、『なぜ』甘やかすだけで厳しくしてやれなかったのかと自分を責める意味だったのだと、処刑される前に知った。


「エリシア嬢は若い頃の妻に似ている。自分の立場を理解し、未来について明確な設計図を立てている。彼女ならばお主の良き伴侶になると儂は信じておる。フローラ公爵も娘が苦労すると分かっていながら国の為に認めてくれたのじゃ」


 それを最初から言ってくれれば俺は……。

 いいや、死ぬまでバカなままの俺だったんだ。本当の事を言われても自分は特別だから大丈夫だと根拠の無い自信を振り回していただろう。

 こんなにも俺を心配して、愛してくれていた父上が死んで喜んだなんて、俺は最低な奴だ。


「父上。今日のパーティーなんだけど、ちょっとだけ荒れるかもしれん」

「何をするつもりじゃ?」

「詳しくは話せない。だが、俺自身が決着をつけなくてはならないんだ」


 そろそろ貴族達が次々と城に集まる。

 主催者側としては挨拶周りもしなくてはならない。


「だから、何も言わずに見守ってくれ。父上が愛した息子がどんな男になったのかを」


 具体的な事を何も言わないあやふやなお願いだ。

 しかし、婚約破棄や未来の話をしても余計な混乱をさせるだけだ。

 精神的に弱りやすい父上に心配をかけたくはない。


「……わかった。好きにするがよい」

「父上!」

「じゃが忘れるな。儂はいつどんな時もお主を見捨てたりはせぬ。アホな事をして結果として最悪の事態になっても王としてではなく、父親としてお主の味方じゃ」

「……パパ……」


 そんな事を言われては我慢出来ない。

 ボロボロと涙を流す俺の頭を父上は優しく撫ででくれた。

 だが、いつまでも感情に浸っている場合ではない。

 まだ俺には特大サイズの問題が残っている。

 パーティーに出席する準備のせいで事前の解決は無理だが本番で何とかする。してみせる。


 さて、次。






 ◇◇◇






 ついにパーティーが始まった。

 城内にある大広間には国内のあちこちから貴族が集まっている。

 音楽家達が演奏をし、テーブルには豪華な料理や高い酒が並べられてワイワイと賑わっている。

 その会場に俺が立ち入ると、続々と貴族達が周りに集まってくるので他愛もない話をして彼女が来るのを待つ。


「ごきげんようグズカス王子」


 するりと俺の腕に抱きつき、人目も気にせずに体を押し付けてくる女が現れた。

 盛りに盛った髪と化粧。抜群のプロポーションで男共の視線を釘付けにする彼女は俺の未来の妻だったヴィッチ・キャバック男爵令嬢だ。


「よう。ヴィッチ」

「わたくし、今日を楽しみにしていたわ」


 うふふ、と妖艶に笑う彼女からは色気がムンムンと出ている。

 何もかも男ウケするような計算尽くめのヴィッチに惚れてしまったのも婚約破棄を企んだ原因だ。


「パーティーが終わったらわたくしの部屋に来てちょうだいね」

「ソウデスネ〜」


 未来で俺はこの女の掌で転がされて利用された。

 婚約破棄をした後、俺はヴィッチと結婚して王妃に迎え入れるのだが、このアバズレはとんでもない事をしでかしてくれる。


 そもそもコイツは俺以外に複数の男と同時に付き合って肉体関係を持っている。

 上は父上くらいから下は十歳くらいまで。年齢関係無しにイケメンや美少年を喰っている。不倫なんてお手の物だ。

 王妃になってからは付き合っている連中を国の重役にするよう俺に指示をして自分だけのハーレムを作り出した。

 金遣いも荒く、城の金庫を空っぽにしやがった。


 そして一番に許せなかったのは、革命が起きて自分の身が危なくなった瞬間に逃げた。

 ついでとばかりに俺に全てをなすりつけて国外に高飛びしようとした。まぁ、妹に見つかって俺の横で処刑されたけど。


『アンタのせいよ!アンタみたいな人間のクズと結婚なんかしたからアタシの人生が狂ったのよ!!』


 死ぬ直前まで俺を罵倒していたヴィッチ。

 そこで俺は自分の愚かさに気づいたのだ。


「どうしたのグズカス?」


 俺を心配するフリをして胸元を見せつけるヴィッチ。

 残念ながらコイツの本性を全て知っている俺にはもう通用しない。

 こんなのにコロッと騙される俺は本当にバカだったんだと再確認出来た。


「あら、ターゲットがやって来たみたいよ」


 ヴィッチの言葉を聞いて会場の入り口を見ると、誰からのエスコートも無しに一人寂しく入場する女がいた。

 大人しめな服装に化粧も薄め。ヴィッチと真逆の雰囲気を出している彼女が俺の婚約者であるエリシア・フローラだ。


「ねぇ、そこにいるのはエリシア公爵令嬢様ですわよね。どうしてお一人なのかしら?」


 会場で気まずそうにしているエリシアにヴィッチが声をかけに行く。

 腕を掴まれている俺は引っ張られる形でエリシアの前に立った。

 この女、俺が窮地を抜け出す案を必死に考えていたのに!


「グズカス様……そちらは」

「初めまして。わたくしはヴィッチ・キャバックよ。王子とはこういう関係なの」


 俺の隣に知らない女がいてショックを受けるエリシア。

 それをいいことに笑みを浮かべながら自慢するように掴んだ腕を見せつけるヴィッチ。

 離れろっての!お前がヤバい奴だって知っている俺は鳥肌立ってんだよ!

 王子の俺が婚約者じゃない別の女を隣に立たせている事に会場内がざわつく。

 父上やマブシイーネ、ロッキはこちらを心配そうに見ているが、事前に騒ぎになるとは伝えてあるので近づくつもりは無いようだ。


「今日は王子から大事な大事な話があるそうだわ」


 ざまぁ見ろとヴィッチがエリシア相手にニヤニヤしているが、地獄を見るのは彼女じゃない。


「グズカス様……大事な話ってまさか……」


 普段の俺の態度、そして隣に立つヴィッチから何か嫌な事が起きると感じたエリシアは顔を青くする。


 あの時、時間を遡る前に婚約破棄を突き付けた時もエリシアは似た顔をしていた。

 この世の終わりを知らされたような表情で泣き崩れてしまった彼女を俺は笑っていたのだ。

 煩わしい邪魔者が消えて俺の輝かしい未来が訪れたと信じて。

 だが、現実は真逆で俺は死んだ。俺が導くはずの民衆に囲まれて処刑された。


 ーーーそうだ。あの民衆の中に一人だけ祈るように手を合わせていた女がいた。俺とそう変わらないような年のやつれた女。


 あの癖は誰がよくしていたっけ?


「わたくしから言ってあげるわ。彼はアンタと()()()()をしたいってね」


 エリシアの顔が絶望に染まり、信じられないといった様子で縋り付くように、祈るように手を合わせた。


 ーーーもしや、俺にやり直す機会を与えたきっかけは彼女かもしれんな。


「ねぇ、今どんな気分よ?」

「清々しいくらいに胸くそ悪いな」

「え?何を言ってるのグズカス」


 俺の言葉に戸惑うヴィッチ。

 いい加減に気持ち悪いので無理矢理突き飛ばして腕を解放させる。


「な、何するのよ!」

「お前の方こそ何をしている。男爵令嬢如きが俺の婚約者を泣かせるな」


 するりと肩に手を回して俺はエリシアを宥める。

 涙を流している彼女にハンカチを取り出して渡す。


「すまんなエリシア。お前を傷つけてしまった」

「……グズカス様?」

「やっと決心がついた」


 俺の身分と顔だけに近寄って来たヴィッチ。

 俺がバカだと知っていながら十数年も側にいてくれたエリシア。


 こんなもの、選択肢を間違えるのはよっぽどのマヌケで愚かで大バカ者だ。


「グズカス!さっさとそいつを追放しなさいよ!」

「黙れ!」


 ヒステリックになってエリシアを指さすヴィッチを黙らせる。

 さっきまで隣にいた女を急に罵倒したものだから会場がシンと静まり返った。


「ヴィッチ・キャバック。お前の企みはここまでだ!」

「な、何を言ってるのグズカス?そこの女に婚約破棄を突きつけるんじゃ……」

「あぁ、それは嘘だ」


 本当に婚約破棄をしようとしていた事を逆手に取らせてもらうぞ。


「俺はお前の悪事を探るために近づいていたのさ」

「あ、悪事ですって!?」

「そうだ。クリプトン侯爵、ラルド伯爵、バーミリオン辺境伯、このヴィッチと結託して税を誤魔化していたのを俺は知っているぞ」

「「「なっ!?」」」


 会場内にいた複数の貴族の名前を出す。

 今呼んだ連中は未来でヴィッチのハーレムに入り、甘い汁を啜っていた連中だ。

 今の段階ではヴィッチを支援して俺を籠絡しようと企んでいる。あと全員ヴィッチと肉体関係な。


「あとはエリシアを含めた他の令嬢達への虐めについてだ」

「虐め?何のことかしら?」

「しらを切るつもりか?俺は全て知っているぞ」


 名前を出していくとヴィッチの顔色がどんどん青くなっていく。

 直接ヴィッチから聞いてはいないが、未来でネタは上がっていた。

 他にも後からでも叩けば叩くだけボロが出るのは分かっている。


「う、嘘よ……なんでアンタが……」


 無能のくせに……という呟きも聞こえた。


「この国を守るのが俺の使命だ」


 もう革命による内乱なんてゴメンだ。


「おい。誰かこの女をつまみ出せ」

「許さない!覚えておきなさいよグズカス!顔だけのお飾り王子のくせにぃいいいいいいいい!!」


 騎士達に連行されて会場から退場するヴィッチ。

 あとできっちり取り調べして悪事の数々を明らかにしてやる。

 大体の悪事がお前に関係あるって身をもって体験したからな!


 パチパチパチパチパチパチ。


 騒ぎが終わると会場中に拍手が鳴り響く。

 何の拍手なのか分からない俺にエリシアがこっそり耳打ちをしてくれた。


「皆さまはグズカス様の活躍に感動していらっしゃるのですよ」

「俺はただ自分のために必死になっただけだぞ」

「そのお姿がカッコよかったんですわ」


 顔を赤くしながら笑いかけてくれるエリシア。

 成長してから初めて見る彼女の笑顔に俺は見惚れてしまった。


「エリシア。いままで冷たい態度を取っていて虫のいい話なんだが、改めて俺の婚約者として支えてくれないか?」

「はい。喜んでグズカス様!」


 こうして俺は未来が大きく変わる選択をした。

 婚約破棄さえしなければ俺の素晴らしく明るい未来が待っているんだ!


 うへへへ……俺の未来は自由さ……。




























 その日の夜中。

 24時間を無事に乗り切った俺の部屋にエリシアが訪ねて来た。


「こんな夜中にどうしたエリシア?」

「私、嬉しくて……グズカス様がやっと私に振り向いてくれたから…」


 蕩けるような声で俺に甘えてくるエリシア。

 いつも俺に王子らしく振る舞うように小言を言っていた彼女とは思えないな。


「長い間待たせてすまなかった」

「本当ですよ……ずっと……何十年も……」


 ん?今なんて?


「私はグズカス様だけをずっと愛しています。いつまでもいつまでも貴方だけを思って貴方のために尽くします」

「おいエリシア。ちょっと力が強くないか!?」


 息の荒い彼女にベッドに押し倒される。

 俺を見つめるエリシアの瞳にドロドロとした……。


「もう私以外の誰も愛せなくさせてあげますわ。うふふふふ。朝まで寝かせませんよ?」


 ヴィッチなんか比にならない妖しく艶のある雰囲気のエリシアが覆い被さり、俺はーーーーー。























 ユグドラシル王国。

 国民に活気があって豊かなこの国には肌がつやつやした王妃とげっそりしながらも幸せそうな王が子供達に囲まれて幸せに暮らしましたとさ。





誤字脱字報告をお待ちしてます。すぐに修正しますので。


みなさんのおかげでコミカライズ化しました。

単話版が現在コミックシーモアで先行配信中です。

2025年4月15日(火)発売の【訳アリ悪役令嬢たちが幸せな溺愛生活を掴むまで アンソロジーコミック③】に収録されます。

詳しくは活動報告や作者Twitter(X)でお知らせしております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 婚約破棄大喜利に、また一つ素晴らしい回答が!!
[良い点] エリシアがヤンデレさんw [一言] エリシアはどうしても王子から愛してもらいたくて何度も我慢していたが、次のループに入ったらもうなりふりかまわずショタの頃に襲って既成事実化するつもりだった…
[一言] 何回よんでも面白いです。
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