第7話 二人の師
「ぶ、ブラッドウルフが一瞬で……!」
ローブの二人が狼狽えている間に、誘拐された少年が幸太郎の元に駆け寄る。少年が目元に涙を溜めていたので、幸太郎は少年の頭にぽん、と手を置く。
「もう、大丈夫だから」
少年を後ろに下がらせ、幸太郎は細剣を構える。
「クソ!オレの魔法で殺してやる!」
「やってみろよ、三下」
「「ヒュージウィンド!!」」
ローブの二人が同時に魔法を放つ。だが、魔人将軍の魔法を二度目にした幸太郎にとっては…
───遅い、あまりにも…!
幸太郎は連続で放たれる風の魔法を避けながら、大地を蹴り接近する。限界まで近づいた幸太郎は、足を止めることなくそのまま斬る。
イメージするのは、穏やかな川の流れ。力み過ぎないよう、加減に気をつける。
「 清 流 剣 !!」
流れる動きで斬り抜ける。一拍空けて、ローブの二人は地に伏す。二人からしたら、いつの間にか斬られていた、という感覚だっただろう。
「見事じゃ!まさか一発でできるとは思っていなかったぞい」
ぱちぱちぱち、と拍手しながら近づくバジル。それに対し、幸太郎は不敵な笑みで答える。
「へへっ、目はいい方なのよ、俺」
「クソォ!!」
「!?」
傷が浅かったようで、ローブの男の片方が起き上がり、洞窟の出口へ走り出す。幸太郎は慌てて追いかける。
「バジル、多分奥にいる子供達をよろしく!」
「わかっとるわい!」
幸太郎は全力で走るが、なかなか追いつけない。
「逃げ足速いなあいつ…!」
洞窟を出ると、ローブの男が森の中に入っていくのが見えた。
「まずい!」
幸太郎は森の地形を把握していない。追いかける上で、森に入られるのは幸太郎にとって不利だった。
なんとしても追いつかねばと、幸太郎がさらに速度を上げようとしたその時だった。
「こらー!誘拐した子供達を返しなさい!」
前方から橙色の髪の少女が走ってくる。幸太郎はその少女の顔をどこかで見たような気がして、思い出そうとする。
「邪魔だァ!ヒュージウィンド!!」
風の魔法が放たれるが、少女は簡単に避け、すぐさま攻撃の姿勢に入る。
「じゃあこっちも魔法で…レノファイア!」
少女の手のひらに炎の球が出現する…が、次の瞬間、ボシュウ、と虚しい音を立てて消えてしまった。
「また、失敗……」
涙ぐんで地面に手と膝をつく少女。間の抜けた空気感を遮り、ローブの男は笑い声を上げる。
「ろくに使えてないじゃねぇか!ケハハハハ!今度こそ死ね!」
助けなければ、と幸太郎が駆け出す。
「こうなったらいつも通り剣で…!」
少女は懐から剣を取り出し、構えた。幸太郎はその構えに既視感を覚える。
「バジル流剣技…」
「!?」
「死ね死ね死ね死ねぇ!ヒュージウィンドッ!!」
「…激流斬!!」
風の魔法は少女の斬撃によって弾き返され、ローブの男を襲う。ローブの男はそのまま吹き飛ばされる。幸太郎は唖然としていた。
少女が幸太郎に駆け寄り、話しかけてくる。
「私の名前はチコリ。あなたは?」
予知夢で見たのはここか、と納得する幸太郎。
「俺は幸太郎。誘拐犯を追ってたんだけど…っていうかさっきの剣技は!?」
「バジル流剣技。おじいちゃんに習ったんだよ!」
少女は誇らしげに答える。その言葉で全ての点が繋がり、幸太郎は納得した。
そのとき、誰かが走ってきた。
「おーい!チコリ!……いきなり……走るなよ…!」
息を切らしながら走ってきたのは、紺色の髪の少年。少年は立ち止まると、手を膝に当てて休んだ。
「ビーツ!遅いよ」
「お前が速いんだよ!」
「もう誘拐犯も倒しちゃったよ?」
「…そこでのびてるヤツだな。…!?……こいつ、人間じゃない…ゴブリンだ…!」
「聖水の効果で、弱い魔物は街に入れないんじゃ?」
素朴な疑問を口にするチコリ。幸太郎はその発言を聞き、聖水ってやっぱり魔物に有効なんだなぁ、と感心する。
「ああ…本来この程度のゴブリンが街に入るのは不可能なはず…このローブに聖なる力を無効化する作用があるのか?いや、逆か…着た者の邪気を遮断する効果といったところかな…だがこんな高等技術、このゴブリンにできるとは思えないぞ…」
ビーツと呼ばれた少年は、ブツブツと喋りながら分析を始めてしまう。完全に自分の世界に入ってしまったようなので、幸太郎とチコリは洞窟に向かうことにした。
二人が歩き始めたそのとき、洞窟の方からバジルが子供達を連れて歩いて来た。
「全員救出したぞコウタロウ…おおっ!?チコリ!元気にしとったか!」
「全然元気だよおじいちゃん!」
「うむ、積もる話は全部終わった後じゃな。街に戻るぞ!」
誘拐犯のゴブリンと子供達を連れ、街に戻る一行。子供達が全員家に帰るのを見送った後、魔法学校を訪れる。
魔法学校は木造の建物で、それほど大きくはない。想像してたのと違うなぁ、と思いながら幸太郎は建物に足を踏み入れる。
「先生!ただいま!」
「先生、ただいま戻りました」
チコリとビーツが教室に入り挨拶をする。先生がどんな人なのか気になった幸太郎は、教室の中をのぞき込む。しかし、それらしい人は見当たらない。
「よく無事に戻った、二人とも。まあまず皆座りなさい」
紳士的な声が聞こえた方を見ると、ゼリー状の軟体生物がいた。
「す、スライム…!?」
思わず感嘆の声を上げる幸太郎。スライムと言っても、その軟体生物は某RPGのようなしずく型ではなく楕円体に近い形。スライム状の体の中に核のような球体が浮いている。
「グランドスライムの先生だよ!」
「スライムが、先生…!」
「驚くのはいいが、なにか用件があって来たのだろう?」
「ああ、そうだった!…えーと、ルナエ王国が魔王軍に襲撃を受けました。それで、伝説の勇者を探し出さないといけないんです」
「勇者!?勇者って言った!?」
勇者という言葉に反応してはしゃぐチコリの頭を、ビーツが軽く叩く。
「すみません。続けて」
「…そして、俺も強くならないと魔王軍と戦うことができない…だから、魔法を教えて欲しいんです」
「国…いや世界の危機か…ああ、いいだろう。私もできる限り協力する。だが、魔法は才能によるところが大きい。そう簡単なものではないぞ」
「覚悟は、できてますよ」
既に覚悟が決まっていたので、即答する幸太郎。一日にして二人の師を得た訳だが、その分修行の苦労も二倍である。幸太郎の覚悟が揺らぐかどうかは、この先決まるのだ。
読んでいただきありがとうございます!
前回の終わりと今回の始まりが不自然になってしまいました(反省)
こういうミスもありますが、どうかこれからもよろしくお願いします