第5話 会随
ほどよく揺れるので、幸太郎にとって馬車の旅は心地よく快適だった。
暇だという一点を除いて。
元々幸太郎は常に何かしていたい、常に泳ぐマグロのような人間である。そんな幸太郎にとって退屈とは耐え難いものだった。この世界に転移する前の暇な時間ではスマートフォンをいじっていたのだが、幸太郎のスマートフォンはバッテリー切れでもう使えない。さすがに御者に話しかけるのは気が引けたので、これからのことについて適当に考える。
まずは勇者について。ルナエ王に頼まれて勇者捜索を請け負ったわけだが、自分が勇者の姿を全く知らないことに気づき、どうやって探せばいいのか全く検討がつかず途方に暮れていた。心が読めるということもあり、他の人間より向いているし適任なのは確かなのだが、やっぱり気が遠くなるなぁと幸太郎は考えていた。
その時だった。突然馬車が止まる。
「…どしたの御者さん?」
「ま、魔物がっ!」
「魔物…!?どれどれ?」
身を乗り出し、幸太郎は外を見る。たくさんの魔獣がいたが、こちらを向いているものは一匹もいない。魔獣の視線の先には1人の老人がいた。魔獣は妙に殺気立っていて、次の瞬間老人に飛びかかる。
「危ないじいさんっ!」
幸太郎は飛び出そうとするが、その必要はなかった。老人は、なんと襲いかかってくる魔獣を剣で叩き斬ったのだ。荒々しく豪快ながらも見事な剣さばきで次々魔獣を切り裂いていく……が。
(さすがに数が多すぎるよな…!)
「御者さん!この剣借りていい?」
「助かるならなんでもいいです!早く倒しちゃってください…!」
きちんと確認をとった幸太郎は荷台に積んであった剣を手に取り馬車を飛び降りる。
「助太刀するぜじいさん!」
剣など持つのは初めてだったが、幸太郎の目にはケルビスと加賀美の戦いが焼き付いていた。二人の戦いをイメージし、そのイメージに自分の体を重ね合わせて動く。再現とまではいかないが、そこらの魔獣を相手にするのに問題ない程度には動けた。
「…うん。結構動けるもんだね」
敵を斬るたび練度を上げて、剣を振るう。気づくと魔獣はすべて地に伏していた。
「いやあ、助かったわい!」
老人が駆け寄ってくる。
「いいってことよ!…ところでじいさん、このあたりはいつもこんな感じなのかい?」
「いままでは魔獣達がこんなに凶暴ではなかった。最近、数も多くなかったように感じるのう」
「…魔王の影響とかかなあ」
とりあえず戻ろうと幸太郎が馬車の方を向くと、いつの間にか御者がすぐ側まで来ていた。
「予定変更です。今日中にサフランへたどり着けなさそうなので、今晩は野宿にしましょう」
「少し歩いたところにわしの小屋がある。お礼というのもなんじゃが、泊まっていかんか?」
「いいの!?ありがとじいさん!」
「ハッハッハ!礼はせんとな!」
かくして、老人の小屋に向かい歩き始める。人と話すことに飢えていた幸太郎は、老人との会話を弾ませる。
「じいさん、名前はなんて言うの?あ、俺幸太郎ね」
「わしはバジル。ただの木こりじゃよ。コウタロウ、おまえさんはなぜ旅をしているのじゃ?」
「ああ、俺はね、勇者を探してるんだ。一筋の希望の光をね」
「勇者、か……わしの孫は昔から、勇者のお供になりたいと言っておったなぁ」
「お孫さんがいるんだ?」
「ああ、おまえさんと同じくらいの歳の可愛い可愛い孫娘がな。わしの唯一の生きがいとも言える。今は魔法を習いにサフランの街へ行ってしまったが…元気にしておるかのう」
幸太郎は、バジルの言葉の裏に孫の心配の他に陰りがあることを感じ取り、そこが気になった。
話しているうちに、バジルの小屋へたどり着く。御者は馬車の中が一番落ち着くとのことで、馬車に籠った。
バジルはご馳走を振る舞うと言って夕食を作り始める。幸太郎はさっき見たバジルの戦い方について考えていた。
(木こりだって言ってたけど…あの動き、普通じゃないよな…)
聞いてみればわかるだろう、ということで考えるのはやめた。
「夕飯、できたぞい!四角牛のステーキじゃ!」
「四角牛…それってものすごく辛かったりする…?」
その名前を聞いて、咳き込む加賀美の姿を思い出す幸太郎。四角、ということは三角牛より辛いのでは、という考えが頭をよぎる。
「三角牛と違って、四角牛の辛さはたいしたことないぞ。客人に三角牛の肉を出すほどボケてないわい!」
「あっほんとだ…おいしい」
それは予想以上に美味だった。よく引き締まっていて、刺激も与えてくれる良い味わい。その味は幸太郎を満足させた。
「四角牛は気性が荒くてな、捕まえるのが大変なんじゃよ。まぁわしの手にかかればどうということもないがな!」
「じいさんってすごく強いよな。昔、戦士かなにかだったの?」
「…それがな、わしにもわからんのじゃ」
「わからない?」
「15年前に記憶を失ってな。自分が何者かわからぬまま過ごしてきたのじゃ」
「じゃあ、孫って…」
「まだ赤ん坊だったあの子は、記憶を失ったわしが目覚めた場所にいたんじゃ。本当の孫かどうかもわからんのじゃが」
「そうだったのか…」
「さっき言った通り、あの子がわしの生きがいじゃからな。記憶のことなど気にしていないわい!」
軽く笑い飛ばすバジル。しかし幸太郎はさっきと同じような違和感を感じる。幸太郎は思ったことを言うことにする。
「…嘘はつかないほうがいいよ、自分の心に。本当は、自分が何者か知りたいんじゃないかい?俺には、じいさんが何か使命感に追われてるように見えたよ」
「………」
「やらなくちゃいけないことがあるけど、記憶が無いからなんのことかわからないってとこかな」
「……まるで、心の中を見られたようじゃな。そう、わしにやらなくてはいけないことがあるようなんじゃが、まるで思い出せんのじゃ」
「じゃあ協力するよ、じいさん。旅をすれば、じいさんのこと知ってる人が見つかるかもしれない」
「旅か…なんだか心躍るのう!」
「うん、わかるよじいさん」
「そうじゃ、わしのことを呼ぶときは名前で呼べ!記憶を失ってから15年。つまりわしは実質15歳!おまえさんと変わらんということじゃ!ガハハハ!」
さっきまでのしんみりした空気が嘘だったかのように、豪快な笑い声が響く。幸太郎とバジルの話は盛り上がり、夜遅くまで続いた。
夜は明け、二人はサフランの街へ向けて出発する。探し求めるは勇者とバジルの記憶。どちらも気が遠くなるが、そんなことは関係ない。彼らの胸には、果てしない探究心があるのだから。
読んでいただきありがとうございます!これから仲間が増えていく予定なので、彼らをよろしくお願いします。