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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

王女様は男爵令嬢の側仕え。別にお嬢様に下克上された訳ではありません。

作者: 和泉 佐歩

2021/06/28 細部修正

「んん、もう朝か……」


 窓から聞こえる小鳥の一鳴きで、目が覚めました。


 私は、とても耳が良いのです。だって私は獣人、普通の耳の他に、頭の上に灰色のケモ耳を装備しています。


「よっこいしょ」


 板の上にゴザを数枚重ねておいただけの質素な寝台から立ち上がり、メイド服、仕事着へと着替えにかかります。


「あー、何回やってても本当に面倒!」


 スカートに開けられた尻尾用の穴にモフモフの尾を通しながら、ブー垂れます。私としては、スカートの中に収納しておきたいのですが、私の主人、私の所有者が許してくれないのですから仕方がありません。


『こんな可愛い至高のアイテムを授かっているのに、それを隠すだなんて、天に唾するのも同じこと、あってはならないことだわ!』


 至高のアイテムねえ、その至高のアイテムがついているせいで、私達、獣人は人として扱われず、奴隷として売買されるのに……。


 この国、クナウスト王国では、愛玩動物(ペット)として可愛がられでもしない限り、獣人の生活は悲惨としか言いようがありません。


 死にはしない程度の酷い待遇で、さんざん働かされますし、若い者、見目の良い者は、性欲処理のために使われることも多々あります。私も以前の持ち主のところでは、そうでした。何度も何度も慰みものとなりました。幾度、死にたいと思ったことでしょう。


 でも、今の主人に買われて、私の生活は変わりました。良い方へ激変です。過酷な労働もありませんし、支給される食事も衣服も、人の使用人となんら変わりありません。


 さすがにお給金は出ませんが、時々出るおやつを半分、分けてもらえます。


『ごめんね。まるまる全部あげたいのだけれど、私も甘いものは大好きなのよ。半分で許して』



 今の主人、彼女に出会ったのは二カ月前、喧噪にざわめく奴隷市場でです


 私は店先に鎖で繋がれ、うずくまっていました。首から、「特価セール品」というプレートを下げて……。私の左頬には、前の所有者によってつけられた大きな傷があります(彼には嗜虐の趣味がありました)。これでは高くは売れないと奴隷商は判断したのです。


 そこへ、二人の男女、長い赤毛の髪をなびかせ颯爽と歩く少女と、その少女に付き従う若い男性がやって来ました。普通、このようなところを訪れるのは脂ぎった中年男性が殆ど、もしくは、連れとして、その夫人や愛人達。若い二人はとっても場違いでした。


「シェリルお嬢様、いくら入学する学院の寮の規則で側仕えを付けなければならないとはいえ、さすがに獣人というのは……。どうか、お考え直しを」


「仕方ないでしょ。わが男爵家は貧乏が極まってます、もうこれ以上人を雇う余裕などありません」


 少女は、どうです、文句は言わせませんよ、という感じで鼻息を荒くしています。力をいれて見せる顔がなんとも可愛く愛らしいです。


 私は思いました、相当なジャジャ馬ね。


 普通の少女なら、この雰囲気、(獣人をとはいえ)人を売り買いする市場独特の澱んだ雰囲気に飲まれて、あのように堂々とは振る舞えません。()()()()でも多分同じです、頭を下に向け通り抜けるのがやっとでしょう。


 従者の若い男性も彼女に負けてはいません。食い下がります。


「お金のことも大事ですが、お家の体面も考えて下さいませ。それに、お嬢様も獣人の側仕えも、絶対蔑まれ、いじめられますよ。それでも良いのですか?」


「いいわよ。うちは没落して久しいもの、もう体面なんてありはしないわ。そして、いじめなんて平気。箱入りのお嬢様方に出来るいじめなんて高が知れているわ。まあ、側仕えになる獣人の娘には気の毒に思うけれど、そこはそれ、私も同様にいじめられるんだから我慢してもらいましょう」


 私は耳を疑いました。今、あの赤毛の少女は言いました。


 『獣人の娘には気の毒に思うけれど……』


 人から見て、獣人は物です。売り買いし、所有者であれば殺すことさえ許されています。(さすがに、それなりの理由がないと……ですが)


 獣人はそういう扱い、そういう地位なのです。人から気持ちを忖度(そんたく)、推し量ってもらえることなど滅多にあることではありません。


 この娘、良い子ね……。そう思った時、


「あ! マイルズ、見て見て!」


 彼女の大きな目がさらに見開かれ、私を見つめていました。


「この狼の()、こんなに可愛いのに、こんなに安いわ! 決めた、私、この()にする!」


 こうして、私は赤毛ロングの女の子、男爵家令嬢、シェリル・フォン・アールベックの所有物、側仕えとなったのです。




「今日は、お茶会のご招待があるから、ドレスはあのオフホワイトの……。ネックレスは……」


 今日の予定のことを考えながら、お嬢様の朝の用意を整えて行きます。着替え、よし! ブラッシングの用意、よし! 洗面用の盥の水、よし! 全て、よし!


「お嬢様、起きて下さいませ。朝ですよ、お嬢様」


 シェリルお嬢様は、朝が弱いです。


 カーテンを開けた窓から燦燦(さんさん)と陽が差し込んでいるのに、私が何度も声をかけ、体を揺すっているのに、貴族としては大変粗末な寝具(私の使っているゴザよりちょっとマシな程度)の上で、ぐっすり、すやすや。寝言まで言う始末。

 

「先生~、私は魔力を持っておりません。魔法の授業はパスして良いですか~、良いですよね~」


 お嬢様、気が早いですね。学院への入学は来月ですよ。それに、魔力の無い生徒には、魔法の授業はありません。あれは、魔力がある生徒のみが取れる選択科目です。


 お嬢様は全く起きる気配を見せません。いつものごとく最終手段に出ることにしました。


 起きろ、この寝坊助!


 えいや! ゴロン! 「うげっ!」


 アールベック男爵家御令嬢、シェリル様は床の上の住人となられました。


 それでもまだ、寝ぼけ眼なお嬢様の尻を叩き、洗顔と着替えを済ませ、髪のブラッシングにかかりました。お嬢様の髪はかなりのロング。毎日の手入れはかかせません。


「フレドリカ、あの起こし方、もう少しどうにかならない?」


 フレドリカは私の名前です。そして、以前は()()()()()()でありました。


「なりません。最初は普通に起こしているのです。シェリルお嬢様が、その時に起きて下されば何の問題もございません」


「それはそうかもだけどー。あ、そうだ。フレドリカのモフモフの尻尾で私を撫でててよ、そうしたら、あまりの気持ち良さに起きれるかも!」


 ちょっとお嬢様、後ろを向かないで下さいませ。今はブラッシング中です。


「イヤですよ。どうしてそのようなことを、しなければならないのですか」


「えー、何でよー。ケチね、減るものじゃなし」


 確かに減りはしませんが、尻尾は私の性感帯。朝から変な気分になりたくありません。


 髪の手入れが終わった後、お嬢様の朝食のため、二人でダイニングに向かったのですが、途中で、トーマス爺に呼び止められました。トーマス爺は、この家に長年使えている最古参の使用人です。


「フレドリカ。焼却炉に火を入れたいんだが、生憎、生木でな。なかなか燃え上がらん。お前さんの魔法で燃やしてくれんかの」


 私はお嬢様の許可をもらい、トーマス爺と一緒に焼却炉へ向かいました。



「我は炎の覇者、火炎の煉獄を統べる者。我は炎の覇者、火炎の煉獄を統べる者。我は……」



「何をブツブツ言っとるんじゃ?」


「心を鼓舞しているんです。魔法は魂から発するものなので、心が高揚していないと使えないんです」


 まあ、これは、私のような普通レベルの魔法使いでの話。上級魔法使いは違います。例えば、私の父。父は心がどのような時でも、いとも簡単に魔法を操りました。


「ほう、魂から……。なんか難しいのー、わしにはようわからん」


 生木は、あっさり燃え上がりました。使ったのは中級火炎魔法、生木など、めではありません。


「ありがとうな」そう言って、トーマス爺は頭を撫でてくれます。


「それにしても、フレドリカは凄いのー、頭が良い上、魔法まで使える。尻尾や、その傷がなければ、伯爵家にだって嫁げようものを……。神様は残酷じゃな」


 神様は残酷。以前は、よくそう思いました。恨みました。


「いえ、そうとも限りませんよ。今の私は幸せです。獣人なのに、皆様に、こんなに良くして頂いて……。天国にいる気分です」


 このまま話していると泣いてしまいそうでした。


「お嬢様のところへ戻ります」


 トーマス爺に、お辞儀をし、その場を離れました。ダイニングに行くと、他のご家族様方は、もう朝食を終えられたようで、お嬢様一人だけが食べておられました。


 私はお嬢様の背後へ、足音を消し忍び寄り……。


「お嬢様! 背もたれに、もたれてはなりません!」


 ビクッとなり、背筋を伸ばされるお嬢様。


「背もたれは、もたれるものではないのです。何度言ったら、わかってもらえるのですか?」


「フレドリカ、貴女の言っていることは矛盾しているわ。背もたれよ、名前に『もたれ』って入っているのよ。それなのに、もたれてはいけないって、どうなのよ」


「どうなのよではありません。そういうものなのです、マナーなのです! お嬢様が文句を垂れても、変わることではありません!」


「ううっ」


 お嬢様は、私の剣幕に涙目になられました。


 私は、シェリルお嬢様に買われて、側仕えになりましたが、お仕えして数日で、大変驚き、憂慮いたしました。


 お嬢様は、読み書き計算等はそれなりでしたが、貴族令嬢として社交に必要なもの。マナー、会話術、ダンス、芸術的素養(文学、音楽、絵画)等の習得等が全く出来ておりませんでした。これで、もうすぐ貴族学院へ入学するというのですから、呆れて果ててしまいました。


 親御様である、男爵ご夫妻は何を考えていなさるのでしょう?


 さすがに、ご夫妻には聞けないので、男爵様の従者であるマイルズさんに聞いてみました。


「ご夫妻は、大らかな方なので元気に育てば良いという感じですね。それに、家庭教師も金がかかりますしねー、悲しいことですが」


 頭が痛くなりました。悲しいことですが、で、済ませて良いことではありません。


 このままでは、獣人の側仕えを連れているからとか言う以前に、お嬢様は脱落します。弾き飛ばされます。基本的なマナーも会得せず、やっていけるほど貴族社会は甘くはありません。


 こうなったら、私がお嬢様を根本から鍛え直すしかないでしょう。私は、お嬢様の側仕え、私がやらねば、誰がやると言うのです。


「お嬢様、お茶会に行くまで、かなり時間がございます。ダンスの練習をいたしましょう」


「えー、ダンスー」


 お嬢様、その露骨な顔は何ですか。そんな表情、絶対、外でやっては駄目ですよ。


 私達は、床がギシギシと鳴る廊下を通り、広間(ホール)へ向かいました。アールベック家のお屋敷は、男爵家としては大きい方です。しかし、お金がないせいか、全く手入れ、修理がされておりません。あちこちボロボロです。このまま放置すれば、後数十年で朽ちてしまうでしょう。


「はい、ワン、ツー、スリー、ワン、ツー、スリー。良いですよ、奇麗なターンです」


「ワン、ツー、スリー、ワン、ツー、スリー」


 私が男性役となり、リードします。シェリルお嬢様の運動神経は良い方です。教え始めてまだ十日もたっておりませんが、かなり様になって来ております。上手な男性が相手なら、舞踏会で踊っても失笑を買うことはないでしょう。


「今日は、これくらいにしましょうか。お疲れさまでした」


「ありがとうございました。フレドリカ()()」ぺこり。


 汗だくのお嬢様が頭を下げてくれました。


 彼女の心に垣根は殆どありません。相手の実力を認めれば、きちんと敬意を表してくれます。たとえ、その相手が私のような獣人であったとしても。


「ああ、疲れた」


 お嬢様は、ドカッと床に座り込まれました。何ですか、はしたない。そのような動作、淑女がして良いものではありません。私は窘めようとしたのですが……。


「ねえ、フレドリカ。前から聞きたいと思っていたんだけど、貴女、何者?」


「何者?と言われましても……。ただの獣人の娘、オオカミ娘です」


「そんな訳ないでしょ。ただの獣人の娘が、貴族の嗜み全部に通じていて、それどころか、魔法まで使えるなんて有り得ない。ほんと、貴女、何なの?」


 お嬢様の疑問は当然のことでした。いつか、そう聞かれるのは覚悟しておりました。最初は、普通の獣人の娘と同じような振る舞いをしようと思っていたのですが、「お嬢様を鍛え直さねば!」と決意したので、それは不可能になりました。


 う~ん、どうしましょう。真っ赤な嘘で誤魔化そうとも思いましたが、それは、やはり嫌でした。彼女は恩人です。私に生きる希望をくれた人なのです。


 でも、本当のことを話すのは……。私は、真実を半分、嘘を半分にすることにしました。


「絶対に他の人に話さない。そう約束していただけますか?」


「するわ、絶対に話さない。信用して!」


 両の手に拳をつくり、鼻息を荒くされるお嬢様に苦笑しながら、私は、彼女の隣に腰を降ろしました。


「シェリルお嬢様、私は、お嬢様が仰る通り、ただの獣人の娘ではありません。実は……」


「実は何?」


 お嬢様の目が好奇心に輝いています。


「実は私は、この国から遠く離れたところ、この大陸の東の果てにある獣人の国の王女、お姫様だったのです」


「ええっ! 何ですって! お姫様ですって!」


 お嬢様は、びっくりして大声を出されました。しっ、静かにして下さい。人が来たら続きを話せませんよ。



   +++++++++++++++++++++++++



 フレドリカが語ってくれた話は、私には眉唾に思えました。


 彼女の話は要約するとこうです。彼女は、獣人の国の王の娘として何不自由の無い生活をしていましたが、ある時、逆臣達の反乱に会い、父である国王、母である王妃が殺されてしまいました。彼女だけが、忠臣達の助けによりなんとか逃げ延びたのですが、逆臣達は完全に国を押さえてしまったので、彼女は自分の国に留まることが出来ませんでした。


 泣く泣く、国外へと逃亡し、流れ着いたのが、この国、クナウスト王国。しかし、ここでも彼女は不運でした。我が国では、獣人は人として扱ってもらえません。早々に奴隷商につかまり、在地の貴族に売り渡されたそうです。私のところへ来る迄、本当に辛い日々だったと、彼女は言いました。


 辛い日々だったのは本当でしょう。頬に残る大きな傷を見るだけで、彼女を所有していた者達が、彼女をどういう風に扱ったかが、簡単に想像出来ます。もし、私が彼女の立場だったら耐えられないでしょう。気がふれてしまうか、自ら死を選んでしまうかのどちらかです。


 でも彼女は違いました。過酷な運命に白旗を上げることも無く、今も背筋をピンと伸ばし、凛とした姿で、私の隣に立っていてくれます。


『フレドリカ、貴女のことを尊敬します。貴女は、私のような甘ったれ娘には勿体ない人です』


 おっと、心の声が漏れてしまいそうになりました。やばい、やばい。



 しかし……、獣人の国のお姫様だったというのは、いささかです。


 その獣人の国は、東の果てにあるとフレドリカは言いましたが、獣人が国を作った、作っていたなど、一度も聞いたことがありません。獣人が、人として扱ってもらえる国があるのは知っていますが……。


 この件に関しては、判断を保留します。彼女が、本当に姫様だったかどうかはわかりませんが、かなり高貴な身分であったのは確かでしょう。そうでなければ、フレドリカが、マナーだけでなく、貴族の嗜みに通じ、挙句には魔力まで持っていることの説明がつかないのです。


 魔力を持ちは、基本的に貴族、王族にしか現れません。(上位階層にいくほど、魔力保持者の出現率が高くなり、使える魔法も高度になっていきます)


 はっきり言って、フレドリカは謎の存在です。でも、これ以上、彼女に説明を求めようとは思っていません。私は彼女が好きです、大好きです。己が好奇心のために、彼女との関係を壊したくないのです。


「フレドリカ、私、ダンス頑張っているよね、いるよね?」


「そうですね。頑張っていますね」


「だから、今晩のピアノの練習は無しにしましょ。良いでしょ?」


「良いわけありません。音楽は必須の嗜みです、楽器一つ出来ない淑女なんて、目も当てられません」


「うう、それはそうだけど……」


「さあ、これからお茶会ですよ、お体を拭いて、お着替えを致しましょう!」


 フレドリカはすくっと立ち上がり、手を差し出してくれました。彼女の助けを借りて、立ち上がります、掌全体で彼女の温かい体温を感じながら、彼女の笑顔を見つめながら。


 ああ、神様。何時までも、この温かみを感じていられますように、何時までも、彼女の笑顔が私と共にありますように。



   +++++++++++++++++++++++++



 私は今、夢を見ています。このような夢を見るのは、昨日、お嬢様に、あのような話をしたせいでしょう。


 この夢は、過去にあったこと。十年前に本当にあったことです。


 固く閉ざされた扉の向こうから、剣を打ち合う音や鎧がぶつかり合う音が聞こえてきます。近衛の騎士達が、反乱を起こした叔父上の軍から私達を守るために必死に戦ってくれているのです。


()()()()()()、王である私が不甲斐ないばかりに、こんなことに……。お前には詫びる言葉さえない」


 父上、クナウスト王国国王陛下は、私の前に膝をつかれました。父上は、母上を早く亡くした私を乳母や侍女任せにすることなく、忙しい政務の間をぬって、娘に精一杯向かい会い、教え育ててくださいました。何を謝ることがございましょう。


「お顔をお上げ下さい。父上は何も悪くございません、叔父上が悪いのです。不正を咎められたことを逆恨みするなど……」


「それでも私が悪いのだ。弟だと温情をかけたのが間違いだった。公正を貫き、大公家をとり潰しておくべきだったのだ。くそ!」


 父上は、拳を机に打ちつけられました。大きな音がしました。


「姫さま……」


 フレドリカが私に抱き着いて来ました。この場の雰囲気に耐えられなくなったのでしょう。私の方からも彼女を抱きしめました。


「フレドリカ、大丈夫、大丈夫だから」


 口からは、嘘の言葉しか……。


 フレドリカは七歳の獣人。とっても可愛いオオカミ娘です。四年前に父上が、私にプレゼントしてくれました。フレドリカは、大変懐いてくれました。私も彼女が、可愛くて、愛おしくて……。父上はフレドリカをペットとして与えてくれましたが、彼女はそれ以上の存在になりました。


 フレドリカ……。ああ、私の可愛い妹!



 ダン!


 突如、私の体に電撃のようなものが走り、意識を失いました。


「アルティシア、アルティシア!」


 父上の私を呼ぶ声で、気をとり戻したのですが、驚愕の事態が待っていました。目の前に、父上と()がいるのです。混乱してしまった私は、視線の位置がいつもより低いことにさえ気づきませんでした。


「父上、私が、私が、目の前に!」


 眼の前にいる私が、私の手を握って来ました。


「姫さま、あたしです。フレドリカです、姫様のフレドリカです」


 私は、漸く事態を把握しました。父上が、大魔法を行ったのです。父上は王国創建以来最高と称えられる魔法使いです。でも、このようなことまで出来るとは……。


 父上が行った大魔法、それは()()()()()()(いにしえ)の大魔法使いしか出来なかったという禁忌の魔法です。


「父上、何てことをなされたのですか!」


「アルティシア、お前には何としてでも生きて欲しいのだ。お前はまだ十五歳。若い身空(みそら)で死なせとうはない。その姿なら殺されはせんだろう。許してくれ、許しておくれ」


「父上、謝る相手が違います。これでは、これでは、フレドリカが! 今すぐ戻して下さい! 私は、父上と一緒に逝きます、一緒に逝きとうございます!」


「無理だ、もう魔力は残っておらん。使い切ってしまったよ」


 願いは聞き届けられませんでした。この時の父上の何とも辛そうなお顔、私は一生忘れません。


「そんな……」


 突如、ふわっと温かみに包まれました。私になったフレドリカに抱きかかえられたのです。彼女の笑顔がそこにありました。でも、目には沢山の涙が……。


「姫さま。今の姫様はあたしです、あたしなんです。姫様、生きて下さい。あたしと共に、もっともっと生きるんです」


 強く、強く彼女に抱き着きました。嗚咽が込み上げてきます、


「フレドリカ! フレドリカ!」


 どうしてこんなことに……、どうして!!!


「姫さま、フレドリカは幸せでした。本当に本当に幸せでした。だから、なげかないで下さい、お願いです。なげかないで、あたしの姫様……」


 ここで夢は終わりました。実際の記憶も同じようにここで途切れています。この後、私の記憶が始まるのは檻の中、奴隷商の馬車の檻の中からでした。


 私は寝台から起き上がりました。夢を見ている間に、沢山泣いたのでしょう、目の周りがゴワゴワです。


「顔を洗わないと……」


 水桶のある一階へ向かいました。水桶の前に立つと、目の前にある窓から月明かりが差し込んでいて、私の顔、十七歳になったフレドリカの顔が、水面に映っていました。はっきり言って、美人です。昔の私、アルティシアより奇麗です。でも、左頬には……。


 フレドリカ、ごめんなさい。貴女の顔に、こんな傷を……。でもね、


 私、ちゃんと生きてるよ。貴女と共に生きてるからね。これからもね。これからもずっとね!



 私は盥に水を移すと、力強く顔を洗いました。


 


 

 えいや! ゴロン! 「うげっ!」 


 シェリルお嬢様は、またもや床の上の住人となられました。ホント、床が好きなお人です。


「フレドリカー! 貴女の起こし方には愛がないわ、愛が!」


「あら、何を仰います。私には、お嬢様への愛が満ち溢れていましてよ」


「どこがよー!」


 お嬢様は、とっても不満そうです。仕方ありませんねー。


「では、証明してあげましょう」


 私は床の上から、お嬢様を抱き上げました。獣人の筋力は人より強いです。


「え? えっ? 何?」


 突如のお姫様抱っこに、慌てふためくお嬢様。


「何って、睦事をするのですよ。愛を示すには最良の方法です」


「ちょ、ちょっと待ってよ! 私、殿方とだってまだなのに!」


 淑女として当たり前のことを言いながら、真っ赤になっているお嬢様を見ていると、笑いが込み上げて来ました。


 ふっ! もうダメ!


 お嬢様を降ろし、笑い転げます。


「あー! からかったのね。このー!」


 ポカポカ!と叩かれました。シェリルお嬢様のポカポカは、全く痛くありません。でも、一応……


「きゃー、許して下さいませ!」


「許しません! こうしてやる~!」


 お嬢様が、私の全身を(くすぐ)ってきました。こ、これは……


「ひっ! 止めて! 尻尾は止めて! 尻尾は私の性感帯、止めて~!」



 このような日々が何時まで続いてくれるでしょう。世は移ろい、物事は次から次へと変わって行きます。


 でも!



 私は永遠に貴女のもの、貴女のフレドリカです。




 好きです! 大好きです! 愛しています! シェリルお嬢様!


21/02/21 続編を書きました。


『王女様は男爵令嬢の側仕え。学院に入学したら苛められたですって、なんて定番なんですか、お嬢様。』

https://ncode.syosetu.com/n6485gu/


です。読んでいただけると幸いです。


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