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小さな男の子が一人、こそこそとどこかへ行こうとしている。
「ヨハル、もうちょっとだから、頑張りましょうね」
それを見つけたソノが、本から顔を上げて注意した。
レーナは立ち上がり、男の子を抱いて連れ戻した。
「だって、つまらないんだもん。お勉強なんて」
腕の中で、ヨハルは口を尖らせている。
「そうかもしれないけれど、いつかきっと役に立つ大切なことだよ」
レーナがそう言い聞かせると、ソノも頷いた。
「そうよ。大変かもしれないけれど、やっておいてよかったと思うときが必ず来るから。だからみんなも、これからも一緒に頑張りましょうね」
集まった子供たちを見回しながらソノが言うと、はーい、と重なった返事が返ってきた。
広い広い青空の下。村の子供たち皆で集まって、ソノに歴史の本を読んでもらっている真っ最だ。
「だけど、お母さん。他の国まで攻めるなんて、カリザはどうしてそんなことをしたの?」
ソノの娘のミミが、首を傾げて尋ねる。
「そうね・・・カリザ・イブンのときに何があったのかも、今のカリザがどんな国なのかもよく分かっていないから、実際のところ何をしようとしたのかもはっきりとはね・・・」
「エディアストロさまが止めなければ、この国もどうなっていたか分からなかった?」
「・・・そうね」
ーー少し、思い空気が流れた。
「じゃあ、このアーレン王国の魔法使いも、カリザと戦ったんですか?」
別の男の子が質問した。
「そうよ」
「そんなに強いなら、魔法使いの人たちは僕たちみたいな普通の人間を力で従わせることもできるんじゃないですか?カリザがやろうとしたみたいに。どうしてそうしないの?」
ゆったりと微笑んで、ソノはその男の子の顔を見る。
「確かに昔は、そういうこともあったみたいね・・・でもよく考えてみて。魔力があってもなくても、みんな同じ『人』でしょう?だったら喧嘩するよりも、仲良くした方がずっといいと思わない?」
男の子が少し首を傾げてしまったのを見て、レーナはもう少し分かりやすく説明してあげようと思った。
「みんなは、このサティア村の一員だよね?」
「うん」
「じゃあわたしは?」
「もちろんレーナおねえちゃんも、この村の仲間だよ!」
「そうでしょう?」
にっこりと笑う。
「わたしだって元々はよそ者だけど、ちゃんとこの村の仲間になれているよね?違うところが合っても、ちゃんと手を取り合えるってこと」
「説明ありがとう」
ソノが微笑んで言う。
十二歳のレーナは、今ここに集まっている子供たちの中では一番年上なので、彼女がまとめ役をしてくれることはとても助かる、と思った。
「レーナちゃんの言う通りよ。それに、魔法にだって何でもできるわけじゃないからね、私たちはそれを補うことができる」
「例えば?」
「例えば、そうね・・・」
ふわりと、腕を振ってそばの畑を指し示す。
「私たちの仕事は、こうして作物を育てて、食べ物をつくることよね。でもこれは、決して魔法ではできないわ。魔法は命の仕組みをいじることは絶対にできない。どんなに優秀な魔法使いでも、魔法で作物を育てることはできないの。ちゃんとお世話をしなきゃね」
なるほど、とだれかが言った。
「他にも、病気やけがを治したりとか、新しいものを発明したりとか・・・魔法だけじゃできないことは色々あるわ。魔法使いにできないことは私たちが補って、私たちにできないことは魔法使いが補ってくれる。そうして助け合って、共存しているのよ」
「これからもそうだといいね」
ミミがそう言って明るく笑う。ソノも優しく笑いながら本を閉じた。
「さあ、そろそろ日が高くなってきたから、今日はここまでにしましょう」
そうしてみんなそれぞれ、その場を離れていった。