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ここから始め、そして

 何も無い平行する平原。

 身支度を済ませ、また旅を始めるために休んでいた洞窟から外の世界へと足を踏み入れる。

 新鮮な気持ち。心機一転。原点回帰。全てここから始めるような。ようやく旅が始まったような。

「アルカ、またよろしく」

「こちらこそ」

 再びの挨拶。最初に会った時の仕方がない挨拶ではなく、目的を果たすための挨拶へと変わっていた。

 サクサクと深緑の絨毯が足を進めるたびに音を鳴らす。今までになかった植物という歓迎はあの不思議な森で見慣れてしまって、何だか人間とは不思議な生き物だなと思う。

 あの腐りきった街並みからは考えられない程に、砂ばかりの世界から考えられない程に、ここの土地は色鮮やかに輝いている。新緑の緑。これで空が晴れ渡っていたのなら完璧だったと思うのだが仕方がない。いつもこの空は重く圧し掛かる灰色だ。

「これからどうするの? 今まで通り、町を転々とするの?」

「まあそれが妥当だろう。あの無機質な建物を廻れば何か分かるかもしれないからな」

「ねぇレン。そういえばさ、これ——」

 アルカが取り出したのは黒い箱。砂漠地区で発見した訳の分からないものだ。確か見つけた時は発光していたような気がするけれど。

「これ持ってると何だか力が出るというか、気分が上がるというか」

「それって何か悪いものじゃないだろうな」

 聞く話によれば廃都市で妙なものが流行っていたという。開発地区で見つけたという謎の粉。それらが人体に入り込むと、人を襲うとか何とか。

「いや、そんなんじゃないよ。体軽いって言うか。そんな感じ」

「ふーん。まあお前に関係ありそうなそういう訳分からないものを片っ端から集めていけば何か分かるかもしれないな」

「ねえレンてさ、たまに私のこと訳分からんとか言わない?」

「気のせいじゃないか?」

「そんなことないよ。意味不明みたいな感じで言うときあるもん」

「……そうか」

「何でそこで言葉を濁すのかな。もうレンはさ……」

 アルカに呆れられてしまった。

「だけど、確かに訳分からないよね」

「どうしたいきなり」

「だってレンってさ、そこそこ運動神経は良いと思うんだ」

「何……その上からのお言葉は」

「思うよ? ほんとにほんとに。レンは運動神経良いって!」

 アルカは本当のことを言っているようだけど、何だか腹が立つというか……。

「それでも私の闘う様子は結構違う。レンの動きよりも遥かに速い。それって正常なことなのかな」

 アルカの動きは俺のそれとは比較にならない。反射神経というのか予知というのか、相手の動きが分かっているかのような回避行動をとるのだ。何もかもが見えているような動体視力はどんなに高速に動いても捉えるらしく、奴らの行動も把握できるという。

「それも含めての旅だろ? まあそのうち、そういうことも分かっていくだろう。まあ気長に、気長に旅をしよう」

「ふふん。レンは優しいよね」

「いきなりどうしたんだ」

「いつも何だかんだ言って心配してくれるし助けてくれる。その優しさに何度も助けられた。気持ちが落ち込むときも、レンが助けてくれた」

「俺は、お前の気持ちの浮き沈みで死にたくはないからな」

「で、こうやって恥ずかしがる。レンって可愛い」

 悪戯に風が吹くのは決まって馬鹿にされてる時だ。アルカに全て味方をするように、風に乗ってその憎たらしい笑顔を見せつける。

 仕方なしにアルカの突風に身を預けていると何を勘違いしたのか、頬を人差し指でフニフニと突いてくる。擬音まで聞こえてくる程にだ。

「ふ~ふふ~ん」

「やめろって…………その歌……どこか懐かしいな」

「え、そう?」

 頬を突きながらに口ずさむ歌。どこか牧歌的で子守歌のような反面、彼女のカナリアのような高い歌声が神聖に思わせる。不思議な美しさ。そして頭蓋に響く懐かしさ。

 遠い昔に聞いたことのあるその歌声に静かに耳を傾け、目を瞑るとアルカもまた歌いだして草原の風を切る音と共にまるでワルツの様に奏でる。

 サクサクと土と草を踏みつけながら進む何もない草原は、一帯が自分たちを歓迎しているように静謐でアルカの声を際立させた。

 やがて歌が終わってまたいつもの沈んだ空気が流れ始めて……そういえば森を抜けたあたりだろうか、そこから空気が綺麗になったような気がする。試しに当て布を取ると今までに感じていた吸い込むたびに感じる異物感は少なく比較的普通に呼吸ができる環境のようだ。

「これ、私が生まれる前から聞いてた気がする。もっと昔、遠い昔。孤立した箱で眠っていた記憶の中で」

「記憶戻ったのか」

「いや全然……そんな気がするってだけ。でも近づいてる気はする。旅を続けて夢を見るようになった。経験したことない夢」

「夢?」

「そう。初めて夢を見たのはレンと旅を始めてから。最初はただぼんやりとしか見えなかった。人の影。私を見上げていて、私はそれを見下ろしている。その構図は今でも変わらない。だけどここ数日は違うんだ。だんだん周りの霞が取れていって、機械だったり、それを弄っている人だったり……周りは晴れていく。けれどその影だけは一向に晴れてはくれない。そんな夢」

 機械と操作する人間。そして観察する人。

 旅をしていくごとに近づいていく真実。たかが夢だ。そう断言してしまうのは何か違う気がする。重要な意味……アルカについての真実が夢となって現わされているような、そんな気がする。

「それは何かは分からない。検討すらつかない。だけど確実に俺たちは間違ってはいなかった。今まで計り知れない距離と時間……アルカと過ごしてきた日々は無駄なんかじゃなかった。それが証明できたじゃないか」

「でも怖い。その真実がもしかしたら悪いことで、レンを傷つけてしまうようなことだったらって考えると、これから先に待つ脅威がレンを傷つけてしまうかって考えると……無性に体が震える」

 自らの震えを抑え込む。アルカの両腕はそれでも溢れ出る恐怖を抑えきれていないようで……立っていることすらできなさそうで。

 危うい存在。消えかけてしまいそうな小さな存在。自らを騙し続ける存在。

 そんな彼女を放っておくことなんてできなかった。

 考える前に足が、腕が、体全体が、そして心が彼女を抱きしめる。

「だったらその不安……俺にも分けろ」

「——っ!」

「苦しみも、悲しみも、そして喜びも……全部分け合う。それが仲間ってもんだろ」

 情緒不安定。それはどちらの理由もあって。元気は振り切れているし、その分悲しみも振り切れている。それがアルカという少女で、アルカという心なのだ。

「————っ、————————!」

 咽び泣く。嗚咽を噛み殺しながら胸の中へと感情を吐き続ける。彼女が何処へも行かないようにと強く、強く、抱きしめて。


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