新しい旅
目を覚ます。今だ続く微睡み。けれど十分な時間、寝れたようだ。その証拠に途方のない空腹が襲っている。多分丸一日眠っていたのだろう。
眠気眼に辺りを見渡すとアルカの姿はない。
物音一つ起こさず姿を消す。多分、気を使ってくれたのだろうか。
彼女は睡眠中でも気を研ぎ澄ませて何かが接近したらすぐに起きれるような体質というか本能が備わっていた。昔はアルカが物音を聞くたびに起きていたものだ。
「起きたんだね」
するとアルカが何気なしに帰ってくる。
「どこ行ってたんだ?」
「……少しね」
「何だトイレか」
「おい、それは女の子に言うセリフじゃないかな」
「そういえばお前、トイレはどうしてるんだ」
「まだその話続ける気? レンは無頓着にも程があるよ」
呆れ顔になるアルカ。もう昨日の件は気にしていないようだ。
バックパックから固形食品を取り出して食事。この不味い飯も幾何かマシになる方法を二人で考えた。 が、やはり水に入れるくらいにしか対処法は無く、もうどうしようもない。今日もパサパサになりながら飢えを耐え忍ぶ。
「あと食糧はどれくらい?」
「う~ん……一週間分くらいか」
「節約して、二週間か。これってさ結局限りはあるんだよね」
「そうだな。俺たちは言い伝えとしてずっと教えられた、千年分の食糧ももう限りはあるだろうな」
「その言い伝えって何なの?」
「詳しくは知らないけれど、人類が千年間という途方もない時間を生き延びるための食糧が各地に隠されているって話だ」
爺さん、それよりももっと前からずっと伝えられてきたらしいその話は、確かに本当で、探せばこういう袋詰め包装の固形食品が出てきた。確かに信憑性に欠ける話だが、こうして出てくるのだから何も作れない人類にとっては縋るしかない。
「何で隠したんだろうね」
「それは誰かが独占するのを恐れたんじゃないか?」
「それに、どうして千年間なんだろう。これだけの保存技術があるんならもっと多く作れたんじゃないかな」
「戦争中なのにな。どうしてこんなことをしたのか」
「誰と、戦争してたのかな」
アルカが不思議なことを言う。誰と……そりゃ人間に決まっている。
人間同士で争ってこの世界を生み出したって昔から。
「それって刷り込みなのかも」
「刷り込み?」
「本当はさ、人間同士で戦ってたんじゃなくて。もっと他の脅威になる奴らと闘っていてさ、そいつらに負けるのを分かってたから千年分の食糧をかき集めたんじゃないかな」
「それがあいつらってわけか」
「そう説明すれば全てに合点がいかない?」
確かにその説明が正しいのなら……千年間の空白の時間とそれまでに必死にでも生き延びた人類の存在の意義が納得できる。でも。
「どうして今更、奴らが現れたんだ?」
「そうなんだよね。もうこの世界は奴らに貪り尽くされてもおかしくないんだ。どうして今更……」
暗く霞むアルカの表情。深淵を覗くのは覗く権利があるものだけ。まだ、自分たちには無いのかもしれない。
「ま、いいか。もう過ぎたことだよねそれも」
「アルカ……」
「だってそうじゃん。私たちには関係ない。それは昔の人が想定したことであって、私たちがそれを絶対にやらなくちゃいけないわけじゃない」
じゃあ何で。何で……。
そんなに悔しそうな顔をしてるんだよ。悲しそうに笑うんだよ。
引っかかって、気持ち悪い。稀に見るそんなアルカの気持ちが、だんだん大きくなっていて……苦しい。
気付けば月日は経っていて。何にも解決しないままで。ただどうでもいいと、割り切って。
実際、分かってはいたんだ。アルカは人を思いやる奴だ。他人にはなるべく負担をかけない奴。だからこそずっと……我慢していた。
今ではもう隠しきれてもいない。興味、欲求。それらの行動を気づかぬ内に表へ溢れ出している。溢れ出て、苦しそうに笑う。
「なあ、アルカ——」
だからこそ、だからこそここで決めよう。当てのない旅から探す旅へと。自分たちのこれからの為の旅へと。
「探したいもの、あるんじゃないか」
「え? 何言ってるの……そんなの」
「どうせ、何にもない旅なんだ。目的があった方がそれはそれで良いと思う」
「けど……」
「なあアルカ。俺たちいつまで生きれるか分からない。もしかしたら明日には死んでいるかもしれない。それでも最後まで楽しく旅をする。そうやってお前は言ったよな」
「うん」
「だったら今は楽しいのか?」
「た、楽しいよ。レンがいて、毎日が新鮮で」
「それで?」
「それで……それでっ」
卑怯だと思う。彼女の内心を分かっているのに、性格を分かっているのに。こうやって問い詰めるような真似は。
事実、彼女は泣きだしてしまうし、嗚咽まで混じり始めている。
けれどこれは他人から言ってもどうにもならない。彼女が決めて初めて、決断ということになるんだ。
絶死の地。普通の暮らしもままならない星。
そこで生きていくのはただでさえ難しい。普通に暮らしていたところで人は死んでいくし、そこら辺に腐乱した死体まで転がっている。大抵は栄養失調の餓死。その他は盗人による殺し。それに加え、化け物まで絡んでくる。
その状況で他人に決断を委ねるのは違うと思う。
彼女が、彼女自身が、決めないといけないことだ。
「私は——私を知りたいっ!」
振り絞る声で叫ぶ。
自己の主張。自身への関心。
初めてぶつかる自分の気持ちに戸惑いながら叫ぶ言葉たちはどれも生きていて、活気を帯びていて、こちらまでをも元気にさせて。
「怖いの。苦しいの。日に日にその思いは強くなるし、自身への興味も……。だけどレンに迷惑はかけられないし」
「お前と何年一緒にいると思ってるんだ。何を今更」
「でもこれは本当に自分勝手なお願いだから。どんなにうまくいっても迷惑かけてしまう」
「……」
「ほら今だって、迷惑かけてる」
「違う。これは迷惑なんかじゃない」
今まで伝えられなかった言葉。
「これは俺も興味があることなんだ。アルカを知りたい。どうやって育ったのかとか、どうやって今まで生きてきたのか、どういった感情を抱えてきたのだとか……。だからこれは迷惑なんかじゃない」
「私めんどくさいよ?」
「知ってる」
「我儘だし、がさつだよ?」
「それも知ってる。何度も見てきた」
「それでもレンは私を探してくれるの?」
「ああ。それしかやることが無い。たまには他人に……相棒に時間を割いても良いと思った」
「何それ……まあ良いけど」
何か含みのある言い方だな……。
文字通り、頬を膨らまし、朱色へと染める。子供のように純粋無垢な表情。久しぶりに見るそれは懐かしくもあり、嬉しくもあり。
やがて彼女は変幻自在な表情を屈託のない笑顔へと変える。
「レン。私は私のこと、生きる意味を知りたい。私のルーツを知りたいっ!」
「最初からそう言え、ば~か」
彼女の喜び、怒り、悲しみ。全て彼女であり、全て嘘なんかじゃない。
今の彼女が出している、表現している。それは何事も偽りじゃない。
だからこそ彼女には、笑顔を、表現し続けてほしい。
過去にではなく、未来に向かって。
旅をする。
当てのない旅ではない。
自分の。彼女の。果てしない荒廃した世界で。
自身の見つける旅を。
楽園に続く旅をする。