終点へと
境界線付近。目の前に広がるのは大きな、大きな大木群。
およそ百メートルを優に超えるのではないかと思われるその大木は人間を見下している。それも一つだけではない。何十、何百、何千と。視力の許す限りに見渡せる。
これらは今育つはずがない植物と呼ばれるもの。ありえない光景に絶句する。
「レン。これ大きすぎない?」
「ああ。どうしてこんなに……」
ここ数百年。人類が育てられる植物は無かった。
収集で見つけた種子を植えてみてもその芽を出すことはなく、やがて朽ちていく。
その理由は痩せ切った土地と慢性的な日照不足。それに人をも殺す酸性雨もある。
過酷すぎる環境の中、こんなに大きく育つものなど考えられない。
「もしかしたら」
「どうした?」
「もしかしたら……ここでなら普通の暮らしができるんじゃないかな?」
「普通の暮らし?」
「うん。植物を育ててそれらを食べて、動物たちも。多分ここではあの雨は降らないんだよ」
確かにその考えは妥当だ。今まで確認できなかった人間と奴ら以外の生命体。微かに差した希望の光。
「でも、おかしくないか?」
「何が」
「それなら何で俺たちはあの暮らしをしていたんだ。どうして俺たちはこの砂漠地帯に入ってから人に会わない?」
一回も遭遇しない人々。生活難に苦しむ元居た街。こんなところがあるのならもっと早い段階で見つかって皆そこで暮らすはずだ。
「でもそれって、たまたま見つからなかっただけなのかもよ?」
「千年もか?」
千年間。それは人類にとって途方もない時間だ。
その間にだって人類は試行錯誤をし、探索し、旅をしてきたに違いない。だからこその疑問だった。
だってこの木々はどう見ても自分たちの年齢以上の樹齢をしているのだから。
「この木々。昨日今日生まれたものじゃない。多分百年以上、下手したらもっと経っているかもしれない。こんな大木見つからないはずがない」
「確かに、そうだけどさ」
不満そうにへそを曲げるアルカ。でも自身でも引っかかるところもあるのだろう。それ以上の言及はしてこなかった。
「でも、まあ、ここに水源はありそうだし。入ってみよ?」
「……そうだな。せっかくここまで来たんだ。何かあれば良いなって心持で行こう」
若干の期待を込め、境界線を越える。不安な気持ちを抑えながら。
中に入ると木々は生い茂り、草花も活気良く生えている。風が草木を揺らして爽やかな音を立てる。そして遠くから聞こえる水の流れる音も聞こえてきて、これが自然というものなのだと感心する。
けれどそれなのに何か違和感を感じていた。見張られているような。
「どうしたの?」
「いや、どう見ても平和そのもの。俺たちが住んでいた場所や旅してきた場所とは大違いだ。なのに何だこの、気持ち悪さは」
「気持ち悪いの? 多分それ、汗で気持ち悪いだけだよ。お風呂結構、入ってないしさ」
「う~ん……進めば分かるか。今はとにかく水源を目指そう」
サクサクと草木が散らばる地面を踏みしめながら進む。
手入れもされていない地だ。所々浮き出た木の根を覆うように草が隠している。
「気を付けろアルカ。そんなに急ぐと躓くぞ」
「へいきへいき。私、運動神経だけは自信あるんだから」
そう言いながら後ろ向きに歩くアルカ。そのままコケてしまえと思っていると……。
「うわっ!」
自らが頭からコケる。その姿を見てアルカが馬鹿にしたように笑っている。
「何やってんのレン。そんな無駄な心配してるから——」
ズテン!
「何だってアルカ」
「あはは……」
何度も足を取られながらもようやく水源へと辿り着く。
辿り着いたのは下流の方のようで狭い小川が流れているだけだった。
その上流に目を向けると坂になっており、どうやら山の上層に行かなければ水浴びができるような深さは無いらしい。
「山なんてあった?」
「多分、ここの木が高すぎて隠れてたのだろう」
「そっか。まあ上るしかないね」
「ああ」
舗装されていない獣道。見上げる程に急な傾斜。柔らかい土壌と生い茂る草木が進むのを邪魔する。
悪路で自然と息が上がり、疲れ果てた体に鞭を打つ。
「遅いよ~」
アルカはというと、どんどんと疲れを感じさせない軽快さで登って行く。
初めての山登りのはずなのにおかしいくらいに手慣れていた。息絶え絶えの俺にとって彼女の後姿は遠い。
「アルカ——お前経験者か」
「何が~?」
「山登りだよ、山登り」
「さぁ~。やったことないと思うけど。起きたのはあそこだし、まず起きた当初はこんな世界のことなんて知らなかったし」
「知らない? じゃあ何でそんなに手慣れた登り方なんだよ」
「ん? 運動神経の差ってやつじゃないかな」
お前と一緒にされては困る。大体あんなアクロバット、できる方がおかしい。
「何か言った~?」
「何でもねぇーよ」
尽き果てた体力を絞り出すように前へと足を進める。
前へ前へ。