砂漠の街
枯葉てた大地の中、似つかない建物群。様々な配管が地中から伸びていて、暗くも明るくもない雲を突き破りそうな高さと凄みを持ち合わせている。
四方に散らばった配管が多くある塔の中心に正確に切り取られた正方形の建物が一つ。
どうやらそこが俺たちが収集すべき場所なのだろう。
「ここは何なの?」
「多分何か採掘してたんだろうな」
「採掘?」
「ああ。何かの地下資源……例えば石油やガス、もしくは鉱石。何かは分からないがそういったものだろ。そして真ん中にある建物。あれは開発地区……俺たちが出会った場所の建物によく似ている」
くすんだグレーの正方形。
元々は白かったのであろうその建物は砂塵で煤汚れている。
「確かに……」
「でもまあ俺たちが探すのは今日明日生きるための食糧や水。それ以外は興味が無い」
「それもいつも通り、と」
奴らが何者か……それはここを調べれば何か分かるかもしれない。
けれどそれはこの荒廃した世界ではどうでもいい。
俺たちは明日も生きられるか分からないのだから。
「今日は風がうるさいわね。そろそろ雨が、私たちを殺す雨が降りそう」
そう言ったアルカは重苦しく流れる雲海へと青い眼を向けて。
憎しみと憐みの籠った言葉を吐いた。
中に入ると相変わらずの荒れた内部。
他と違うところは何も取られていない。
ただ吹き付ける風によって荒れているということだけだ。
走って行ってしまうアルカ。独断専行な姿に思わず呆れる。
旅をしているうちに気づいたこと。
当てもない旅はただひたすらに南へ向かっている。
アルカが、行くなら南が良いと駄々を捏ねたからだ。
何故かと尋ねると南に行けば良いことがある……そんな理屈にもならない理由。
けれど良いこともあった。この世界のことだ。
進むにつれて人という存在を見なくなった。もう滅亡してしまったのか隠れてしまっているのか……そのおかげで見つける建物は手付かずで助かっている。
食糧も水もたくさん。
だがそれと同じように奴らの出現頻度も増してきている。だからこそ戦闘技術も上がったのだが、ほとんどはアルカのおかげだ。馬鹿げた身体能力が無ければ多分すぐに死んでしまっていただろう。
最近では人と会った記憶は無い。趣味のように奴らを刈る。
無報酬、労働搾取。嫌な世の中。何もない二人だけの世界。
南へ、南へ。
進んでも未だ地の終わりは見えずにいて、砂地ばかり。
終わるとも知れない旅はこのまま、死ぬまで続くのだろうか。
「お~いレ~ン。何かあった~」
何かを見つけたらしいアルカの声の元へ急ぐ。
進むごとに転がる箱型の機械。
薄っぺらいものもあれば自分の身体よりも遥かに大きいものもある。
高すぎる天井に何度も回る無機質な羽。換気装置と思われるそれは空気を切り続けてその音を止めない。
「ねえこれ」
アルカが手にしていたものは箱。凹凸もなく無機質で黒い。そんな箱。
内部から青白い光を発していたからアルカの目に留まったのだろう。
「何か書いてある……」
「試作品、と書かれているな」
「何の?」
「これも過去の遺物だろうな。訳の分からない代物だ。あまり無闇に触ると——」
突如、地が大きく揺れ始める。
「な、何?」
「凄い、揺れだ」
立っていることもままならない強烈な揺れ。
思わず膝をつくとアルカの手にした箱が赤く光りだした。
「え? レン、これって」
「おま、だから言ったんだ。無闇に触るなって」
「私のせいだって言うの? 何でそうやっていつもレンは私のせいにするんだ」
「大抵は何時もお前のせいだろうが。この前だって……ここ水がありそうって言って入ってみたら奴がいただろ!」
「それはたまたま。偶然が折り重なっただけだよ」
取っ組み合いの言い合いをしているうちにその揺れは次第に大きくなる。大きくなるにつれてその箱も光を強くしていった。
「ちょ、ちょっと待って……これ何だか温かくなってるんだけど」
「熱を帯びてるのか? どういう代物なんだよそれは」
「知らないよ! というより揺れ……というより地鳴りがしてきてない?」
「……確かにそんな気が——おい、アルカ! すぐに外へ出るぞ!」
揺れる地上を全力で蹴る。
必死に走り抜けて外に出た途端、今まで存在していた場所は地中へと潜っていった。
沈みゆく中心は螺旋状に吸い込まれ、上に立っていた建物はみるみる細かい流砂に沈んでいく。その光景に自らもああなっていたかと思うと恐怖を隠しきれない。
「あ、危なかった~」
「前に聞いた話だ。砂漠には全てを食らうものがいると。全てを地の底へと連れていく、そんな話をふと思い出して」
「あはは、おかげで助かったよ。レンの勘は良く当たるよね」
「まあな」
安心しきったアルカ。それと共に無機質な箱も発光が小さくなっていく。
「これ何なんだろうね」
「さあ……てか置いてけよそれ。もし変な奴だったら大変だから」
「良いじゃんよこれくらいさ」
アルカの服のポケットへと吸い込まれる。
両手くらいの大きさなのに綺麗に消えてしまう彼女の服に違和感を覚えるが考えない方が吉と頭が告げていた。
こういった勘は極限の生きるか死ぬかの世界で養われたものだ。
全ては自分が生き残るため。その都度、最悪の状況を瞬時に考える。
そんなことができたから今まで窮地を生き残ることができたのかもしれない。
「運が良いだけだ」
「良かったよ。レンがラッキーボーイで」
「ラッキー?」
「うん。私という美少女に会えてラッキーじゃん!」
「……ふん」
「何だよ。そんな鼻で笑わなくてもいいだろ。確かに私はナイスバディ―には程遠いけどさ」
自分の体を見渡すアルカ。
一応出るところは出てるのだが……寂しいといった状況のようだ。
でも出過ぎててもこの世界では邪魔なだけだと思うのだが。
「今まで気になってたことがあるんだが」
「え、何々? もしかして見惚れちゃった?」
「それは無いけど……アルカのその服って自前なのか?」
ボロ衣のマントの下。ぴっちりとした、どこか未来的な服装。
体のラインがくっきりと出るその服は如何にも動きやすい服装だ。全身黒塗りで繋ぎ目辺りに赤いライン。
高速で動くアルカとともに流れる色たちはどこか目を惹く。
「今更……ちょっとは興味示せ」
「で、どうなんだ?」
「服……服ねー。こんなの服って呼べるの?」
「お前が言うのかよ」
「まだボロ衣マントの方が服って感じするよ。そもそもこれ脱げないし」
「はぁ? そんなこと一回も言ってないじゃないか」
「だって聞かれなかったから」
何でそんなに笑顔で言う。
聞かれなきゃ言わないのか、それなら気になること全て聞いてやる。
「じゃあアルカは、その、風呂とかどうしてるんだ?」
「お風呂? ああこの生地ね凄いの! 水浴びすると直接すり抜けて洗えるんだよ!」
「何だよその無駄な機能」
「便利なんだから良いじゃない。そういえば汗かいたし水浴びしたいなぁ」
確かに数日、砂漠での歩き詰めでろくに風呂にすら入っていない。
降り注ぐことのない日差しで気温はそれほど高くもないがこうも汗を流せないとさすがに。
近場に水場が無いか探してみる。
広大無辺な砂漠にそんなオアシスは……あった。
「おい、あそこ」
「ん? …………あるじゃんよ」
俺たちは急いでそのオアシスへと急ぐ。
足を取られながらも縋る思いで必死に。
端から見ればただの子供のような状況に苦笑でも出そうだが、ここは極地。水場が命なのだ。
水場に辿り着く。
「はは」
「もうやだ」
訂正。どす黒いヘドロ沼に辿り着く。
「ねぇ! 何でこれを見間違えるわけ?」
「もうヘトヘトでだな。疲れが溜まってだな」
「それは私も同じだし!」
途方に暮れる。
へたり込む二人をよそに漂う風。
走って出た熱気を拭い取ってくれる。
そして風に靡く爽やかな…………音?
その方へと目向ける。
砂丘の向こう側。
「アルカ」
「何だよ。私はレンのことが嫌いだ」
「違くてほんとに……あれは何だ?」
「あれ?」
アルカも沈んだ視線を同じ方へと向ける。
霞む視界。何度も挫けそうになった大砂漠の向こう側。
「あれは……何だろう」
人類が何度も挑戦し、打ち勝てなかった。
できるのはいつも土塊だけ。
それらもやがて独特の酸性雨で溶かされ細かい砂と化す。
見飽きた砂漠の向こう側。
境界線のようにはっきりと区切られたその色は砂の無機質な色と青々とした生命力の色。
見渡す限り、人類などちっぽけな存在だと思う程に大きな、緑色に生い茂る大木。
旅を始めて数年。ようやく安住の地を見つけられたのかもしれない。