希望という名の荒んだ道
アルカと出会ってどれくらいが経ったのだろう。
今日も今日とてその日暮らし。
出会った時と違うのは元居た都市街を出たことだろうか。
俺たちは旅をしている。当てのない旅。
こうなった理由、全てはアルカに出会ったことから始まった。
快適だったバスを離れることになったのはおよそ三日後。他人にアルカという女を見せないように気を張っていた時。
たまたまアルカと共に食事をとっていたバスに入ってきたリス。それによって俺たちは追い出されることとなる。
裏切り者なのだとか。まあリスとの協力関係は終わりを告げ、俺たちは当てのない旅に出た。そんなくだらない理由。
何もない荒野。
ただひたすらに前へ。
途中にあるまだ砂になっていない市街を訪れては水と食糧を調達する毎日。
そんな日々が数年たった今。
それはまた現れた。
曇天の空に星が一つ。
わずかな光を鏡のような翼に収縮させ、たちまち熱を帯びて降らせる鳥のような飛行型。
長く鋭い嘴に町一つ飲み込みそうな大きな翼。そして無数の目玉。
「アルカ、弾は!」
「あと少し……マガジンが二つ」
あの時と同じ緊迫した声。
またも正体不明な生物に襲われている。
三年の間に培われた戦闘技術。それは奴らとやり合うまでに成長した。
「おい、撃ってくるぞ」
「分かってる!」
アルカが全力に横方向へと飛ぶ。次第にアルカがいた場所は赤く熱を帯び始め、やがて分厚い砂を揮発させた。
「ふぅ~危ない」
「馬鹿、第二波来るぞ!」
「その前に落とす!」
アルカは回避行動を止めると上空で闊歩するそれに向けて銃を向ける。
過去の遺物。
それを有難く使わせて頂いてるってわけだ。旅をするうちに見つけた生活必需品。何も手付かずになっていた町で手に入れた特級品。
最初は使い方も分からなかったが、今では目を瞑ってでも分解組み立てができる。
躊躇なくその眼へと狙いを定めトリガーを引く。
乱打されるように打ち出され、その超速の速度で上げられた弾はすぐに奴の頭蓋の半分を弾けさせた。
「や~りぃ~」
「お前、弾はもっと大事に扱え」
上空から降ってくる先程まで悠々と飛んでいた奴。
落ちたと同時に砂塵を巻き上げ勝利を知らせる。
「今日はお前の当番だからな」
「え~……だってあれ気持ち悪いじゃん」
「順番だって言っただろ? 前回は俺が解剖したんだから、次はお前だ」
「へいへい」
アルカが嫌々、落ちた奴の元へ行く。そして内臓へとナイフを突き刺そうとした時。
「ア、アルカ!」
奴の鋭い嘴がアルカへと真っ直ぐに突き刺そうとする。
だが。
バンッ!
甲高い銃声。
硝煙が上がる頃には奴の残りの頭はもげていた。
「ふふん」
成長を見せない(身体的な意味でも)アルカは自慢げに笑う。
「ば、馬鹿! ちゃんと、とどめをさせ!」
「このアルカちゃんが後れを取るわけないじゃん!」
訳なし顔のアルカに若干苛立ちつつも、彼女の持ってきた骨の量に驚く。
「今日のすごくない? こんなに骨!」
「これはすごいな。何発分だ?」
「多分……マガジン二十はいけるよ!」
こいつらの肉は食えたものではない。
いつだったか、食糧難の時に食べてみようとアルカが提案して食べてみたところ、クソ生臭くて食べ物とは呼べないものだった。
だがこいつらにも有用性はある。それが骨。
骨を削ってこのアサルトライフルでそれを打つと面白い程に奴らは爆ぜるのだ。
それが分かったのが二回目の戦闘。角がある小型の奴だった。
硬い壁をも貫く角。それがとても厄介だった。どんなに隠れてもそのまま突っ込んでくる。だから罠を張って強引に根本からへし折ったのだ。
その時にそいつは絶命したのだが試しにそいつを刺してみるとナイフなんかの比ではないくらいに有用だったのだ。
奴らの特徴は様々。
虫のような奴や鳥みたいな奴。そして獣のような奴ら。全て伝承で聞いたような奴らだ。
今のところはそんな奴ら。通じて同じなのは皆、血が緑色なところと卓越した気持ち悪さ……それくらいだ。
でもここ数年で大体の目星はついた。
多分あいつらもまた、過去の産物なのだろう。異形、亡霊、生物兵器。言い方は様々つけられるが、やはりしっくりくるのは奴だ。
その方が理解しなくて良いし、何よりも言いやすい。それで十分。
大きいバックパックに収集物を詰め、また歩く。
今歩いているのは砂漠。曇天に陰る砂漠だ。
当てもなくただ南へ旅を始めて三年。
死ぬまで続くこの旅は果たしてどこに着くのだろうか。
「レン。次の町はどのくらいかな」
「どうだろうな。見渡す限り砂。一生このままなのかもな」
「え~そんなの困るよ。私、まだやりたいことあるんだから」
「例えば?」
唸りながら考える。
未だにこのアルカという少女の正体は分からない。
人離れした身体能力。それに比べて何も詰まっていなさそうな脳みそ。
単に運動神経がいい少女とだけ考えるようにしているがこの少女に会ってから俺の生活は変わった。
千年間、その存在を現さなかった奴らの出現。
彼女と一緒に現れて、そして今、旅をしている最中の俺たちの前にも何度も現れる。
総遭遇回数、約五十。おかげで俺たちは化け物ハンターの称号を得たくらいだ。
そんな生活が三年。彼女と会って三年。
それに気になることがあるとすれば頻りに彼女を奴らが狙うことだ。
囮役はいつも彼女。二パターンの戦略を考えているのだが二手に分かれた途端、アルカを追いかけるのだ。
彼女には何かある。それは分かっている。
だけどそんなこと調べたところでこの世界、どうにもならない。
飯が食えるわけでも。
生きながらえるわけでもない。
だから考えないことにした。何一つ……ただ今を生きる。それだけ。
けれど。
「この世界、どうしてこんなに存続できているのかな」
「は?」
彼女はそうでもないらしい。
「レンだって知りたくない? どうしてこの世界に私たちが存在するのか」
「ただここにいる。ここが住んでいる世界……それだけだろ」
「いや違うね。何かしらの意味を持つと思うのだよ私は。昔、多くの争いがあったように、その裏では多くの考えが入り混じっていた。食糧、土地、技術。それを欲しいから争った。だったら私たちの存在理由は? どうして私たちは今まで隠れながらも生きてきたんだろう。いつ死んでもおかしくない状況で」
たまにアルカはおかしなことを言う。自分についての意味を知りたいと。
「……繋げたかったんじゃないか」
「だったらどこまで繋げるの? この果てしない砂漠? それとも雲を突き抜けた空?」
「分からない。分からないから俺たちに繋げたんだ。今まで出してきた答えをまた違う視点で導く。それを何年も続けていけばいずれ答えにたどり着くから」
曇る空に溜息を吐くアルカ。
「やっぱり人間は傲慢だよ」
「傲慢?」
「推測だけれどそれはやっぱり、星を取り戻したいから。自分たちが生存したいから」
まあそうだろう。
でなきゃ、あんな朽ちた世界で生きようなんて思わないはずだ。
「でもそんな必死さに私は憧れる。私には無いものを持っているからさ」
「お前にもあるだろ」
「いや無いね。私にあるのは、今を楽しく生きよう。お腹いっぱい食べたい。そんな願望と自己満足。ただ私さえ良ければ良いの。だから今は幸せ」
本物の青空。
それを見れたのならこんな顔をするのだろう。頬を満遍なく上げて皺を寄せて。そんな笑顔をするのだろう。
だからこそ当てのない旅を続けていく。こんな顔で死にたいから。
空に吐き捨てるように鼻で笑った。
「え? 何その笑い。レンってば、馬鹿にしたでしょ今!」
「それは今に始まったことじゃないさアルカ」
「何それ。むかつくんですけど」
くだらない言葉を交わしていると砂漠の先、砂丘の向こう側に街並みが見える。
「ねえレン。あそこ、あそこ見て!」
「ああ……見えてるからそんなバシバシ叩くな」
「だってもう三日歩き詰めだよ? 早く行って休もうよ」
引っ張られるようにしながらようやく次の街、砂漠の街へと辿り着いた。