出会い
ビル群から少し離れ郊外。
いつもの寝床へ向かうべく、地下へ降りる階段をゆっくりと降りる。
普段、収集者は地下で生活する。
地上は酸性雨や時折吹く強風で住めたものではない。
雨風凌げる場所を見繕っても、ものの三日でそこは廃墟となってしまうのが地上だ。
それに地上とは違い、空気も幾何かはマシで当て布をしなくても生活はできた。
普段、生活しているのはここ、古臭いバスの中だ。そこが憩いの場。
天井から吊り下げられた油灯を付け長椅子へと寝そべる。
硬いスプリングが体を跳ね返すが疲労が蓄積された体には染みてちょっとしたマッサージのようで気持ちいい。
すると、誰かがバスのドアを叩く音が聞こえる。
いつもの奴だろうと重い腰を上げてそいつの元へと向かう。
「よぉ。景気はどうだい」
「ボチボチだな。何とか生きていけてる感じだ」
こいつはリス。
名前の由来はリスのように頬へと食べ物を貯めていたことから名付けた。短髪の赤い髪と赤い瞳が印象的な中年のおっさんだ。
けれどそれは見ず知らずの者につけられた名だ。
ここにいる者は名付け親などいない。気づいたときにはこの収集をしていて名前など必要なかった。
大抵収集とは一人でやるもの。でないと、この貧困した状況で食べ物を奪い合って争うことになるからだ。
その日暮らしの生活。それが人類の罪の代償なのかもしれない。
「水の配給だ」
「ああ、悪いな。これ、俺の成果」
リスに先程取れた固形食品を一つ渡す。けれど何故か腑に落ちないような表情をしていた。
「こりゃないぜレン。俺が持ってきたのは新鮮な水、二リットル。それに比べてお前はこんなまずいもん、一つだけか?」
「いや。これ取るのだって都市部まで行ったんだぞ。すごく大変だった。それにお前はすぐ傍にある工場地帯に行ったんだろ。あそこならまだ貯蓄がある」
「まあそうだけどよ~」
「ならこの話は無しだな。他を当たってくれ。幸い、まだ水の貯蓄があるんでな」
「嘘……ウソウソウソ。冗談だってレン。悪かったよそれでいいからさ」
「最初からそう言え、馬鹿」
俺とリスは協力関係にある。
収集した食べ物を分け合う同盟だ。そうして十年程食い繋いできた。リスと出会ったのは八歳の時。それからずっと協力してきた。
レンというのは当然自分の名で、誰がつけたかも分からない名前だ。まあ言いやすいし分かりやすいから使っている。
リスが言うには違う人種だと言っている。
赤い髪の毛と赤い瞳のリスと比較すると黒髪に黒い瞳。そして服までも真っ黒だ。
最初リスに会ったときは散々、陰鬱だと言われたが今ではこのほうが落ち着く。
「あ、そうそう」
「何かあったのか?」
「そういえば今日騒いでいる奴らがいたな」
「この辺で見る奴か?」
「ああ。名前までは知らないが……何か妙なものを見たって」
「妙なもの?」
「化け物がどうだって言ってた」
化け物? この世界で幽霊か怪物でも見たって言うのか。とうとうそんなものまで出てきた。そろそろ本当に世界は滅ぶのかもしれない。
「一人襲われたって話だ」
「それは物騒だな。どこの話だ?」
「おいおい。まさか行ってみようってことじゃないだろうな」
「まさか……近づかないようにしようってことだよ。そんな物騒な話、盗賊とかそんなだろうよ。わざわざ危険を冒してまでそんなとこ行くわけがない」
素っ気なく否定。だが、リスはいつになく真面目な視線を向けてくる。
「いやいや。盗賊なんてもんじゃないらしい。人の形をしてないとか」
「そんな馬鹿げた話あるかよ。ありえない、ああ、ありえない。大体な、今まで千年間、そんな話無かったんだぞ」
「そうだ。無かった。だからこそ今、騒いでるんじゃないか?」
そう言われると確かにそんな気はする。
火のないところに煙は立たないと言うけれど、それはあながち間違いじゃない。噂で耳にした工場の水だってそこにあった。だったらその話も……。
「……いや眉唾だ。誰かが影か何かを見間違えたんだろ」
「そうだと、いいんだけどな。開発地区、そこの中央にあるデカいタワー。そこで出たらしい」
不安を隠しきれない様子のまま、リスは寝床を後にする。
その背に不安を覚えつつも今日の疲れが余程酷いのか、長椅子の簡易ベッドに寝転がるとすぐに意識が遠のいた。
今日も一日、何もなく生き延びた。
翌日、目を覚ますと油灯が切れていて視界は真っ暗だった。
光の通らない地下。ガスも底を尽きた。あと少しばかりのストックの油だけが光を灯してくれる。
そろそろ何かを探さないといけない。
いつものようにボロ衣の服を羽織ると寝床を後にした。
外に出ると光に慣れない眼が悲鳴を上げる。
数秒、目を閉じていると次第に開けるようになった。
いつもの朝、いつもの風景、いつもの、地獄。
見渡す限り、廃墟。見慣れた風景の中を歩く。
今日の目標は食糧とできたら油や油に変わるもの。光を灯せるものだ。
そういうものがあるのは開発地区。工場地区は全て取り去られてしまって行っても仕方がない。
行動範囲は昨日行った都市部、寝床がある郊外近辺と工場地区、そしてあまり立ち寄らない開発地区の三つだ。
一陣の風が吹き、思わず空へと視線を移す。
重く圧し掛かった灰色のこの空は晴れることはない。
これも過去の産物。多くの粉塵が大気に膜のようにへばりついているからだ。
おかげでこの粉塵を纏った雨は強酸性雨となり降る。また乾けば舞い上がるという質の悪い物質だ。
おかげで農作物は育てられず、外で住む生き物は死に絶え残るのは建物内にある非常食だけだ。
それにどういうことか分からないが過去の人類は千年程度の備蓄をしていた。所々の隠されたというその備蓄にあやかる日々。それが収集ということだ。
昔からの言い伝え。そのことだけを信じて俺たちは生き延びてきたのだ。
言い伝えなんてものよりも確実なものを残して欲しいものだが。
開発地区。
そこはかつて研究をしていた場所だと言われている。生物だとか、大気だとか。それらが行われていたはずの場所は今は無残な姿だ。
割られたガラスに拉げた鉄骨。どれもこれもが廃品のように散らばっている。それでもいくつかの建物は技術故か残っているのも少なくはない。
人為的に壊されたものや何かの爆発に巻き込まれたものがあるだけで。
昨日、リスが言っていた噂の建築物。
その手前にある昔は白かったであろう、くすんだグレーの建物に入る。前にここで油を見つけたからだ。
ある程度の危険は覚悟している。最も怖いのは、倒壊とかそういうどうしようもない災害だ。人による被害ならどうにかなるだろうし、今までだって何度かはあった。
神経を尖らせ、中に入ると荒れた構造体。一年前に来たきりでその後に降った酸性雨で所々が朽ちてきている。次来るときはもう無いかもなと思いながら探索を続ける。
もっと奥へと入っていく。建物自体は平面に一階建て。だが数百メートルの長さと広さを持ち最奥までは見ることはできない。
進むたびに落ちているネジ。多分、粗方分解された機械類の残骸だろう。
機械の部品は高く売れる。交換物は食糧。貨幣などこの地では役に立たないからだ。
全て物々交換で済まされ、その中で一際高いのが、機械の部品。コレクターに高く売れる。
コレクターは特殊な知識を持っていて俺たちには分からないことをいつもやっている。何かを組み立てたり、ばらしたり。聞くところによると千年前の技術を再現したいらしい。そんなことをしても俺たちの腹が膨れるわけでもないのに。
歩き進め、瓦礫の前にある配管に辿り着く。いくつもの配管が交じり合っていて何がどの配管なのかは知り得ない。
けれど迷わずに中心にある配管へピックを当てた。すかさずちょうどいい管を開けた穴へ入れ容器へと移していく。
「よかった。まだあるみたいだな」
これも昔の名残だろう。
この配管を通じて油を送っていた。その残りがまだあって少しずつ流れているのだろう。
「これで、一か月分くらいかな」
何も出なくなったのを確認して立ち去ろうと踵を返す……その時に。
カランカラン。
何か金属製のものが落ちる音が聞こえた。甲高い音が広大な建物で響く。
音のした方向、配管の奥側へと視線を向ける。
行動できる範囲外。
到底人が立ち入ることができない乱雑して積み重なっている瓦礫。その奥からの音。
ふと脳裏へ蘇るリスからの言葉。
「開発地区で化け物……か」
未開拓の地。
そのリスクは高すぎる。けれどその恩恵は大きい。
これだけ乱雑に積まれた瓦礫を見て、まず入ろうなんて思う奴はいないはずだ。
ということはこの奥にはまだ宝が眠っている可能性がある。けれど入ったら戻ることはできなさそうだ。
人一人ギリギリのスペース。下手に触ったら倒壊の可能性だってある。
逡巡する思考の中、奥から聞こえてくる音に耳を傾ける。誰かが駆けている音。
「……ん?」
耳を澄ませその音の真偽を確かめる。
雲が蠢く音と共に確かに駆けている音。音からして……小柄なようだが。
「た、助けてー」
緊張感漂う声。
息を切らしながら言う言葉は自分のような低い声ではなく、カナリアのように澄んだ高い声。
けれどこういうのは罠だ。
こうやって油断を誘わせ、中に入ったら最後、盗賊連中にめった刺し。それがあいつらの常套句じゃないか。
「きゃっ!」
ズサッと擦れる音がする。
多分こけたのだろう。
しかし、女だと思われる人物がこけて止まったのにもかかわらず、無数に駆けてくる音は止まることは無い。
カタカタと何か固い甲羅が打ち付けられる音と次第に近づく地響きが頭で警鐘を鳴らす。
瓦礫から離れて近づいてくる音を警戒した。
壁の中で行われているのは多分逃走劇。少ない女に対して盗賊連中が追い回す。
しかしそれはそんな生易しいものではなく……。
走ってこちらに向かってくる音。
次第にその音は近づいてきて、人一人、入れた穴から颯爽と出てくる。
長い銀髪。少ない光を反射させて煌めくその銀髪は一瞬、時を止まらせる。
端正な顔立ちと何も知らなそうな純粋さ。ボロ衣とは違う光沢した体に纏わりついている黒と赤のラインが入ったスーツはその控えめな体のラインを浮きぼらせる。
思わず見入るその姿に驚嘆を隠せずにいると少女はこちらの存在に気づく。
二つの眼は青く光って尚も目を離させない。
その背後、何かが炸裂したのと同時に姿を現すもの。先程感じた違和感と思わず思い出すリスの戯言。
でもそれは、姿を現した。
人の数百倍はある体。
その多くは黒光りした甲羅で覆われ、鋭利なものも通さない胴部。その上、長く伸びる首のような刺々しいものに乗る大きい鋏を持った口と丸い舐めまわすような目。
大きい胴体には無数の脚部が絶えず蠢いて嫌悪感を募らす。たまに見える尾のような人を簡単に薙ぎ倒せる刃物は存在を畏怖させる。
勢いよく瓦礫を突破したそれは二人の遥か先まで飛び、やがて大きな音を立て無数の足で着地した。
土埃の中から静かにこちらを向く正体不明のそれは命の危機を感じさせる程におぞましい鋏をこちらへと向けた。
「お、おい。何だよあれは……」
「話は後! 今は逃げるのが先!」
またも動き出す。
気持ち悪い音を立てながら突貫してくるそれを回避しつつ少女に手を引かれる。
速い。
グンと加速した世界は流れていって、瓦礫にぶつかっているそれとの距離をみるみる離していく。少女の足に何とかついていくので精一杯。
日頃の栄養不足が憎たらしい程だ。
「うわ、また来た」
そう言う少女の視線の先。
ぶつかっていて止まっていたはずのそれは俺たちより数段速い速度で追いかけてくる。
「ねえ君。このままだと追いつかれちゃう」
「ああ、そうだな——それより何なんだあいつ」
「今、話すことじゃないでしょそれ。無事生き残れたら話してあげるから今は必死に考えなさい」
必死に考える?
何をだ。生き延びるための方法……。
そんなことは分かっているさ。
けれどこんなのは想定外の外だ。未知の生物に襲われる状況なんて。
…………ちょっと待てよ。
「おい。お前名前は」
「名前? そんなこと必要?」
「ああ必要だ。呼びにくいからな」
「アルカ」
「じゃあアルカ。俺の言う通りにしろ」
「は? てかあんたの名前は」
「レンだ。良いから言う通りにすれば助かる」
「——分かった。どっちみち私の手段はないからあんた……レンに任せるわ」
一通りの指示をして二手に分かれる。
左にアルカを行かせ自分は右へ。そして一瞬止まったそれは、アルカの方へと細かい足を進める。
どうやら実行役は俺のようだ。その方が場所も方法も知っているから都合が良い。
ここは開発地区。研究が盛んだった場所だ。そして千年という時が経った今でも未だに謎な地区でもある。
粗方の機械は分解されあいつを殺せるような大型の機械は残されていない。
けれど俺たち人類が手を出せない、手を出せたとしても不必要なものが一つ。
「今、予定通りならアルカはあと一分でここまでやってくる。それまでに——」
いくつかのバルブを急いで前回まで開けて巨大な容器へと圧力を貯めていく。
「急げ、急げ!」
臨界点まで達するまであと目盛り半分程。焦燥が顔に滲み出てくる。
あと十秒。九、八、七、六、五、四——。
「レンっ!」
大きく呼ぶ声と共に鉄骨が爆ぜる音。
それに追いかけられるアルカはもう必死。刻々と迫りくるそれは何も知らずにただ、前を走る虫けらを血走った目で追いかけている。
だが奴は負ける。敗因はそう——。
「今だっ!」
かけた合図に即座に反応するアルカ。
真横へ急旋回……そして思いきり飛んで遮蔽物へと隠れる。
「くたばれ化け物!」
放出するためのバルブを一気に開放。勢いよく噴射する液体。
一身に浴びるそれは悲鳴のような頭に響く声をあげている。苦しみにも取れる甲高い声と共に甲羅に帯びた体はみるみる溶けていき、そして息絶える。
その最後まで苦しみ藻掻いていた口元の大鋏は痙攣していたように何度も動いていた。
「やった?」
「ああ。そう、みたいだな」
ドッと疲れがこみ上げて思わず尻から崩れ落ちる。
それを溶かしたはずの液体はすぐに揮発していく。代わりに蒸気の吹き出す音のような音を辺りへ響かせている。
「あれ何なの?」
「さあ。ただ何でも溶かす液体みたいだったからいけるかなと」
昔、ここの探索をした時に見つけた何かの貯蔵タンク。
その中身を調べてみると鉄やら瓦礫やら何でも溶かしていたのを覚えていた。
その経験から出した答えだったのだが……。
「そんな根拠もないものに賭けたの……」
「結果、助かっただろう」
「まあ、ね」
何か納得のいかない様子。後ろに手を組んで瓦礫の石ころを蹴飛ばし、放物線を描いてそれまで存在したものへとぶつかる。
「で、あいつ何なんだ」
今も溶け続けている巨大な虫のようなものを指して言う。
「あれ? 分かんない」
「は?」
「だって起きたら襲われて。気づいたら君に会って」
「なら何で最初分かっているように話した」
「だって良い交渉材料になるかなってさ。私も分かりませんなんて言ったら放ってどっか行っちゃうかもしれないじゃない」
「何だよそれ。……結局、こいつの正体は不明、と?」
「うん。そして私のことも良く分からない」
恥じらうように頬を染める彼女。
人差し指同士をくっ付けては離して——それをひたすら繰り返している。
「私ね、アルカって呼ばれてたことは覚えてるんだけど……私が何でここにいるのか、何で寝ていたのか全く記憶ないんだよね」
「……それで?」
「それで……それで? ちょっとおかしくない? 普通そこはさ、大丈夫なのかとか、徐々に思い出せるよとか心配するところじゃない?」
「いや比較的元気そうだし、気にしてもいなさそうだから」
「冷たい! いやー冷たい」
そもそもこの世界で記憶など役に立たない。誰が何なのかというのは生きるためには必要ない。必要なのは食糧にありつける嗅覚だけだ。
「じゃあもう用もないし、元気でな」
日も落ちてきた。
暗がりが増えていく建物の中、そう告げる。
夜は何かしら危険が纏うのだ。危ない夜に用もなく突っ立っている程馬鹿じゃない。
「え? ちょ、ちょっと待ってよ。こんなか弱い女の子を置いていく気?」
けれどその後を追うようにアルカもついてくる。
「多分、お前なら生きていける。その足の速さと危険を察知する嗅覚。……平気だろ」
「え、え、分かんない。その気持ちは分かんない。女の子だよ?」
「女男は関係ないんだ。生きていけるのは強い奴だけ」
「何それかっこいいと思ってんの?」
糸が切れる音。
琴線に触れて思わず切ってしまうそんな音が中で響く。
騒がしい少女を置いていくように足を進める。速く速くと。
だけど、彼女はついて離れない。
「ねえ待ってよ。お話、お話しよ?」
「無理だ。早く帰る」
「分かったお家ね。お家でなら話をしてくれるのね」
足を止め後ろに纏わりついていたアルカの鼻先へ指を突き立てる。
「あのな、ついてくるな。お前に分け与える飯はない」
「えーーー。私お腹空いた」
「俺はもっと空いてる。無駄な運動をしたせいでな」
「じゃ、じゃあこれは?」
取り出したのは大量の袋詰めされた非腐食性固形食品。
「これを、どこで?」
「いっぱい落ちてた」
実に一か月分にも及ぶ食糧だった。
「…………分かった。飯を食うだけだからな」
半ば強引な彼女の笑み。
表情豊かなアルカは悪い奴でもない。
ただ騒がしくて、何も知らないガキ。
大量の食糧につられる少年はその少女と共に。
銀髪の髪が靡く少女と何もない荒野で。
数奇な運命を辿った。