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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

表現練習

作者: 同じ穴の狢

その子は昔から、感情の起伏に乏しい子供だった。自分がそうなのであるから、いきおい他人の感情の機微に敏感なことはあるはず無かった。小学校時代は、デリカシーのないことを言って友達と揉めるなんて珍しいことでもなかったし、皮肉なことに性格に目を瞑れば顔は整っていたので告白されることもしばしば。それを無下にしたり、ひどい時には好意を示されたことに気付かないまま、なんてこともあって、女の子と一悶着あったりした。

そんな彼が、感情を激しく揺らす時があった。それは、テレビでサスペンスドラマを親が惰性で流しながら、寝落ちしてしまった深夜、たまたま目が覚めた彼は、深夜にテレビを見るという少しの背徳感と、大人びた感じに好奇心をくすぐられ、いつもは見るなと言われている殺人シーンを見てしまった。それがただの殺人シーンならまだしも、その作品はシリアルキラーを主題とした物語だった。深夜に放送されるだけあって、殺人方法は、筆舌に尽くし難いほど残酷で、普通の大人でも目を瞑りたくなるほどのものであった、当然彼も目を塞ぎ目の前の惨事から逃げようと…〜彼は、引き込まれるようにその作品を、瞬きのひとつもせず、見ていた。なんの整合性もないシリアルキラーの犯行動機、残酷な殺人現場、罪のない被害者の親族の悲痛に染った表情。そのどれもが、彼の冷たい心を強く揺さぶり、その全てが彼の心に響いた。それと同時に彼の心に、何か分からない靄が立ち込め始めた。それを心に抱えたまま、中学校へ。中学校では、ただのデリカシーのないやつ、から物の分別のつかない空気の読めないやつとして、結果的には小学校時代と同じで煙たがられた。少しのいじめとつまらない毎日と上手く付き合いながら、成績は秀でていた彼は何かを学ぶのは楽しいと思っていたようで、学校には毎日来ていた。彼の心に第2の変化があったのは理科の解剖実験のときであった。中学校ではありがちなカエルの実験である。先生が、教卓の周りに生徒を集め、生きたカエルを殺す所で、カエルが少し苦しみながら死んでいくのを、女子が小さな悲鳴をあげながら、男子が謎のグロいの平気自慢をする中、彼だけは違った。彼には、自分の心の靄が僅かに晴れかかり、気分が高揚して行くのが感ぜられた。授業後にはまた、心のモヤモヤは戻ってきていた。このヒントを彼が見逃すはずもなく、その放課後自分の家で飼っていた愛犬を包丁で殺した。この時点で十分すぎるほど、常人と判断するには異常な点が多いが、彼の奇行はこれだけにとどまらなかった。愛犬を殺した後、また靄は綺麗に晴れた。むしろさっきのカエルの時よりも気分がいいことに気が付き、この違いはなんだろうかと考えを巡らせた。彼はひとつの結論にたどり着く。それまでに受けた愛の大きさではないかと。その愛犬は彼が生まれた時から一緒で、家族も同然の存在、たくさんの時間を一緒に過ごした、言わば兄弟のようなものだった。彼はとても興奮していた。動物とはいえ、自分のこれまでの人生を共にすごした物を壊すとここまで晴れ晴れとした気持ちになるのか、と。そこで、危険な考えにたどり着く。親はどのくらいの高揚感と昂りを与えてくれるのか、と。彼は一瞬、逡巡した。もっともそれは、人間的、人道的、模範的な、親を殺すこと自体への躊躇いなどではなく、単に殺したあとの自分の生活とか、人生といった打算的で無機質な冷たい考えではあるが。しかし、彼の殺人への異常な情動は、そんな合理的な判断や、理性で止められる範疇を大きく逸脱していた。彼は、餌を待つ犬や、遠足に行く前日の子供みたいにワクワクして親の帰宅を待った。------

それからは凄かった。彼は1週間親の死体で遊んだらしい。流石に1週間連絡を取れないまま、学校が放っておくわけもなかったし、彼の自宅から異臭がすると通報があったため、彼の身柄が確保されるのにそう長い時間はかからなかった。警察はその犯行の残虐性と、異常性を考慮して、彼を更生施設に送った。マスコミもここぞとばかりにこの少年の猟奇殺人を取りあげ、世の中はしばらくこの話題で持ち切りになった。実際、殺人現場は凄惨だったらしい。鼻をつく悪臭と、そこらに飛散した血、血、血。現場に赴いて、気を病んでしまった警察官もいるとか。この壮絶な事件はのちに、平成の大事件として歴史に名を残すのであった。

彼は、夜の拘置所にいた。もう、時間の感覚も、自分という意識も、どこにいるかもよく分かっていなかった。ただ、彼の中を支配するのは、冷めやらぬ興奮と、生の実感、充足感だけであった。悦にいりながら、彼は心の靄が完全にきえている事にもきづいていなかった。

この数日後、彼は憔悴しきり、死に

至った。齢15にして、全世界に名を轟かせた殺人鬼はその壮絶な人生に、その罪の重さには似合わず、静かに幕を引いた。その死に顔は、さながら家族に見守られながら、暖かいベッドで人生を終える、老人のようであった。


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