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笛と色

「え……えっと……」

 目の前の景色を認識して、私はようやく状況を把握していく。

 それを脳内でまとめながら、声に出す。

「レンが……龍の笛の奏者……」

「吹けるヤツは他にもいるけど、基本は俺だな」

「音楽祭で演奏したのも……」

「……俺が吹いたな」

 聞きたくないと思いつつ、でも確認しなければとおそるおそるの問いかけの答えは、予想どおりだった。

 つまり、私は、奏者本人をそれと知らず、延々まくしたてていたというわけで……

 そりゃあレンも、顔を覚えていないのかと質問するわけだ……

「か…重ね重ね大変失礼しました……」

 もう他になにを言うこともなく、九十度の角度で頭を……上半身を曲げる。

 それなのに怒らないでいてくれたレンは、どれだけ心が広いんだろう。

 全然覚えてなかったなんて、一般的にはものすごく心証が悪いことだ。

 なじられるのを覚悟していたけれど、いつまでたってもそれは訪れなくて。

「昨夜も言ったぞ、嬉しい、ってな」

 だから顔を上げてくれ──と続けられる。

 おっかなびっくり体勢をもどすと、表情はよくわからないけれど、穏やかな気配のレンがいて。

「立ち話もだし、奥へ行くか。ちょっと待ってろ」

 私の横をすり抜けて外へ出て行き、すぐにもどってくる。

 その間に、私はようやく周囲を見渡すことができた。

 種族ゆえに大きめだけど、でも、かれらからすれば狭いくらいの室内には、独特のにおいが充満している。

 周囲にびっしり存在する棚には、瓶に入ったいくつもの乾燥した草や葉や、種が入っている。

 ラベルにはグラム当たりの値段があって、……つまりここは、

「薬草屋……?」

「ああ、一応な」

 もどってきたレンがドアを閉める。

「今日は閉店にしてきた」

 どうやら表の札をかけかえてきたらしい。

 でも、まだ日は落ちていないから、閉店するには早い時間のはずだ。

 つまり、私のせいで閉めることになったわけで……

「普段からほとんど開いてねェことで有名だから、気にするな」

「いや、それはそれでまずいんじゃ……?」

 あっけらかんと言い放つが、店としてどうなんだろう。

「本業はあくまで演奏だからな、こんなもんでいいんだよ」

 なるほど……と納得していいんだろうか?

 首をかしげているうちに、レンはカウンターの奥へと行き、私を手招きする。

 おとなしくついていくと、そこから自宅に直通しているらしく、廊下へ出た。

 こちらも私からすると全体的に大きめだけれど、レンにはちょうどよさそうだ。

 通されたのは広めの台所で、四角いテーブルに椅子が二脚セットされている。

 ちょっと高いけれど、さほど苦労せずにすわることができそうだ。

 先にすわっていろと言われて腰かけると、レンはお茶を煎れてくれた。

 ありがたくいただいて飲むと、泡立っていた気持ちが落ちついていく。

「はぁ、もう、穴があったら入りたい……本当にごめんなさい」

 お茶を飲み干してから呻くように呟くと、苦笑された。

「だからそれはいいって言ってる。……演奏の技術じゃなく、俺の見た目が先にくることばかりだったから、嬉しかったのは本当なんだぜ?」

 少し低くなったトーンに、ああ、と納得した。

 ひと以外の種族が、土地の珍しい楽器を演奏する。

 それだけでも、特に中央のほうでは注目されることだ。

 ひとでなければいけない、という決まりのある楽団は──表面上はないはずだ。

 けれど、実際あちこちの楽団を見た私にはわかる。

 有名な楽団の種族構成は、人間が九割、体型の近い種族が一割で、つまり、爬虫類の血を引いていたりとか、そういう種族は見たことがない。

 珍しい種族が、珍しい楽器を演奏する、ということだけで、注目されてしまう──技術だとかは二の次で。

 勿論、レンの技量ならば、おもしろ半分で見た人々も納得はするだろう。

 けれどその場合も「この種族がこんなに弾けるなんて」とか、そういう文言をつける層がいたからこその科白だろう。

 だから、まったく外見を覚えていないのに、べた褒めする私には好感を持ってくれた、と……うぬぼれていいならそういうことなわけで。

 これが他人事ならいい話だなと思うけど、自分のことだと、ちょっとどうなのかと思う……

「……けど、どうしてここで演奏してるってわかったんだ?」

「ああ、だって、微かに音色がしたから、それを追いかけて」

 ややもとにもどったトーンでの問いかけに、なにも考えず返答する。

 けれどその瞬間、レンの眉が寄った。

「……この建物は防音してあるから、普通の人間が拾える音は外に漏れないはずだ」

 ──やばい。

 そういえば見えたのは色だけだった。そこまできっちり防音してたのか。

 レンは気にしてないと許してくれてるけど、失礼をしたのは間違いないから、ここは伝えておくべきだろう。

 悪用はしない──と信じたい。

「私、音が見える体質なんだ」

「音が……見える?」

 不思議そうに繰り返されるので、うん、とうなずいてみせる。

「たとえばさっきの龍の笛は、一見透明なんだけど、よく見ると七色に光ってる。雨上がりの虹みたいに」

 懐からとりだしたのは色見本帳。

 実際見える色はこの中でくくれるものじゃないんだけど、記憶するのに近い色がわかるほうがいいので、愛用している。

「音として拾えなくても、色は結構遠くまで広がるから、それを追いかければ、もとはたどれる」

 だから船上で異質な色を遠くに見かけて、調べてもらったらクラーケンだった。

 他の魚とは大きさが違うから、発する音も微妙に違うし、大きさが大きさなので、その量も異なる。

 それらが積み重なったので、知らない音と色だったけど、なにかくるのはわかったわけだ。

「なるほど、だから防音していたのに、察知できたのか」

 納得するレンに、そう、と首を縦にふる。

 音が発声すれば空気が動く、だから色も動くらしく、この能力は探査にとても役立っている。

 他の能力がぱっとしない私だけど、護衛任務に長けているのはこれのおかげだ。

 隠れていた敵を見つけたことは、一度や二度ではない。

「……ただ、そのせいかな、特に顔かたちを覚えるのがうまくできなくて」

 あとで思い返そうとしても、全然像を結ぶことができないのだ。

 特殊な種族であってもそうで、だからこのあとレンと別れたら、その時にはもう、顔はきちんと出てこない。

 じゃあどうやって個別に判断しているかといえば、気配とか、肌や瞳といったパーツの色、髪型、そして冒険者なら装備など、変化しづらい部分を記号的に覚えておく。

 会った時にそれらに合致するひとを脳内リストで照らしあわせるわけだ。

「けど、この体質は滅多にいないし」

 どころか今まで同じ体質に会ったことがない。

 魔法を使用することによって見えるようになるケースはあったし、過去にもいたとかいないとかなので、世界初、ではないようだけど……

 遺伝でもなく突然変異みたいなものだそうで、原因も不明のようだからお手上げだ。

 だから普段は知られないように注意している。冒険者として生きていくためにも、手札は簡単に見せられるものではないし。

「顔が覚えられないっていうのも、いいわけみたいで嫌だから……普段は口にしないことにしてる」

 本当に記憶できないのだけど、できるひとからすれば意味不明なわけで。

 説明も難しいので、普段は語らず、その場その場をどうにかしのいでいる。

「なので、虫のいいお願いだけど、秘密にしてくれると……助かる」

 バーダ島で冒険者として活動する予定はさほどないけれど、言いふらされたいものでもない。

 私の懇願に、レンはあっさりうなずいてくれた。

「個人の事情を吹聴する趣味はないから、安心してくれ」

 レン自身が色々とあるからだろう、声には強い意志が感じられた。

 ほっとしてありがとうと礼を告げると、レンがおかわりを注いでくれた。

「しかしそれじゃ、日常生活も大変じゃねェか?」

 生きていると、音とは無縁でいられない。

 静かなようでいて、生活音というのは至るところに存在する。

 私は苦笑いをして、昔は、と呟いた。

「今は制御できるから、使わない時はほとんど見えないようにできる」

 それはそれで少し負担はかかるのだけど、あらゆる音が見える状態よりはマシだ。

 今では慣れたので、取捨選択することもある程度可能だ。

 よく見聞きする生活音は切り捨てて、見かけない色だけをサーチすることもできる。

 これができるようになったから、冒険者としてやっていけているようなものだ。

「……慣れるまで大変だったろ、頑張ったんだな」

 いたわりの言葉に、じわりと胸が熱くなる。

 キィカの「顔が覚えられない」は「相貌失認」に当たります。


 ちなみに私も軽度のこれです。

 顔を合わせている間は誰かわかる程度で日常は困りませんが、

 目の前からいなくなると、実の親の顔も思い出せません。

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