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語ったその後

「ごめんなさい! 夢中になっちゃって」

 しまった、またやってしまった……

 どうしても音楽の話になると、ひたすら語ってしまう。

 これでウザがられたり、気持ち悪いと言われたこともあるというのに。

 慌てて口を閉ざしてレンの顔を伺うと、

「……いや、それは、構わないんだけどな」

 とても端切れ悪く呟かれて、全然よさそうではない。

 やっぱり嫌な感じになったよな……ともう一度謝ろうと口を開きかけたのだが、手で制された。

「謝らなくていいんだが、その……」

 言いかけて、けれどそのまま言葉は止まる。

 なんだろうと首をかしげて待っていると、途中で店員の猫族が皿を下げていった。

 その際、レンは追加注文をし、やってきたのは大きなジョッキ。

 私のほうには果物のジュースが置かれた。

 ぐっと一息に飲み干すと、太い首筋が動く。

 とん、と鈍い音がして、机の上にジョッキが置かれた。

「聞いちゃまずかったらすまんが……キィカは目が悪いのか?」

 次いでの問いかけは、まったく前後の脈絡がないものだった。

 それでも声は真面目なので、ちゃんと応えないとと思う。

「えーと……よくはない、けど……」

 一般人よりかなり悪いのはたしかだけど、日常生活が送れないわけじゃない。

 近くもぼやけて見えるくらいなのは、一般的には大問題だけど、音には敏感なので困っていない。

 臨時でパーティーを組んだりした時も、バレたことはないくらいだ。

 初対面で気づかれることはまずないんだけど……

 どうして聞いてきたのかと身構えたが、疑問はすぐに解けた。

「俺も音楽祭にいたんだが、覚えてねぇみたいだからな」

「……そ……それは大変失礼を……」

 ──うわぁ、最悪。

 一応弁解をするならば、バーダ島のパンフレットでの紹介はわずかなものだった。

 誰がどの楽器かということも、ほとんど記載がなくて不思議だったんだけど、今ならわかる。

 ……おそらく、楽団員にひと以外の種族が多いんだ。

 街を歩いていても思ったけど、バーダ島にはヒト以外の種族が多かった。

 冒険者が集まる街でもないのにここまで見かけるのは珍しい。

 そう感じてから注意してみれば、通りが広いのも、店構えが大きいのも、大きな種族に対応するためだろう。

 ということは、結構な昔から、この地は異種族が多いということになる。

 ぱっと見たところではみんな当たり前に生活しているから、理解しあっているのだろう。

 だけど……私はまったく気にしないけど、世間はまだまだ、人間以外を区別し差別する傾向にある。

 数年に一度の祭典で、色々なひとが集まるとはいえ、配慮はしすぎることはない。

 異種族がいるから、という理由で見にこられても不愉快だろうし。

 だからパンフは、バーダ島の紹介や、龍の笛に関するものばかりだったわけだ。

 それでも、舞台で演奏していたというなら、間違いなく見てはいるわけで。

 まったく覚えていないというのは、常識的に考えるとかなり駄目なやつだ。

 小さくなった私に、怒ってるわけじゃないという声色は穏やかで、少し救われる。

「俺の見た目はこうだろう? だから、大抵一度で覚えられるんだが……つくづく変わってるな」

 まあ、たしかに、鬼族らしき見た目は珍しいから、視覚的に覚えやすいのはあるだろう。

 逆に個々の区別がつきづらい気はするけど、鬼族は私もほとんど見たことがない。

 それくらい珍しい種族だし、言いっぷりからして、バーダ島にも少なそうだ。

「いやもう、あの時は、理想の音色に会えた! って興奮で、とにかく音を覚えることに必死だったから……」

 だから、顔、というか、そもそも楽団員の姿など全然見ていなかったのだ。

 視覚に頼っては音の鮮明さが薄れてしまいそうで、とにかく耳に集中していた。

 遠くの席だし私の視力ではろくに見えないから早々にあきらめたというのもあるし、ひとの顔かたちを覚える能力にも乏しい。

 それらの点から、見た目なんていうのは二の次なのだ、普段から。

「それだけ音を気に入ってくれたってのは、嬉しいことだしな」

「そう言ってもらえると救われるよ……」

 でもしばらく立ち直れる気がしない。

 がっくりうなだれていた私は、レンがなにか言いたげにしていたことも、猫族の店員が笑っていたことも、その時は知らなかった。

「まあ……その、なんだ、まだ食えるなら食っとけ」

 ほら、と新しく頼んだらしいソーセージ盛り合わせを半分より多目に分けると、大きいほうを私の皿に載せてくる。

 うぅ、と唸りつつ、ぷりぷりした身はおいしそうで、フォークを突き刺しぱくりと一口。

「……おいしい」

 思わずお酒を頼みたくなるほど、肉汁たっぷりで味も深い。

 あっという間に分けられた分を食べてしまうと、そりゃよかった、と残りも載せられた。

 俺はいつも食べてるから、と先に言われてしまったので、ありがたくいただいてしまう。

 喋ったりあせったりしたせいで色々と消費したのと、本当においしかったので、なんだかんだでよく食べてしまった。

「お詫びも兼ねて、少し出すよ」

「いらねェよ。キィカはたいして食ってないんだし」

 会計時、財布を出した私に、レンはあっさり却下し支払いをすませてしまう。

 そりゃ、レンに比べると少ないだろうけど……うーん。

 今度奢る、って、言っていいものなんだろうか、悩んでしまう。

 私としてはあこがれの楽団員だし、一方的に喋ってばかりだったから、レンの話も聞いてみたいし、次回があってほしいんだけど、厚かましいだろうか。

 ぐるぐる悩みながら外に出ると、流石に涼しくなっていた。

「宿はどこだ?」

「あ……ええと」

 名前と場所をざっくり伝えると、把握したらしく歩きだす。

 ……これはまさか、送ってもらえるのだろうか。

 慌てて横に並んで顔を見上げると、暗い夜道に溶け込むような姿の中、鮮やかな金の目が光る。

「暗くなって道もわかりづらいだろ。そんなにガラの悪いのはいないが、一応な」

 親切さがありがたすぎる……お礼を告げて、素直に送ってもらうことにする。

 たしかに、灯りはあるとはいえ、まだまだ不慣れだから、すんなり帰れる自信はない。

 遠く近くに喧噪の音はするが、度を超した様子はないから、本当に治安はいいのだろう。

 道ばたに転がるものもいないし、秋波を送る女性もいない。

 これなら深夜に一人で出歩いても大丈夫だろう、……できるだけしないつもりだけど。

「……そうだ、練習を見学していいか、団長に聞いておくか?」

 不意に落ちた呟きに、え、と声をあげてしまった。

「キトウ様にも軽く聞かれて、でも流石に図々しいから断ったんだけど……」

 公開練習をしていないなら、あまり要求するのも気が引ける。

 特殊な楽器があるから尚更ということも考えられるし。

「けど、公演はかなり先だぜ? 我慢できるのか?」

 ……正直、そこは断言できない。

 黙りこくった私に、くつくつと低い笑い声。

 さっきあれだけ語っておいて、大丈夫、なんて説得力皆無なのはわかってるから、無言を貫くしかない。

「出待ちの件やらあるんで、許可が出るかは微妙だけどな……」

「いや、それなら無理しなくても」

 件の女性たちに声をかけるつもりはないけど、私が練習を見たことで、彼女らを刺激しては問題だ。

「ま、だからほどほどに期待しててくれ。……三日後に最初に会った裏手でいいか?」

 日にちを時間をきちんと確認しあい、間違いがないようにする。

 正直、波の音はいいものばかりじゃなかったから、音楽に飢えているのは事実だ。

 だからどうしたって期待してしまう。

 でも、あんまりわくわくしすぎて、やっぱり駄目だったら凹むわけで……

 なるべく平静に、と心の中で唱えていると、やがて宿に到着した。

「送ってくれてありがとう、じゃあ、三日後に」

「ああ、お休み」

 ひらりと手をふって、レンの姿はすぐ見えなくなる。

 どう転ぶかはわからないけれど、少なくとも悪くないはじまりなんじゃないだろうか。

 ヨギナさんはもう寝ているようなので、洗濯物だけ所定の場所に出し、私もさっさと部屋に引っこんだ。

 ころんとベッドに転がって……さて、明日はどうしようかな。

 それにしても、聞きかじっただけだけど、綺麗な音だった……でも、笛の音はなかったのが残念だ。

 流石にまたあそこで聞き耳立てるわけにもいかないから、やっぱり練習は見学させてほしいかも……

 そんなことを考えつつ、眠りに落ちた。

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