鬼の回想-1-
本編のレン視点となる外伝です。そのため本編読後をおすすめします。
長いので二分割しています。
幼いころから、他との区別、さらに差別は感じていた。
両親共々、鬼の特徴が濃く、生まれた俺はそれに加えてガーゴイルだかなんだかの特徴まで持っていた。
故郷を追われてちりぢりになった祖先が行った先で、同じように迫害されている似た見た目のを選んだことがあるらしく、……ムキになった連中は、見た目が人間に馴染むことを良しとしなかった。
俺の両親はそういう考えはなかったが、だからといって万人に受け入れてもらえるわけもない。
異種人種の多い集落ではあったが、絶対数は人間が多い、まったく人間のいない場所なんてのは、単一種族だけのことがほとんどだ。
子供のころから体格もよく、成長して二メートルにもなれば、見た目と相まって恐れられるのは当たり前だった。
それでも優しく接してくれた学校の教師にはじめて淡い想いを抱いたのは、子供にとって普通のことだたと思う。
けれどそれも、うっかり聞いてしまった言葉によって砕かれる。
『仕事だから接しているし、襲ってこないと思っても……やっぱり恐いわ』
同じ人間の男に甘えながら、そうこぼしていた。
そのころから、俺はあきらめていたんだろう。
もしかしたらと願っても叶わないことばかりで、歩み寄ることにも疲れてしまった。
拒絶したいわけじゃない。だが、むこうが怯えてくるのに、その視線に耐えながら友好的に接するほど、俺はデキた存在じゃなかった。
それもあるのだろう、俺はちょっとしたきっかけで知ったトランペットにのめりこんだ。
教えてくれたのが異種族だったこともあり、トラブルもなかったのも、続いた理由だろう。
空いた時間は練習につぎこみ、音だけ聞いた連中がやってきて、俺の姿を見て逃げたこともある。
考えてみれば講師には悪いことをした、だけどあのひとは、いつでもニコニコと俺に演奏を教えてくれた。
居心地の悪さと申しわけなさを感じつつも、よりどころのない俺は音楽を続けた。
そんな状況は、音楽学校へ進んだことでいくらか緩和された。
幸いにして才能と運のあった俺は、わりと有名どころへ入ることができたのだ。
学生たちも軒並み才能があり、そういう奴らは総じて性格が……なんというか突飛で、種族にはあまりこだわらなかった。
講師陣も同じで、俺ははじめて、息苦しくない学生生活を満喫できた。
──しかし、卒業して職探しとなると、難航する。
楽団員として推薦されても、なんやかんやと理由をつけて断られたのだ。
異種族の入団を拒否している楽団は、表向きにはいない──が、そんなのは建前だ。
しかし誰かに教えるには、俺には向いていない。
しばらくソロで活動していたが、やってくる仕事は、俺の見た目とのギャップを売り物にするものばかり。
演奏をすれば凄いともてはやされるが、その前後には必ず俺の種族がついてまわる。
──なんて、鬱陶しい。
しかし、働かなければ食ってはいけない。鬼の血を引く俺は薬草の栽培を得意とするが、音楽を知った今、それで生計を立てる気にはなれなかった。
そんなある日、恩師がバーダ島で団員募集していると教えてくれた。
遙か僻地のその島は、噂には聞いていたが、実際どんなところかはほとんど知らなかった。
気分転換を兼ねて行くといいと援助までされたので、話の種にでもと出かけることにする。
そして訪ねた島には異種人種が多く、まずその事実に驚いた。
しかも人間との間に壁はあまり見えず、俺にとって信じられない光景が広がっていた。
驚いたまま楽団へと挨拶し、流れで演奏すると──聞いたことのない美しい鈴の音が響いた。
そして、あっというまに入団テストに合格してしまったのだ。
とりあえず試しでもいいからと請われ、仮の楽団員としてメンバーに加わったのだが、誰も俺の種族を気にしないので、あっというまに気に入った。
試用期間を経て正式に楽団員となり、定期演奏会を経験して……たくさんの種族問わずの観客が、純粋に拍手をくれた。
その瞬間、俺は──それが、欲しかったんだと気づいて、不覚にも泣きそうになった。
まあその涙は、そのあと龍と会ったり龍の笛の奏者に抜擢されたりで、引っ込んだんだが。
とはいえ、順風満帆なだけじゃない。
表面に出ないとはいえ、差別のない場所なんて所詮は夢物語だ。
特に笛を継ぐとなった時は、それなりに紛糾した……らしい、現場には出させてもらえなかったが。
実際吹くようになってからも、学生時代のような嘲りはあったし「鬼なのに上手」と言われることもしばしばあった。
けれど団員は誰もそんなことを言わないし、龍も俺が笛を吹くことを許してくれた。
もともと龍の身体の一部からつくっているために、人間だと扱いきるのが難しいらしく、大型種族のほうが合っているのだという。
それを聞いて、俺が俺であることを、いくらか誇れるようにもなった。
そうして数年が経ったころ、再び、数人のメンバー交代があった。
もともと、外からくる者が多いので、入れ替わり直後は音が定まらないことが多い。
そのうち収まると皆楽観的だったのだが……その速度がどうにも遅かった。
新団員は異種人種に慣れないらしく、なかなか会話に混ざろうとしない。
中でもアラハキは、技術は抜群だがその傾向が強く、さらに距離を縮めようとしていたところで、後援者の娘がしゃしゃり出てきてしまった。
彼女の親は公言してはいないが、人間至上主義だ。
楽団の後援をしているのも、隙あらば他種族を追いだそうと思ってのことだという。
そのため惜しみない援助をくれるので、断りづらいというわけだ。
だが、団員の選抜は龍が行う。人間の男はそれを知らないから、資金だけいただこうと団長は爽やかに言い放ったが……
彼女がうろつくせいで、アラハキはますます他と距離を取るようになってしまった。
このままでは、楽団内でのまとまりがつかなくなってしまう。
いずれは歩み寄れるだろうと言っても、長すぎては困るのだ。
けれど俺の外見は、苦手な連中にとっては爬虫類と同じくらい最悪だ。
せいぜい、アラハキが帰る時間に、追っかけの女がどこにいるか、他のヤツに教えて無事に逃がすことくらい。
歯がゆさを感じていたそんな日に──キィカと出会った。
はじめは、追っかけの一人が出し抜いたのかと思った。
だから少しばかり威圧的に声をかけたのだが、彼女はただの旅人だった。
俺よりかなり低い背は、人間の中でも小柄なほうだろう。体格も華奢で、簡単に折れてしまいそうだ。
しかも、年齢も大分若い、成人していないくらいに見えた。
そういう女は大抵俺を恐がって、まともに話もできないものだが、彼女は平然と俺と喋っている。
視線も、身長差のせいか微妙に合わないが、逸らすこともない。
非礼を詫びつつ、少しも恐れた様子のない姿に、単純に興味を持った。
だから夕食に誘ったのだが──まさかそこで、俺の演奏をべた褒めされるとは想像していなかった。
しかも、彼女──キィカは、奏者が俺だと気づいていない。
面と向かって浴びせられる称賛に、覚えず逃げ出したくなるが、どうにか耐える。
言ってもらえるのは嬉しいことだが、ここまで恥ずかしいとは思わなかった……顔なじみの猫族店員が、影で大爆笑していたが、咎める気にもならない。
演奏に集中していて顔にはまったく興味がなかったらしい。
アラハキの追っかけなんぞ、演奏が二の次くらいだというのに。
実際俺たちが感じて欲しいのは演奏だが、見た目も重要なのは悲しいかな現実だ。
目を引く奏者がいれば、それだけ来場者も増える。それは、龍の楽隊とて同じこと。
だが──俺はその場で、キィカに本当のことを告げられなかった。
もし、それによって、彼女の純粋な称賛が変わってしまったら。
見た目を覚えていないのだから、きっと大丈夫だと、思い込みたくても、俺の過去がそれをさせない。
それが恐ろしくて、俺は結局、何も言わないまま、それなのに練習を見に来ないかと誘うとは、矛盾もいいところだ。
態度が変わるのは、見たくない。……けれど、あの素直な感想は、また聞きたい。
そんな自分勝手な想いからの発言だった。
こんな感情では、龍の返しの音は尚更貰えないだろう。
いい加減に店番をして昼を過ぎた午後、俺は雑念を払うべく、深呼吸して笛を持つ。
常連は皆、午後になると練習しているのを知っているから、まず店にはこない。
だから看板を掛け替えずにいたのだが──その結果、キィカが店に突撃してきたのだから、タイミングの良さに驚いた。
いや、もっと驚いたのはキィカだろうが。
事情を説明し、キィカからも身の上話を聞き──結局、俺が危惧していたことにはならなかった。
俺が奏者だと知っても彼女は何も変わらないでくれた。
しかも、どうして音が拾えたのかと問いかけた結果とはいえ、重要な秘密まで打ち明けてくれた。
──嬉しかった。おそらく、キィカが想像する何倍も。
俺の見た目にとらわれず、俺の演奏を好んでくれる存在。
勿論今までだって存在はした、けれどそれは身内であったり同業者であったりした。
観客側の存在に、ここまでまっすぐな目を向けられたのははじめてで──陳腐な言い方だが、俺はそれに陥落した。
とはいえ、そんな心情を吐露する気はなく、彼女の能力を借りれば、楽団員同士のわだかまりが解きやすくなると気づいて、なんとしても練習を見てもらおうと思った。
……他の団員の演奏を聞いて、そっちのほうが好きだと言われる可能性も考えたが、俺は一個人であると同時に楽団員だ。
楽団員として生きているからには、団員の結束に力を貸す義務がある。
団長に仔細は伏せて協力を仰いだ結果、キィカは見事にアラハキを言い当てた。
顔はわからないが音でわかると断言したので、信憑性もある。
……あれだけの美形を見ずに音だけ追うというのは、ある意味凄い気もするが。
アラハキも団長も、客観的に見てとんでもない美人なんだが。
だから俺の顔も覚えていなかったわけで、そしてやはり、誰に対しても態度は変わらず、少し安心もした。




