一緒の休日
だんだん、意識がはっきりしてくる。
と同時に、隠しきれない頭の重さとだるさ……二日酔いだなぁ。
あれだけ飲めば無理ないよね……水、いっぱい飲んでなんとかしなきゃ。
そう思ってベッドから出ようと、苦労しながら目を開けて、……あれ?
──なんか、目に映る景色が違わない?
大分見慣れた私にとあてられた部屋は、相変わらず殺風景気味だけど、それでも、カーテンやらを変えたりしてる。
のだけど、ここからぼんやり見えるのは、雑然とした感じで。
目の前に机はなかったはずなんだけど……身動きしようとしたところで、またあれ? と思う。
さっきから、うまく身体が動かない。
んん、と不思議に思いつつ目線を下にずらすと、お腹のあたりに、腕が見えた。
色味の違うそれは私のじゃなくて──
「……!!!!???」
咄嗟に悲鳴をあげなかったのは、冒険者としての習性だったんだろう。
よく我慢した私、と褒めたたえておく。
じっと注意してみれば、後方からは寝息がしていて、……とりあえず起こしてはなさそうだ。
体温が低いから、くっついていても暑苦しさはない、逆に、ちょっと心許ないくらいだ。
……で、なんでこうなった。
私は鈍い頭をフル回転させて、昨夜のことを思い返そうとする。
酔っ払って、レンに家まで連れてきてもらって、お風呂になんとか入って、水を飲んで、疲れて寝ちゃった……んだよね。
つまりそのあと、ここまでレンが運んでくれたってこと……かな。
いやでも、酔った私が無理矢理に乱入した可能性もある。
過去、飲みすぎて記憶をなくしたことはないはずだけど、そうなった時のことは覚えてないんだから、信憑性はいまいちだ。
一応恋人、なんだから、一緒に寝てても不思議じゃないけど、今まで私たちはそういうことをしていない。
せいぜい手を繋いで頭をなでてもらう程度だったのが、いきなりこんなことにはならない……はず……?
となるとやっぱり私が押しかけた可能性が高いよね……うわぁ、最悪だ。
自己嫌悪にがっつり陥りつつ、ここから抜けだそうと考えたけど、回った腕はしっかり私を捕獲していて、動かせば起こしてしまいそうだ。
うぅ、どうしよう……しかも二日酔いの頭じゃちゃんと考えられないし、高すぎない体温は妙に眠気を……誘う……
こういう時の二度寝って、なんでこんなに気持ちいいんだろう……と、ゆらゆらとまどろみに負けてしまう。
──それから一体どれだけ経ったのか。
ぎゅ、と一度抱きしめられたような気がしてから、お腹周りがすっと涼しくなる。
「あれ……?」
すっかり馴染んでしまっていた私は、うっかり声をあげてしまった。
「ああ、キィカ、起きてたか?」
…………!!
上のほうから降ってきた声は、ぼやけた頭を覚醒させるだけの攻撃力を持っていた。
寝起きだからだろう、少しかすれた声はいつもと違う色で、おさえが効いていない分がっつり色が見えてしまう。
そういう時の色もきれい……っていやそうじゃなくて。
「あ、あのレン! ごめんなさい!」
ベッドの中で方向転換して、少し高い場所にあるレンの顔を見てから、とにかく謝る。
「……? なんだいきなり」
でもレンは不思議そうに問い返すだけで、怒っている様子もない。
いつも思うけど懐が深すぎじゃないかな……
「酔って寝落ちして迷惑かけたってことでしょ? この状況って」
自分でやらかしたことを説明するのはものすごく恥ずかしいけど、言わないわけにもいかない。
小声になったのは許してほしいところだ。
私の懺悔に、ああ、と得心したらしい声が漏れる。
「勘違いしてるみたいだから言うと、ここへ運んだのは俺だぞ」
「ああレンが……え、なんで」
「そりゃあ…………結構酔ってたし、なにかあってもまずいと思って」
「うぁー……じゃあやっぱり迷惑かけたってことじゃない……」
お風呂から上がって出てきたら、机に突っ伏して寝てる私がいたら、そりゃ心配になる。
そのまま机に放置なんて、優しいレンがするわけないし、断りなく私の部屋に入るのも躊躇するだろう。
考えなくてもわかることなのに……まだ頭がボケてるんだな。
穴があったら入りたい、と縮こまる私に、レンは慰めるように頭をなでてくれた。
「迷惑じゃねェよ、俺が安心したかったからなんだから」
杞憂だったみたいでよく寝てたしな、とつけ加えられ、それはそれで複雑だ。
雑魚寝が当たり前の生活だったから、いつでもどこでも寝つきがよくなったんだけど、それを今発揮しなくても……
「潰したりしねェか、ちょっと心配だったけどな」
ベッドは広いから私がお邪魔しても問題はなかっただろうけど……
たしかにレンの全体重でのしかかられたら、大分苦しいことになる。
でもさすがに潰れはしないと思うけどなぁ。
レンは一定のペースで私の頭をなで続けている、絶妙な力加減のそれにはすっかり慣らされているから心地よくて、……まずい、また寝そう。
「ちょ、やめ、レン、それ……寝ちゃいそうだから」
もだもだ腕を動かして阻止しようとするも、簡単に邪魔されてしまう。
「寝てもいいだろ、休みだし」
たしかに今日も領主館の手伝いはないから、休みではあるんだけど。
でも、店番とか、そろばん教室とか、掃除とか、することは数えればあるわけで。
それになにより──
──ぐう、と、お腹が鳴った。
「…………」
「……メシにするか」
幸か不幸かつられるように両者ともだったので、恥ずかしさはいくらか緩和されたけど。
思わず顔を見つめあい、吹きだしてしまった。
起きあがって時計を見れば、いつもなら店を開けているくらいで、そりゃあお腹も空くわけだ。
買い置きしてあったパンと卵、野菜をサラダにして、とりあえずの朝食を用意する。
とにかく食べないと、二人ともなにもする気が出なかったからだ。
とりあえず空腹を満たしたところで、もう少し休めと言われたけど、そのころには目も覚めていたし、二日酔いも落ちついてきていた。
なにより、せっかくレンと一緒なんだからと、二人で出かけたかった。
「演奏会間近で忙しかったから、一緒にどこか行ってないじゃない、だから……」
立っているとどうしても身長差があるので、見上げるかたちになる。
そうしながら頼みこむと、動きが少ないながらも、表情が緩んだ。
「まあ……そうだな、じゃあ掃除してる間休んどけ、それから昼食べに行くか」
「うん!」
粘り勝ちにはしゃいで、元気よく返事してしまった。
お言葉に甘えて、レンが店の掃除をする間は、部屋で休ませてもらう。
せっせと水を飲んだ甲斐もあり、出かけるころには問題なくなっていた。
レンが気にしないとわかったので、遠慮なくひらひらした服を選び、一緒に外へ出る。
当然のように手をつないでくれて、くすぐったいけどすごく嬉しい。
店までの道すがら、色々な店を見つつ、ああでもないこうでもないと言い合うのも楽しい。
旅してばかりなので、なにかほしいって気持ちはあまりわかないんだけど、それでも見るのは楽しくて、しかも感想を言う相手がいるのだからなおさらだ。
そのまま大きな通りまで行き、肉料理のおいしいお店でがっつり昼食を食べる。
なんてことないど、そういうのが久しぶりだから、すごく楽しくてずっとご機嫌だった。
それから腹ごなしにまたふらふら歩いて、公園を歩いてみたりした。
領主様がエルフだからか、自然豊かな公園が多く、でも、歩きやすいように遊歩道は整備されてる。
暑くなってきているけど、木陰を歩けばそこまでじゃないから、他にもたくさんのひとがいた。
「ねぇ、夕飯どうする?」
少し遅めの昼食を食べたあとで言うことじゃないんだけど、なにせ家にはろくに食料がない。
つくるんだったら材料を買わなきゃいけないし、となると今のうちだ。
遅くなると売れ残りばかりどころか、店自体が閉まってしまう。
歩幅を合わせてくれるレンに問いかけると、そうだな、と悩んだのは数秒で。
「久しぶりにキィカのいた宿に行くか? あいつらがいるか確認もできるし、顔も見せたいだろ?」
願ってもない提案に、一も二もなくうなずいた。
おかみさんには会いたいと思ってたけど、一人で行くのは気が進まなくて、ずっとご無沙汰だ。
忙しいレンに頼むわけにもいかなかったし……
一緒なら連中がいても、そこまで大事にはならないだろう。
それなら、と公園でのんびりしてから、久しぶりに宿へ足をむけて、おかみさんと近況を話した。
「今日はありがとう、レン」
帰宅して入浴も順番にすませて、ちょっとだけ、とお酒を飲む。
レンは家にお酒をいくつかストックしていて、寝酒代わりに飲んでいる。
そのどれも結構酒精が強いから、私は探してもらった軽いやつを少しだけ、それも水で割っている。
味見させてもらったのは、喉が焼けるような独特の味なんだけど……鬼って平気なのかな。
「礼を言われるほどじゃねェよ、俺ものんびりしたかったしな」
けろりとストレートで杯を空けながら、喉の奥で笑う振動。
薄暗い闇の中、レンの声の色がきれいに広がって、私だけの贅沢な空間ができあがる。
深酒することはなくグラスを片づけて、奥へ続く廊下を歩く。
先に立ったレンが自分の部屋の扉を開けて、……少し止まった。
「あー……キィカ」
「なに?」
背中だけでは表情がわからないので、横に並べば、困惑したような空気が漂っている。
なにかしたっけ? と首をかしげていると、がしがしを頭をかいてから、
「……その、自分の部屋で、寝るほうがいいか?」
……うん?
言葉の意味がよくわからなくて、しばらく吟味する。
わりと回りくどいけど、この意味は、もしかして──答えに至り、ぶわっと頬が熱を持つ。
暗くてよかったと安心したけど、そういえばレンは夜目が利くから全然大丈夫じゃなかった。
「えーと……」
それは突撃していいってこと、だよね。いや突撃はだめか。
でも普通のパジャマだし、下着も無難なんだけど、いや気合い入ってるのもどうかってところだけど。
わたわたしていると、悪い、と声が落ちてくる。
「言い方がよくないな。俺はキィカと寝たい。……いいか?」
「い──いい、です」
敬語になったせいで不審げにされたけど、咄嗟の時ってそうなる気がするんだ。
私は枕だけ持ってこさせてもらって(頭の位置が合わないのだ)開けたままのドアからおずおず中へ失礼する。
先にベッドに入り、半身を起こしていたレンのそばへ行き、よいしょ、とちょっとがんばって乗りあがる。──高いんだもの。
「どっちむきが落ちつくんだ?」
枕をセットしたところで問いかけられ、右かなぁと返事をする。
レンも同じということで、昨夜のような格好に落ちつくことで話がまとまった。
つまり、背中からレンに抱えられるような感じだ。
顔が見えない分、緊張はましだけど……あれ、っていうか、ただ寝るだけでいいのかな。
ちょっとだけ疑問に思いつつ、まさか自分から誘うなんてハードルの高いこともできなくて。
たしかにくっついているのに、高く感じない不思議な体温が、徐々に私の熱でわからなくなるのを感慨深く思いながら、眠りについた。
お待たせしました。
私の性癖、なにもしない添い寝のターンです。




