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その日の夜

「じゃあ、演奏会の成功を祝して、かんぱーい!」

 領主様の声に、かんぱーい! と元気な声が続く。

 レンと一緒にやってきた打ち上げの場所は、レストランの中にある、宴会場だった。

 団員の家族たちもいるので、飲み会というよりは、食事会という感じになっている。

 いつもここで打ち上げをするらしく、慣れているひとも多い雰囲気だ。

 あちこちのテーブルごとに、家族連れとか、そういうグループでまとまっている。

 私は団員の女の子たちに手招きされて、若いみんながまとまっている机に落ちついた。

 レンもアラハキさんも、仲良くなった他の子たちもそろっているので、居心地の悪さはなさそうだ。

「じゃあ、改めて、かんぱーい!」

 もう一度、と飲物を持って、みんなで乾杯する。

 大皿の料理をつつきながら、めいめいに喋っていった。

「……そういえば、返しの音がなかったけど」

「ああ、演奏会の時はないんだ、お客さんがびっくりしちゃうから」

「そっか、そういえばそうだね」

 私の疑問に、フルートの子が答えてくれる。

 たしかに、あの独特な鈴のような音が、どこからともなくしたら……驚くよなぁ。

 大分慣れちゃったからなんとも思わなくなってたけど。

「それに、鳴らなくたって今日のがよくできたのはわかったし!」

 第一ヴァイオリンの一人が赤く染まった顔で、ご機嫌に杯を空けていく。

 そうだよなぁ、音がなくたって、私がみなくたって、団員たちにはわかるものだ。

 ただ、なにが原因か、がよくわからないだけで。

 だから最終的には、私がいなくても、問題は解決していったのだろう。

「キィカさんのおかげで、今日に間に合ったし、もっと飲んで!」

 ほらほら、とこの地方でとれたお酒を注がれる。

「私のおかげってことはないと思いますよ、最終的にはみなさんの力ですし」

「でも、ちょっと禍根が残ったりしたかもしれないからね……」

 あまり褒められると調子に乗ってしまうので、慌てて言うと、別のほうから声がする。

 アラハキさん以外の新しい団員も、なんだかんだで馴染んできたらしく、別のグループで騒いでいる。

 そうなったのに、少しでも貢献できたなら……おこがましいけど、嬉しい。

 私の力が役に立ったわけなのだから。

「まーとにかくよかったってことで!」

 強引にまとめられて、とにかく飲むぞー! と宣言されて笑ってしまう。

 重圧から解放されたからだろう、普段はわりと真面目そうな面々も、お酒が進んでいるようだ。

 おいしい料理をぱくついていると、空いたグラスに飲物が入れられる。

「あ、ありがとう……アラハキさん」

 ヴァイオリン仲間と飲んでいたのを視界の隅にとらえていたけど、ちゃんと喋るのは今日はじめてだ。

 というか、最近はお昼も別々だったから、会話も久しぶりな気がする。

 失礼しますね、と囁いて、目の前の椅子に腰かけられる。

 結構飲んでいたっぽいけど、涼しげな美貌には陰りのひとつもない。

「改めて、ありがとうございました」

 ていねいな所作で頭を下げてくるので、慌てて首をふる。

 何度も繰り返した、勝手にしたことだと訴えると、それでも、と微笑まれた。

「あなたが働きかけてくれなければ、もっと時間がかかって、焦ってしまったでしょうから、お礼を言わせてください」

 ……美形って得だよなぁ、こういうお願いも顔で通っちゃうんだから。

「じゃあ、もらっておきますけど、一回だけですよ、また言うのはなしです」

 でも、顔を合わせるたびお礼をされちゃかなわないので釘を刺す。

 そんな、なんか対等じゃない関係は嫌だもの。

 私の言葉に、アラハキさんは一瞬目をみはってから、はい、とにっこり微笑んだ。

「あと、たまにでいいので、また一緒にごはん食べたいです」

 返しの音がしたことで、私の役目は終わったけれど。

 三人での食事は楽しかったし、この島で仲良くなった友人の一人だし。

 これでおしまいになって、あまり関われなくなるのは寂しいものだ。

 とはいえ、楽団員とも親交を深めたいだろうから、前みたいに二日に一度、なんて頻繁にとは思わないけど。

「ぼくとしては嬉しいです。でも、忙しそうですけれど、大丈夫ですか?」

 気遣われてしまうほど忙しいつもりはないんだけど……それを言ったら、ここのところはアラハキさんたちのが大変だったはずだし。

 領主館の仕事は期間限定だから、終われば大分ゆとりもできるだろう。

 ……そうなったら今度は別の仕事を探さないと、だけど。

 レンは今のところ家賃を払わせてくれないけど、かといって甘えてばかりもいられない。

「アラハキさんがいいなら、ぜひ。一緒にお昼食べるの、楽しかったですから」

「……背後が恐いことを平気で言いますね」

「へ?」

 ぼそっと呟かれた独白は耳にとどかなくて聞き返したけど、なんでもないです、と微笑まれた。

「では、行けそうな時はレンに聞きますね」

 レンなら私の予定を把握してるし、職場も一緒だからちょうどいい。

 そうしてください、と返答して、アラハキさんの杯にお酒を注いで、何度目かの乾杯をした。

 そんなふうに、家族連れもいるからハメを外しすぎることはないけれど、賑やかに時間はすぎていく。

 出された料理もおいしいし、久しぶりにみんなとじっくり喋れるしで、私も気が緩んでいく。

 だから、薦められるままに、ついつい飲み過ぎてしまった。


「外気持ちいー」

 徹夜コースのひとたちと別れて、レンとの帰り道。

 火照った身体に、夜の空気がちょうどいい。

 よたた、とふらつきながら歩いていると、ぐいっと少し強引に、手がにぎられた。

「危なっかしいな……大丈夫か?」

「うん、酔っちゃっただけー」

 えへへ、と笑うと、手に力が入った。

 飲み過ぎたまではいかないけど、酔いはしっかり回ってる。

 これはこれで楽しいから、悪くないけど。

「そんなふうには見えなかったから、止めなかったんだが……」

 言外に、もっと早く気づいておけば、って言葉が入っているようだった。

 私はなんとなく、にぎられた手をぶんぶんふってみる。

 されるがままになってくれるけど、片手だけでも結構重たい。

「そりゃー、わかんないようにしてたし」

 お酒に強いかと聞かれると、そうでもない、と答えるだろう。

 飲めないわけではないけど、いわゆる天井知らずなわけでもない。

 一杯二杯で前後不覚にはならないが、一瓶開ければ翌日それなりに痛い目にあう、そのくらいだ。

 だから……普通? より強いくらいかな?

「いつもは帰るまでがんばるけど、今日はレンもいるし、いっかなって」

 だから足どりがおぼつかなくても、ふわふわしているところも隠さない。

「……いつも?」

「うん、冒険者やってて、酔ったとこなんて、見せたらアウトだもん」

 任務の終わりに打ち上げというのは、よくあることだ。

 けど、臨時のパーティーだと、お互いを信用しているわけではない。

 契約が終了すれば、なにがあっても自己責任となる。

 とはいえ、大騒ぎを起こせばギルドに通達がいくから、そこまではないけど……

 でも、酔った仲間の財布から、取り分を少しくすねるとかくらいは、よくある話だ。

 さらに女性の場合は、酔ったところでいわゆる「お持ち帰り」をされることも多い。

 合意だったと言われれば、こっちの記憶がなければ文句もつけられないので、そんな夜もあったとあきらめるのが一般的だ。

「キィカも……そういう目にあったのか?」

 いつもなら最後のほうは誤魔化すんだけど、つい口が滑ってしまった。

 案の定、レンはものすごく不愉快げに低い声で唸る。

「さすがにそこまではないよー、でも、先輩の女性冒険者に教わって、だから、酔ってないように見せるように、した」

 まあ、ちょっと言いづらいアレコレはあったけど、そこは黙っておく。

 でも怪我をしたりとか、有り金盗まれたとか、ひどいことにはなってないから、マシなほうだろう。

「今日はうれしかったし、そういう心配もないから、ちょっと飲みすぎちゃった」

 いつもならセーブもする、さりげなくアルコールのない飲物にしておいたり、飲んだふりだったり。

 だけど、あの雰囲気の中でなら、そこまで神経質にならなくていいと思ったのだ。

 そんな機会ははじめてだったからっていうのもあるかも。

「レンは酔ってないの?」

 私を支える足はしっかりしていて、揺れることもない。

 ふらふらしている私とは大違いで、見た目は……肌の色も赤みがさすとかもない。

 でも、そこそこ飲んでいた気がするんだけど。

「生半可な量じゃ酔わねェな」

 ……つまり、酒豪ってことか。

 いいなぁ、と呟いて、また手をぐるりと回す。

 そうこうしているうちに、家に到着した。

「風呂……は危なそうか」

「大丈夫だよ、覚めてきたし」

「……なんかあったら呼べよ」

 しゃっきりしてきたのはわかったんだろう、ダメだとは言われず、浴室に行く許可を得る。

 ドアの前で見張りをされそうだったので、再三平気だと訴えて退いてもらった。

 覗くことはないだろうけど、さすがに気配がするのは落ちつかないし……

 大きな浴室だからか、不安も増すんだろうけど。

 ちょっと危ない場面はあれど、無事に入浴もすみ、パジャマに着替えてリビングにもどると、すぐレンと目が合った。

「水出しておいたから、飲んどけよ?」

 机の上には、なみなみとなにかが入ったコップが置いてあった。

 お礼を言うと頭をなでてから、浴室のほうに歩いていく。

 ただの水かと思ったけど、味が少し違う。

 短い時間の間に、用意してくれたらしく、優しさにじんとなった。

 ふー、と息をついて、まともにすわっているのがめんどくさくなり、机に頬をくっつける。

 本当は部屋までもどるべきなんだけど、歩くのもだるいし、風邪を引く陽気じゃないし。

 だから睡魔の誘うままに、目を閉じて、そこで意識は途切れた。

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