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演奏会の当日

 そしていよいよ定期演奏会の当日。

 わりとフランクな感じだと聞いていたので、気合いの入った服装ではなく、カジュアルめにした。

 数日前にも訪れた会場に行くと、大勢のお客がきていた。

 家族連れだったりと色々で、たしかに大都市の演奏会よりほのぼのした感じを受ける。

 開始時間が早めなのもあるんだろう、昼開演よりは遅いけど、夜というにはまだ明るい、そんな時間だ。

 楽団員の家族はまとまってわりといい席に配置されていて、隣にすわったひととちょっとした会話をする。

 そのひとはなんの偶然か、アラハキさんたち数名と入れ替わった楽団員で、たしかに老境にさしかかっていたけど、まだまだかくしゃくとしていた。

 私があちこちの演奏を聞いたと話すととても興味深そうにしてくれて、おかげで開演まで楽しくすごすことができた。

 席も大体埋まって、観覧の料金も良心的だからだろうけど、嬉しくなる。

 そうして演奏会がはじまると、もう私はそれ以外なにも目に入らない。

 一音すら逃さないように集中して、あふれる色を追いかけて、でも……前より、少しだけ、その中の一人を見つめる時間が増えているのを自覚して、恥ずかしい。

 演奏は二部構成になっていて、最初は子供も楽しめる楽曲が主軸だった。

 馴染みのある童謡のアレンジだとかもあって、子供たちのはしゃぐ声すらも演奏のひとつのようだった。

 そうなると色は混じるのだけど、それを指摘するのは野暮ってものだろう。

 そして休憩を挟むと、次は大人むけの演奏ばかりになる。

 この時点で、家族連れはいくらか帰るらしく、少しばかり客席も入れ替わりがあるようだった。

 第二部も有名どころの楽曲が続き、それからこの土地に伝わるものへと変わっていく。

 と言っても、もともと住んでいた種族がいるわけじゃないから、やってきた移民のものとか、ここで育った音楽家のものだとかだ。

 曲によって色は微妙に変化するけど、そのどれも、混じった色はほとんどない、美しいものばかり。

 ひたすらに聞き惚れて、曲が終わればまわりに合わせて拍手をするけど、心は音を思い起こすのに必死になっていて、多分すごく機械的だろう。

 そんなうっとりする時間が流れて──では、最後の曲です、とアナウンスが響く。

 すると、いつもの練習の時のように、レンが笛を吹く、──けれど、音はない。

 不審に思う間もなく、龍に捧げる曲がはじまった。

 それは、誇張なく今までで一番すばらしい演奏だった。

 絶妙な緩急、柔らかいけれど力強い旋律、見たこともない龍だけど、きっとものすごい存在なのだろうと思わせるに十分な音の洪水。

 すべての色が合わさって透明になったような、音楽祭で見た時と同じ、……それ以上のうつくしい色。

 それなりの長さがある曲だけれど、体感ではあっというまに終わってしまう。

 返しの音はなかったものの、それは多分、観客がいるからなんだろう。

 だって、それくらい、完璧な演奏だったのだから。

 もしかしたらオーナーとやらも感動して、音を返すのを忘れているんじゃないかと考えてしまう。

 きれいな色と、綺麗な音……リハの時以上の演奏に、私はすっかり心を持って行かれていた。

 手が痛くなるほどの拍手を無意識のままに続けて、人々が帰っていく中、心ゆくまで浸り続ける。


 さすがにひとがまばらになったところで、ロビーに出たけど、近くの椅子に腰かけて、また反芻する。

 これを、どうにか記録できればいいのだけれど、長時間の音を保存する媒体なんて、高額すぎて手が出ないし、閉じこめられた音は普通のそれとは違って、色も輝きを失われてしまう。

 だから結局、その時その瞬間に集中するしかないのだ。

 けれど記憶は徐々に薄れるもので、特に音ははやくに消えていく。

 それが惜しくて、さみしくて……だから、薄れたところで新しい音をほしがって。

 たまに、なにやってるんだろうって思うこともあるけど、きれいな音を聞けば、それらは全部吹き飛んでいく。

 ここにいるかぎりは、私にとって最高の音楽が定期的に聞けることが、今日の演奏で確信できた。

 人間は欲深いもので、たまに他の音楽も聞きたくなるとは思うけど……でも、楽隊の演奏に不満が出ることはないだろう。

 ──それに今は、恋人でもあるレンがいる。

 幸せすぎて、それ以上を望むのなんて、バチが当たる。

 でも、……でも、本当に欲が深いよなぁ、人間って。

 曲を思い出すのに一区切りついて、つい、ため息を吐いてしまう。

 レンは種族が違うから、人間の欲みたいなものはないんだろうか。

 同じ種族が他にいないから、聞いてみたくてもできないし。

 ……いや、不満があるとかじゃない。

 今は演奏会前で忙しいから、会話もできてないけど、それでも少しは時間をつくってくれる。

 目新しいことがあるわけじゃないけど、ちゃんと私の話を聞いてくれて。

 ものの配置を下にずらしたり、しっかりした足置きを買っておいてくれたり……

 私に合わせるだけじゃなく、こうしてほしいとか、そういうのもちゃんと口にしてくれる。

 一緒に住んでお互い大変じゃないように、すりあわせていこうとしてくれるのがわかって、だから、私も要望があればすなおに告げるし、うまくいってるほうだと思う。

 もちろんまだ遠慮はあるし、気の抜けたところはあまりさらしたくない乙女心みたいなものもあるけどね。

 ……ただ、同居人としてはいいけど、恋人っぽいかっていうと……正直、自信がない。

 たしかにそう言われたはずだけど、都合のいい捏造だったのかなって思ってしまう。

 なんでそう思うか具体的に言うと、恋人同士らしいいちゃいちゃが、ないわけで。

 忙しいから、あれこれできないんだろうとも思うけど、それにしたって、頭をなでられるだけっていうのは……どうなんだろう。

 行ってらっしゃいの時に、抱きしめたりとかは、レンはしない派なんだろうか。

 そういうのがあったのは一度きりで、事故みたいな記憶になっている。

 聞きたいけど、聞いてみてそういう気がないと言われたら、恐くてできないままだ。

 種族的な問題もあるし、私はお世辞にも、肉感的なほうではないし。

 見た目のアピール力はないもんなぁ……レンがどういう外見が好みか知らないけど。

 演奏会も終わったことだし、余裕もできるだろうから、自分から抱きついてみるべきだろうか。

 そういうのって、はしたないって困られるかもしれない。

 ずっと冒険者として生活してきて、まっとうな恋愛をした記憶のない私には、どうするのが正解かもわからない。

 ……他の子に相談、してみようかなぁ……

「──キィカ?」

 答えの出ない謎にぐるぐるしていると、頭上からなじんだ低い声。

 顔をあげると、レンが心配そうな顔をして見ていた。

「考えこんでたみたいだが、どうした?」

「あ、ううん、曲を反芻してただけだよ」

 正直に答えるわけにもいかないし、たしかに最初は曲を思い返していたので、嘘じゃない。

 だから大丈夫と答えれば、そうか、とほっとしたように頭をなでてくれた。

 ……なでられるのは慣れたけど、人前は……と思ったら、いつのまにかロビーは無人だった。

 かなりの時間が経っていたみたい、そうでなければレンがいるわけもないし。

 いつまでもいても迷惑になると、慌てて立ちあがった。

「場所わからねェだろ、案内する」

 すいと手をにぎられて、久しぶりなので照れてしまう。

「よ…よろしくお願いします」

「なんで敬語なんだよ」

「なんとなく……?」

 いつもどおりの言いあいに、体温の違う手の感触。

 じんわりと、やっぱり好きだなぁと実感する。

 レンから手をつないでくれたってことは、こういうのが嫌いなわけじゃない……よね?

 でも、聞くのはできないまま、私はレンに手を引かれて、歩いていった。

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