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リハの見学

 そわそわしているのを白虎にからかわれたりしつつも、問題はなく時間は過ぎ。

 リハを見に行くと言ったらみんなにこにこして、そろばん教室はさくっと終了した。

 ……その生ぬるい目はやめていただきたい。

 リハなので服装は普通だ、あんまり気合い入れてもどうかと思うし……

 むかった先はしっかりした芸術ホール。

 オーケストラだけじゃなく、バレエや演劇など、色々な演目に対応できるようになっているらしい。

 さすがに大きなものはしょっちゅうとはいかないけど、小劇場はしょっちゅうなにかしらやっているらしい。

 演奏はあんまりないって聞いたから調べなかったとはいえ、民族楽器の発表なんかもあったりするらしい。

 趣味の延長のものだけど、そういうのも興味はあるから、今度はちゃんと調べよう。

 ともあれ、今は龍の楽隊の演奏だ。

 教わったとおり入っていき、事務のひとに名前と用件を告げると、あっさり通してくれた。

 広々したロビーには、スタッフらしいひとが幾人か行き来している。

 目を切りかえると、むこうから色が見えた。

 ドアを開けたい衝動にかられたけど、邪魔をするのも嫌なので、色が消えるまで待つ。

 落ちついたところで重たい扉を押し開けると、客席は暗かったけど、舞台には煌々とあかりがついていた。

 舞台の上では、着々とリハーサルが進んでいるらしい。

 曲の合間を狙ったのだけど、ちゃんと合っていたらしく、指揮者がなにか喋っているようだ。

 挨拶すべきなのかどうなのか、と悩んでいると、少し前の席から立ちあがったひとがいた。

「やあ、キィカちゃん」

 ……まさかの領主様だ。

 慌てて頭を下げると、いいよいいよ、と手をふられる。

 相変わらず麗しい外見と気さくな態度のギャップが激しいおかただ。

 ここすわってーと言われ、隣に着席する。

 領主様は計算仕事の時、一度は顔を出すので、久しぶりというわけではない。

 けれど、個人的に喋るわけではないので、どうしたものか困ってしまう。

 話しかけるといっても話題が浮かばないし、気持ちはリハーサルに行っているので、浮かびもしない。

 悩んでいるうちに楽団員たちが動き、音合わせがはじまる。

 指揮者が周囲を見渡し、タクトをふりおろし──流れはじめるのは龍に捧げるあの、曲。

 こうなると、隣に誰がいようがもはや興味は失せて、私はひたすら音を追う。

 いつもなら音と、その色だけに集中するのだけど、私の視線は、笛を操るレンに集中してしまう。

 そこから少しだけ目線をずらし、全体の色がみえるようにしながら、耳は音を逃すまいと集中する。

 久しぶりに聞いた音色は完璧で、色の乱れもみえなかった。

 音楽祭の時と同じかそれ以上のうつくしい旋律に囲まれて、窒息しそうな幸福感に酩酊する。

 この感触は、音がみえる私だけの特権だ。

 うっとりと酔いしれていれば、あっというまに曲は終わる。

 ──そういえば、曲の前に笛を鳴らさなかったけれど、いいんだろうか。

 でも、演奏しきったみんなの表情を見れば、音がみえなくても、鈴のような音がしなくても、自信を持っていることがうかがえた。

 この調子なら、本番は成功間違いなしだろう。

「本番が楽しみだね、キィカちゃん?」

 不意に聞こえた声に、そうだ領主様がいたんだと思い出す。

 横を見れば、穏やかに微笑む姿があった。

 ──具体的に能力のことは教えてない、けれど。

「……はい、とっても、楽しみです」

 どこか見透かされるような瞳に、それだけを答える。だって、本当のことだから。

 領主様は優しげに微笑んで、するりと立つと、団員たちに声をかける。

「素晴らしい演奏だったよ」

 称賛の言葉に、団員たちが表情を明るくさせる。

 リハーサルはこれで最後だったらしく、団長があれこれと連絡事項を伝えていた。

 私はぼんやりすわって、さっきの余韻を噛みしめていた。

 どうしたって記憶は薄れていくので、今のうちに脳内にしっかり刻みこんでおきたい。

 だから、いい演奏のあとの私は、延々椅子から動かないのが常のことだ。

 あんまり長居しすぎて怒られることも多いけど……

 脳内で再放送が終わったところで、ふぅと息をつき、帰ろうかと腰を浮かす。

「送っていくよー」

 隣からのほほんとした声がして、慌てて横を見れば、いつのまにもどってきたのか領主様が。

 ……え、もしかしてずっと見られてた……? 一気に恥ずかしくなる。

「お、お恥ずかしいところをお見せして……」

「え? ううん、おもしろかったよ」

 ひぃ、と縮こまると、あっけらかんと答えられる。それも嬉しくはない……

 でも送ってもらうほどでもないと断ろうとしたのだけど、もう暗いし、馬車で帰る途中なんだし、と押し切られた。

「女の子が一人で、なんて危ないでしょう? そりゃあ治安維持には気を遣ってるけど」

 領主専用馬車かと思いきや、そうでもないわりと普通のものだったので、心苦しさは少なかった。

 お母さんか、とツッコミたくなる感じでの軽いお説教に、はぁ、と気の抜けた声で返す。

 たしかに治安はいい、だからこそ、冒険者である自分は、夜道も平気で歩くんだけど……

 それでも、酔っ払いはなにをするかわからないから、心配する気持ちもわかる。

「キィカちゃんには色々と助けられてるから」

 含むところのある物言いだけど、自分から聞くと墓穴を掘りそうだ。

 何倍も長生きしているエルフな上に、ほぼ自治権を勝ち取っている領主様なんて、勝ち目はない。

「……だからね、困ったことがあったら、遠慮なく頼ってくれていいんだよ」

 にこりと微笑むその顔は、私が今、冒険者と揉めていることも知っていそうで。

 職員の子に愚痴っているから、それ自体は不思議なことではないんだけど。

 たしかに困ってはいるものの、自衛すればやがてすぎていく問題だ。

「お気持ちはありがたく、ちょうだいしておきます」

 無難な言葉をつくると、ええーと不満げに嘆かれた。

「領主としてそんなに頼りない?」

 かと思えば悲しげに見つめてきて、とてつもなくあざとい。

 これ、絶対わざとじゃないかな……?

 私よりずっと上のはずなんだけど、清純派っぽい見た目をしているので、すごくこっちが悪い気がしてくる。

「そうは思ってないですけど……」

 どうすればこの問答は終わるんだろう、終着点が見えなくて、どうしようか悩んでしまう。

 かといって、冒険者たちに領主から注意してもらうとか、そこまでとは思えないし。

 レンとの同居ができて、結果的にはよかったような感じだし……

 そのへんを他言無用ですよ、と前置いて説明すると、うんうんと相づちを打ちながら聞いてくれた。

「僕ね、龍が好きなんだ」

 やおらの告白に、そうですか、とぼんやりした声が出たのはしょうがないだろう。

 だって、なんの脈絡もなかったんだから。

「だから里を飛び出して、紆余曲折あってここの領主におさまれた時は、それはもう嬉しくってね」

 里……ってことは、純エルフなんだろうか。

 生粋のエルフは大分少ないらしいし、そもそも外と接触するのを嫌ってるって聞いたけど。

 それくらい龍が好きってことなのかな、私の音楽好きみたいに。

「龍が愛しているものすべてを守ることが僕の喜びなんだ、だから、楽隊の関係者であるキィカちゃんは、はっきり言って冒険者なんかより大事なんだよね」

 いいのか、そんなにぶっちゃけて。

 本人たちが聞いたら怒りそうだけど。

 でも関係者……一応そうだけど、そこまで大仰じゃないと思うけどなぁ。

 いまいち実感がない私に、領主様はふふ、と笑みを浮かべた。

「まあ、今は覚えておいてくれればいいよ」

 ちょうど馬車はレンの家の前に到着したので、話はそこで終わった。

 お礼を言って降りると、ぱたぱたと気軽に手をふられる。

 途中、おすすめだというお店で買ってもらった夕飯をテーブルに置いて、一人の食事をすませた。

 ……一緒に食べる? というお誘いは、さすがに図々しすぎるのでお断りしたからだ。

 最近のレンは楽団員とぎりぎりまで練習して、ごはんも一緒に食べてくるらしく、家には寝に帰る、って感じで。

 返しの音が鳴るかどうかのぎりぎりだし、根を詰めるのもわかるから、なるべく邪魔にならないようにしてる。

 私自身も、演奏会の日に万全の体調で臨みたいし。

 ……って言うと戦闘に行くみたいだけど、私にとっては似たようなものだ。

 もうすぐに迫った日を考えると、今からすでに興奮して大変なので、なんとか落ちつこうと努力する。

 でも、リハのすばらしい曲を思い出すと、それも難しそうで、睡眠不足にならないようにつとめなきゃなぁ、と思うのだった。

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