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同居の日々

「おじゃましまぁす」

 宿で夕食をすませて、二人でレンの家へ行く。

 店にはいつも入るけど、その奥は居間くらいしか行ったことがない。

 さすがに、店番している時も居室を覗くのははばかられた。

 一階の台所部分と、その隣にある水回り、このあたりは使わせてもらうこともあるから、知っている。

 リビングに当たる部分を増改築したのが薬草屋の場所だから、家だけの表玄関はなく、台所から小さな出入口があるだけだ。

 小さい、って言ってもレンが少しかがめば通れるから、私は余裕なんだけど。

 その奥が私室になっているそうで、ひとつはレンが使ってる寝室、もう一つが空き部屋、もうひとつは物置になっているらしい。

 ということでその空き部屋を、と鍵を渡され、ドアを開ける。

 中にはつくりつけの収納棚と、ベッドがひとつくらいしかなかった。

「誰か住んでたことってあるの?」

 あまりにも殺風景で訊ねると、家族がきた時に寝るくらい、とのこと。

 なるほど、だからなにもなくていいわけだ。

 ……恋人とかと住んだことは、ないってことかな、聞かないけど。

「ベッドがでかいけど、まあ小さいよりはいいだろ」

「うん、とりあえずはいいよ」

 一応お試しなのだから、あれこれ買ってもらうのは申しわけない。

 洗い替えに用意してあったというレンのシーツをとりあえず借りて、物置に眠っていた薄い肌掛けを置けば、寝るのには十分だ。

 干しておけばよかった、とかぶつぶつ呟いてたけど、特に変なにおいもしないし十分だ。

 明日天気がよかったら、少し干せばいいだろう。

 お風呂も大きいから、道具が少し使いづらいけど、湯船にのんびり浸かれるのはむしろいい。

 ……溺れそうなのはちょっと恐いけど。

 レンは入浴したいほうらしいからお風呂つきだけど、白虎の家にはないんだとか、なるほど。

 でも職業柄ほこり臭いわけにはいかないので、銭湯に行くらしい。

 大型の種族だと、お風呂をつくるだけでも大変だから、そのほうが合理的だよなぁ。

「それじゃ、お休みなさい」

 旅の間は寝間着なんて使えないから、こっちへ着て買ったごく普通のパジャマに着替えて、挨拶をする。

 色気もなにもないシャツと膝丈のズボンなのだけど、レンは珍しいのかしげしげ見てきた。

 し……視線が恥ずかしい。どうにも直視できない。

 おろおろしていると気配が近づいて、金色の目が間近に迫っていた。

 相変わらずのきれいな色に、今度は思わず見惚れてしまうと、それはすぐに離れて、代わりに頭をなでられた。

「──お休み」

 ぽんぽん、と絶妙な具合になでられて、表情が崩れる、かなりふやけた顔をしているだろう。

 職業柄あちこちで寝ているから、ベッドがあるだけでも十分で、緊張もなにもなくあっさり寝ついてしまった。


 そんなこんなではじまったレンとの同居は、これといって問題も発生しなかった。

 家具やあれこれが大きすぎるという問題はあるけど、道具をそろえれば解決する話だ。

 レンは自分が料理をしないからか、私にも特に要求してこない。

 とはいえ、お世話になっている身だし、簡単なものならつくれるから、朝ご飯くらいは用意する。

 ……パンとちょっとしたおかずと、ってくらいだけど。

 それを二人で囲んで、お店の申し送りをして、レンが仕事の日は見送る。

 お昼まで店番をしつつ、ご近所さんと話をしたりして、お昼になったら誰かしらとお昼。

 レンたち三人だったり、楽団員の他の子だったり、領主館の子だったり。

 そのあとは仕事がある日は領主館へ行き、そろばんの日は店にもどる。

 定期演奏が近いから、自主練も多く、レンが留守にすることも多いので、その分店番をはりきった。

 共有部分の掃除も合間にざっくりこなしておく、……だって、宿代払わせてくれないから。

 そんなこんなで気づけば一週間近くが経過していた。

 ……すでにお試し期間をすぎている気がするのだけど、演奏会直前ということもあり、あんまりアレコレ言いづらい雰囲気で。

 おかみさんにこっそり聞いてみたら、例のパーティーはまだいるらしく、宿にもどりようもない。

 私としては一緒にいられるのは嬉しいから、なんの文句もないんだけど……

 そんなある日の朝食時、最近お気にいりの蛇族パン屋さんのパンを囓っていると、

「キィカ、今日は練習見にこられるよな?」

 不意にレンから聞かれ、咀嚼し終えてからうん、とうなずいた。

 領主館の手伝いはない日なので、余裕がある。

 そろばん教室はあらかじめ言えば短めで終えることもできるので、午後の練習には間に合うだろう。

「今日は演奏会のリハをするから、見たいんじゃないかと思ってな」

「! それは、すごく見たい!」

 そう、演奏会はもうほんの数日に迫ってきている。

 ぎりぎりの時にお邪魔するのもだし、その日は休むと公言している分、仕事をがんばったりしていたから、最近練習には顔を出してなかった。

 リハなので場所もいつもの練習場ではなく、ちゃんとしたホールだという。

 でも、身内しかこないから、服装とかはいつもどおりでいい、とのこと。

 もちろん演奏会当日も行く気満々だし、レンによって関係者席をとってもらってしまったので、いい席で堪能できるんだけど。

 それはそれとして、リハはリハで普段見られない部分だから、興味がある。

 某楽団のリハに申しこんで抽選が当たった時も嬉しかったなぁ……

 場所は知っているけれど一応合っているか確認して、時間も教えてもらう。

「うわー楽しみ……! ありがとう、レン!」

 にこにこ笑顔でお礼をすると、たいしたことじゃない、と返ってくる。

 そうかもしれないけど、でも、私にはすっごく嬉しいことなわけで。

 あの笛を、音響効果のいいホールで聞けると想像するだけで、顔は緩みっぱなしだ。

 そんな私を、レンは苦笑いして見つめてくる。

「キィカは本当に音楽が好きだな」

 当たっているけど、ちょっと違う。

 もしやこれはちょっと勘違いというか、されているだろうか。

 時間がさしせまっているのはわかってるけど、出て行こうとするレンを引きとめる。

 どうした? とふりむいて待ってくれるレンは、やっぱり優しい。

「そりゃあ惚れこんだ龍の楽隊の演奏だから楽しみだよ、だけど今はそれだけじゃない」

 音楽祭で聞いた時の音がまた聞けるとなれば、わくわくするのは当然だ。

 それがなければここまでこなかったんだから。

「それより……レンが一番格好いいのは、楽器を演奏している時だから。だから、それも楽しみで」

 記憶はできなくても、見ているものに感動しないわけじゃない。

 練習を見せてもらうようになって、音色だけじゃなく、姿も見るようになって、演奏している時のレンがすごく格好いいと思うようになった。

 一枚の絵のように、という表現を、自分でも使う日がくるなんて、って感動したくらい。

 笛を手にしている姿こそが自然なんだと思わせる姿と、そこから奏でられる音と。

 多分、そのたびに惚れ直している気がする。

「あ、いや、だからって、普段が格好よくないとかじゃなくてね」

 無言になってしまったので、伝えかたが悪かったかと慌てる。

 ええと、どう言えばいいんだろう……おろおろしていると、低い声で名前を呼ばれた。

 どうしたの、と問いかける前に──ぎゅっと抱きしめられる。

「!!!??」

 こんなふうにされるのははじめてで、声もうまく出てこない。

 でも、おろおろしながらも、手を伸ばして背中にまわ、……回らない。

 体格差……となりながら、しょうがないので腰のあたりに手を添えることで妥協する。

「……悪い、驚かせたな」

 レンが早口で謝罪しながら、力を緩めたので、ぶんぶん首をふる。

「驚いたけど嫌じゃない、だから……ああでも時間ないよね」

 リハの日に遅刻はとてもよろしくない、団長は怒ると恐そうだし。

 でも、恋人同士、なんだから、謝るのは絶対に違う。

 その気持ちをこめて、限界まで腕を伸ばして抱きしめると、もう一度軽く抱擁が返された。

「ありがとうな。演奏会が終わったら、キィカの好きな曲いくらでも吹いてやる」

「ご褒美多すぎるよ!」

 それ嬉しすぎて窒息するやつ! と叫ぶと、大笑いされた。

 なんだかよくわからないけど、さっきのちょっと暗い雰囲気は消えてくれたようだ。

「じゃあ程々に、……行ってくるな」

 それからいつものように頭をなでられたので、子供っぽいのはわかってるけど、照れ隠し含めて手をふって見送る。

 あー……絶対赤面してる、これ。

 洗い物して掃除して、開店までには落ちつくだろうけど、白虎あたりに見られると恥ずかしすぎる。

 ぱたぱた手で仰ぎつつ、食器洗いに精を出すことにした。

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