厄介ごととお泊まり
さて、恋人同士になったはずの私たちなのだけど、あんまり変化はないまま数日がすぎた。
なにせ私はまだ領主館の仕事があるので、そうそう練習も見に行けない。
午前中に店番して、お昼を食べて、領主館へ仕事して……仕事のない日は、レンの店でそろばん教室みたいなのをしている。
白虎に教えるのに、店番しつつでちょうどいいとなったんだけど、いつのまにか人数が増えていたのだ。
ちょこっとだけど勉強代ももらえるので文句はないし、教わりにくるのは、手先がひとと違う種族ばかり。
得手不得手の問題やら、主要都市はひとが多いために書類の大きさもかれらには小さく、単純に書きづらいとか、そういうのがあって、文書仕事からは遠ざかりがちだ。
バーダ島でもそういう傾向にはあるけど、それは決して差別じゃなく、やる気があるならちゃんと職に就ける。
そのせいか、お役所の書類はよく見るものより大きめで、字も大きく書くように言われる。
これはこれで、お年寄りにも読みやすいし、なにより私も楽なのでとってもありがたい。
とにかくそんなこんななので、やりたいと言うのを無碍にも断れず、教えているわけだ。
レンは私の時間がなくなると渋い顔をしていたけど、最終的には折れた。
そして、もうじき定期演奏会なこともあって、楽団の練習もかなり気合いが入ってきている。
まだ返しの音はないみたいだけど、アラハキさんの様子は大分よくなってきたそうで、緊張はすれど、心配は減ったと言っていた。
そろそろ三人でのお昼も減っていくのかなぁと、少しばかりさみしい気持ちでいたのだけど──
今日は三人でのごはんで、お店選びは私。
二人には悪いのだけど、おいしくてデコレーションのかわいいパンケーキ屋にさせてもらった。
店内は女性ばかりで居心地が悪いかもしれないけど、どうしても甘いものが食べたかった。
といっても、パンケーキしかないわけじゃない。
ちゃんと一緒にくる男性のために、お肉多めのセットだって充実してる。
「それは昼飯って言っていいのか……?」
「奇遇ですね、ぼくもそう思います」
二人が見つめている私のパンケーキには、これでもかとフルーツが載っている。
上にはホイップクリームが芸術的に載っていて、右と左には異なるフルーツソース。
お皿の周囲にもフルーツがちりばめらており、どこから食べるか迷うくらいだ。
「ちゃんとサラダもついてるよ」
かわいいカップのような器に盛られたサラダを指せば、二人とも微妙な表情のまま。
これは絶対そういうことじゃない、って思ってるな……わりとシンクロするよね。
「こういうの食べたい気分だってあるんだよ」
ある種やけ食いみたいなものだ。
だけど、噂に聞いていただけあっておいしくて、むしゃくしゃしていたのが少し浮かばれる。
甘い、おいしい、あまい……このエンドレスは絶対正義だ。
二人ともうわぁって顔をしているけど、甘いものはたくさん食べられる。
……さすがにデザートのケーキはやめておくけどね。
「このあとは不動産屋さん行かなきゃ……」
食べ終わって食休みの時にうっかりこぼすと、きょとんとされた。
「今の宿は気に入ってるのにどうしたんだ?」
レンの疑問はもっともだ。
私だってできれば出て行きたくないんだけど……
「昨日、ダンジョンにこもってたパーティーが帰ってきたんだ」
バーダ島のダンジョンは、潜る数が少ないため、いいものが出ればそこそこ高値で取引される。
ただ、そういうものを得ようとすると、どうしても深くまでもぐらないといけないので、長時間ダンジョンにこもることになる。
私が島にきてから一度も見ていなかったパーティーは、三ヶ月ぶりに地上へもどってきたらしい。
たまたま出くわしたので、一応挨拶をしたのだけど……そのうちの一人に、しつこく誘われたのだ。
それ自体は理解できる、長い間男だけのパーティーで、昼も夜もよくわからないダンジョンにいて、帰ってきたら、そりゃあ女の子にちょっかい出したくなるだろう。
どうやらそいつの好みは私のような……童顔で細いのらしく。全然嬉しくない。
「だ、大丈夫だったんですか、それ」
アラハキさんの視線が心配そうに私とレンの間を行き来する。
レンはというと、ものすごく仏頂面で黙っていて、これはヤバイ気がする。
「夜這いされても困るから、領主館で用事があるんでって逃げたよ、大丈夫」
領主の名前を出されれば、引き留めにくいだろうと踏んだのだ。
時間もまだ暗くなりきっていなかったし、人目のある場所だったのですんなり逃げられた。
ただ、夜中に部屋に押しかけられたらどうしようもないし、他のパーティーメンバーとまとめてこられたら逃げられない。
考えすぎならいいんだけど、なめ回すような視線と、なれなれしい手つきは、ちょっとまずいかなと思うに十分だった。
……というあたりは、口にするとレンが嫌だろうから黙っておくことにする。
「それで領主館へ行ったら、仲良くしてる職員の子に会えて、そのまま泊めてもらった」
これはこれで、パジャマパーティーみたいな感じでなかなか楽しかった。
軽く相談すると、引っ越したほうがいい! と強く言われて、やっぱりそうだよなぁと思った。
最低でも、連中がもう一度ダンジョンに潜るまでべつの場所に避難するべきだろう。
朝早い時間に宿にもどると、寝ているのか静かだったので、さっさと身支度をすませて出てこられた。
部屋を荒らされた形跡はなかったけど、念のためきちんと片づけて、なにかあればわかるようにしておいた。
「おかみさんに相談すれば、色々考えてくれるだろうけど、迷惑になるからね……」
私一人に対して、あちらは四人。
どう考えても収入的にはあちらが上だ。
揉めた結果四人が出て行ってしまったら、経営的によろしくないのは簡単に想像できる。
となれば、私が一時的に身を隠すのが、一番いい方法だろう。
「まあ、たしかにそうでしょうが……」
納得がいかない、という様子のアラハキさんを、まあまあとなだめすかす。
私だって嫌だけど、波風立てないほうがいいに決まってる。
ダンジョンからいいものが出れば、島のためにもなるのだし。
「……なら、俺の家にくるか?」
「へ?」
黙っていたレンが口を開き、その内容にぽかんとしてしまう。
「部屋なら空いてるし、そうすりゃ店番も楽になるだろ」
そりゃまあ、徒歩すぐだから楽できるし、レンの家なら演奏を聞く機会も増えそうだし、なにより一緒にいるっていうのはとてもいい……けど。
「試しにそいつらがいなくなるまでいりゃあいい」
もののサイズが大きいから、住み心地が悪いかもしれないしな、と加えられる。
たしかに、レンに合わせてるから、そこは大変そうだ。
とりあえず今は緊急事態だし、レンとは一応、恋人なわけだし……甘えてもいい、よね?
「じゃ、じゃあ、とりあえずお願いしていい?」
「ああ」
こうして、あっさり話はまとまった。
あいつらに絡まれたら危ないからと、宿に帰るのはやめろと二人から言われ、今日はおとなしく練習を見せてもらうことにした。
まだきれいな色ではないけど、大分落ちついてきていて、この調子なら、定期演奏もうまくいくんじゃないかなと思う。
みんなも緊張はしていても、あせった様子はないし、アラハキさんに対しても打ち解けてきてて、雰囲気も柔らかい。
少しでも役に立てたのかなと思うと、私も嬉しくなってしまう。
くさくさした気分も、すてきな演奏にすっかり晴れてくれた。
大満足でレンを待っていると、先に現れたのは団長だった。
慌てて椅子から立ちあがって挨拶すると、真剣な顔つきで近づいてくる。
「キィカ君、これを」
さっと手渡されたのは、小さなつぶてのようなもの。
「投げると音と光が出る。攻撃力はたいしたものじゃないが、目くらましには十分なはずだ」
「え、っと……」
「事情は二人から聞いた。女性団員に持たせているものだから、遠慮なくもらってくれ。そして必要な時は躊躇わなくていい」
「あ、ありがとうございます」
どうやら団長お手製の痴漢撃退グッズのようだ。
断るのも申しわけないので、ちょうだいしておく。
純粋な腕力ではまず勝てないので、あって困ることはない。
そのあとやってきたレンと共に宿屋に行くと、例のパーティーは食堂でだらだらしていた。
私を見つけて、昨日しつこかったのがぱっと表情を変えたけど、隣のレンを見て明らかに舌打ちする。
けれどレンは相手からの視線をものともせず、……というか無視なので、私もなにも言わず、さっさと部屋に上がり、荷物をまとめてしまう。
ただ、大きな荷物を持って下へ行くと見咎められてしまうので、とりあえず必要なものだけにする。
レンは内心おもしろく思ってない、とは、道すがら聞いた。
ただ、種族的に、人間よりは力があるけれど、そういう訓練を受けたわけじゃない。
それに、演奏会前にいざこざを起こすと、楽団全体に迷惑がかかる。
だからなにもしない、と、冷静に言われて安心した。
私のせいで演奏が台無しになったら、私自身を許せなくなってしまう。
もし声をかけられたら、なんとか切り抜けないと! と気合いを入れてたけど、準備を終えて出てみれば、かれらの姿はなかった。
おかみさんに声をかけたら、飲みに行ったとのことで、ほっとする。
レンに少し席を外してもらい、泊まりに行くことを告げると、それはいいわね! と歓迎された。
恋人とうまくいくなら一番だと言われ、宿を引き払うのも遠慮なくしていいと告げられる。
「宿のお客さんじゃなくなったって、いつでも遊びにきてくれていいのだから」
にっこり笑顔にじんわり嬉しくなって、ありがとうございますと返す。
とはいえ、いきなり荷物全部持って行く勇気は出なかったので、ひとまず最低限だけにして、宿もそのままでレンの家にむかうことにした。