帰り道で、ふたり
暗くなった道を、二人で歩く。
眼鏡もかけさせてもらっているから、目に負担はないんだけど、陰影がぼやけるのでちょっと危うい。
でもすぐ隣にレンがいて、歩幅を合わせてくれているから、なにかあっても安心だと思える。
……こんなに気を緩めて歩く癖がついちゃって、冒険者にもどったらリハビリが大変だ。
って、考えないと、忘れてしまいそうで……困る。
「あー……その、キィカ」
街灯の下、ふと立ち止まったレンが、言いづらそうに口を開く。
「あの時の、俺も聞いちまったんだが」
あの時って、どの時?
うん? と首をかしげて……もしかして、お嬢様に啖呵切った時のだろうか。
思い返すと、かなり恥ずかしいことを叫んだ気がするんだけど。
「キィカより出来た存在ではないぞ、俺は」
やっぱり聞かれてたのか……は、恥ずかしいなこれは。
「そんなことないよ、だって私にすごく優しいし、アラハキさんにだって」
目には見えにくくても、気遣いはちゃんと伝わってる。
基本、音楽のためにしか行動しない私より、よっぽどちゃんとしてるだろう。
「まあ、アラハキは同じ楽団員だからな。誰彼構わず気にしてるわけじゃねェぞ?」
そんなことを言われても、そういう場面を見たことがないので、ぴんとこない。
他の楽団員との仲も悪くないって話だし、実際楽しそうに歓談してる。
白虎に対しての言動は、友だちなんだなって感じの遠慮のなさが見えるけど、やっぱり仲良しだし。
──大体、その口ぶりだと、まるで私が別格みたいじゃないか。
「……勘違いしちゃうから、そういうの、あんまり言わないほうがいいと思うよ」
うまく笑えたかよくわからないけど、冗談だろうという雰囲気をなるべくこめる。
「心配はいらねェな、キィカ以外に言わない」
──笑っていなすべきだったのに、二の句が継げなかった。
せっかく私がわざわざぼかしたのになんて、変な文句を告げたくなる。
「特別だって、うぬぼれるよ」
足を止めて小さく呟く。
私が歩かなくなったことに気づいたレンが、数歩遅れて止まり、もどってくる。
薄ぼんやりした街灯の下で、自分のつま先を見つめる。……サンダルにしたなら、ペディキュアも塗ればよかったかな。暗いからあんま関係ないけど。
「──それを言うなら、俺も自惚れるぞ」
上から降ってくる声が、とてもきれいで。
色がみたくて見上げてしまう。
レンはおかずの入った容器を、軽く掲げてみせた。
「これも、それから、連中に怒ったのも、俺がキィカの特別だから……ってな」
けれどそこで、少しだけ声のトーンが落ちて、色が暗くなる。
「はじめは、俺の演奏を気に入ってくれているから、それだけだと思ってた」
それについては否定のしようもない。
思わず縮こまりそうになると、笑った気配とともに、ぽん、と頭をなでられた。
おずおず再び顔をあげると、ばっちり視線が合う。
暗い中でも、金色の瞳はとてもきれいだ。
「だがここまでされたら、それだけじゃないと、思いたくもなる。……思っていいか?」
単に演奏が好きなだけなら、しょっちゅう聞きに行くことはあるだろう。
でも、音と人柄は、決してイコールではない。
むしろ才能ある芸術家というのは、どこかぶっ飛んでいることも多い。
「……私がそう思っていいなら、いいよ」
「なら、そうする」
即言葉が返ってきて、あまりのはやさに驚いてまばたきすると、レンが身体を曲げた。
きれいな金色の瞳が間近に迫って、あんまりきれいで直視できず、ぎゅっと目を閉じてしまった。
すると、ちょっとの間があってから、ぽんぽんと頭に手の感触。
「──とりあえず、あまり遅くなっても心配だからな、帰るぞ」
それから、当然のように手をにぎられた。
片手におかずの入れ物、片手に私の手をとって、軽く引かれた。
「わ、え……レン?」
「嫌か?」
「そんなわけない! けど……」
恥ずかしい、と口にする前に、ならいいな、と完結される。
わかっていたけど、手が、すごい大きい。
つなぐというよりこれは……なんだろう、持たれている……みたいな?
ちょっと色気に欠ける気がするけど、全体を包まれているのは悪くない。
「そういや、そういう服装、はじめて見たな」
歩きながらの言葉に、ああ、とこれを買った経緯を話す。
「気にいってるけど、一緒にいると、ちょっと……変、かな」
「……まあ、鬼が拐かすって意味ではぴったりかもしれねェが」
ぼそりと呟いた言葉はいまいち聞きとれなかった。
もう一度お願いしようと顔を見ると、けど、と続く。
「好きな格好すればいいだろ、似合ってると思うし」
まあ俺には服のことはよくわからねェが、と宣言され、小さく笑う。
こういうところが、やっぱり好きだ。
人目を気にするより、自分が楽しいほうを優先させても、じゃあ、いいことにしよう。
そんなことをつらつら語りながら、あっという間に宿についてしまう。
夜とはいえまだ食堂は開いている時間だ。
「……一緒に食っていっていいか?」
だからレンの提案に、断るなんてありえない。
もちろん! とうなずいたものの、となるとおかずはどうしよう……
一応明日くらいまでは大丈夫だけど、と告げると、
「なら朝にもらうから、気にするな」
にぎっていた手を外されて、さみしいと思う間もなく頭をなでられる。
身長差的にちょうどいいんだろう。むしろ、手をつなぐのはちょっとお互い大変だ。
ドアを開けると、お客はあまりいなかった。
それでも気恥ずかしいので、隅のほうに陣取る。
細々とした営業だから、夕飯は基本的に一種類しかない。
料理をとりに行くと、おかみさんは私の頬のガーゼに気づいた。
そして、私がなにか言う前に、レンの分の大盛りトレイを持って行ってしまう。
自分の分のトレイを慌ててつかんでテーブルに運んでいく。
「……だから、間接的には俺にも責任があるな」
短い時間にあらましを説明したらしく、言葉の最後だけが聞こえてきた。
「レンは悪くないってば、私が喧嘩を売ったんだし」
このままではおかみさんがあらぬ誤解をしてしまう。
慌てて口添えすれば、私とレンを眺めてから、わかったわ、とうなずいた。
その雰囲気にとげとげしさはなかったので、大丈夫……かな?
「でも、いくら冒険者だからって、あんまり傷をつくっちゃだめよ?」
しっかり窘めると、おかみさんは奥へもどっていく。
母親に叱られた気分で、すなおにはい、と返事をしておいた。
椅子につき、目の前のレンを軽く睨む。
「もー、わざと悪者にならないでよ」
「そんなつもりはねェが、説明はするさ。……出禁になって会えなくなったら困るからな」
水飲む前でよかった。飲んでたら噎せた。
そういうことをさらっと言わないでほしい。
恋人がいなかったわけじゃないけど、甘いやりとりは慣れてないのだ。
とりあえずは食事に集中して、咳きこむこともないまま無事に食べ終わる。
「明日は店番しに行くから」
食後のお茶を飲みつつ言うと、わかった、と返答。
そのまま久しぶりの三人でのお昼ご飯もすることにした。
「まだしばらくは領主館の仕事があるけど……無理しない程度にがんばらせて」
だって、そうしないと会う時間も少なくなりかねないし。
なのでそうお願いすると、ああ、と頷いてから、少し口ごもる。
「俺が練習休みの日……午前は店を開けなきゃいけねェけど、昼からはどこか行くか」
一日店を閉めてもいいんだが、という言葉にはきっぱりだめと言っておく。
「じゃあその……手伝うから、朝から行ってもいい?」
どうせなら長い時間一緒にいたいし、手伝い自体は嫌いじゃないし。
私の要望に、もちろん、と返してくれてほっとする。
べつにどこも出かけなくたっていい、一緒にいて、……できれば一曲でも聞ければそれで大満足だ。
けどこれすなおに言うとどう考えても曲目当てだし……うーん。
といって、今さらそばにいられれば嬉しいなんて口にしても、信用度ないし……
あれ、どうすればいいんだ……?
頭を抱えていると、くつくつと喉の奥で笑われた。
「色々考えてそうだが、今までどおりでいいぞ」
「うぅ……でもそれはそれで……」
「不満か?」
いや、不満、とは違う。
じゃあなにかって言うと……
「い……一応、だって、恋人同士、なら、もうちょっとこう……」
どんなかってよくわからないけど、もう少しなにか変化がほしいわけで。
恋人同士、の部分をものすごく小声で添えたけど、しっかり聞こえたらしく、レンも無言になってしまう。
「あー……まあ、そのへんはおいおいな。俺も得意なわけじゃねェし」
やがて少し困惑気味に呟かれて、そうだね、と合わせる。
お互い様なら少し気が楽、のような、うん。
これでぎくしゃくするのもはじめのうちだけなら、それはそれで貴重な体験かもしれないし。
「ええと……じゃあ、これからよろしくお願いします」
なんとなく居住まいを正すと、なんで敬語だよ、と苦笑された。
いや、挨拶だし、最初が肝心かなみたいな……?
笑いながらも、こっちこそよろしくな、とレンも合わせてくれる。
そんなわけで、そういうことになった、みたい。
ものすごく書いてて恥ずかしかったです。




