初日の探索
バーダ島に降りた翌日、目が覚めたのは、カーテン越しにも強い日差しのせいだった。
昨夜はうっかり昼寝をして起きたら夜で、なんとか夕食だけはとったものの、眠気に勝てず早々に就寝してしまった。
思った以上に、船旅がこたえていたらしい。
考えてみたら、一週間以上船に乗っていたことなんてなかったものなぁ……
領内は陸で繋がっているし、護衛の仕事などだと、大体隣の領地へ、というものが多いから、船を使うことはなかった。
食事をして、暖かいお湯を使って、柔らかくて揺れないベッドにまたもやうっかり寝坊したらしい。
懐中時計を確認すれば、昼すら過ぎていて呆然とする。
これはひどい……反省しなくては。
慌てて身支度を整えて階下に降りると、狼族のおかみさんである、ヨギナさんとかち合った。
「おはよう、キィカさん」
「おはようございます……よりこんにちはですけど」
洗濯物は昨夜のうちに出しておいたからセーフだったけど、朝食の時間はすぎているどころか、昼食もアウトだ。
彼女一人で回しているので、かき入れ時になりそうな昼の営業も、あまり熱心ではないという。
宿泊客が少ない時はもう少し営業するそうだけど、今は洞窟探索に精を出すグループが泊まっているので、店のほうは控えめのこと。
ほとんど出ずっぱりなので、手間もかからないし入金もあるから、一番楽だろうなぁ。
目が覚めた途端にぐぅ、と鳴るお腹に手を当てて、どうにか誤魔化す。
外でなにか食べればいいかと思いながら、洗濯場に置いてあるはずの籠をとりにいった。
時間までに出しておけば一緒に洗ってはくれるけれど、干すのは自分で、というルールだからだ。
でも、そこにはあるはずのものはなく、洗い場から出られる物干し場に、私の衣類がはためていた。
「今日は疲れているだろうから、特別よ」
ふふっと笑うヨギナさんは、下着類はしっかり目立たないところに干してくれて完璧だった。
つくりおきでよければとパンとスープも出してくれて、最早頭が上がらない。
なんというか、実家の祖母みたいな感じだ。
ちなみに旦那さんもいるのだけど、宿屋の仕事かたわら庭木の手入れ仕事をしているそうで、あまり宿にはいない。
六十過ぎの年齢だけれど、あちらも獣族なので、まだまだ元気らしい。
「それじゃ、街の見物に行ってきます」
お腹いっぱいになり、洗い物をすませると、鞄を持ってくる。
とりあえず今日はざっと見て回るつもりだ。
「行ってらっしゃい、暑いから気をつけてね」
穏やかに見送ってくれるヨギナさんを背に、外へと踏みだした。
南国に近いこのあたりは、夏はかなり暑くなるらしい。
その片鱗が見えてきているが、まだ過ごしやすい程度だろう。
となると、夏対策の帽子もいるかな……
通りをひとつひとつ確認しながら歩くけれど、たしかにかなり日差しが強い。
うーん、麦わら帽子でも買うか……? 検討事項にしておこう。
どうせなら合わせていきたいので、先に服かな?
周囲を見ても、さほど変わった衣装はなく、中央でも見かける感じだ。
通りの様子や人々を見ながら歩いていると、じっとりと汗をかいてくる。
南国の日差しを舐めていた……ちょうど飲物の出店を見つけたので足を止める。
携帯用の水筒は旅には必須で、今日も腰から下げていたから、そこに入れてもらった。
徐々にこたえてくる暑さに、冷えた果実水が気持ちいい。
ほどほどに栄えている街は、昼を過ぎたからだろう、夕食の材料を買う人々で賑やかだ。
都にいるようながっちがちの貴族は少なく、領地の政治は議員によって運営されているらしい。
そのへんも詳しく知りたいところだけど……まずは街を覚えないと。
まあ、冒険者的な仕事を受けるつもりはないし、治安も悪くなさそうだから、そこまで神経質にならなくてもいいけど、長年のクセになっている。
なにかしら仕事も探さなきゃいけないし、見つからなかったら最悪洞窟かなぁ……日数をとられるから、できればしたくないんだけど。
一度洞窟に入ってしまうと、明日帰る、なんてできないことも多い。
それで定期演奏を逃してしまったら、なんのためにここへきたのかってなってしまう。
なので、できれば洞窟へはもぐりたくない。
そもそも私の能力的にソロは厳しいけど、今いるパーティーは長期滞在らしいから、新参がすぐ混ぜてもらうのも難しいだろう。
そんなことを考えながら、ざっくりと大通りを散策する。
定期船の運行はしっかりしているのもあり、ひととおりのものはそろいそうだ。
地図で見たかぎりでは、それなりの高等教育を受けられる場所もあるし、図書館も充実している。
普通に暮らす分には、不便を感じることもなさそうだ。
そのうち住宅街も見ていきたいけど、現状ではそこまで注意しなくてもいいだろう。
昼間ということもあるだろうけど、細い路地にもガラの悪い連中は見受けられないし、治安のよさはかなりのものだ。
とりあえず服屋などいくつかの店に目星をつけたころには、やや日が傾きかけていた。
宿に帰ってもいいんだけど……折角足を伸ばしたから、と、地図に記されている公園に行くことにした。
一番大きなバーダ島中央公園は、名前に反しちょっと中心から外れているけど、かなりの大きさの公園だ。
子供が遊ぶだけのものではなくて、色々な施設も敷地内に建設されている。
勿論私のお目当ては、その中にある「龍のホール」だ。
聞いたところによると、定期演奏会はここで行われるらしい。
クラシックだけではなく芸術関係の展示などもこの一角らしく、このあたりは遊具もない。
別のエリアには植物園などもあるので、芸術関係の総合的な施設として機能しているのだろう。
公園自体は夜でも入れるらしく、入口は門扉もない。ここからも、治安がいいことが伺える。
綺麗に整備された道は歩きやすく、手入れされた緑も美しい。
野外での催しもあるのだろう、ところどころには大小のステージもあった。
目的のホールはかなり奥のほうで、すぐ後ろには山の裾が広がっている。
龍の山脈と名づけられたそこは、いくつもの山が連なっていた。
なかなかいいロケーションだなぁ……と感心しつつ、ホールのほうへ歩いていく。
近づいてわかったけれど、建物はひっそりと暗かった。
……今日はなにも演目がないのかな?
入口の近くの看板を見ると、思ったとおり、今日の予定は白紙だった。
他のホールで展示があるようだけれど、そちらはすでに閉館時間。
それも、会期の決まっている小規模な展示がいくつかだけだ。
美術館はまた別のところにあるけど、こちらは表記されている名前からして、市民の展示のようだ。
楽隊があるのは知っているけど、他のものはあるんだろうか。
見たかぎりでは今日は演奏会はなかったよう、最も、毎日あるものじゃないけど。
音楽祭にきていたのはオーケストラだけだったから、オペラなどはないのかもしれない。
市民によるアマチュアなら、昼の公演で十分だろうし、あまり夜は使われない可能性が高い。
まあ、そのへんは定期演奏会の時にわかるからいいや、と帰ろうとしたのだけど……
少し先に、音がみえた。……複数人が、いる?
なんだろうと足をむけてみると、そこには三人ほどの女性の姿があった。
みんな綺麗な服を着て、なにやら話している。
……関係者、ではなさそうだ。
冒険者という仕事柄、ああいう普通の町娘とは、どうも会話が合わない。
彼女らにあれこれ聞くくらいなら、ホールが開いている時に受付に行くほうが情報は得られるだろう。
なんとなく関わらないほうがいい気もしたので、私はそのまま通り過ぎる。
「そろそろのはずよね?」
「今日はここを通るかしら……」
「でもあまり奥へ行くと、怒られるし……」
……なんだか、妙な会話だなぁ?
とりあえずぐるっと周囲を見てから帰ろうと、小道に沿って歩いていく。
すると、また音がみえた。
今度は……楽器の音だ!
どうしよう、と迷ったが、綺麗だったのでついつい足がむかってしまう。
すぐ近くではないようだけど、反響の関係か、このあたりはそれなりに響いてくる。
どうやら、誰かが個別練習しているらしく、音はそれぞれ別々だ。
でも、どの音も綺麗……これは定期演奏が楽しみだ。
ばらばらだけど、三音くらいならどうにか聞き分けられる。
でも、曲名はよくわからないな……有名どころじゃないのかな、この地の民族音楽?
音楽祭の時はメジャーなものだけ演奏してたから、独自のものがあるなら、次の時に聞けるだろうか。
その際はあの楽器も使われるだろうか、だとしたら凄く楽しみ……
練習といっても手抜きはないようで、技術的にも文句がない。
ずっと波の音ばかりだったから、久々にふれる生の音に、うっとりと聞き惚れていると──
「──ここで何をしてる?」