動く日
「うぁー……寝過ぎてダルい」
宿についてから、ほとんど一日中寝ていたおかげで、大分すっきりした。
お腹が痛いのも落ちついてくれたし、これならいつもどおりに動けるだろう。
ほとんどものも食べずに寝ていたので、もりもり朝食をおかわりして、やっとひとごこちつく。
……さて、どうしたものかと、洗い物をしながら考える。
今日のレンは団員の仕事なはず。
店番はできそうな体調だけど、行ったら絶対休んでろって言われるよなぁ。
それで遅刻させるのは心苦しいから、休ませてもらうのが一番だろうけど……私の気がすまない。
昨日のお礼もしたいし……でも、なにをすればいいんだろう。
うーん、と悩みながらきれいになったお皿を見て、……あ、そうだ。
おかず、つくって持っていくのはどうだろう。
レンはほとんど自炊をしない。
加えてよく食べるから、おかずいくつかくらいなら、余ることはないだろうし、朝に回してもらってもいいだろう。
よし、と決めて、早速市場で食材を購入しに行く。
お肉多めで、でも野菜も食べてほしいし……とあれこれ買ってもどり、台所に入る。
他の宿泊客がいないのはありがたい、好きな時間に使わせてもらえるし。
なにをつくるかは途中で決めた、アラハキさんにオススメされたメニューだ。なぜか男性は高確率でコレが好きらしい。
つくりかたもそんなに難しくない、けど、家庭によって入れるものとか違うというから、気にいってもらえるか心配だけど……
ということで一品目は肉じゃが、汁気は飛ばして持ち運んでもいいようにする。
もうひとつは……これ、なんて言ってたっけ、皮に餡を包んで蒸し焼きにするやつ。
これは中の具に野菜を入れられるから、いいんじゃないかなって。
皮は手作りするらしいけど、私は無理なのでお店を教えてもらった。
上手にくるめなくていびつになったけど、中味がこぼれなければ大丈夫だろう。
本当は汁物もつくりたいんだけど、運ぶのが難しいので断念する。
どちらも肉がメインだから、レンでも満足してもらえるだろう。
よしっと腕まくりをして、へっぴり腰で料理を開始したのだった。
──手際が悪いために時間がかかってしまったけど、今から行けばぎりぎりまにあうはずだ。
できればちょっとだけでも演奏が聞きたいので、なるべく急いで練習場へむかう。
久しぶりに見えてきた建物に足を速めようとして、……見えてきた人影に歩幅を落とす。
私たちが普段身につけるより高価そうな衣装、手のかかっていそうな長い髪の毛。
その中の一人は、あからさまに態度が大きくて、……うん、いつもの追っかけだろう。
撒き餌になれればいいとは思うけど、あんまり目立つ行動もしたくはない。
なので目線を合わせず、そそくさ通り過ぎようとしたのだけど……
「──ちょっと、あなた」
はじめて呼びとめられてしまった。
一応周囲を見渡してみるが、他にひとはいないので、私で間違いないらしい。
無視することもできるが、私はそっと、ブレスレットにむかって「しーちゃん」と声をかける。
それから、彼女たちのほうへ歩いていった。
「ええと……なにか用ですか?」
一応、ていねいな言葉遣いをしてみる。よけいな部分で足をとられては困るからだ。
中心のお嬢様は、ものすごく不愉快げに私を上から下まで見定めた。
「どうしてあなたのような、美人でもない、子供みたいなひとがあのかたと一緒にいるのかしら」
……うーん、一発目から遠慮がない。
やっぱりこの服装、まずかっただろうか。
休みの日に仲良くなった子たちと出かけた時、彼女らに押しきられて買った服は、淡い色のひらひらしたワンピースだ。
ところどころにフリルやレースがついていて、それはそれはかわいらしい。
正直、二十歳をこえた私が着るのはどうかと思うのだけど、童顔で小柄なせいで、似合ってしまうのだ、これが。
……まあ、顔かたちは十人並みなので、美少女とはいかないけど。
というわけで、そういうのが似合わないけど好き、というみんなの満場一致で買うことになった。
私自身、こういう格好は好きだし、まあぴったりだと自画自賛もするんだけど……いかんせん、十代に見えるのが……
冒険者として頼りなく見えるのは論外だし、この格好でレンと並ぶと、正直、警邏に止められるんじゃないかという気持ちもある。
だけど、手持ちで一番かわいい格好がこれだったから、つい選んでしまったのだ。
「ちょっと、聞いているの!?」
などと考えている間に時間がたっていたらしく、お嬢様が叫んだ。
あ、すいません、と思わず謝ってしまう。権力者に弱いのは冒険者のサガだ。
「しかもその荷物……もしかしてあのかたに取り入る気ですの?」
お嬢様の視線が私の抱える荷物に注がれる。
大きなストールでくるんだ包みは、さっきつくった料理が入っている。
ものすごい眼力にちょっと引きつつも、とりあえず訂正をすべく口を開いた。
「いやあの、これはアラハキさんにじゃなくて」
「あなたのような存在が、軽々しく名前を呼ばないでちょうだい」
ええー……理不尽……
「そんな庶民のものを渡すなんて! わたしが家の者につくらせた料理なんて、一度も受けとっていただけないのに……!」
きぃ、と金切り声をあげるお嬢様。
庶民って……アラハキさんはまごうことなき庶民だし、というかこのレシピは彼のものなんだけど。
ついでに食べてくれないのって、多分、食の好みが逆だからじゃないかな。
などと教えるほど私も優しくないけど。
「まあ庶民の食べ物かもしれませんけど、レンにあげるためのものですよ」
ようやく口を挟めば、レン? と訝しげに名前を転がす。
それから、ああ、と納得した表情が、次にはあからさまにあざけるものになる。
「あんな恐ろしい見た目の鬼に料理なんて、言い逃れにするにも浅はかね」
どうやら、嘘だと思われたらしい。本当なんだけど。
というか恐ろしいって……身分の高いひとが、そういうのはよくないんじゃないだろうか。
そりゃ実際は差別も区別もあるけど、あまり表に出してはいけないはずだ。
「あのかたの演奏は素晴らしいし、姿も美しくて……」
うっとり呟くと、つきしたがってる女性たちも、そうですね、と赤面する。
演奏が凄いのは認めるし、美形なのも本当だろうけど、うーん、アラハキさんはそれじゃ喜ばないんじゃないかな。
「そういうかたには、それに相応しい地位と、相応しい者がいるべきなのに、こんな状態で!」
いや、入団一年目であの地位は破格だし、十分だと思うんだけど。
貴族お抱えの楽団とかじゃないんだし、団長は贔屓しそうにない。
だからこそ、多分不満なんだろうけど。
「最初はわたしたち微笑んでくれたのに、最近は避けられてばかりで……きっとあの団長のせいだわ!」
間違ってないけどまちがってる……けど、自分たちのせいだとは考えないんだろうなぁ。
うん、なんだか心の中でつっこむのもめんどくさくなってきた。
「今度お父様にお願いしようと思って、お話ししたいと思っていますのに……」
「いやそういう実力と関係ないのは、嫌がると思いますよ」
アラハキさんの考えかたは、実に清廉だ。
自分の力でのしあがることはよしとするだろうけど、他人を蹴落とすとか、外部の力とか、そういうので喜ぶひとではない。
むしろ、似たような状況にいたからこそ、ものすごく毛嫌いするだろう。
うっかり声に出したせいで、お嬢様はさらにきつい顔で私を睨む。
せっかく美人なのに、そのせいで色々だいなしだ。
「あなたなんかに、知ったような口をきかれたくないわ! こんなものまで用意してるくせに!」
周囲の女性に対して顎をしゃくると、二人が近づいてくる。
狙いは──私のつくってきた料理の入った入れ物だ。
けれど、簡単にやられる私ではない。
お嬢様の鈍くさい動きなら、二人がかりだって、容器を落とされるヘマはしない。
「聞いてないようですからもう一度言うと、これはレンのためであって、アラハキさんのためじゃありません」
ひょいひょい避けつつ重ねて言うと、嘘よ! と叫ばれた。
「あんなおぞましい外見、楽団員であるのも嫌なのに! そんな相手にどうこうなんて……ああでも、お似合いかもしれないわね!」
「──訂正、してください」
二人の手から逃れた私は、お嬢様の目の前に迫る。
おぞましい外見? 楽団員なのも嫌?……なに、それ。
そんなのはレンの技術とは無関係だし、それに。
「たしかに我々ヒトとは異なる見た目です、驚くこともあるかもしれない」
──でも、とても優しい。
いつも気遣ってくれるし、言葉はぶっきらぼうだけど、ちゃんと奥に情がある。
恐がられる外見だからと表に出さず、アラハキさんのことも影から守ろうとする、そんなひとなのに。
見た目だけで貶めるなんて、許せない。
「私とお似合い? 冗談じゃない、レンは私よりよっぽどデキた人物だ」
いつも私にも優しくて、怒ることもなくて。
初回から失礼をしまくったのに、嬉しいなんて言ってくれて。
そんなレンになんてことを言うんだ、このお嬢様は。
レンは、レンは私にとって──
「少なくとも、身分をカサに着るあなたの何倍もすてきだし、そんな考えのあなたのことを、アラハキさんだって好むはずがない!」
きれいな旋律、低くて心地いい声。レンから奏でられる音と色はどれもとても美しい。
金色の目だって宝石みたいだし、肌だって不思議な質感だけど、ちっとも嫌じゃない。
大きな手は笛を吹く時はとても繊細に動いて、びっくりするほど上手に薬草をとりわけて。
「あなたの実家が楽団に貢献してるからって、レンを蔑むなんて失礼、許せるわけない!」
「──たかが小娘が、偉そうな口を……っ!」
かっとなったお嬢様が右手をあげる。
問題なく避けられるけれど、私は敢えてそうしなかった。
そして──ぱん、と、乾いた音が響いた。




