とあるの休日
それからしばらくは、のんびりした日々が続いた。
午前中はレンの店番をして、昼は三人だったり、団長一行に混ぜてもらったり、時々は一人で。
そのあとは練習にお邪魔したり、ぶらっとしたり好きにしている。
休みの日は午後にはレンのところに笛を聞きに行くのがすっかり習慣づいてしまって、通いすぎじゃないかと思うのだけど、ついつい甘えてしまっている。
……行かないっていうと、気のせいでなければ残念そうにされるし。
そんなこんなで少しずつ、アラハキさんはみんなに慣れてきたかなぁ、という感じだ。
団員には他種族とりどりいるのだけど、レンのように大きい種族はほとんどいないため、やっぱり、レンに慣れないと無理そうだ。
とりまきの女性たちからのとげとげしい視線も激しくなってきているので、囮という意味でも順調だ。
そんなある日、団員の練習は休みの午後、私はまたも図々しく、レンの演奏を独占していた。
「そういえば、しばらくコンサートがないのは、試合があるからなんだってね」
練習が終わったところでお茶を煎れるのは、最近は私の仕事になっている。
薬草ごとにちょうどいい煎れかたがあるというので、教えてもらって実践を兼ねてというやつだ。
効能なども教わっているので、今後に役立つことも間違いないし。
カップを渡しつつ思い出したことを口にして、自分の分も注いでいく。
いつのまにか増えていた私の手にちょうどいい、ちょっと小さめのカップはピンクの花柄でとてもかわいい。
「ああ、場所が被るわけじゃねェけど、祭りだらけもってことで休みだな」
お茶を一口飲んで、うん、とうなずいたから、今日のもOKなようだ。
ほっとしつつ自分でも飲む、……よし、おいしい。
離島だからという理由で夢をあきらめてほしくない、というのが領主の考えらしく、この島には様々な施設が充実している。
精巧なレプリカも集めている美術館や博物館、お世話になっている図書館だって大きなものだし、高等教育も受けられる。
それらはスポーツの分野でも同じで、大抵のものにはきちんとした指導者が存在するのだという。
そういった選手の試合が多い時期が今で、どうしてかといえばここを過ぎると暑くなるから。
当然、暑い時期でもできる競技はあるけれど、どうせならいい気候の間にしようということらしい。
屋内なら調節できるが、屋外は難しいので、いい配慮だと思う。
そんなわけでここ数週間は、島全体がスポーツ一色に染まるのだ。
それが終わると、はじめのころの開拓者たちが行っていた夏祭りなどに移行していく。
島民は移住者ばかりだから、それぞれの風習を守る努力がされていて、調べてみると結構毎月なにかしらが行われている。
ひっそり催すものだけでなく、大々的なイベントに昇華したものもあるわけで、そのへんも楽しみだ。
とにかくそういう理由で、定期演奏会は少し間が空く。
けれど楽団員が暇かというと、希望者は競技の応援に演奏をしたりするので、案外忙しそうだ。
レンもたまに行っているらしいのだけど、熱心ではないみたい。
「どれか行くのか?」
問いかけに、ううん、と首をふる。
スポーツ観戦は苦手なのだ、競技の音と、観客の音と、色々なものが混じるので、疲れてしまう。
音のしないものならいいのだけど、大抵の競技はそうもいかない。
面白いとは思うんだけど……ちょっと敬遠するのが正直なところだ。
仲良くなった楽団員の子に誘われたりもしたのだけど、断ってしまった。
それらを説明すると、そうか、と納得してくれる。
こういう時、あれこれ言わないレンはありがたい。
「その代わり、空いてそうだから海に行こうかなって」
「海?……泳ぐのか?」
「水着は用意してないからそのつもりはないけど……せっかく島にいるんだしって」
なにせ海要素といったら日々の食事と、最初のころに観光したくらいだ。
港とは別に、みんなが遊べる砂浜や、競技用の場所などなど、結構色々あるらしい。
みんなが観戦に行って今が狙い目だと思ったわけだ。
砂浜をぶらぶら歩くというのをしたことがないので、やってみたい。
「……俺も行っていいか?」
レンにそう聞かれて、少し悩んでしまう。
いや、きてくれること自体はかまわないんだけど……
「練習の時はそんなに喋ってられねェし、昼は三人だろ。たまにはゆっくり喋りたいと思うんだが……」
言われてみればそのとおりだ。
練習を聞き終えたころには夜になっていて、送ってもらうまでの時間くらいしか話せない。
毎回外食するのはさすがに懐事情的に厳しい。宿に帰ればおかみさんのごはんは宿泊代に入っているわけだし。
奢られるのも心苦しいと把握しているから、レンは夕食に誘ってくることはない。
給料が少なくて悪いな、と謝られたけど……もらっている金額はごく一般的なものだ。
さほど買い物もしないので、宿代は十分払えているから、問題はない。
ただ、長く滞在するつもりだから、なるべく抑えたいだけで……と熱弁をふるったら、笑いながらわかった、と言われたのだけど。
「……やっぱり嫌か?」
あれこれ考えていたせいで時間が空いていたらしい、声をかけられてはっとする。
「ううん! 全然! たしかにゆっくり話せてなかったなぁって思い出してただけだから」
慌てて否定すると、ほっとしたように表情が緩む。
……それはいいんだけど。
「やっぱり、って、言わないで。私は……思わないから」
なにを、と具体的には表せなくて、なんともあやふやなものになってしまう。
でも、どこかあきらめたように呟かれるのは、すごく嫌だ。
レンの今まではそれがよくある話だったんだろうけど……それは私に適用しないんだから。
私に指摘されてはじめて気がついたのか、レンは虚を突かれたように言葉を失って、それから、なにか口にしかけて、結局、
「──ああ、ありがとうな」
お礼なんていらないんだけど、謝られるよりは断然いい。
うん、と返してから、この、微妙な雰囲気をどうしようか悩んでしまう。
「えぇっと……じゃあ、明日は何時にしよう? 昼くらいでいい?」
「ああ、俺はいつでもいいぞ」
折角だから二人で昼食をとってからにしようということになり、大体の時間を決める。
いつもどおり送られて、宿で夕食をとると、明日のために早々と就寝することにした。
──コンコン、というノックの音とともに、おかみさんの声がする。
なんだろう? さっき朝食をとった時はなにも言ってなかったけど……
不思議に思いつつドアを開けると、来客だという。
レンだったらそう教えてくれるはずだし、と食堂へ行けば、そこにいたのは官服を着た女性。
「お久しぶりです、キィカさん」
……ということは、島にきた時に案内してくれたうちの誰からしい。
でも、正直まったく覚えていないので、なんともなんだけど……
「えっと……ごめんなさい、よく覚えてないんですけど」
申しわけない顔をつくって言ったけれど、相手は特に気にした様子もない。
なんだかんだで日にちが経っているから不審がられてもいないようだ。
島の文化に興味があって、色々教えたひとだと言われて合点がいく。
顔は浮かばないけれど、話は面白かったから思い出せた。
「それで、今日はなんの用件ですか?」
「ひとつは、暮らしに困ってはいないかの様子見ですね」
島にきたはいいけど、馴染んでいなかったり、生活しづらかったりしないか。
そういうことを定期的に確認するらしい。
「おかげさまで、楽しく暮らしてます」
私が即座に断言すると、よかったです、と笑みを浮かべる。
でも、ひとつはってことは、他にもあるわけで……楽団のことかなぁ?
思い当たるふしはそれくらいしかないんだけど。
「もう一件は……申しわけないのですが、一緒に領主の館へきていただけませんか?」
まさかの呼びだしに、ぴっと背筋が伸びる。
いや、なにもおかしなことをした記憶はないんだけど。
官吏のひとも慌てて、悪いことではないです、と教えてくれる。
「あなたに頼みたいことがあるのですが、領主みずからここへ赴くわけにはいかないので、ご足労をおかけするのですが……」
「あ、なるほど……」
あせって損した。つまり領主が私に用事ってことか。
……領主様直々に頼まれるようなこと、ないと思うんだけど……?
でも今後も生活するなら、すなおについていくほうがいいだろう。
ちょっと待ってもらって荷物をとりにもどり、時間を確認する。
まだ朝早いから、予定の時間にはまにあうだろう。
迎えの馬車に乗って、その道中もちょっとした島の小ネタを聞かせてもらったので、飽きることはなかった。
そうして、久しぶりの領主様との対面にのぞむことになった。
ちょっと時間をすっ飛ばしました。




